4.ゆうき、がんばる

第4話

六年一組。

「はーいみなさーん? 先週のテストを返したいと思いまーす!」

 まどか先生は、一人ずつクラスメイトを呼びました。

「西野さん」

「はい」

 あかねは席を立ちました。

 テストを受け取り、席に戻りました。

「どうだった?」

 ゆうきが聞く。

「別に。平均並みよ」

「ふーん。ま、あかねが〇点なんてまずありえないか」

「金山君」

「あ、はーい」

 ゆうきは席を立ち、テストを受け取りに向かいました。

 テストを受け取った時でした。

「あとで東武と職員室に来い……」

 耳打ちされました。ゆうきは背筋をヒヤリとさせました。

「ゆうきはテストどうだった?」

「……」

「ゆうき?」

 ガタガタ震えているゆうき。


 放課後。言われた通り、ゆうきとあやめは職員室に来ました。

「言いたいことはわかるわよね?」

 上から目線で見つめてくるまどか先生。

「ははあ! い、いやでも先生? もしかしたら、テストの問題がむずかしすぎただけなのでは?」

 手をこねるゆうき。

「普通の問題だろうがあああ!!」

 怒鳴られました。

「すいません!!」

「ふんっ。テストがなによ。あんたみたいな評価だけではわからないような人間がいるのに、どうしてあたしたち小学生だけが、いちいち受けなくちゃいけないの?」

 あやめがムスッとしました。

「じゃあ小学生の君たちに、テスト以外でなにか結果を見出せるの?」

「え、ええっと……」

 戸惑うゆうき。

「さあね。小学生だからわかんない」

「と、ところでなんであやめさんは呼ばれたの?」

「決まってるでしょ? あたしテストがきらいだから、空白にしてやったのよ」

「ええ!? いくら勉強できない俺でも、名前くらいちゃんと書くぜ?」

「とにかく!」

 まどか先生が、机をバンと叩きました。ゆうきとあやめは、まどか先生に顔を向けました。

「二人とも来年から中学生でしょ? このままテストの点が悪いと、後々のちのち困るのは、二人なのよ? 心は腹黒くても教師だから、これはきちんと注意しておくわ」

 続けて言いました。

「あやめさんも。テストがきらいなのはわかるけど、資格試験なんて、絶対テストがあるのよ? 例えば、車の免許を取ろうと思ったら、いっぱい勉強して、数回試験して合格するんだから」

「あたし資格なんていらないんで。今時車なんてなくても、交通機関さえあればなんとかなるっしょ」

「あ、それは言えてるー」

 ゆうきも納得。

 しかしその瞬間、ただならぬ殺気が。まどか先生がメラメラと燃えているではありませんか。

「今度テストで悪い点取ってみなさい! こうなるからね?」

 隣で仕事をしていた男性教師の手首を、逆攻めしました。

 顔を青くしたゆうきは、手を横に振り、拒絶しました。

「はあ……。冗談抜きでさ、本当に困るよ君たち? もうちょっと勉強がんばりな?」


 帰路を歩いている途中、ゆうきはまどか先生が言っていた、後々困るという話を思い出していました。

「中学生になると、勉強できないと困るか……」

「勉強できなくたって、仕事なんていくらでも見つかるわよ」

 ゆうきは後ろを振り返りました。

「うわあ! あ、あやめ?」

「なに驚いてんの?」

「お、お前こっちじゃねえだろ家!」

「別にいいじゃないの」

「ま、まあいいけどさ……。お前はテストきらいだから名前すら書かないとか言ってたけどさ、なんで?」

「テストなんて意味がないからよ」

「どうしてそう思うの?」

「人間は、あんな紙切れ一枚で評価できるものじゃないからよ。まどか先生みたいに、表面おもてづらはよくても、内面はくさってるやつもいるわけだしさ。やっぱね、人間は内面を見てこそ評価すべき」

