2.まいとゆうきの家庭訪問

第2話

「ただいまー」

 まいが学校から帰ってきました。

「おかえりまい」

 リビングでさくらが、コーヒーを飲んでいました。

「お母さん、あのさ。来週の月曜日なんだけど……」

「来週? ああ、五月一日ね」

「家庭訪問あるからね」

「家庭訪問?」

 さくらは、コーヒーのカップを傾かせて、中身をこぼしました。

「ちょ、お母さん!?」

「い、いよいよかあ!!」

 頭を抱えました。

 毎年、まいとゆうきそれぞれの学校では、五月のゴールデンウィーク前に家庭訪問が行われていました。今時は家庭訪問をしない学校も増えてきましたが、二人の学校は、その伝統を守り続けていました。

「あわわ〜! おしゃれして掃除してそれからそれから〜!」

 あたふたするさくら。

「お母さん落ち着いて! お母さん!」

 まいはなだめました。

「ご、ごめんなさい……。家庭訪問と聞くと、つい緊張しちゃって……」

 照れ笑い。

「ったくもう……。家庭訪問ごときであわてすぎなのよこの家庭は……」

 まいは呆れました。金山家の両親は、家庭訪問が苦手で、担任が来ると聞くと、あせってしまう習性がありました。なので、まいは毎年、家庭訪問があると伝えられた当日に、伝えることにしていました。なぜなら、ゆうきが去年、前日に家庭訪問があることを伝え、パニック状態で、夕飯を作ってもらえなかったからです。

