9.まなみのおじいちゃん

第9話

まいとまなみは、二人で下校をしていました。

「ねえまなみ。今日あんたの家で宿題していい?」

「なんで?」

「自分ちじゃ、ゆうきがうるさいのよ」

「いいよ」

「ありがとう!」

 まなみはうっとりして、

「どうやってもっていこうかなあ?」

 体をくねらせました。

「どうした?」

 唖然とするまい。

「ええ? まいちゃん、その気があるからまなみの家に行くんじゃないの?」

「は? その気ってなによ?」

「じらさないでよ。まなみたち、そういう関係じゃない……」

 照れた顔を隠し、モジモジしました。

「わけわからんこと言ってないで、家に案内しなさい!」

 ツッコみました。


 まなみの住むマンションに来ました。

「おじゃましまーす」

 まいとまなみは中に上がりました。

「おかりなさいませ、お嬢様!」 

 玄関に突然、執事のようなお年寄りが現れました。

「うわ!」

 まいはびっくり。

「おじいちゃん! 来てたの?」

「お久しぶりでございます、まなみお嬢様」

 丁寧におじぎをしました。

「お、おじいちゃんって?」

「この人、まなみのおじいちゃんなの」

「ええ!?」

 驚くまい。

「初めまして。わたくしまなみお嬢様の祖父であり、執事であります。どうか、以後お見知りおきを」

 丁寧におじぎをしました。

「あ、えっと……。友人のまいです……」

 まいもおじぎをしました。

「立ち話もなんですから、どうぞお上がりください。お茶をご用意しております」

「わーい! まいちゃん、おじいちゃんの作るアイスクリームは最高なんだよ?」

「へ?」

 二人は居間へ向かいました。

 居間には、小皿によそったソフトクリームと温かい紅茶が置いてありました。

「どうぞ。ごゆっくりお召し上がりください」

 と、まなみのおじいちゃん。

「い、いただきます」

 まいが、紅茶を一口飲みました。

「おじいちゃーん? まなみは紅茶きらいだって言ったじゃん?」

 おじいちゃんをにらむまなみ。

「大変申しわけございません」

「オレンジジュースにして!」

 紅茶の入ったカップを差し出しました。

「しかしまなみお嬢様。ソフトクリームとオレンジジュースでは、両方冷たいもので、お腹を壊してしまいます」

「いいの! オレンジジュースにして!」

「かしこまりました」

 まなみから紅茶を受け取り、オレンジジュースを入れに向かいました。

「ちょっとまなみ。いくらなんでもわがまますぎるわよ」

「おじいちゃん執事だからいいもん」

 と言って、アイスを一口入れました。

「ね、ねえ。あの人、ほんとに執事なの?」

「いや、ほんとはただの介護職員」

「だあ!」

 ひっくり返るまい。

「じ、じゃあなんで執事みたいにスーツめかし込んでんのよ!」

「それは、おじいちゃんが執事に憧れていたからです」

「憧れ?」

 まなみは、アイスを口に入れてから、話しました。

「おじいちゃんはお母さんのお父さんなの。小原家は、代々お金持ちだったから、おじいちゃんは執事になろうって夢見てたみたい」

「でもそれが、何故なにゆえ介護職員に?」

「小原家はお金持ちだけど、執事を雇うほどではないって、断れたんだって」

「はあ……」

 唖然とするまい。

「ていうか、あんたのお母さんって、旧姓がアリスの苗字だったのね」

「そうだよ」

「なるほど……。身内が隣同士、いいマンションで暮らしているわけね」

 と言って、

「それはともかくして。あんたのおじいちゃん、昔からあーなの?」

 聞きました。

「まあね。お母さんが子どもの時から、執事を目指して、介護のお仕事がんばってたみたいだから」

「へ、へえ」

 とりあえず感心するまいでした。

「ていうか、ジュース持ってくるのにえらい時間かけるのね、あんたのおじいさん」

「え? いや、オレンジジュースなら、冷蔵庫に入れてるやつがあると思うけど……」

 まなみは、アイスを食べきると、おじいちゃんのいる台所へ向かいました。

