3.あん子暗い子やさしい子

第3話

私立中学校では、読書週間が行われていました。学校で一番読書をした人には、全校集会で、図書委員会から、景品が贈呈されるのです。

 しかし、読書をする人が少数派になった時代、ただ景品を贈呈すると言っても、誰も読んでくれません。そこで、図書委員会の顧問、吉田先生の粋な計らいで、景品は、黒毛和牛二キロになりました。全校で、本好き、そうでない生徒も、毎日のように図書室に足を運ぶようになりました。


 お昼休み。図書委員会に所属するまいとまなみは、二人でこれまでに図書室で本を借りた数が多い生徒を集計していました。

「ふわあ~あ……」

 まなみがあくびしました。

「あくびしないの」

 まいが注意しました。

「だって、こんなの多すぎるよ。全校生徒六百人なんて、多すぎるでしょ」

「そうだけど、集計しないと景品渡せないでしょ?」

「ほんとに黒毛和牛なのかな? 吉田先生、ただの牛肉贈呈したりしてね」

「だとしたら、吉田先生は学年どころか、教員含めて学校中のきらわれ者ね」

「じゃあこんなのやめよう」

「ダーメ! ていうか、吉田先生はそんなあくどいウソつかないでしょ!」

「むう」

 ムッとするまなみ。

「手伝いましょうか?」

 石田君が声をかけました。

「石田君ありがとう!」

「まなみの代わりにやっといて」

「おいこら!」

 石田君は苦笑いしました。

 三人は、黙々と集計しました。

「あれ?」

「どうしたのまなみ?」

「一人、まったく本を借りてない子がいるの」

 書類を見せました。

越野こしのあん子……。ああ、あん子さんですね」

 と、石田君。

「あん子さんって、うちのクラスで一番影が薄い子よね」

 と、まい。

「はい。でも彼女、いつもお昼休みには欠かさず図書室に来ていたと思うのですが……」

「じゃあどうして、集計ではまったく借りてない状態なのよ?」

 まなみも肩をすくめました。

「本人に直接聞いてみようかしら?」

「まいちゃんえらいね」

「一応ね。これまでも図書委員として、読書週間に不参加の人たちには声かけしてたからさ」

「おかげでまなみたち図書委員はお堅いイメージを付けられて、不人気の委員会になったけどね……」

「無理強いはしないでくださいね?」

「変にやる気満々の私がおかしいの? それともなんとなくでやってるあんたたちがおかしいの?」

 まいは、あん子に声かけに向かいました。

「あん子さんどこにいるのかしら?」

 教室を見渡しても見当たりません。

「ろうかにいるのかしら?」

 ろうかを見渡してもいません。

「トイレ?」

 トイレの前で待ってみても、出てきません。

「あん子さん……。いずこへ?」

 あごに手を付けて考え込みました。

「あのう……」

 後ろから、声がしました。振り向きました。

「私ならここに……」

 人魂を浮かび上げて、真後ろから登場するあん子。

「きゃああああ!!」

 まいの悲鳴は、校舎を越え、空を越え、宇宙まで届きました。

 叫んだあと、倒れました。

「ああ……まいさ~ん?」

 あん子は、倒れたまいを抱きかかえました。


 目が覚めると、そこは保健室でした。

「あれ? そうだ、私気絶して……」

「目が覚めましたか~?」

 人魂を浮かべて、あん子が目の前に現れました。

「きゃああああ!!」

 まいは悲鳴を上げました。

「そんなに驚きますかあ?」

「あ、いや……。ご、ごめんなさい!」

 あわてて謝りました。

「いいのよ~? どうせ私なんて暗くてジメジメしていて、それゆえ、一度だけ夜道ですれ違ったカップルに子どもの幽霊だってびっくりされたことがあったの……」

「ほんとに! ほんとにごめん! ごめんなさい!」

 謝ってから、言いました。

「あ、あのね? 私はその、あなたに聞きたいことがあって……」

「聞きたいこと?」

「そう!」

 あん子は答えました。

「人の呪い方なんて知らないから……」

「そういうんじゃないです……」

「前にクラスの男子から、そんなこと聞かれたから……。一応答えたけどね……」

「え? な、なんて答えたの?」

「人を呪わば穴二つ……」

 唖然とするまい。

「わ、私が聞きたいのはそんなんじゃなーくーて! これ! 読書週間のことよ!」

 集計した書類をあん子の顔真ん前に掲げました。

「あなただけ本を一冊も借りていないの。前まで、私と同じくらい、本を借りていたはずなのに、どうして? 図書委員なので、一応聞かせていただきました」

「はあ……」

 呆然とするあん子。

「うう……」

「え?」

「うう……うう……」

「す、すすり泣いている?」

「みんな吉田先生がいけないのよ~!」

「ええ!?」

 あん子は涙と人魂を浮かべて言いました。

「私は、静かな図書室が好き……。なのに、この頃、黒毛和牛という景品目当てで、いろいろな生徒が来るようになって、図書室は騒がしい場所になっていった……。私の居場所はなくなった……」

