10.まい、お祭りデートをする

第10話

夏休みに入りました。

「イエーイ! 夏休みだぜ!」

 初日から、ゆうきは、はりきっていました。

 しかし、八月も下旬になると。

「うわあ……」

 意気消沈としていました。

「ゆうき? あんた宿題は済んだの?」

 まいが聞きました。

「え……」

 げっそりとした顔で、まいを見つめるゆうき。

「宿題? なにそれおいしいの?」

「ダメだこいつ。夏休みがもうすぐおわるからって、魂が抜けそうになってる……」

 呆れました。

「うわーん! 姉ちゃん私立生だろ? 姉ちゃんの力で夏休み延長してくれよ~」

「んなことできるか!」

「やべえよ。夏休みの宿題、自由研究と読書感想文と計算ドリルと漢字ドリル一式と図画工作とその他全然やってねえ……」

「要は、全部やってないなんてことは、ないわよね?」

 一応聞く。

「いや、それはさすがにないだろ」

 と、ゆうき。

「とりあえず早く片付けなさい!」

「あいよ!」

 ゆうきは、漢字ドリルに取りかかりました。

「はあ……」

 まいがため息をつくと、インターホンが鳴りました。

「まいー! まなみちゃんよ?」

 さくらが呼びました。

「まなみ? どうしたのかしら?」

 まいは、玄関に向かいました。

 玄関に来ると、まなみともう一人、クラスの男子が立っていました。

「あら? もしかして、田中たなか君?」

「は、はい! 僕は田中と申します!」

 きをつけの姿勢で、あいさつしました。

「ほら、田中君の口から言って!」

 まなみは、田中君の背中をバシッと叩きました。

「あ、あの金山さん!」

「は、はい……」

「そ、その……。あ、明後日の夜七時……。ま、まま、街で屋台があるのをご存じでしょうか?」

「屋台? ああ、なんかゆうきが楽しみにしてたわ」

「ゆうき!?」

 驚く田中君。

「弟君のことだよ」

 まなみが教えました。田中君は、ホッと胸をなで下ろしました。

「あ、あの金山さん!」

「な、なんでしょうか?」

「その、よかったらでいいんですが……。ぼ、ぼぼ、僕と……」

 小刻みに震える田中君。

「な、なんかよくわからないけど、落ち着いて? あ、そうだ。中に上がりなよ。お茶用意してあげる!」

 しかし。

「いいえ! 今この場で言わせてもらいます!」

 手のひらを見せ、きっぱり断りました。

「え?」

 呆然とするまい。田中君は、深呼吸をしてから、言いました。

「まいさん! 僕とお祭りデートしてください!」

「……」

 呆然とするまい。

「あ、明後日夜の七時、屋台の前に集合で! それでは!」

 一目散に、去っていきました。

「ええ、ちょっと?」

 田中君は、もういなくなっていました。

「ちょっとまなみ! どういうことなの?」

「じゃあまなみを部屋に上げてくれる?」

「はあ?」

 顔をしかめるまい。

「ついでに、弟君もお話に加えさせて?」

 耳打ちするまなみ。

「はあ? なんでゆうきなんか……」

 ゆうきと使う部屋に目を向けると、メラメラとオーラを放つゆうきが、覗き込んでいました。

 部屋。まい、ゆうき、まなみは三人でお茶菓子を囲み、話しました。

「デート!?」

 声をそろえるまいとゆうき。

「そう。田中君は、まいちゃんのことが気になるみたいで、いきなり声をかけるのはハードルが高いからって、まなみに話しかけたの」

「けっ! 小っせえ男だな」

 ゆうきがバカにしました。

「それで、明後日のお祭りの日に、私と距離を保とうと、決行したわけね」