「おじいちゃーん? ジュースまだ? おじいちゃん!」

 台所に来た時、目を丸くしました。

「まいちゃん来て!」

 まなみの大声を聞き、かけつけるまい。

「どうしたの?」

 まいも台所に来て、がく然としました。

「おじいさん!」

 まなみのおじいちゃんが、腰に手を当て、しゃがみ込んでいるじゃありませんか。

「おじいちゃんどうしたの? おじいちゃん!」

「な、なんともありません……。ただ、腰に激痛がするだけです……」

「それやばいじゃないの! まなみ、とりあえず居間のソファーに運ぶわよ?」

「う、うん!」

 二人でおじいちゃんの肩を組み、ソファーへ運びました。

「すみません……」

「まなみ、湿布持ってきて? おじいさん、今日はもう痛みがなくなるまで、安静にしていてください」

「いいや。そういうわけにはいきません」

「どうして!」

「なぜなら、雨音奥様の夕飯の支度を手伝わなくてはならないからです」

「へ?」

「まいちゃん、湿布持ってきたよ」

 まなみが来ました。

「ねえまなみ。いつもご飯の支度は誰がしてるの?」

「え? あ、そうだ!」

 ハッとするまなみ。

「おじいちゃんどうしよ! お母さん料理できないから、今日の晩ご飯どうしよ!」

 あわてるまなみ。呆れてひっくり返るまい。

「ご心配なさらず。この執事目が、お作り致します」

「ほんと!?」

 ぱあっと顔を明るくするまなみ。

「いやいや腰に激痛感じてる人にそれは無理よ!」

 ツッコむまい。

「じゃあ誰が夕飯の支度するのまいちゃん!」

「あんたかお母さんがやればいいでしょ!」

「ダメだよ! まなみも、お母さんも料理できないもん」

「ええ? じ、じゃあもしかして、今までおじいさんに任せっきりだったってこと?」

 まなみはコクリとうなずきました。

「まい様。わたくしは大丈夫で……いたたた!」

「いやいや無理ですって!」

「まいちゃんどうしよ~。今夜はプチ断食でもしようかな?」

「やれるもんならやってみなさい!」

「ただいま~」

 まなみの母親である、雨音が帰ってきました。

「あらあらまいちゃん、それにパパ来てたの?」

「お母さん。あのね、おじいちゃんがギックリ腰になっちゃった」

「あらまあ」

「大丈夫ですぞ? このと……いたたた!」

「あの! まなみのお母さんは、料理できないんですか?」

「へ? ええ、そうね。昔から旦那かパパにやってもらってたから……」

 と言って、

「でも今夜はダーリンは、出張で帰ってこないのよ~。お夕飯どうしましょ?」

 首を傾げる雨音。

「やっぱりプチ断食だ!」

「まなみには無理よ」

 と、まい。

「はあ……。あの、私料理得意なほうですけど……」

「あ、そうだったわね! まいちゃん、前にすき焼きととんかつを作ってくれた時あったわよね」

「とんかつとすき焼き?」

 と、おじいちゃん。

「ほんと?」

 まなみがまいの顔を見る。

「あんたが家出した時よ」

「お願い! なんでもいいからさ」

 両手を合わせる雨音。

「まいちゃんの料理なら、まなみも前にお弁当作ってもらって食べたことあるもんね」

 まなみも両手を合わせました。

「はは……。どこの世界に中学生に人んちの夕飯頼むやつがいるのよ……」

 呆れるまい。

「お願いします!」

 と、おじいちゃん。

「まい様の実力、ぜひこの目でご覧いただきたい」

 まいは、呆然とし、おじいちゃんを見つめました。


 台所で、冷蔵庫の中にあったものを根こそぎ取り出し、まいは、今晩、新城家に捧げるメニューを考えました。

「まいちゃんまいちゃん」

 まなみが呼びました。

「まなみね、野菜がきらいだから、あまり野菜入れないでね?」

「は、はあ……」

「まいちゃん」

 今度は雨音が呼びました。

「なにかわからないことがあったら、いつでも呼んでね? 居間でテレビ観てるからさ」

「は、はい……」

 唖然とするまい。

「まいちゃんまいちゃん」

 またまなみが来た