「ああ……」

「これなら、トイレにいたほうがマシよ~!」

 まいにヌッと迫りました。

「うわわ! お、落ち着いて~!」

 必死でなだめました。

「き、気持ちはわかったわ。確かに、図書室は静かな場所。今は本が好きでもない人が来たりしているから、教室と変わらないかもね」

「読書週間……できなくてごめんなさい……」

「あん子さんは、読書週間はやりたい?」

「もちろん! でも、人ごみに来るだけでHP消費してしまう人に、あんな人だらけの図書室に行くなんて……」

「はは……」

 苦笑するまい。

「わかったわ。読書週間、参加したいのよね」

 ベッドから立ち上がるまい。

「なんとか参加できるようにしましょ!」

 ウインクしました。


 読書週間二日目。まいとまなみ、あん子の三人は、図書室の前に来ていました。

「相変わらず、生徒がたくさんいるわねえ」

「そりゃそうだよ。みんな黒毛和牛ほしいもん」

「でもあん子さん大丈夫でしょ? 私とまなみがいるから……っておいーっ!」

 あん子の口から、エクトプラズムが飛び出ていました。

「大変! これ抜けちゃうと、死んじゃうよ?」

 まなみは、エクトプラズムをあん子の口に押し込みました。

「ぱあっ! い、今意識がなかった……」

 息を切らすあん子。

「私たちがいるから、緊張しなくて大丈夫よ?」

「まなみもいるよ?」

「ひい! ひい~!」

 まなみを見ると、ササッと離れました。

「ご、ごめんなさい……。わ、私友達の友達に会うと、緊張してしまうタイプなのですはい……」

 まなみがニヤリとしました。

「おう姉ちゃん! かわいいやないか? かわいいやないか! 面貸しなよ?」

「ひい!」

 わざとらしく、ヤクザの真似をするまなみ。怖がるあん子。

「刺激するな!」

 まなみの頭をチョップするまい。

「もう! 大丈夫だから、行くわよ?」

 三人は、図書室に入りました。図書室とは思えないくらい、にぎやかでした。

「いつもはもっと閑散としてるのに……」

 まいは、あたりを見渡し、呆然としました。

「まなみ、図書室行かないから、よくわかんないけど、そうなんだ」

「あが……」

 エクトプラズムが出そうになるあん子。

「あん子ちゃんがんばれー」

 まなみが出てこようとするエクトプラズムを押さえました。

「あん子さん。どんな本読みたいの? いっしょに借りにいこ?」

 まいが誘いました。

「え、ええっと……。あ、あそこにある……」

 指をさして、読みたい本がある場所を示すあん子。二人は、そこに向かいました。

「うひゃー!」

 しかし、そこは、たくさんの生徒がぎゅうぎゅう詰めになっていました。

「あ……。天に召され……」

 エクトプラズムを発しそうになるあん子。

「あん子さん目を閉じて! 目を閉じれば、人ごみなんてどうってことないわよ?」

 まいに言われたとおり、あん子はぎゅっと目を閉じました。すると、暗闇でわいわい声が聞こえるだけで、人は見えません。

「あれ? なんだか落ち着いてきたかも!」

「ほんと? よかったあ」

 安心したのもつかの間。

「あん子ちゃん目開けて」

 まなみの声がして、目を開けました。人ごみが見えました。

「うえ~」

 あん子は、エクトプラズムを発し、倒れました。

「まなみのバカ!」

「まなみはただ、開けてって言っただけじゃん?」

「なんで今それを言う!」

 まいに怒られました。


 放課後。

「というわけで。三人で、あん子さんの極度の人見知りを直しましょう!」

「おー!」

 まなみと石田君は拳を上げました。

「うえ~!」

 エクトプラズムを吐き出すあん子。

「あん子さん落ち着いて……」

「はい!」

 石田君が手を上げました。

「はい石田君」

「見た目を変えるのはどうですか? 僕のお姉ちゃんが、その日の気分でコーデを決めているんです」

「なるほど……」

「ではみなさんで、ファッションセンターに行きましょう!」

 ファッションセンターに来ました。

「フ、ファッションセンターなんていつぶり……」

 戸惑いを見せているあん子。

「じゃあみなさんで、あん子さんに似合いそうな服を選んできましょう!」

 まい、まなみ、石田君の三人は、服を選びに行きました。

「え、え? わ、私は?」

 オロオロするあん子。

 しばらくして、三人が戻ってきました。

「じゃあまずまなみが選んだの着てみて?」

 服を渡しました。

「わ、私人前で服を着たことを……」