「な、なんか深いこと言いますね……」

「でも、先生の言うことも最もな気がする」

「へ?」

「だってさ、あたしみたいな考えを持つ人なんて、少数派じゃん? 結局、学力がものを言うのよ」

「小学生がそんな話するのもなかなかだよな」

「あんたは勉強するの?」

「へ?」

「中学生に向けてさ」

「し、したほうがいいのかなあ? よくわかんないけど、先生が言ってとおり、やろうかな」

「あっそ」

 あやめは、ゆうきより前を歩きました。

「そういうお前はいいのか?」

 あやめは答えました。

「いいわよ」

「はあ?」

 首を傾げました。あやめは今まで歩いてきた方向とは逆へ走り、家に向かいました。

「あいつほんとわけわかんねえな」

 ゆうきも家に向かいました。


 金山宅。

「というわけで姉ちゃん。俺に勉強を教えてくれ」

「……」

 呆然とするまい。

「どうしちゃったのゆうき……。熱でもあるんじゃない?」

 ゆうきのおでこに触れました。

「失礼な! 俺だって来年中学生だぞ? それ相応に考えるようになったんだい!」

「あらそう……」

 まいは空返事しました。

「とかなんとか言って。ほんとは美人の担任にいいとこ見せたいだけじゃないの?」

「そうでもある……かな?」

「ん? なんで声のトーン下がるの?」

 まいは言いました。

「わかったわ。学年第二位の姉をなめないでよ?」

「ありがとう!」

「はいとっとと勉強道具を用意する!」

 ゆうきは、自分の勉強机に、ノートやテキストを準備しました。

「じゃあまずなにからやる?」

「保健体育から」

「保健体育のなによ?」

「子どもの作り方」

 まいにげんこつされました。

「このマセガキ! 他にないのか他に!」

「じゃあ道徳!」

「ど、道徳? そんなのテストに出ないわよ!」

「いいや! 中学生になると思春期で荒れるやつだっているんだよ。だから、今のうちに道徳を学んでおけば、グレずに済むじゃねえか!」

「どういう理屈よ……」

 呆れました。

「ああもういいわ。算数やるわよ」

「ええ? 俺算数きらい!」

「じゃあなおさらやらないといけないじゃない」

「じゃあ、わかりやすく教えろよ? いいな!」

「チッ。なんでそんなに上からなのよ……」

 怒りに震える手を押さえました。

「じゃあーあ。割合の問題やりましょうか」

「割合って文字さ、割愛とも読めそうだよね」

「はあ? じゃあこの問題解いてみて」

「あ、今割愛したでしょ!」

「いいから解きなさい!」

 怒りました。

「でもわかんねえよこんなの」

「もう。あんた割合もわかんないんじゃ、買い物できないわよ?」

「いいもーん。どうせ俺買い物しないし」

「あっそ。じゃあ大人になって働くようになっても、ご飯なんて食べていけないわね」

「姉ちゃんが俺のために飯を作ってくれるから……」

 しんみりとつぶやきました。

「作るわけねえだろ!」

 ダイレクトにツッコミました。

「もう算数はいいわ。国語をやりましょ」

「国語も好きじゃないよ」

「勉強なんだから、好ききらいは関係ないの。ほら、とりあえずこの問題解いてみて」

「じゃあ姉ちゃんは、お見合い結婚は好ききらい関係ないとか言えるのかよ!」

「はあ? いいから問題解きなさい」

「お見合い結婚なんてさ、お互い愛し合ってもないのに、親の勧めでいきなり結婚させられるんだぜ? そんな時代があったとか、マジ考えられねー」

「うん。そんなことにショック受けてないでさ、問題解きなさいよ」

「安心しろ! 例え姉ちゃんがお見合いさせられそうになったら、俺が否が応でも恋人にフリしてやっからよ!」

「うんその必要ないわ。てか問題解けよ……」

「否が応でもチューもするよ~」

 キスをせがんできました。

 その瞬間、ゆうきは、部屋から吹き飛ばされました。


 部屋を追い出されたゆうきは、住宅街の中を歩いていました。

「チェッ。姉ちゃんはまじめすぎるんだから」

「あれ? 弟君じゃない」

 まなみと会いました。

「まなみ! 頼む、俺に勉強を教えてくれ」

「恋の?」

「教えてくれるのか?」

「まなみなんかでいいの?」

 輝きを放ち、しんみりと聞く。

「かまわないさ!」

 輝きを放ち、しんみりと答える。

「って違う! 俺が言いたいのはマジな勉強ですー!」

