まいとゆかいな仲間たち3

みまちよしお小説課

1.雨音主催、100万円をかけた小説コンクール

第1話

金山宅にて。

「お母さんお願いよ~。お願い!」

 ジュースを飲み、リビングにやってきたゆうき。めずらしく、姉のまいが、母親のさくらにおねだりしている姿を見かけました。

「パソコンなんて高くて買えないわ」

「お願い! そこをなんとか……」

 両手を合わせ、必死に懇願するまい。

「姉ちゃんお小遣いねだってんの? なら俺も!」

 ゆうきは、土下座しました。

「あんたはほぼ毎月してるでしょ?」

 さくらが呆れました。まいも呆れました。

「でもまい。もし賞を獲れなかったらどうするの?」

「まあ、その時はその時で……。い、いや絶対獲ります! 獲ってみせます!」

 誓いました。

「わかった。そんなにやる気があるなら、買ってあげるわよ」

「ほんと!? ありがとうお母さん」

「なになに? 姉ちゃんばっかずるいよ!」

 と、ゆうき。

「あんたに言ってもピンとこないから教えない」

 と言って、まいは部屋に向かいました。

「はあ?」

 顔をしかめるゆうき。

「母さん! 俺もほしい鉄道のジオラマあるんだ。買ってよ!」

 さくらは言いました。

「かわいい息子とて、ただのおねだりには屈しません」

 と言って、リビングを離れました。

「なんだってんだい?」

 ゆうきは首を傾げました。


 後日。まいの勉強机には、ノートパソコンが置いてありました。

「こ、これで私も小説家の第一歩を踏み出したのね!」

 目を輝かせました。

「姉ちゃんパソコン買ってもらったの? ずるい!」

「あんたには触らせてやらないからね?」

「へーんだ! 姉ちゃんが寝た時にこっそり触るからいいよーだ」

「残念ね。そんなこともあろうかと、一応ロック画面というものに、暗証番号を設定しておくから」

 と言って、パソコンを起動しました。

「姉ちゃんタイピングできるの?」

「当たり前でしょ? 小学生の頃授業でやったくらいだけど」

「へーすごいね。俺全然打てないや。そのキーボードっての? 見てるとわけわかんなくなる」

「あんた将来働けなくなるわよ? タイピングくらいできなさいよ」

 パソコンの画面が、ホームメニューを表示しました。

「ところで、なんに使うんだよ?」

 まいは答えました。

「小説よ」

「小説?」

「そうよ。実はさ……」


 一昨日、私立中学校。

「まなみのお母さんね、今小説コンクール開いているんだ」

「へえー! そういえば、まなみのお母さんって、小説家なのよね」

「そうそう。あー見えて、サスペンスとか純愛ものとか、なんでも書くんだよ」

「あー見えてって……」

 唖然とするまい。

「どうしてコンクールなんて開いたの?」

「気分だって」

「気分?」

 まなみの母親、新城雨音は、とても天然な性格で、いつも突拍子のないことをして、まわりを驚かせていました。コンクールを主催した時も、初めは出版社の人たちを困惑させたほどです。

「でね、賞金も出るんだって」

「いくら?」

「大賞で百万円」

「百万円!?」

 自ら主催したわりに、高すぎると感じたまいでした。


「百万は大きいなあ」

 ゆうきは腕を組み、感心しました。

「まあ、結果はどうであれ、私最近読書家であることが好じて、自分も書いてみたいなって思ってきたんだよね。原稿用紙じゃやり直すのが大変だから、無理言って買ってもらったのよ」

