1.金山家、全員集合!

第1話

私立中学生の一年生、金山かなやままいと、弟の六年生ゆうきが住む家は、ブリキでできた、平屋建ての一戸建てでした。まいとゆうきと、父、母の四人家族でした。

 父、金山たけし、五十歳。工場で働く正社員。のんびりとした性格で、車が好き。

「さーて!」

 ゆうきと居間のソファーでくつろいでいたたけしは、伸びをしたあと立ち上がりました。

「ちょっとガソリン入れてくる」

 ゆうきに一言述べると、車がある車庫へ向かいました。

「父さん!」

 ゆうきが呼び止める。

「ん? お前もいっしょに行くか?」

「いや、そうじゃなくてさ。財布」

「え? あっ!」

 たけしは寝室に向かい、急いで財布を取りに向かった。

「すまんすまん! いやあ、前に財布を置いてきたことを忘れたままガソリン入れに行ったことがあるからなあ」

「ったく……。んでもって、免許もその中にあるから、母さんがよく警察つかまんなかったなって、カンカンだったよな!」

 たけしは後ろ頭をかいて、苦笑しました。

「じゃあゆうき。行ってくるよ」

「あいよ!」

 たけしは車がある車庫へ向かいました。

「いかんいかん!」

 けれどすぐに戻ってきました。

「カギ忘れてた……」

 ゆうきは呆れてソファーから転げ落ちました。

 たけしはのんびりとした性格をしていました。忘れ物が多いところが玉にキズですが。

 反対に、金山家で一番強いのは、母でした。名前は金山さくら。職業はタクシーのドライバー。パートの日勤で雇われています。年齢は……伏せておきましょう。

 週末前日の夕食時でした。

「ねえねえ。明日の土曜日はみんなで旅行行こうぜ?」

「なによゆうき突然?」 

 と、まい。

「いや、毎日外行って近くの公園行くかデパート行くかするのはもうあきたんだよ。父さん明日も休みだろ? 車でさ、遠くに連れてってよ」

「えーっと……」

「ダメです。旅行なんて行きません」

 と、さくら。

「なんだよ母さん! いつもそうやってケチなこと言いやがって!」

「母さんもパートが忙しいし、父さんも土曜日が出勤の日もあるの。ね?」

「ま、まあな?」

 と、たけしは返事をして、

「でも明日は休みだから、ゆうき、お前が行きたいところ連れてってやるぞ?」

 ゆうきの旅行に賛成しました。

「ほんと!?」

 喜ぶゆうき。

「はあ……。旅行なんてなにがいいのよ?」

 と、呆れるまい。

「姉ちゃんは車に乗った瞬間口から破壊光線のように吐くからそうやって呆れるんだ!」

「破壊光線ってどういう意味よ!」

 ゆうきをげんこつした。

「ちょっとあなた!」

 呆れるさくら。

「さくらも行かないか旅行に? 明日は休みだろ?」

「ええ? ま、まあそうだけど……」

「じゃあみんなで明日は旅行だ! 俺、東京行きたい!」

「バ、バカ! そんなとこ行ったら私の身が持たないわよ!」

「姉ちゃんの車酔いのひどさなんか知らねえよ〜」

 あかんべーするゆうき。

「こらあ!」

「はっはっは! まあまあゆうきもまいも。しかし東京かあ……。東京のどこに行きたいんだ?」 

「そりゃもちろん、秋葉原に……」

 バンッとテーブルを両手に当てて立ち上がるさくら。サッと顔を青ざめるたけし、まい、ゆうき。

「お金がかかるから〜……」

 さくらは鬼のような形相を向けて、

「旅行には行きませーん!!」

 雷をとどろかせました。

「す、すみませーん!!」

 三人は土下座して謝りました。

「って……。なんで私まで謝ってんのよ〜」

 まいは土下座しながら、途方に暮れました。


 まいとゆうきの二人は共同で部屋を使っていました。二人とも、就寝前に宿題をしていました。

「ったく母さんはほんとにケチなんだから……」

 えんぴつを鼻と上唇にはさんで文句を垂れるゆうき。

「しかたないでしょ。旅行はお金がかかるもん」

 と、宿題をしながら答えるまい。

「とかなんとか言って……。姉ちゃんは乗り物酔いがひどいから元々旅行なんて行く気ないんだろ?」

