2.ゆうきの初恋

第2話

いつもクラスの男子たちとふざけあっているゆうき。

「見ろよ! 三組の先生~」

 休み時間、校庭で、ボールに顔を描いて見せるゆうき。

「ぎゃははは!」

 男子たちが笑いました。

「ゆうき。お前まどか先生に怒られるぞ?」

「ああ!!」

 ゆうきは顔を青くしました。

「なんだよ? まどか先生やさしいから、この程度の落書き、やさしく済ましてくれるって!」

「あ、あはは……」

 ゆうきは苦笑いしました。

「なあ、見ろよ!」

 一人、男子が学校外を指さしました。ゆうきたちはそろって振り向きました。

 隣の私立小学校の生徒たちが、一列に並んで歩いていました。

「私立のやつらだぜ?」

「お目が高いねえ」

「なにしてんだろ? 俺たちのこと、なぐりに来たんじゃね?」

「なわけねえだろ」

 男子たちは盛り上がりました。

 ゆうきは違いました。一点になにかを見つめていました。

 彼が見つめる先に、まなみのいとこである、小原アリスがいました。

「アリスちゃん……」

「おいゆうき? ゆうき!」

 男子に頭を叩かれて、ハッとするゆうき。

「なにボーっとしてんだよ?」

「い、いや……」

「ボーっと生きてんじゃないよ!」

 男子たちがはやし立ててきました。

「う、うるせえな!」

 ムッとして、もう一度アリスに顔を向けました。

 アリスが、ゆうきに顔を向けてきました。彼は恥ずかしくなって、サッと目をそらしました。


 授業中。

「ではこの問題を……。ゆうき君!」

 まどか先生が指名しました。しかし、ゆうきはボーっとしていて、反応しません。

「ゆうきくーん?」

 もう一度呼ぶまどか先生。

「ゆうき? 呼んでるよ?」

 あかねがひじで突きました。

「はっ! な、なんだよあかね……」

 あかねは前に親指をさしました。

「え? あ、えっと! なな、なんですか先生?」

「この問題解いて」

「ああはいわかりました!」

 あわてて立ち上がろうとして、

「うわあああ!!」

 イスから転げ落ちました。教室に笑いの渦が巻き起こりました。

「はあ……。はいもういいです! あかねさん、解ける?」

「わかりました!」

 あかねが解きました。

 お昼休み中も、ずっとボーっとして、席に着いているだけでした。

「ねえゆうき。どうしたの? なんからしくないわよ」

「……」

「熱でもあるの?」

「……」

「ああ、わかった! 昨日夜更かしして、ねむいんでしょ?」

「……」

「むむ~! なんか答えなさいよ!!」

 怒鳴られて、びっくりするゆうき。

「な、なんだ。あかねか……」

「なんだ……じゃないわよ! あたし何回もあんたに質問してたわよね? 無視してんじゃないわよ!」

「そ、そんなんじゃないよ!」

「じゃあなんなのよ!」

「な、なんでもねえよ」

「そういう人に限って、なんだかんだあるのよねえ」

「だからなにもないって言ってるだろ!」

 机をバンと叩きました。みんながゆうきとあかねに顔を向けました。

「な……。そこまで怒らなくても……」

「俺のことはほっといてくれよ」

 その後、あかねはなにも言及しませんでした。


 下校時間。あかねは一人で帰り道を歩いていました。いつもなら、ゆうきもしくは、友達と帰るのですが、お昼休みのことがあって、気が滅入っているので、一人で帰ろうと思いました。

「ゆうき、どうしちゃったのかな……。昨日までは、アホなことばっかして、クラスのみんなに注目されて、あたしとも遊んでくれてたじゃない……」

 落ち込んでいると。

「あかねちゃんどうしたの?」

 逆さまに、まなみが登場しました。

「きゃああああ!!」

 あかねは絶叫しました。

「あ、ごめんね」

 まなみは、逆さまから普通に立ちました。

「な、なんで逆さまに現れるのよ~!」

 腰を抜かしているあかね。

「まあまあ。小説なんだからそこは気にしない気にしない」

「いやこれファンタジーじゃないから!」

 ツッコミました。

「まあこんなところでお話はなんだから、歩きながら話そうよ」

「あんた、ほんとにまなみ?」

「へ?」

 まなみは、首を傾げました。

 二人は、歩きながら話をしました。

「ゆうきがさ、今日すごくボーっとしていて。あたし気になって声をかけたんだけど、どうにも反応してくれなくて……。だから、ついカッとなって、そしたらゆうきまでカッとなってさ……」