「どんな本書くの?」

「それは内緒よ? 賞獲るまでは、お母さんと私だけの秘密にしてんだからね?」

「じゃあ俺にパソコン触らせてよ」

「は?」

「姉ちゃん、もしかしてパソコン触らせないで、小説の内容も教えないつもり? 俺たち姉弟きょうだいだろ? 隠し事はなしだぜ?」

「いやいや! どこの姉弟でも隠し事の一つ以上あるでしょ!」

「かわいそうに……。姉の独占欲のせいで、弟はめったに触れることのできないパソコンにさえ手が出せないというのか……。あーあ! 俺はもうグレてやる!」

「はあ?」

「グレて姉ちゃんをなぐる!」

「やれるもんならやってみなさい……」

 まいはゆうきが手を出す前に、げんこつをくらわしました。

「俺にもパソコンやらせろやらせろーっ!」

「私の大賞金がかかってんのよ! それまで我慢しろ!」

「やらせろーやらせろーっ!」

 ゆうきはずっと、「やらせろーやらせろーっ!」を連呼しました。

「はあはあ……。やらせろよ姉ちゃあん……」

「ねっとりした声で言うな! 気持ち悪い!」

 まいはため息をつき、言いました。

「もうわかったわよ……。私が執筆してない時間は存分に使わせてあげるわ」

「ほんと!?」

「ただし! 変なことしたら許さないからね? もうそんなことしたらその日から使えなくしてやるから……」

 指をポキポキ鳴らして忠告しました。ゆうきはコクコクうなずきました。

「じゃあ私は今から執筆するから、部屋から出て行って」

「アイアイサー!」

 ゆうきは部屋を出ました。

「何時間かかりそう?」

 戻ってきました。

「知らないわよ」

 部屋を出ました。

「なんかあったら俺を呼べよ?」

 戻ってきました。

「いいわよ呼ばない」

 部屋を出ました。

「変なサイトにアクセスするなよ?」

 戻ってきました。

「しつこい!」

 怒りました。


 小説コンクール締め切りまであと十日。休み時間中、まいは学校で済ませようと、宿題に取りかかっていました。

「まいさん。もしかして家帰ったあと用事があるんですか?」

「石田君よくわかったわね。無論、そうなんだけど……」

「学校で宿題をする人は、だいたい帰ったあとに用事があると聞きましたから」

「まいちゃんは、小説コンクールがあるんだよねえ」

 と、まなみ。

「へえー! まいさん、本好きが好じて、書くようになったんですか」

「ま、まあね」

 照れました。

「まいちゃんまいちゃん。お母さんね、コンクールにアダルティーなのも出していいって言ってたよ? 好きなように書いていいからね」

 耳打ちしました。

「そんなの書かないわよ!」

 ツッコミました。


 ゆうきは、まいより先に帰ってきました。

「姉ちゃんがいない……。シメシメ……」

 帰ってきて早々、玄関にまいの靴がないことに気づき、ニヤリとしました。

「よーし! 姉ちゃんが帰ってくるまで、相手してやるからな?」

 パソコンを起動しました。起ち上がると、ヤポーを開きました。

「えーっと……。この文字はどう打つんだっけ?」

 キーボードがわからないので、どの文字を打てばいいかわかりません。

「ああ、こうか」

 ゆっくりでも、なんとか文字を入力することができました。

「ひょ~! パソコンだといつも見てるエッチなのがでっかく見える!」

 たんのうしました。しばらくして、ヤポーを閉じました。

「あ、そうだ。姉ちゃん小説なんてどこで書いてんだろ?」

 ゆうきは、ホーム画面にあるアイコンを根こそぎクリックして開いてみました。何個目かに、エクスプローラーという黄色いアイコンを開きました。

「お、これかな」

 ”小説コンクール”という題字のファイルを見つけました。それをダブルクリックして、開きました。

「わあ。活字だらけだ」

 ワードで打ち込まれた縦向きの活字の画面が映りました。

「なになに? えーっとえっと……。漢字が読めん」

中学生レベルの漢字がたくさんあって、読めませんでした。

「もっとこう簡単な文字を使って、楽しい感じにしてやろう」

 画面に打ち込まれていた文字を消しました。

「そうだなあ……。お、こんなのどうかな? あ、これは? あははは!」

 笑いながら、文字を打ち込んでいきました。

 しばらくして、まいが帰ってきました。

「ただいま~」

 部屋に来ました。

「おかえり」

「ゆうき、帰ってたの」

「お、おう。それより姉ちゃん。俺とゲームしね? 楽しいよ!」

「はあ? 私は小説書かないといけないから」

「じ、じゃあ宿題やりなよ!」

「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ。ていうか、私はもう学校で済ませてきたの」

 まいは勉強机の前に座り、パソコンを開きました。

「あーちょっと待ったあ!!」

 ゆうきは、開いたパソコンをサッと閉じました。

「な、なによ!? びっくりするじゃないの!」

「じ、実はこのパソコンは電源を付けると爆発するしかけがあるのだ! だから、つけちゃダメ」

「は?」

 呆れるまい。

「どうせあんた私が帰ってくる前に使ってたでしょ?」

 パソコンを開きました。

「ああ!!」

 ゆうきは、サッとパソコンを閉じました。

「わわっ! びっくりするじゃないのよ~!」

「俺さっき……。このパソコンキャンディと思ってペロペロしちゃった!」

「うわ……」

「も、もうお菓子食べたすぎてさ! いやあこれじゃ不衛生すぎて触れないよねえ」

「そうねえ。ゆうきのよだれだらけのパソコンなんて、触れないわねえ」

 コクコクとうなずくゆうき。

 まいは、パソコンを開き、電源を付けました。

「あ~っ! 付けたな? 付けたな~!」

「うるさい! もういいから部屋から出ていきなさい!」

 まいは、エクスプローラーを開き、執筆に取りかかろうとしました。

「え? な、なにこれ……」

 まいは画面を見て、がく然としました。内容がまったく変わっているのです。六千文字書き上げた作品が、小学生が喜びそうな下ネタだらけの作文に変化へんげしてしまいました。