「まあ、そうとも言えるわね」

「酔ったら車の窓からマーライオンみたいに吐けばいいだけじゃんか」

「私はびっくり人間か! ていうかそんなことしたら変な家族に思われるでしょっ?」

 ツッコミました。

「はあ……。勉強の邪魔よ。どっか行って」

「あーあ! 旅行行きたいよ旅行旅行旅行!」

 敷いたばかりの布団の上でクロール泳ぎをするゆうき。ずーっと「旅行旅行旅行!」と連呼しながら、泳ぐ真似をしていました。

「やかましい!!」

 まいは、ゆうきの頭部にかかと落としをくらわしました。

「う、うちの女どもはどうしてこう乱暴なの……」

 ゆうきはたんこぶを付けたまま、気絶しました。


 翌朝。土曜日になりました。

「ゆうき、ゆうき……」

 朝起きてトイレから出てくると、洗面所から手招きするたけしが見えました。

「なんだよ父さん?」

「しーっ。旅行に行きたいか?」

「当ったり前だろ!」

「なら、今日は二人でこっそりと行っちゃお」

 たけしは、懐からチケットを取り出した。

「!」

 ゆうきは目も口もぽっかり開けてしまいました。たけしが懐から出したものは、デズニーランドのチケット二枚でした。

「東京まで新幹線使って、在来線に乗り換えれば行けるぞ。多分、夕方頃には帰れるさ」

「ああ! 男二人でデズニーランドなんて……。ぜいたくすぎるぜこのこの〜!」

 ゆうきはひじでたけしの横腹を突いた。

「でもどうやって突破口抜けるんだよ?」

「買い物に行くとでも言えばいいだろう」

「あ、そっか!」

「わははは!」

 二人は揃って笑いました。

「なーに笑ってんの?」

「わあああ!!」

 驚いた。まいがいました。

「な、なによ? びっくりしたじゃないの!」

「姉ちゃんこそなんだよ!」

「顔を洗いに来たのよ! さっさとどいてよ!」

「そ、それよりも……。み、見たか今の?」

「は?」

「見たかと言っているのだよ。さあ、怒らないから正直に申したまえ!」

 ゆうきは厳しく尋問しました。たけしは苦笑いしながら、チケットを後ろに隠していました。

「お父さん。なんか隠してるでしょ?」

「えっ!?」

 驚くたけし。まいはたけしの後ろを覗きました。

 たけしとゆうきを連れて、まいは部屋に来ました。

「頼む! このことは母さんにはだまっておいてくれ!」

 たけしとゆうきは揃って手を合わせてお願いしました。

「はあ……。そうまでして行きたいのね?」

 まいは頭をかいてから答えました。

「わかったわ。内緒にしとく」

「ほんと!?」

 目を輝かせるたけしとゆうき。

「その代わり! デズニーランドでお土産買ってきなさいよ? わかった?」

 指をさしお願いしました。たけしとゆうきはコクコクうなずいて了解しました。

「姉ちゃんいい? 母さんには、俺たち買い物に行くフリするから、もしなんか聞かれでもした時は、適当にごまかせよ?」

「もう! 私に面倒なこと押し付けないで!」

「まあ、明日はゆっくり家で過ごすから……」

 と、たけし。


 朝食を摂った一時間後。

「さくら?」

「はい?」

 食器洗いをしているさくら。

「その……。ゆうきと買い物に行くからな。ついでに、お昼ご飯を食べてこようと思ってるんだけど……」

「ええ? 外食は月に一度やるかやらないかがいいのよ?」

「あ、いや、その、あのね?」

 オロオロするたけし。

「き、昨日あいつ旅行行きたがってただろ? だからさ、デパートで食いたいもん食わせてやりたくてさ。まいは車酔いがあるし、二人で昼やりなよ?」

「うーん……。そうね。早く帰るのよ? ゆうきにとことん付き合いすぎないようにね」

「あ、あはは……」

 たけしは家の戸を閉めた。平屋建ての家なので、ガラガラとなる引き戸になっている。

「さすが父さん!」

「まあ、あとはまいに任せて。俺たちはパーッとやろうじゃないか!」

 男二人の、デズニーランドでの休日が始まりました。 