「今度はなに?」

「まなみね、お肉は鶏肉が好きなの。あ、でも皮は取ってね? あれ脂っこくて好きじゃないの」

「は、はいはいわかりましたよ」

「まいちゃんまいちゃん」

 また雨音が来ました。

「どこになにがあるかわかる?」

「え、ええわかりますよ? 台所は慣れてますんで」

「ほんと? なにかあったらすぐに呼んでね?」

「は、はいはいありがとうございます!」

「まいちゃんまいちゃん」

「なっ!」

 またまなみが来ました。

「お米はちゃんとうまく炊いてよ? たまに水が多すぎてなんかみずみずしくなる時あるじゃん? あれはやめてね」

「むむ~」

 イライラしているまい。

「まいちゃんなにか困ってることなーい?」

 雨音が来ました。

「ああもういちいち話しかけるなーっ!!」

 ついにキレました。

「二人とも! やっぱ手伝ってもらいますからねえ?」

 メラメラと燃え、二人に圧を与えるまい。その圧にやられるまなみと雨音。

 結局、三人で夕飯の支度をすることになりました。

「まなみはなにをすればいいの?」

「あんたはお米を炊く係よ? まずお米を洗うとこから始めて」

「お母さんはどうしよっか?」

 と、雨音。

「えーっと……。お母さんは、私と具材を切りましょう」

「えー?」

「え? い、いやですか?」

「いやよ。包丁怖いもん」

「大丈夫かこの家族……」

 呆れるまい。

「包丁なんて慣れちゃえば怖くないですから。まず、にんじんで練習してみましょ? はい包丁を持って、にんじんを持つ手は猫の手にして?」

 言われたとおりにしました

「あとは、こうトントントンって切るだけです」

 雨音は、ゆっくりと慎重ににんじんを切りました。

「上手に切れたわ!」

 喜ぶ雨音。

「上手上手!」

 拍手して喜ぶまい。

「……」

 居間のソファーから二人の様子を覗くおじいちゃん。

「うれしい! もっといろんなものを切ってみたい!」

「じゃあ、今度はじゃがいもを切ってみましょうか」

 じゃがいもを渡しました。

「はっ!」

 雨音は、じゃがいもを上に投げ、まるで刀で斬るようにして、包丁をさばきました。

「峰打ちじゃ!」

「いやいや普通にあぶないですって!」

 ツッコみました。

「まいちゃーん!」

 まなみが呼びました。

「なあにまなみ?」

「お米全部こぼした」

「なにやってんのバカ!」

 お米は、すべてシンクにこぼれてしまっていました。

「なんで?」

「なんでって……。ちゃんと手で添えながら流さないからでしょ?」

「え? どゆこと?」

 まったくわかっていない様子のまなみ。まいは唖然としました。

「つまり、お米を洗ったあと流す水は、お釜に手を添えて、こう手に流す感じでやるのよ」

 実演してみせました。

「なるほど」

「そうすれば、全部はこぼれないのよ」


 野菜や肉が入った鍋がぐつぐつと煮えている。

「カレールーを入れるわよ」

 と、まい。

「なーんだ。カレーライスを作るつもりだったのね」

 と、雨音。

「それならそうと、言ってくれればよかったのに」

「いや、始めからなんとなく察しなさいよ……」

 呆れました。

「ねえねえ。カレーなら、隠し味を入れましょうよ」

 雨音が提案しました。

「おもしろそう!」

 賛成するまなみ。

「ルー混ぜたわよ」

 まいが教えました。

「じゃあまなみ、イチゴミルク入れる!」

 イチゴミルクをドバドバと流し込みました。

「ちょっと! そんなの入れたら変な味になるでしょ?」

 まいが止めようとしたのも遅く、イチゴミルクは全部カレー鍋に投入されてしまいました。

「大丈夫よまいちゃん。甘くしたなら、辛くすればいいもの!」

 と言って、ためらいもなく、練りわさびを投入しました。

「ちょーい! それじゃツーンと辛いカレーになっちゃう~!」

「じゃあ、今度はキャンディ入れてみる? まなみ、電子レンジで溶かしてみたんだけど……」

 溶かしたキャンディを投入しました。

「きゃあああ!!」