「うん。それでさ、まいちゃんに頼みたいことがあってさ」

「なによ?」

「待って。俺が当てる」

 と、挙手するゆうき。

「まなみ、お前があいつと付き合いたいんだろ?」

「いや、まなみは全然関係なくて……」

「じゃあ、姉ちゃんは実は食ったあとつまようじで歯の間を突いてシーハーシーハー言うような女ですって教えればいいの?」

「違うよ」

「じゃあ、姉ちゃんは人ごみの中ならバレないだろうと、でかいおならを連発してるとか教えればいいの?」

「それも違う」

「じゃあ姉ちゃんはトイレに行ったあと洗わずに出る人だよって教えてやるか!」

 と言って、まいにげんこつされました。

「あんたちょっとだまってなさい……」

「え、まいちゃん今までの事実?」

 まなみが顔をしかめていました。

「なわけないでしょ! すべてこいつの出任せよ!」

「で、まなみが頼みたいのはね、田中君、超が付くほどの人見知りでしょ? だから、デート中も緊張しっぱなしで、お祭りどころじゃないと思うんだよね」

「はあ……」

 空返事するまい。

「そこで、まいちゃんには、いくつかデートでしてほしいプランを用意ました!」

 巻物を出しました。

「なぜ巻物?」

 啞然とするまいとゆうき。

「えーおほん! いいですか? ここに書いてあること全部、今から記憶すること」

「ええ? そ、そんなことできるわけないでしょ!」

「やっぱ姉ちゃん。あんな腰抜けとデートしないほうがいいよ。俺と祭りに行こうぜ?」

 さわやかな笑顔を見せました。

「あんたは宿題を済ませなさい!」

「今すぐにじゃないよ。明後日までに、これを読み込んでおいてってこと」

 巻物を渡しました。

「ここまでするくらいなら、明後日楽しいお祭りになるんでしょうね?」

受け取りながら、聞きました。

「それは田中君とまいちゃん次第かな?」

「え?」

「というわけで、田中君の一生に一度しかないデートを楽しませてあげてね。じゃあね!」

 まなみは、部屋を出ました。

「おじゃましました!」

 家を出ました。

「ったく。一体なにが書かれているのかしら?」

「おいおい。そんなのあてにしなくてもいいだろ?」

「でも、田中君せっかく誘ってくれたんだし、行かなくちゃね」

「とかなんとか言っちゃってえ。ほんとは自分も祭りに行きたいんだ!」

「それはあんたでしょ?」

 まいは、勉強机に向かいました。

「ふんっ。せいぜい好きでもない男と楽しくもない縁日をたんのうしといで」

 ゆうきも勉強机に向かいました。

「なによ……。あんたも来たければ来ればいいじゃないの」

 ふてくされたのか、ゆうきはなにも答えませんでした。まいは、巻物を開き、黙読しました。


 お祭り当日。

「ねえ、お母さん」

 台所で洗い物をしているさくらに声をかけるまい。

「なあに、まい?」

「今夜さ、お祭りに行くから」

「あらそう。もしかして、コレ?」

 洗い物をする手を止めて、小指を立てました。

「ち、違うわよ! い、一応ゆうきもついていくことになってんのっ」

 照れました。

「あはは! 照れなくていいのに。いってらっしゃい、車に気を付けるのよ?」

「あ、そ、それで……さ」

「なに?」

「ゆ、浴衣……ありますか?」

 さくらは、ポカンとしました。

「ジャーン! あるわよあるわよ! ほら、着てみて?」

 大喜びで、浴衣を出してきました。

「なんでそんなに嬉しそうなのよ!」

「まいが制服以外の服を着ようとするなんて、久しぶりだからつい……」