「ええ? 弟君頭でもぶったの?」

「俺だって来年中学生だから、勉強くらいできとけって、先生に言われたんだよ!」

「そういうことか……」

 と言って、

「いいよ。まなみの家に来なよ」

 誘いました。

 まなみの住むマンションの一室に来ました。

「まなみの家なんてすげえ久しぶりだな」

「うちの隣がアリスの家だよ」

「えっ? あ、あのアリスちゃんがまなみの家の隣なのか!」

「へへーん。来ようたって、ここはオートロック式だから、アリスの部屋の番号わかんないと、来れないよー」

「ぐぬぬ……」

 歯を食いしばるゆうき。

「じゃなくて! 勉強教えてくれよ」

「なんか弟君の口からそんな催促が出るなんて、一年に一回聞くか聞かないかなのかな?」

 それはともかく、勉強がスタートしました。

「じゃあ。算数から始めようか」

「さっき姉ちゃんも算数から始めてたぞ?」

「ふーん。じゃあーあ、割合の問題解こっか」

「それもさっき姉ちゃんから言われた!」

「だって、弟君算数さえできてればパーフェクトだもん」

「どういう根拠それ?」

 唖然としました。

「なんか違うのやらせろよ!」

「んじゃあ、社会やる?」

「お、いいぜ!」

「じゃあ問題いくよ? 法隆寺は、いつ建てられたでしょうか?」

「俺が生まれた年」

「ふざけないで?」

「え? まなみってそんなドストレートにツッコめるのかよ!」

「まあ、一応まいちゃんのツッコミをそばで見てますから」

「んじゃあさ。コーディネートは”こーでねーと”!」

「普通につまんないよ」

「じゃあこれはどうだ!」

 勉強机から立ち上がりました。

一一二九いいにく作ろう焼肉定食!」

「あっ。そろそろ観たい番組あるから、帰って」

「いや俺のギャグになにかツッコんで!」

 ツッコまれず、帰りました。


 マンションを出てから、ゆうきは、公園を適当にブラブラしていました。

「どうしよう……。このままでは、俺はマジで中学生になったらおちこぼれになってしまう……」

 ゆうきは、おちこぼれになった中学生の自分を想像しました。


 中学校。

「オラオラーっ! 給食は俺らヤンキーズのもんじゃーい!」

 おちこぼれ、すっかりヤンキーの族を連れて回るようになったゆうき。お昼休みになると、学校中の給食をかき集めていました。

「今日も大量じゃ! おめえら、好ききらいすんじゃねえぞ?」

「おっす兄貴!」

 手下たちが返事をしました。

 ヤンキーになったゆうきは、仲間といっしょに、体育館でかき集めてきた給食を食べました。

「うめえな給食は! いいかおめえら!」

「うっす兄貴!」

「これも給食費を払ってくれる親と先生のおかげじゃ! 感謝しろよ!」

「感謝感激アメフラシ!」

「給食サイコー!」

「サイコー!」

「給食サイコー!」

「サイコー!」

「給食サイコー!」

「サイコー!」

 盛り上がっているところに、

「あーお前ら。給食は教室で食え」

 先生が注意しにきました。


「だがもし勉強をがんばって、俺がエリートになったら……」

 今度は、勉強をがんばって、エリートになった中学生の自分を想像しました。


 中学生に上がり、ゆうきは学年、いや学校一のエリートとして慕われていました。

「みんな! ゆうき様よ!」

 女子生徒たちにも人気が高く、いつもデートの約束だのサインだの求められていました。けれど、エリートなゆうきは決まって彼女たちに答えていました。

「また今度ね」

 ウインクしました。すると、女子生徒たちは「きゃー!」という悲鳴を上げて、メロメロです。

「オラオラ!」

 ヤンキーが、弱い者いじめをしていました。

「金出せやオラア!」

「もも、持ってませんーっ!」

 怖がる男子生徒。

「金出さんかいコラア!!」

 ヤンキーはさらに怒鳴り声を上げました。男子生徒は「ひい!」と悲鳴を上げました。

「やめるんだ!」

 そこへ、エリートなゆうきが止めに入りました。

「なんだてめえは?」

 ヤンキーがにらんできました。

「弱い者いじめをしてなにが楽しいんだい? そんなことする暇があったら、勉強したまえ」

「うるせんだよ!」

 なぐりかかってきました。しかし、エリートなゆうきはそれをかわし、自ら、勢いのあるパンチをくらわしました。

 ヤンキーは気絶し、倒れました。