 夕食時。

「なに!? 家庭訪問で先生が来るのか!」

 たけしは箸で肉炒めを持ったまま、驚きました。

「そうなのよ〜。あなた、来週の月曜日、仕事?」

「いや、実は会社の設立記念日で、明日二十九日から休みになったんだ」

「父さんうらやましい! 俺も休みにしてよ〜」

「こらこら。あんたはお父さんの会社員じゃないでしょ?」

 まいが注意しました。

「さくらは?」

「私は仕事があるけど、有給を取るわ」

「はは……。二人とも、家庭訪問だよ? なにも、先生が来て話するだけじゃん……」

 まいが呆れながら言うと、

「家庭に訪問するから家庭訪問って言うんでしょ!」

「そうだよ! 我が家のあんなとこやこんなとこを根こそぎ見て回るかもしれないんだぞ?」

 まいはもう返す言葉が見つかりませんでした。代わりにため息をつきました。

「姉ちゃんの担任って、すげえかっこいいんだろ?」

「え?」

 と、声を上げるさくら。

「そ、そうなのかな?」

「年齢いくつだっけ?」

「えーっと確か……。二十代とかだった気がする……」

「二十代……」

 さくらは、呆然としました。

「あっ」

「なによゆうき?」

 まいが聞く。

「俺も家庭訪問があるんだ」

「なんだって〜!?」

 たけしとさくらは席を立ち上がるほど驚きました。

「いつ! 何時に!」

 さくらは顔をグンと近づけて、ゆうきに尋問しました。

「ね、姉ちゃんと同じ日の、学校から帰ってきたら……」

「なんてことだ……。我々は二人同時に家庭訪問を受けなくてはいけないのか!」

 頭を抱えるたけし。

「いやだから、家庭訪問でしょたかが……」

 呆れるまい。

「あ、でも俺の担任、すっげえ美人だぜ? 今年先生なったばかりのまだ新米でさあ」

「え?」

 声を上げるたけし。

「胸も大きくて、スタイルいいんだぜ!」

「スタイル抜群……」

 たけしは、箸を置き、呆然としました。

「ん〜?」

 にらんでくるさくら。あわてるたけし。


 翌日、二十九日。

「お?」

 朝起きて洗面台来たゆうき。さくらが化粧をしていました。

「どっか行くの?」

「ふふーん♪」

 ゆうきに顔を向けるさくら。

「女はね、楽しみがあると変わるものなのよ!」

 と言って、ゆうきのでこにキスをしました。

「うへえ……」

 でこに赤い口紅が付きました。

「ほーらみんな! 朝ご飯ができたわよー?」

 さくらが声をかけた。できた朝ご飯は、マーガリンをぬったトーストに、ハンバーグ、サラダボウルに牛乳。

「な、なんかいつもより凝ってないか?」

 唖然とするたけし。

「そんなことないわよ? いつもといっしょよ?」

 にこやかな顔を見せながら、自分も朝食を摂り始めるさくら。

「ウソだあ! いつも生の食パン渡して、焼くなりそのままで食べるなり適当にや……」

 ゆうきは、さくらに無理やりトーストを口に押し込まれました。

「お、お母さん……」

 唖然とするまいでした。

「るんるーん♪」

 鼻歌をしながら居間、リビング、お風呂、トイレ、玄関の掃除をするさくら。

「お買い物行かなくちゃ〜♪」

 ルンルン気分で買い物へ向かうさくら。

「車借りるわねー♪」

 ルンルン気分で、車を車庫から出すさくら。

「気持ちわりい……」

 と、ゆうきが舌を出す。

「さては、家庭訪問にまいのイケメン担任が来るからって、はりきってるなあ?」

 たけしがニヤリとしました。

「でも実際イケメンでしょ? 母さんも、姉ちゃんの担任目前にしたら、気絶しちゃうんじゃない?」

「いや、そこまでお母さんも柔じゃないでしょ!」

「父さん、気を付けなよ? もしかしたら、母さんが姉ちゃんの担任にひとめぼれするかもしれないからね」

「え、ええ?」

 困惑するたけし。

「いやいやないない。お母さんが浮気だなんて考えられないわ」

 まいは手を横に振り、否定しました。

「わからんよ? 母さんだって、五十のおっさんより、若い二十代のほうが、絶対いいに決まってるよ」

「あんたねえ……。マセたこと言ってると、お母さんに怒られるわよ?」

 まいは呆れました。たけしは、少しまいとゆうきたちに顔を向けて、新聞に向き直りました。

「ま、父さんもひと肌脱ぐつもりだけどな!」

 新聞を置いて、立ち上がりました。

「美人なんだろ? ゆうきの担任!」

 ウインクしました。まいは呆れて、口からため息が出ました。


 五月一日の朝が来ました。

「あーあ。明日も平日だから、学校に行かなかきゃいけないなんて……」

 ゆうきはリビングに向かい、たけしの肩を掴みました。

「父さーん。頼むから、先生と交渉して俺も今日明日休みにし……て?」

「どうしたゆうき? まずはおはようだろ?」

 たけしは、朝からスーツを着こなしていました。髪もワックスで固めており、背広せびろの胸ポケットには、ピンク色のバラを添えていました。

「まあまあ。今日明日がんばれば、楽しい楽しいゴールデンウィークが待っているじゃないか。それに、大人になって、土日と祝日休みの会社に入れば、今日明日に有給を取って、父さんみたいに休めるようになるぞ?」