「登場人物が”うん子”と”しっ子”だよ? まあ、あらすじはその……大っぴらに公表できないような恥ずかしい下ネタオンリーでくり広げる……」

 まいの体がメラメラと燃え始めました。

「ね、姉ちゃんドウドウドウ!」

「誰のせいでこうなっとんじゃああああ!!」

 鬼のような形相で、ゆうきに迫ってきました。

「うわあああ!!」

 ゆうきは逃げました。

「うがあああ!!」

 まいが追いかけてきました。

「助けてえええ!!」

 ゆうきは逃げました。

「うがあああ!!」

 まいが追いかけてきました。

「助けてえええ!!」

 ゆうきは逃げました。

「うがあああ!!」

 まいが追いかけてきました。

「助けてえええ!!」

 ゆうきは逃げました。

「うがあああ!!」

 まいが追いかけてきました。

「助けてえええ!!」

 ゆうきは逃げました。

 二人は気づかぬうちに街へくり出していました。お使いに出ていたまなみ。走り回っているまいとゆうきを見かけました。

「まなみいいい!!」

「弟君? あ、そうだ」

 まなみは、どこからともなく、丸太を用意して、二人の足を引っかけてやりました。まいとゆうきはこけてしまいました。

「どうしたの二人とも?」


 公園に来ました。

「弟君がデータ間違えて消しちゃったってこと?」

「そうなのよーっ!」

 まいは泣きました。

「だだ、だって~」

「だってじゃないわよこのバカ!」

「まあまあ。まなみのお母さんもよくデータ紛失して、呆然としてることあるし」

「だよな! よくあることだよな」

「そういうこと!」

 まなみとゆうきは笑いました。

「笑ってないでなんとかしなさいよ!!」

 まいは怒りました。

「コンクールまであと五日! あんたたちには、責任を持ってお話を作ってもらうからね?」

 まなみとゆうきをにらみました。

「え? てことは俺パソコン触れ……」

「原稿用紙で書くのよ!」

「えー?」

「まなみ、本なんて書いたことないよ」

「でも書いてもらうわよ? 本なんて、思ったことを文章にするだけで、一つの作品になるんだから!」

「そうなの?」

 と、ゆうき。

「そうよ。文章だけでえがくストーリー。だから本ってすごいんじゃない!」

 ほほ笑みました。

「ただ読むのはとてもだるいけどね」

 まなみが言いました。

「いい? 責任問題として、まなみとゆうきには、コンクールに応募する作品を書いてもらうからね?」

 小説コンクールまであと三日。ゆうきとまなみは言われたとおり、小説を書きました。普段原稿なんて書かないゆうきは、裏面に落書きをして、まいに引っぱたかれることもしばしばありました。まなみも自室で似たようなことをしていたため、放課後と休日は小説を書くためだけに、二人の部屋におじゃましました。

「なんだよ姉ちゃんだけパソコンで書きやがって!」

「ずるーい!」

 文句を垂れるゆうきとまなみ。

「当然の報いだわ……」

「ほら見ろまなみ。姉ちゃんって、将来結婚したら、嬢様タイプになるぜ?」

 耳打ちしました。