 無理やり試着室に入れられました。

「ひい! こ、これ服じゃないですか!」

 あん子の悲鳴が聞こえてきました。

「まなみ……。あんたなに選んできたの?」

 まいが聞きました。

「さあね」

 目をそらすまなみ。

しばらくして、試着室のカーテンが開きました。

「なっ!」

 まいと石田君は目を見開きました。

「な、なんでこんな……」

 顔を赤らめながら佇んでいるあん子は、花柄のビキニを着用していました。

「どう? 一肌脱げそう?」

 まなみが聞く。

「もう脱いでますから!」

 カッとなるあん子。

「しかしあん子さん。結構スタイルいいですね」

 石田君がほめました。

「そうね。背高いし、ワンチャンこれもありかなと思ったよ」

「でしょー!」

 まなみが喜びました。

「やめてくださいこんなの! 早く脱がせてください!」

 あん子が怒りました。

「いいよ? まなみが、脱がせて……。あ・げ・る♡」

 色気を出し、迫りくるまなみ。

「ひい~!」

「はいはい。おふざけはそこまでにして、私が選んだ服を……」

「もういいですからファッションセンターは! 帰らせてください~!」

 あん子はエクトプラズムを吐き出し、気絶しました。

「気絶しちゃいました……」

「まなみ、あんたがこんなきわどい水着持ってくるからよ?」

「え? だって石田君がファッションセンター行こうって言うからじゃん」

「え? ぼ、僕が悪い?」

「ああもういいから! 次に行くわよ!」

「はいはい! まなみは、ゲームセンターがいいと思いまーす!」

 ゲームセンターに向かいました。


 四人は、ユーフォーキャッチャーの前にいました。

「ユーフォーキャッチャーは黙々とできる遊びだから、始めやすいと思うよ。あん子ちゃん、やってみて!」

 あん子は、おそるおそる握りしめた百円玉を入れました。

「そして?」

「え? いや、ここのアームを動かすボタンを押して?」

「ごめんなさい……」

 人魂を浮かべました。

「ユーフォーキャッチャーやる前に、そこまで暗くならなくていいよ」

 あん子は、ボタンでアームを操作し、手前にいるぬいぐるみを掴みました。

「いいぞ! そのまま持っていって……」

 ぬいぐるみを掴んだアームは、取り出し口に進み、ぬいぐるみを取り出し口へ落としました。

「すごいじゃない! あん子さん、一発目で取れるなんて」

「初めてとは思えません!」

「わ、私すごいんですか?」

「すごいよあん子ちゃん! もう一回やってみてよ。ほら、まなみの百円あげるから、あれ取って!」

 まなみの指示通り、もう一度、ユーフォーキャッチャーを始めました。次も、まなみに指示されたお菓子を取ることができました。

「あ、じゃあ私あれ」

 まいに指示され、三度目のユーフォーキャッチャー。見事に取れました。

「じゃあーあ。僕はあれを!」

 石田君に頼まれて、四度目。しかし、次は取ることができませんでした。

「あー。残念ですね。でも全然いいですからね!」

「あびゃ~」

 あん子は、エクトプラズムを吐き出していました。

「ゲームセンターも出たほうがいいわね」

 と、まい。ゲームセンターを出ました。


 四人は、人気のない港に来ていました。

「ごめんなさい! 私のような陰気臭い人間の相手して……」

「そんなことないわよ!」

「そうです! みんなあん子さんのためを思ってのことですから」

「読書週間はどうするの?」

「ああ~!」

 発狂するあん子。

「まなみ! あんたのせいであん子さん、発狂してんじゃないのよ!」

「なんでまなみのせい?」

「いえ、すべて私のせいです……」

 あん子が言いました。

「すみません。読書週間はあきらめます。無理して人ごみに入るより、お昼休みはトイレにいるほうが、マシです……」

 と言って、立ち去ろうとしました。

「あ、見て!」

 まいの声がして、あん子は、後ろを振り返りました。

「きれいな夕日!」

 まい、まなみ、石田君の三人は、港から見える夕日を眺めていました。あん子も見惚れて、三人と並んで、夕日を眺めました。

「あん子さん、今夕日がきれいだなって思ってるでしょ」

「はい! へっ?」

 まいを見て、顔を赤らめました。

「人見知りを克服するのって、そういうことだと思うな」

 まいはほほ笑みました。あん子はしばらく呆然としていましたが、やがて小さく笑みを浮かべたのでした。

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