「は、はあ……」

 それよりも、たけしの格好が気になりました。

「おはよう」

 制服に着替え、朝食を済ませにきたまい。

「おはよう、まいちゃん!」

 台所から、さくらがあいさつしながら、皿に盛ったできたての目玉焼きを持ってきました。

「おは……」

 言葉を詰まらせるまい。

「今日もいいお天気ね。まるで、まるでその……。こ、小鳥のさえずりが聞こえて……」

「あ、もういいから」

 決めようとするさくらを止めるまい。

「いってらっしゃーい!」

 思いっきりおしゃれをしたたけしとさくらに見送られるまいとゆうき。

「ねえちょっと……。あれどういうことよ!」

「俺に聞くなよ」

「二人ともどうしてあんなにはりきるのよ〜! あれじゃ私のほうが恥ずかしくて家庭訪問が億劫になるじゃないのよ〜!」

 怒るまい。

「まあまあ。元はと言えばさ、担任が美人なんて言ったから事が大きくなったわけで……」

「じゃあ、あんたのせいじゃないのよ!」

 ゆうきの胸ぐらを掴むまい。

「しかたない……。家に帰ってから、お父さんとお母さんたちに変な格好やめさせるように促さなくちゃ!」


 下校前。ゆうきとあかねのクラス、六年一組の教室では、帰りの会が行われていました。

「みなさん。今日明日は家庭訪問の日ですよ? 一人ずつ、順番に回りますので、よろしくお願いしますね!」

 笑顔で報告する若い女教師。彼女こそが六年一組の担任であり、新米教師である、まどか先生です。

「先生!」

「はい、ゆうき君なんでしょうか?」

「めずらしい、質問なんて」

 ほおづえを付きながら感心するあかね。

「お茶菓子はなにがいいですか?」

「え?」

「おっと」

 ほおづえしていた手からスルッと落ちるあかね。

「え、えっと……」

「あ、じゃあ。家の中はどんな匂いがいいですか? うち、一応桃の香りといちごの香りのする消臭剤あんすよ」

「えっと……」

 困惑するまどか先生。

「あと、今日うちの親すげえおしゃれしてると思うんですけど、ぶっちゃけどんなファッションがいいすかね?」

「知るか!」

 あかねがげんこつしました。

「いってえなあかね!」

「あんたさっきからなに変な質問してんのよ!」

 クラスメイトのみんなが笑いました。

「はは……。はあ……」

 まどか先生は、こっそりとため息をつきました。

「先生は、家庭訪問に来るので、なにも求めてませんよ? ゆうき君のお家は、いちごか桃の香りがするのかしら? 楽しみだわ!」

 ほほ笑みました。

「いや、匂いはちょっと冗談です。トイレにもう何年か前に使い切ってて、無臭になった消臭剤が置いてあるくらいかな?」

 まどか先生は、唖然としました。 

「と、とにかくみなさん! 今日明日は、家庭訪問がありますので、より道はしないように!」

 帰りの会がおわりました。


 まいとまなみ、石田君のクラス、一年一組でも、帰りの会が行われていました。

「えーみなさん。今日明日、家庭訪問がありますので、帰りはより道しないで帰ってくださいね」

 と、さわやかな声でしゃべるのは、一組の担任であり、新米教師の吉田よしだ先生です。 

「先生!」

「はい、まなみさんなんでしょうか?」

「めずらしい、質問なんて……」

 ほおづえしながら感心するまい。

「お茶菓子にバナナが出てもかまわないですか?」

「おーっと」

 ほおづえしていた手からスルッと落ちるまい。

「はい、かまいませんよ」

 と、サラッと返答する吉田先生。

「いや、なんでサラッと返答するのよ!」

 ツッコミをするまい。

「じゃあ、お母さんが家庭訪問中に虫が出ると困るからって、お線香を炊くんですけど、いいですか?」

「は? なんで家庭訪問中に虫なんて気にするのよ!」

「おお! まなみさんのお家は、とても親切ですね。バナナを用意し、さらにお線香を炊いてくれるなんて……」

 拍手をする吉田先生。

「いや、なんで感心する?」

 首を傾げるまい。

「というわけで、今日明日と家庭訪問がありますので、みなさんより道だけはしないようねに!」

「いや、せめてツッコんであげて!」

 まいの悲鳴とともに、帰りの会がおわりました。


 金山家の居間にある時計が、秒針を一秒、二秒と鳴り響く。秒針の音が、家中に響き渡る……。

 そして、スーツをめかし込んだたけしと、着物をめかし込んださくらに、緊張が走る……。

「二人とも!」

 まいの怒声が響き渡りました。

「普通の格好に戻って……」

「いや、でも……」

 と、ためらうたけし。

「いいから……」

 怒りのオーラを放つまい。

「は、はい……」

 観念したたけしとさくらは、普通の私服に戻りました。

「着物、まだ着れてよかった……」