 悲鳴を上げるまい。

「ダメよまっちゃん」

 雨音は、塩を一袋全部投入しました。

「きゃあああ!!」

 悲鳴を上げるまい。

「きゃあああ!!」

 黒糖を一袋丸々投入しました。

「きゃあああ!!」

 唐辛子を一袋丸々投入しました。

「きゃあああ!!」

 悲鳴を上げるまい。

「落ち着きなされ!」

 おじいちゃんが、まいに言い放つ。

「あなたは絶対的な腕がある。こんな時でも乗り越えられるはずです!」

「……」

 始めは当惑しました。しかし、確信しました。

「おりゃあああ!!」

 まいは、カレールーをすべて使い、リメイク料理を始めました。

「ま、まいちゃん?」

 呆然とするまなみと雨音。

「さすが、さくらちゃんの娘……」

 雨音は、まいの母親であるさくらの名をつぶやき、感心しました。

「できました!」

 まいは、カレールーを、肉じゃがにリメイクしました。

「普通は、肉じゃがをカレーにリメイクするのだけど、ここはあえて逆にしてみたわ……」

 額の汗を拭いました。

「でもこれで、夕飯ができたねお母さん!」

「そうね、まっちゃん!」

 二人で顔を合わせ、ほほ笑みました。

「うむ……」

 おじいちゃんは、コクコクとうなずき、まいの腕前に感心していました。

「まい様。あなたは同じ頃合いのさくら様と似ていらっしゃる……。あの頃は料理ではなく、雨音奥様の誕生日ケーキを作ってくださいました」

 その時のことを思い出し、感慨にふけっていました。


 まいがリメイクした肉じゃがは、あっという間に完食されました。

「ていうか私なんでまなみの家に来たんだっけ?」

 まいは、考えました。

「宿題しに来たんじゃないのよ!!」

 思い出しました。

「夕飯を手伝って、挙句にごちそうまでして……」

 ガクガク震えました。

「まいちゃんどうしたの?」

「まなみ! 今から宿題やるわよ?」

「え? あ、そうだ! そういえば、まいちゃんまなみの家で宿題をやるために来たんじゃん」

「宿題やったらすぐ帰るから!」

「まいちゃん、家まで送るわよ?」

 雨音が声をかけました。

「お母さん。まいちゃんね、ほんとは宿題をするためにうちに来たの」

「あらそうなの? ごめんなさいね、わざわざ夕飯の手伝いまでしてもらっちゃって」

「い、いえ……」

 そこへ。

「まい様。宿題なら、わたくしめが代わりに引き受けましょう」

「おじいさん!」

 ハイハイしながらやってきました。

「まだ腰が痛むんじゃ……」

「宿題くらい、滅相もございません。まい様はお風呂に入って、お帰りになられてから、寝支度ができるようになさってください」

「し、しかし……」

「まあまあまいちゃん。おじいちゃんは、まいちゃんにお礼がしたいんだよ」

「うーん……。じゃあ、お願いします」

 お願いました。

「まいちゃんをまなみの部屋に呼ぶの久しぶり」

「私も呼ばれたの久しぶ……」

 部屋に来て、呆然としました。

 まなみの部屋は、ごみ屋敷同然になっていました。床には、お菓子の袋や服が散漫しており、勉強机には出しかけのペンやマンガがたくさんありました。

「ゲームでもする?」

「しないわよ! 今から掃除するのよ!」

 まいは、掃除機とぞうきんを片手ずつに持って、部屋の掃除を始めました。

「まいちゃん、掃除も得意なんだね」

「感心している場合か! なんで人んちに来てまで、掃除しないといけないのよ!」

 怒りながら、まなみの部屋に散漫しているごみを捨てたり、服を一ヶ所に集めたりしました。

「まいちゃーん。お母さんのもお願いできる? まっちゃんみたく、ごみ屋敷状態なの?」

「へえ?」

 まなみの部屋の掃除のあと、すぐに雨音の部屋の掃除もしました。おじいちゃんは、部屋の掃除までこなせるまいに、さらに感激しました。

「もうしばらくは、新城家には来ないんだから!」

 心に決めたのでした。

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