7.あん子、明るくなる

第7話

初夏の登校日の朝。雲行きがあやしい。雷がゴロゴロ鳴っていました。

「あーあ! 学校休みになんねえかなあ」

 ゆうきは、窓の外を見上げ、つぶやきました。

「台風でも来なきゃ、休みになるわけないでしょ?」

 夏服になったまいが言いました。

「うるせえよこの勉強大好きおっぱい星人!」

「うふふ!」

 まいは笑いました。

 まいとたんこぶを付けたゆうきは、並んで歩き、登校しました。

 ゴロゴロと雷が鳴りました。

「落ちたらどうする? 学校休みになる?」

「落ちないでしょ? ここは山じゃないんだから」

「チェッ……」


 私立中学校。

「まいちゃ~ん……」

 読書をしているまいに、まなみがくっついてきました。

「な、なによ?」

「雷怖いよ~」

「知らないわよ。鳴った時に耳でもふさいどけば?」

 まなみを体から離しました。

「鳴った時じゃ遅いよ。ああ、雷怖い雷怖い~!」

 ガタガタ震えました。

「もう……。そんなに怖いなら、サングラス付けて、耳栓すればいいじゃないの?」

「へ?」

「私は今読書してるの。邪魔しないで?」

 まなみは、言われたとおりにサングラスを付け、耳栓をしました。教室にいる他の生徒たちから、ひそひそとうわさされました。

「まいちゃん? まなみを笑い者にしようとしてる?」

 にらみました。

「そ、そんなことないわよ?」

「おっはよー!」

 誰かが教室に入ってきました。

「いやあ! 今日もはりきって勉強がんばろう!」

見慣れない女子生徒が入ってきました。いや、どこかで見たことあるような顔です。

「あ、まいちゃん! その節は毎度おおきに~!」

 読書中のまいの手を握ってきました。

「なな、なんですかあなた!?」

 驚きました。

「ええ? 私ですよ私」

「へ?」

 まいは首を傾げました。

「あん子ですよ!」

「え?」

 まいとまなみは二人で首を傾げました。

「えー!?」

 二人で声を上げました。


 チャイムが鳴って、休み時間になりました。

まい、まなみ、あん子の三人は、人気のない昇降口に来ていました。

「で、本当にあん子さんなの?」

 まいは聞きました。

「本当です」

「まいちゃん確かにあん子ちゃんだよ。だって、青みがかったロングヘアなんて、うちのクラスにあん子ちゃんくらいじゃない」

「た、確かに……」

「でもどうして突然明るくなってしまったのか。それを今からお伝えしようと思います!」

 まいとまなみは、コクリとうなずきました。

「じ・つ・は……」

 ゴクリと息をのむまいとまなみ。

「今日みたいにむっちゃ天気悪い日は、むっちゃ明るくなるんです!」

「だあ!」

 まいとまなみは、ひっくり返りました。

「な、なんでよ……」

 と、まい。

「それはわからないです」

「まるで天気痛みたいだね」

 と、まなみ。

「まいさんまなみさん!」

 まいとまなみの手を片方ずつ握りました。

「天気予報では、これからもっと悪くなると聞きました。それに合わせて、私もさらにハイテンションになるかもしれないんです」

「は、はあ……」

 と、まい。

「そこで! あなた方二人に、これ以上ハイテンションにならないように、見張っていてほしいのです!」

「えーどうして? まなみとしては、人見知りが直ったんだし、よくない?」

「ですよね~! って、ちゃいまんねんがな~!」

 普段なら絶対ありえないノリのいいツッコミをしました。

「私は元々人見知りです! 今ここで目立ってしまったら、明日天気いい日に、元のジメジメした私に戻った時、クラスのみんなが私のところによってきて、人気者になっちゃうじゃないですか!」