 胸を撫で下ろすさくら。

「スーツなんていつぶりかな……」

 胸を撫で下ろすたけし。

「てか着物なんてあったのかよ、ケチのくせに……」

 唖然とするゆうき。

 ピンポーン。インターホンが鳴りました。

「うわあああ!! き、きき来たあああ!!」

 怖気づくたけし。

「お茶お茶お茶あああ!!」

 さくらはカンフースターみたいに奇声を上げて、お茶菓子を準備しました。

「まず出迎えなさいよ……」

 呆れるまい。

「なんでうちって、子どもより親のが先生来るの緊張すんの?」

 ゆうきは首を傾げました。

 先生は、まいが出迎えました。

「こんにちは〜。あら?」

「おじゃましまーす」

 男女が二人。まどか先生と吉田先生の二人が同時に見えました。

 金山家、それぞれの担任が、居間にそろいました。

「お忙しいところ失礼します。私、ゆうき君の担任でまどかといいます」

 お辞儀しました。

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 はりきってあいさつするたけし。横目でにらむさくら。

「まいさんの担任の、吉田です。よろしくどうぞ」

 お辞儀しました。

「こちらこそ会えて光栄ですわ!」

 はりきってあいさつするさくら。横目でにらむたけし。 

「と、ところでゆうきは、学校ではどんな様子でしょうか?」

 たけしは、ゆうきの肩を組み、まどか先生に質問しました。

「えーっと……。私まだ新米でして、ゆうき君と会って一ヶ月なんですが、ゆうき君は、好奇心旺盛で、クラスでも男女問わず仲良くできる子です」

「そうかそうか! ま、僕の息子なのでね。へっへっへ!」

 ゆうきの頭をワシワシするたけし。

「ただ、勉強のほどは、もう少しがんばったほうがよろしいかなあと思います。こないだ、算数のテストで〇点を取っていました……」

「まあ!」

 さくらが、ゆうきをキッと見つめました。

「い、いやあ……」

 ゆうきは後ろ頭をかきました。

「そ、それは先生がテストの採点が下手くそなだけだろ!」

「へ?」

 唖然とするまどか先生。

「俺はね、算数のテストで心の汚い人には見えない特殊なペンで答えを書いていたのさ。先生って、美人で胸でかいわりに、心はそんなにきれいじゃないんだな」

「え、ええ!? い、いやでも空欄でしたよ全部……」

「俺のような心のきれいな人間にしか見えないペンで書いたから……ね!」

 かっこつけた。しかし、その瞬間。

「いい加減なこと言ってるんじゃないの!!」

 さくらに両方のほおをつねられた。

「あの。僕からもよろしいですか?」

 吉田先生がひと声かけました。

「あ……。はいはいすみませんねえ!」

 さくらは、つねっていたゆうきをすっぽかし、まいの隣に座りました。

「で、まいは学校ではどんな様子ですか? この子口が達者なところがあるから、生徒たちを困らせたりしてませんか?」

「ちょ、もうお母さんったら……」

 ムッとするまい。

「あはは! まいさんはとても優秀で、生徒たちにもやさしく振る舞っていますよ?」

「ほんとですか!?」

 満面の笑みを浮かべるさくら。

「よきツッコミ役としても活躍しています!」

「ツッコミ役?」

 ポカンとするさくら。

「なぜそれをほめる?」

 照れるまい。

「僕は数学担当なのですが、こないだ教科書の問題文に出てくる人物を全員バナナに変えてやったら、まいさん突然ツッコミを入れてくれて、その瞬間、一組の教室は、拍手の音でいっぱいになりました」

「バ、バナナ?」

 キョトンとするさくら。

「だからなぜその話を出す!?」

 顔を赤くしているまい。

「あーあと。まいさん、プリントを職員室まで持ってきてくれて、お礼として、バナナをプレゼントしたら……」

 こうツッコミました。

『そんなバナナ!!』

 まいは、赤面になって、全身から湯気を発しながら、うつむいていました。

「そんなバナナ。そんなバナナだって〜」

 ゆうきは、「けけけ!」と、まいをバカにしました。

「うっさいわこのサル!!」

 まいは怒って、ゆうきを羽交い締めしました。

「こらこら二人とも! 先生の前でやめなさい!」

 二人をなだめるたけし。

「は、ははは……」

 引き笑いをしているさくら。唖然としている。

「あはは! 金山さんのお宅は、にぎやかでいいですね」

 吉田先生が、ほめました。

「ね、まどか先生!」

 まどか先生に顔を向けました。

「え!? あ、まあ……」

 あわててうなずくまどか先生。

(こりゃとんだ問題児を受け持ったわ……)

 心の中で、つぶやきました。

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