「ああもう! ま、まなみに着てこいって頼まれただけだから……」

「ねえ。お母さんもいっしょに行っていい? まいが小学三年生の頃、お母さんと浴衣着てさ、縁日行ったでしょ?」

 ほほ笑むさくら。

「ついてこなくていいから!」

「姉ちゃんまだ?」

 ゆうきが覗きにきました。

「ゆうき! あんたは先に行ってなさい」

「夜道を小学生に一人で歩かせるつもりか?」

「いつも街まで一人で歩けるでしょ? 一人で先に行きな!」

「姉ちゃん。浴衣姿を見られたくないから照れてるだけでしょ?」

 ニヤリとしました。

「そうよまい。ゆうきはまだ小学生。あんたも中学一年生なんだから、お互い一人で出歩くのは危険だわ」

「お母さんまで……。ったくわかったわよ。ちょっと着替えるから待ってて」

「いいよ! ここで着替えてくれれば、暇つぶしに……」

 ゆうきは、さくらにげんこつをくらい、玄関に閉め出されてしまいました。


 縁日は、大勢の人でにぎわっていました。学生が大多数でした。

「で、まなみと腰抜けはどこにいるんだ?」

 と、ゆうき。ゆうきも浴衣になりました。

「腰抜けじゃなくて、田中君でしょ? 確か、たこ焼き屋の前だって……」

 たこ焼き屋の前で、浴衣姿のまなみが手を振っていました。隣で、浴衣姿の田中君がモジモジと佇んでいました。

(お、まいちゃんさっそく第一の作戦を守ってくれたね!)

 心の中でつぶやき、ウインクするまなみ。巻物に書かれていたデートの作戦一号は、浴衣を着てくること。

「わ、わあ……」

 まいの浴衣姿をまじまじと見つめる田中君。

「な、なに?」

 恥ずかしがるまい。

「あっ! い、いえ!」

 照れて、顔をそらす田中君。

「はい見物料一万円」

 ゆうきが手を差し出しました。

「へ?」

「へ……じゃねえよ腰抜けが! 姉ちゃんの浴衣姿見物にはな、一万円必要なんだよ? ちなみに裸は百万円な?」

「は、裸!?」

 顔を赤らめる田中君。

「弟君。まなみと縁日楽しもっか!」

 まなみは、ゆうきの浴衣の襟を掴んで、引っ張りました。

「ご、ごめんね? 弟があなたのこと気に入ってないみたいで……」

「ううん! 別にいいよ」

「じ、じゃあ私たちも縁日楽しみましょ?」

「は、はい!」

 二人は、縁日へ向かいました。

 まなみとゆうきは、二人から距離が離れたところから、あとを付けていました。

「まなみたちは縁日を楽しむ兼、尾行をするのだ!」

「なあまなみ。一体あの巻物には、なにを書いたんだ?」

「えへへ! 三つ、まなみが考えた作戦が記してあるんだ。まあ、二人がコレになるかどうかはさておきね!」

 小指を立てて、ウインクしました。

「けっ。あんなのと姉ちゃんが釣り合うかよ!」

 ゆうきはふてくされました。

 まいと田中君は、焼きそば屋の前に来ていました。

「夜ご飯まだなんだ。焼きそば食べようかな?」

「はいどうぞ!」

 田中君は、ハッとしました。

「あ、あの! 僕おごるんで、金山さんはどこか木陰で休んでいてください!」

「え、ええ?」 

 ためらいましたが、

「はい、喜んで!」

 応えました。

「作戦第二号は、おごりには乗る!」

 茂みの中でイカ焼きをむさぼるまなみ。

「まなみ。そこはおごるより、割り勘にするのがいいのでは?」

 ゆうきもイカ焼きを食べていました。

「いいや。男の子は守ってあげたくなる女の子を好む習性がある。そして、女の子は守ってくれる男の子を好む習性がある! よって、田中君がおごり、まいちゃんはおごられるほうが、デートとして成り立つものなんだよ」