「おー!」

 ゆうきは、初めて乗る新幹線に大感激。

「新幹線なんていつぶりかな……」

 たけしも車窓から見える富士山を、感慨深げに見ていました。

 そして東京駅。

「父さん! なんか迷路みたいだねここ」

「そ、そうだな。はぐれるなよ?」

 二人は少し警戒心を持ちながら、駅の構内を進みました。

 在来線に乗り換え、デズニーランドへ向かう。

 東京の在来線はとても窮屈でした。車内は乗客がおしくらまんじゅう状態で、普段電車に乗らないたけしとゆうきは、四苦八苦していました。

「これが女の子ばっかならいいのに!」

 中年のおじさんにつぶれながら、嘆くゆうき。

 四苦八苦した満員電車。ようやく、デズニーランドに到着しました。

「はあ……」

 満員電車から開放され、息を吐くたけしとゆうき。

「おお……」

 目の前のデズニーランドの大門に感激しました。

「さあゆうき。行くぞ?」

「うん!」

 二人はまず最初に、タワー・タワー・タワーに向かいました。ゆっくりと上へ上へと上がっていき、頂上まで来た時、超スピードで下がるというデズニーランドでは有名なアトラクションです。

「俺ずーっと乗ってみたかったんだよなあ」

「あ、ああ。でも大丈夫か? お前、昔ジェットコースター乗ってしょんべんちびらすほど泣いたことあるんだぞ?」

 ゆうきはムッとして、

「六年生だぞ俺! もうしょんべんちびるほど弱かないやい!」

 反発しました。

「は、ははは……」

 たけしは気乗りしませんでした。

 三十分待ちの長蛇の列。いよいよゆうきたちの番が来ました。

「な、なあゆうき? 今ならやめてもいいんだぞ?」

「はあ? だから俺はしょんべんちびるほど弱かねえつってんだろ? 父さんのほうこそ、怖いんじゃないの?」

 ニヤリ。

「バ、バカを言え! 父さんはな、毎日工場の正社員として、でっかい機械を触ってるんだぞ? こんなもん、それらといっしょだ!」

 他のお客さんたちが、たけしの言葉に唖然としました。

「お待たせしました! タワー・タワー・タワー、まもなく出航いたしまーす!」

 スタッフの元気なかけ声で、タワー・タワー・タワーが上昇しました。

「ひい!」

 たけしはビクッとして、声を上げました。

「おう、すげえ!」

 ゆうきは、上昇中に、建物の隙間から見える景色に圧倒されました。

「こ、このままゆっくり下がって頂けるとうれしいです……」

 ガタガタ震えているたけし。

 頂上まで来ました。

「うわあ……」

 頂上まで来ると、建物に囲まれていないため、街の景色を眺めることができました。ゆうきや他のお客さんは、頂上からの見える景観に感無量です。

 しかし、たけしはというと。

「た、高い……。たか……たか……」

 気絶しました。たけしは高所恐怖症でした。

 感無量だったのもつかの間、タワー・タワー・タワーは一気に超スピードで下がっていきました。

「うわあああ!!」

 ゆうき、たけし、他のお客さんは悲鳴を上げながら、下へ下へと向かっていきました。

「ああ……」

 タワー・タワー・タワーをたんのうしたたけしとゆうき。力尽きた表情をしていました。

「ゆうき……」

「なに……」

「次はゆるいやつにしよう……」

「オッケ〜……」

 次なるアトラクションへ向かいました。


 一方、金山宅では。

「……。遅い!」

 さくらが、リビングでコーヒーを飲みながら、雑誌を読んでいました。

「ちょっとまい。二人とも遅くないかしら? もう十四時過ぎたあたりよね? 近くのデパートごときで、そこまで時間をかけるかしら?」

 満面の笑みを見せるさくら。しかし、これは本気で怒っていると捉えてもいいレベル。居間で読書をしているまいは、当惑しながら答えました。

「さ、さあ? どうせ二人のことよ。どっかで油売ってるんじゃない?」

「油ねえ……」

 少し間を作ってから。

「もしかして……。母さんに隠れて旅行に行ったんじゃないかしら?」

(バ、バレてる!?)