「なるほど……」

「ねえ。ゆうきは、どうしてボーっとしてたのかな? お昼休みになる前まで、男子たちとわいわいしてたのに、どうして突然?」

「熱でも出したとか?」

「いや、それはなんか違う気がする……」

「じゃあ、寝不足!」

「それも違う気がするんだよなあ」

「確かに。弟君バカだから、風邪はひかないよな」

 と、まなみ。

「まなみって、たまに容赦ないこと発言するよね? ご最もな気もするけど……」

 唖然とするあかね。

「ああ!」

声を上げるまなみ。

「な、なに?」

「トイレ行きたいから、そこのコンビニ寄っていい?」

 あかねはひっくり返りました。

 二人は、コンビニで話をすることにしました。

「はいあかねちゃんの分」

 トイレに行ったついでに、アイスをおごってくれました。

「ありがとう」

「あのさ。トイレで考えてたんだけどさ」

「トイレで?」

「弟君、恋してんじゃないの?」

「え?」

 目を丸くするあかね。

「熱でも寝不足でもないなら、それしか考えられないよ」

 と言って、アイスを一口入れるまなみ。

「え……。で、でもあいつに限って!」

「いいやあかねちゃん。人生なにがあるかわからないものさ。弟君も大人になれば、恋路を一歩二歩踏み入れることがあるのだよ」

 あかねの肩に手を置いて言いました。

「そ、そうかなあ?」

「あかねちゃんはまだ恋してないの?」

「ま、まなみはどうなの!」

 照れて、同じことを聞きました。

「まなみは、今はまだ自分のしたいことが一番だからね」

「かっこつけてるつもり?」

 唖然とするあかね。

「誰に恋してるのよ? あのゆうきが、誰に!」

「気になるの?」

「へっ?」

 まなみはニヤリとしました。

「そんなに気になるなら、まなみと弟君のこと尾行してみる?」

「え……」

 一瞬戸惑いましたが、翌日、二人でゆうきを尾行する約束をしました。


 翌日。下校時間になりました。

「あかね助手!」

 まなみは、ベレー帽をかぶり、制服の上に探偵風の茶色いマントを羽織って、パイプまで持っていました。

「シャーロックホームズのつもり?」

 呆れているあかね。

「君は助手のあかね君だよ?」

 唖然とするあかね。

「弟君が恋をしていたらば、必ずその相手を尾行する。我々も、そんな彼のことを尾行するのだよ!」

「はいはい……」

 さっそく、尾行が始まりました。

 ランドセルを背負い、歩くゆうき。まっすぐに、家の方向へ向かっています。電柱の陰に身を潜めながら、あとを追うまなみとあかね。

「あっ」

 突然、ゆうきが立ち止まりました。

「いよいよか!」

 ゆうきに目を見張るまなみたち。

「この石ころすげえきれい!」

 道に落ちていた石ころを拾っただけでした。

「なによ~」

 げんなりするあかね。

「いいや。これからこれから」

 と、まなみ。

 ゆうきはさらに先へ進みました。家に向かっています。

「あっ」

 また立ち止まりました。

「今度こそか!」

 ゆうきに目を見張るまなみたち。

「ケツかい~」

 おしりをかきました。

「なによ~」

 げんなりするあかね。

「これからこれから」

 と、まなみ。

 ゆうきはさらに進みました。途中で公園に向かいました。

「公園……。まなみたちの住むマンションのそばの公園じゃん」

「遊びに来たとかじゃないの?」

 まなみとあかねも、公園に向かいました。

 ゆうきは、ブランコを漕ぎ始めました。ブランコを漕ぎながら、マンションを一点に見つめています。

「あれはなにかを見つめてるな弟君……」

「な、なにを見つめてるの?」

 遠くのベンチに座って監視を続けるまなみとあかね。

「好きな人よ。きっと、マンションに住んでる誰かだね」

「え~!」

 思わず声を上げるあかね。ゆうきはボーっとブランコを漕ぎながら、マンションから目を離しません。

「あとは、マンションに誰かが通りかかれば、その人に弟君の目が泳ぐはずだから。その人が、初恋の相手だよ」

「まさかあのゆうきが……」

「がく然としているね、あかね助手。幼馴染みなんてそういうもんさ。いくら弟君のことが大好きでも、弟君にとってはただの幼馴染み。きっと、うんとすてきな人が彼の目の前に現れたのだね」