「あ、ありがとうございます!」

 男子生徒がおじぎをしました。

「礼なんていらねえよ。困ったことがあったら、いつでも俺を呼んでくれ」

 と言って、エリートなゆうきは去っていきました。


「ふへへ~」

 妄想に浸り、変な笑いを浮かべるゆうき。

「なにしてんのよ?」

 ハッとすると、目の前に、あかねがいました。

「気持ち悪ーい。あんた、一人でにへら~って笑ってさ……」

「う、うるせえな! 中学生になったらのこと考えてたんだよ!」

「どうせなんかやらしいことでも考えてたんでしょ?」

「そ、そんなこと……ないかもですよ?」

「なにその答え方?」

 唖然とするあかね。

「あかね~! 俺勉強マジできねえだろ? だからさ、これからテストでいい点取れるようにがんばろうと思ってんだけど、姉ちゃんにも断られ、まなみにも断れてんだぜ? もうあかねしかいねえよ。勉強を教えてくれ!」

 両手を合わせ、懇願しました。

「え、ええ? な、なんで断られたのよ?」

「いや、なんか姉ちゃんは、冗談かましたりしてたら怒られて、まなみは観たいテレビあるとかかんとかで……」

「まなみはともかく、まいちゃんに限ってはまんまあんたのせいだよね?」

 呆れました。

「なんかやだ。どうせあたしが勉強教えようとしても、なんかやらかすでしょ?」

「な、なんでそんなこと言うんだよ!」

「もういろいろ察するのよ! 勉強なら一人でやりなさい?」

 立ち去ろうとしました。

「ま、待てよあかね! あかね!」

 ゆうきを無視して帰ろうとするあかね。

「お、俺だって……。中学生になっておちこぼれるのはいやなんだよう……」

 立ち止まるあかね。

「あかねは勉強できるから、中学生になっても楽しく過ごせるかもしれないけど、俺は勉強マジでできないから、中学生になって、つまんなくなるのはいやだ。今みたいにさ、順風満帆でいたいんだよ」

「ゆうき……」

「わかったよ。男だもんな俺。一人でも、苦手な勉強と戦ってみせるさ!」

 グッドサインを見せ、立ち去ろうとしました。

「わかった」

 と、あかね。

「絶対ふざけないでよ? きちんと勉強して、次のテストでいい結果出せるようにしなさい? それが絶対条件!」

 指をさし、表明しました。ゆうきはほほ笑んで、うなずきました。

 そして、一時間だけあかねの住むマンションの一室で、国語、算数の勉強をしました。時折冗談を抜かすところがありましたが、あかねが表情で威圧したおかげで、最後まで集中して取り組むことができました。


 そして、次の算数のテストの返却日。

「西野さん」

 まどか先生に呼ばれ、テストを受け取るあかね。

「どうだった?」

「並みよ。あんたのほうこそどうかね」

「金山君」

「は、はい!」

 ゆうきは、ドキドキしながら、まどか先生の前に来ました。

「金山君?」

「は、はい……」

 先生に見つめられ、背筋を冷やすゆうき。

「やればできるじゃん」

 サッとテストを渡しました。

「へ?」

 ゆうきはテスト用紙を見て、キョトンとしました。苦手な算数が、平均点である六十点でした。

「あかね! やったぞあかね!」

 喜んで、テスト用紙を見せました。

「ほら見ろよ!」

「はいはい! あたしも六十五ですよ」

 苦笑するあかね。

「テストでいい点取ると気持ちがいいな!」

「へ?」

 テストで満面の笑みを見せるゆうきを初めて見て、あかねは呆然としました。

「東武さん」

 あやめが呼ばれました。

「あやめ! お前は何点だ? ちゃんと答案書いたか?」

「書いたよ」

「へえー。何点?」

 あかねも見に来ました。あやめは、二人に答案用紙を見せました。

「え……」

 二人とも目を丸くしました。なんと、あやめのテストの点数は、百点だったのです。あれだけテストをきらい、名前すら書かなかった彼女のテストは百点……。

「なめてもらっちゃ困るわ。あたし、耳はいいから、先生の言ってること記憶してるの。だから、テストなんてしなくても”人生”が余裕なのよ」

 フッと笑いました。ゆうきとあかねは、点数のために一生懸命勉強している自分たちってなんだろうという疑問が、心の中で旋回し続けていました。

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