「そう?」

「弟君はまだ恋路を踏んだことがないから、そう思うだけだよ」

「じゃあまなみは恋したことあんのかよ?」

「ないよ?」

「ないんかい!」

 ひっくり返りました。

「お待たせしました!」

 木陰で待っていたまいに、焼きそばを渡す田中君。

「屋台の焼きそばなんて久しぶり」

 と、まい。

「僕もです」

「普段、週末に家で作るくらいだから」

「え? 金山さん料理できるんですか?」

「ええ、まあ」

「すごいじゃないですか! どうしてですか?」

「親が共働きで、二人ともいない時は、家事全般、担ってるのよ」

「そうか……。って、なんか僕質問攻めしてすみませんでした!」

「ええ!? い、いいのよ別に。まだお互いそんなに話したことないんだからさ」

「こ、今度はまいさんからどうぞ!」

「私から!?」

 まいは考えました。

「じゃあさ。どうして私をお祭りに誘ってくれたの?」

「え?」

 見つめ合う二人。

「さあここで作戦第三号!」

 木陰でクレープを持ち、声を上げるまなみ。

「え、もう?」

 同じく、クレープを持つゆうき。

「ここで、ズバッと田中君がまいちゃんに……。こ・く・は・く♡」

「告白?」

 ゆうきは、自分の背景に映るまいの姿が粉々に割れるイメージが浮かびました。

「それは……」

 言葉を詰まらせる田中君。でも、必死に伝えようとする。

「それは僕が……。金山さんのことを……」

 目を閉じた時でした。

 ドーンと花火が打ち上がりました。花火大会が始まったのです。

「きれい!」

 感激するまい。

「あ、あの! 僕、花火がよく見えるところ知ってるんです。行きませんか?」

「よく見えるところ?」

 二人は、田中君にしか知らない穴場へと向かいました。まなみとゆうきも、あとを追いました。

 そこは、人が誰もいない、展望台でした。打ち上げられる花火が真近くに見えました。

「きれいね……」

 田中君は、花火に見惚れているまいを見ました。

(これ、チャンスなんじゃ!)

 と、思いました。

 一方、茂みからこっそり二人を覗いているまなみとゆうき。

「なあまなみ。姉ちゃんの三つ目の作戦はなんなの?」

「えーっとね……。まいちゃんが田中君に告白したあとに使うよ?」

「え? そ、それってまさか……。さっきの田中と同じ!」

「こ・く・は……」

「ああバカ! それ以上言うと息の根を止めるぞ?」

 まなみの口を押えました。

「か、金山さん!」

「ん?」

「ぼ、僕……。改めて伝えたいと……思います!」

「……」

 田中君を見つめるまい。

「言うな言うな!」

 今にも茂みから飛び出してきそうなゆうきを抑えるまなみ。

「僕がお祭りに誘った理由……。それは……。それは!」

(わかっているけど、私あえてあなたが口に出すまで言わないよ)

 と、心の中でつぶやくまい。

「違うよ弟君!」

 飛び出しそうなゆうきを、すぐそばの木に抑え込むまなみ。

「僕……」

 胸を高鳴らせ、想いを伝えようとする田中君。花火が高く舞う。

「もういいわ! 田中君、よくがんばったわね」

「ええ?」

「お祭りに誘ってくれてありがと。あなたが私に好意を寄せていたことは、今日いっしょに来ていた友達から、聞いたわ」

「そ、そうだったの!?」

 驚く田中君。

「あなたが今仮に想いを伝えていたとしても、返ってくる答えはノーよ」

「……」

「今夜誘いに乗ったのも、あなたにデートというものを楽しんであげるためだったの。友達が、いくつか作戦をあげてくれてね。ごめんね、別にあなたをだますつもりはなかった。でも、私はあなたの気持ちには答えることは、できないわね……」

 田中君はほほ笑み、答えました。

「いいんですよ! むしろ、気持ちがすっきりしました。僕自身の口から伝えたわけではないけど、お互い気持ちを共有できたわけだし、それだけでも、喜ばしい限りです」

「でも、久しぶりのお祭りは楽しかったわ。また、機会があったら誘ってね?」

「は、はい!」

 そして、二人は顔を合わせて、ほほ笑みました。

 茂みに隠れていたゆうきは、地べたに座り込んで、ふてくされていました。

「チェッ。なーにが共有できただよ?」

「弟君、よかったね!」

 まなみがほほ笑みました。ゆうきは「ふんっ」とすねました。

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