「そういうんじゃない! そういうんじゃないけど……」

 うつむくあかね。

「元気出して!」

 まなみに顔を向けるあかね。

「まだ相手が誰かわかってないじゃん。それなのに、ほんとに恋してるかなんて判断するのは、早いと思うよ?」

「まなみちゃん……」

「大丈夫! 弟君にとって、あかねちゃんは一番の幼馴染みだよ」

 ウインクしました。あかねはほほ笑んで、

「ありがとう……」

 と、返しました。結局、マンションには誰も現れず、ゆうきもしばらくして帰っていったので、二人も帰りました。


 翌朝。

「あかね、おはよう」

 登校中、後ろから追いついてきたゆうき。

「おはよう」

「なあ、お前女だろ?」

「なに突然?」

 唖然としました。

「お前さ……。男のどういうところがいいと思う?」

「……」

 目を丸くしました。

「い、いいから答えろよ! 生の女の声が聞きたいんだ!」

「な、なんで急にそういうこと聞くのよ!」

「べ、別に六年生なんだから、女が男のどういうところに惹かれるかくらい聞いてもいいだろ?」

「ふーん……」

「な、なんだよ? らしくないから答えないってか?」

 にらみました。

「そ、そんなに本気になって……」

 少しだけムッときたあかねは言いました。

「どうせ好きな人でもできたんでしょ?」

「はっ?」

「だからそんなこと聞いてくるんだ! 自分はいい男になろうとして、その人に告白するつもりでしょ!」

「な、なにを突然……」

「ほら! おどおどしてる。あんたが隠し事する時って、決まっておどおどするのよ。昔から付き合ってるんだから、わかるんだからね!」

「い、いや誰だってそんなこと言われればなるだろ!」

「もういいわよ!!」

 走って学校へ向かいました。

「な、なんだよ……。図星じゃねえか……」

 と言って、ゆうきはあごに手を付けました。

「でも待てよ? このこと父さんや母さんに話してみたら、ただの憧れであるからして、根っこから好きになったわけではないと言われたんだよね。ということは、俺は恋なんてしてないんじゃないか?」

 少し考えてから、学校へ走ろぅとしました。

「弟君!」

 後ろを振り返ると、逆さまのまなみがいました。

「うわあああ!!」

 びっくりして、ひっくり返りました。

「どうしてそんなに驚くの? コメディ作品だよこれ」

「コ、コメディでも現実の世界なんだから逆さまで登場すんなよ!」

「ところで。あかねちゃんどうして怒ったかわかる?」

「え? さ、さあ?」

 首を傾げました。まなみは息を吐くと、言いました。

「弟君、好きな人いるでしょ」

「えっ? な、なんでまなみまでそんなこと?」

「学校でもボーっとしたりして、あかねちゃん気にかけてたみたいだよ? そこで、昨日まなみたち二人で、弟君を尾行して、原因を探ってみたわけ」

「いつの間に……」

「昨日、わざわざ公園のブランコを漕いで、マンションをボーっと眺めていたのは、好きな人をみるためでしょ?」

 ゆうきは、一歩、あとずさりしました。

「図星だね。弟君、わかりやすいね」

 ウインクしました。

「で、でもこのこと父さんと母さんに話したんだ!」

「え? どんだけ正直なのよ……」

「それでさ……」


 あかねは学校に来て早々に職員室へ向かいました。

「先生! あたしもう今日は早退します!」

 あかねが涙目で訴えてくるので、当惑するまどか先生。

「え、えっと……」

「早退します!」

「ち、ちょっと待って! なにかあったの?」

「あたしにもよくわからないの~っ!」

 泣きました。まどか先生はどうしたらいいかわからず、困惑しました。

(朝からなんなのよもう……)

 心の中で、呆れていました。

「あかね!」

 ゆうきが来ました。

「ゆうき……」

「なんかよくわかんないけど、急に怒り出したから、一応伝えておくよ。俺は恋してる人なんていないぜ?」

「……」

「な、なんだろ? まあその……アリスちゃんがきれいだなあって、思ってただけなんだ!」

「へ?」

「は?」

 ポカンとするあかねとまどか先生。

「昨日、父さん母さんにも同じこと話してみたよ。アリスちゃんのこと好きなのかなって。そしたら、ただの憧れかもしれないよって言われてさ。よーく考えて、今朝アリスちゃんのことは好きじゃなくて、単純に好意を持っていただけなんだなって、気づいた」

「……」

「まなみに俺のこと話したんだ?」

「!」

「な、なに気にしてんだよ。言っとくけど、まなみがちゃんと話しとけって言うから話したんだからな? そ、そこんとこよろしくお頼みします!」

 話すだけ話して、教室へ走っていきました。

「こらーっ! ろうかは走りませんよー?」

 まどか先生が注意しました。

「西野さんも、教室に行きましょうか」

 あかねは、小刻みに震えていました。

「なによ……。なによなによ!」

「に、西野さん?」

「誰もあんたに好きな人も好きになる人もできるなんて思ってないんだからね! 石田君は別として!」

 と、言いながら、ご満悦の様子でした。

「小学生ってわかんねー」

 まどか先生は、呆れていました。

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