「中身は元のあん子ちゃんなのかしら?」

 唖然とするまい。

「わかったわ。これ以上ハイテンションにならなきゃいいのね?」

「そうです!」

「どうしたらいいのかしら?」

「わからないです!」

 自分の頭を小突くあん子。

「まなみ……」

 まなみを見るまい。

「やっだまいちゃんったら! すぐにまなみを見ないで?」

「あんたアイデア浮かぶの得意でしょ? なんか考えて!」

 キッと見つめました。

「うーん……。嬢様の頼みとあらばしかたがない……」

「誰が嬢様だ!」

 ツッコミました。

「うーん……。あん子ちゃんさ、一段と気持ちが暗くなる時ってどんな時?」

「え? うーんとね、いつもだと授業中指名されたり、グループを組まなくちゃいけなかったり、話しかけられたりすると、エクトプラズムが放出されるかな」

「でも今の明るいあん子さんじゃ、それはないのでは?」

「多分!」

「でもまなみたち、あん子ちゃんをこれ以上明るくしないように努めてみるね!」

「お願いしまーす!」

 あん子は敬礼しました。


 数学の時間。外は、大雨が降ってきていました。

「ではこの問題を……」

 と、吉田先生が指名しようとしして。

「はい!」

 と、まなみ。

「あん子ちゃんがいいと思いまーす!」

「はいはいはーい! あん子、いっきまーす!」

 あん子は手をピンと上げました。

「じゃあ越野さん」

「答えは……。わかりませーん!」

 両手でバッテンを作りました。教室が静まり返りました。

「あははは!」

 生徒たちが笑いました。

「越野さんおもしろい回答ですね。でも今は授業中ですので、ちゃんと答えましょうね」

「はーいのはいはい!」

 あん子は席に着きました。

「あ、あん子さん……」

 まいは、唖然としました。


 お昼休みになりました。雨はさらに強まり、雷も鳴り続け、時たま光るようになりました。

「はいよい子のみんなーっ! 給食の時間だぜい!」

 あん子も、さらに上機嫌になりました。

「男子は成長期なんだからいっぱい食いなよ? あっはっはっは!」

 男子の茶わんやおわんにご飯、おかずをたくさん寄せました。

「それにしても! 今日はすごい天気だぜ! 私自身、もうどうにもならないくらいにテンションアゲアゲだぜチェケラ!」

「まいちゃんどうしよ? キャラが変わりつつあるよあん子ちゃん」

「どうしよって……」

 呆然としているまいをよそに、あん子はラップを歌い始めました。


♪あん子のラップ


 YО!今日はじゃじゃ降り嵐の日 あん子はごぎげん高めの日?


 なぜだかわからん明日が怖いよ みんな今日のことは忘れてくれよYEAH!


 拍手が起きました。雷が鳴りました。

「いやあ! どうもどうも!」

 あん子はぺこぺこおじぎをする。

「じゃあもっともっともーっと盛り上げちゃうよ! あん子、いっきまーす!」

「まずいことになってきた!」

 まいは、ガタっと席を立ちました。

「まいちゃん。今食事中なのに席を立つのは行儀が悪いよ?」

「今そんなこと気にしてる場合か!」

 まいは、あん子の元へかけていきました。

「あ、あん子さん! 落ち着いて? 明日は天気いいみたいよ」

「おお! ミスまい!」

「へ?」

「みんなー! 今から、まいとこのあん子様が、ラップ対決しちゃうよ! 他のクラスの子呼んどいで!」

 クラスの生徒たちは、仲良くしている他クラスの生徒を呼びに向かいました。

「こんなとこじゃなんだから、体育館に行こうぜミスまい」

「え?」

「さあ、レッツ体育館♪」

 ウキウキで体育館に向かいました。

「あーん子! あーん子!」

 クラスの生徒たちがコールしました。

「どうしてこうなった?」

 唖然としているまい。


 お昼休み。体育館のステージに、”まいvsあん子のラップ対決!”という幕がかかっていました。

「さあ突如として始まりましたラップ対決! 司会はわたくし新城まなみと!」

「石田なおとでーす!」

「さて、石田君。この勝負、どちらが勝つと思いますか?」

「いやあ僕としてはね。幼馴染みであるまいさんに勝ってほしいと思いますよ」

「ですよね! しかしまいちゃんはラップはおろか、人前でステージに立ったことのない弱腰。こんなんでこの勝負おもしろいものにな……」

「なにサラッと司会なんて始めてんのよあんたら!!」

 まいが後ろからツッコんできました。

 ステージに、プシューと噴出された霧。その中から、あんこが登場。第一学年の生徒全員から拍手が起きました。

「あん子ぉ、ラップがんばるもん!」

 かわいく言って、

「てめえら応援しねえと全員地獄に叩き落とすぞゴラァ!!」

 怒鳴りました。歓声が上がりました。

「さ、さすが大雨の日の越野あん子さん! 僕驚いちゃったよ……」

 と、石田君が司会。

「さあ続いて! この学年の第二位の成績、金山まい~!」

 まなみの司会でステージの幕がひらき、まいが登場しました。生徒全員拍手で迎えました。

「は、恥ずかしい……」

 まいは、緊張していました。

「さあまいちゃん! 今の意気込みをどうぞ!」

 マイクを掲げました。まいは、照れながら言いました。

「な、なんで今この場に立ってるのか、不思議で不思議でしかたありません……」

 拍手が起きました。

「拍手するな!」

 ツッコミました。

「勝負のルールは簡単。どちらのラップがよかったか、第三学年の音楽部部長、ももこさんに審査してもらい、よかったほうが勝ちです」

 まなみは、ももこを手で示しました。

「い、いつの間に!?」

「ももこでーす。その節はどうも~」

 手を振るももこ。

「てことで始めます。トップバッターは……」

「このあん子からだあ!」

「じゃあ、あん子さんから。スタート!」

 まなみがゴングを鳴らし、スタートしました。


♪あん子のレゲエ


なぜこうなってしまったのかわからないが しかしこれは生まれついたものであり


外は大雨、嵐、雷の三連チャンだからして 今のあん子は超ハッピー!