 まいはキラリと瞳を光らせるさくらにビクッとして、読んでいた本を落としました。

「だとしたら! 今日のディナーはなかったことになるかしらねえ?」

「デ、ディナー?」

 キョトンとするまい。


 高度なアトラクションに身も心も削られていたたけしとゆうきでしたが、たまたま行われていたパレードを目撃して、そのすばらしさで疲労が吹き飛びました。

「父さん、のど乾いた」

「えーっと自販機は……。あった」

 自販機の前に来ました。

「え!? に、二百円するのか!」

 一本単位の値段じゃないと、驚がくしました。

「ゆうき……。飲み物は、帰りに駅の自販機で買おう。な?」

「え?」

「というか、もうすぐ三時か。そろそろ帰らないとな」

「えーまだ遊び足りないよ」

「母さんの鬼のような顔を見たいのか?」

「よし、帰ろう」

「いい子だ」

 二人は駅まで向かいました。

「父さん」

 帰りの電車に揺られている最中、ゆうきに呼ばれて顔を向けるたけし。

「また連れてってよ?」

 たけしはほほ笑んで、

「今度は、まいと母さんも連れて行こうな?」

 と、返しました。


 東京から地元に帰って来た頃には、すでに夕暮れ時になっていました。

「まずい! さすがに怒られる! ゆうき、シートベルト着けろよ?」

 たけしは、急いで車を走らせる準備に取りかかりました。

「どうごまかす?」

 ゆうきが聞く。たけしは答えました。

「とりあえず、ドライブしてたと答えよう。それでもダメなら、あきらめよう」

「もう成す術はなしかよ!」

 たけしの車は、家へ発進しました。

 家に着きました。

「た、ただいまー……」

 そろーりと玄関に入ると。

 玄関では、さくらが正座していました。

「……」

 たけしとゆうきは呆然としました。

「あ、えっと……」

 たけしは思い切って言いました。

「ド、ドライブしてたんだよドライブ! ちょっとな、そこまで行くつもりがかなり遠くに行ってしまってな? ほら、ゆうきも旅行に行きたがってて、俺もなんか遠出したい気分になってさあ!」

「もうごまかしは聞かないわよ?」

 にらんできました。たけしとゆうきは怖気づきました。

「ったく……。なにも私はね、旅行に行くことが悪いなんて言ってないの。なんでもない日にね、行くことがもったいないって、言ってるのよ!」

「いや、でもたまの土曜日くらいは……」

 と、へこたれるゆうき。

「あんたは毎週行きたがるでしょ! いい? 旅行はね、たまに行くから楽しいのよ」

「ま、まあそうかもな」

 たけしがうなずきました。

「ていうか姉ちゃんは?」

 ゆうきが中に入り居間に向かうと、まいは居間でお茶を飲んでいました。

「もう話しちゃったわよ。あんたたちがデズニーランドに行ったことをね」

 ウインクしました。

「話したのか!」

 驚くたけし。

「こっちだってね? 今夜みんなでお出かけする予定を立ててたのよ。土曜日にみーんな揃うんだからね!」

 と、さくらは言い放ち、四枚のチケットを差し出しました。たけしとゆうきはチケットを見て、目を飛び出しました。そのチケットとは、商品券で、駅前の高級レストランの割引券だったのです。

「やれやれ。久しぶりにぜいたくさせてあげようと思ったのに、デズニーランドに行ったのなら、あなたたちはいいわよね」

「え?」

「まい。二人でたんのうしましょ? いつもよりお高いディナーをね」

「はーい!」

 たけしとゆうきは、拍子抜けてしまいました。あれほど旅行に行ってはならないと注意喚起していたはずが、実は我が家を高級レストランに連れて行くためだけにじらしていただけだった。わざわざごまかしてまでデズニーランドに行った自分たちってなんだったんだろう……。むなしい風が、二人の間に吹きました。

「まい……は制服着てるからいっか。母さん着替えてくるわね!」

「うんとおしゃれしてね!」

 和やかな気分のまい、さくら。拍子抜けでむなしい気分のゆうき、たけし。

「すいませんでしたあ!!」

 たけしとゆうきは土下座しました。

 結局、二枚商品券が余るのはもったいというさくらの意向で、家族四人そろって、高級レストランでごちそうしたそうです。

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