「うんうん。このブタ野郎ってね……」

 耳打ちしました。

「聞こえてる聞こえてる!」

 ツッコミました。


 そして、小説コンクール当日が来ました。

 雨音は知り合いということもあってか、三人は一番乗りで、作品を提出することができました。

「まっちゃんとゆうき君まで出してくれたのー? うれしい!」

「まなみは、まいちゃんに命令されて書いたんだよ?」

「俺もな」

「命令って人聞きの悪い……」

 ムッとするまい。

「うふふ! じゃあ、三人とも読んであげるから、発表まで待っててね」

「はい!」

 三人で返事をしました。

 まいとゆうきが帰ったあと、さっそく一人ずつ作品を拝読することにしました。

「まずは文学の世界に縁のなさそうなゆうき君のから!」

「弟君どんなの書いたんだろうね」

 ゆうきの原稿用紙を拝読しました。


”うん子としっ子”


 あるところに、茶色くとぐろを巻いたうん子と、黄色くみずみずしいしっ子がいました。

「イエーイ! 僕うん子~!」

「しっ子です……」

 二人の大好物は、それぞれ違いました。うん子の好きな食べ物は、カ〇ーライス、しっ子の好きな食べ物……いや飲み物は、わ~いお茶でした。

 ある日、夕日が見える港で、うん子が言いました。

「しっ子! 俺はしっ子が好きや。俺と付き合え!」

「しっ子も好きよ……」

 二人はとても濃厚なキスをして、幸せに暮らしました。


「なにこれ?」

 と、まなみ。

「これ、ゆうき君に返しといて」

 まなみに渡しました。

「まっちゃんのは、どんなお話になったのかしら?」

「えへへ! まなみのはね、純愛系だよ?」

「あら~? やるじゃない!」

 原稿用紙を拝読しました。


”放課後ラブストーリー”


さとし「あけみ。俺はお前のことが好きや!」


あけみ「うちもやで、さとし!」


 キスをしようとするさとし、あけみ。


やえこ「さとし!!」


さとし・あけみ「!」


やえこ「なんやあんた? その女のがええんのか?」


さとし「い、いや、やえこ。これは……」


やえこ「わてがええ言うてたやんけええええ!!」


 包丁でさとしを刺す。


さとし「ぐえええええ!!」


「まっちゃん? これは小説じゃないわよ」

「え、そうなの? でもまいちゃんが文章を書けば小説になるって」

「まあそうなんだけど……。返すわね」

 まなみに原稿を返しました。

「まいちゃんはどういった出来になったかしら?」

 ワードから印刷された、まいの原稿用紙を拝読しました。


血差名端艇ちいさなたんてい 露瓶ろびん


 亜米利加わ入浴にアル血差名家の……


 まいの書いた原稿用紙を見て、呆然とするまなみと雨音。機械オンチなまいは、スマホやパソコンで文字を入力することが苦手なので、誤字がとても目立ちました。

 結局、夢の小説コンクール百万円獲得は、夢の股……おっと失礼。夢のまた夢になってしまいました。

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