 拍手が起きました。

「さすがね。でもこれはラップじゃなくてレゲエね」

「レ!」

 あん子は言って、

「げええ」

 ゲップしました。生徒たちは笑いました。

「……」

 呆然とするまい。

「さあ続いてまいちゃんです!」

「え、え? わ、私?」

「まいちゃんがんばれ!」

 石田君が応援しました。

「ちょっ! わ、私がラップなんて!」

 舞台の上から、拍手と歓声を上げる生徒たちが見えました。

「ひっ!」

 まいは、目を回しました。

「まい!」

 ももこの声がしました。

「自由に歌えばいいのよ。それでラップになるんだからね」

「自由……に……」

 つぶやくと、雷が大きくとどろきました。停電して、体育館が真っ暗になりました。

「きゃあああ!!」

 まなみは、隣にいた石田君に抱き着きました。

 外は、嵐が吹いていました。

 と、校内放送が流れてきました。

『全校生徒のみなさん。午後は、嵐がひどいため、保護者の方の送迎で帰宅していただきます』

「イエーイ!」

 歓声が上がりました。同時に雷がとどろきました。

「きゃあああ!!」

 女子が悲鳴を上げました。生徒たちは、身動きが取れなくなってしまいました。

「うおおお!!」

 あん子がうなり声を上げました。

「おろかなる人間どもめ! 駆逐してやるー!」

 目を赤く光らせ、人間ではなくなってしまいました。

「あの子、宇宙人かなにか?」

 石田君、まなみとステージ裏に隠れたももこが、彼に聞きました。

「いや、違うと思います……」

「うおおお!!」

「きゃあああ!!」

 生徒たちに襲いかかるあん子。

「うおおお!!」

 暴れるあん子。

「うおおお!!」

 うなるあん子。

「もうやめて!!」

 まいが叫びました。

「こんなのって、あんまりだわ! あんたの目、覚ましてあげるわよ……」

 赤い眼光でまいをにらむあん子。まいも負けじと見つめました。


♪まいのラップ


私の名前は金山まい 成績は上から数えて二番目


好きなことは読書とお勉強 苦手なことは運動です


さてここいらで友達を紹介 カメラが大好き新城まなみ


上から数えて三番目の成績 でもマイペースすぎるのはたまにキズ


もう一人幼馴染みの石田君 彼は学年で実はトップクラス


弟と仲良くしてくれてありがと これからもよろしくお願いします


さてあん子さんやあなたに友達いるの? さてどんなお友達を紹介してくれるの?


私に勝る個性的な友達 紹介できたらあなたの勝ちよ


 ラップがおわりました。あん子はがく然としました。

「ま、負けました……」

 ひざまずくあん子。すると、空が晴れました。送迎に来た保護者と、生徒たちは、そろって空を見上げました。

「まい! やるじゃーん!」

 ももこが肩を組んできました。

「まいさん、ラップができるんですね!」

「今度はもっと早口が言えるようになろうよ!」

 石田君とまなみも感心していました。

「い、いやもう二度とやらないから!」

 まいは、ももこから体を離しました。

「そういえばあん子さんは?」

 彼女を探しました。

 あん子は、誰もいない中庭の茂みで、うずくまっていました。

「あ、ここにいた」

 振り向くと、まいがいました。

「まいさん……」

「元のあん子さんに戻っちゃったね」

「私のことなんていいんです……。どうせ、私なんて大雨が降らないと自分をさらけ出せないんです……。ていうか、自分をさらけ出せるようになっても、あんなふうに暴れてしまうんです……」

 か細い声でしゃべりました。

「元気出して?」

「まいさんの言うとおりですね。人は、一人ではなにもできません。あなたみたいに、友達がいれば、なんだってできちゃいます……。私みたいな独り者は、ひっそりとこういうところでジメジメしてろって話ですよね?」

 と言って、人魂を浮かべました。

「完全に落ち込んでるよ……」

 唖然とするまい。

「あん子ちゃんもラップよかったよ」

 まなみ、石田君、ももこが来ました。

「君もなかなかいいセンスしてるね」

「お手柄でしたよ」

 あん子は、そーっと三人に顔を向けました。

「自信持って! 私たち、あん子さんのこと、別にきらいになってないんだから!」

 まいは手を差し伸べました。あん子はしばらくうつむいていましたが、やがて、まいに手をそっと差し伸べました。

 学校のほうは、晴れたので、保護者の送迎はなしになり、通常通り部活動が開始されたらしいが、ももこ以外のまいたちは部活に入っていないため、そのまま自分たちの足で帰宅しました。

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