7・ペットシッターの研修を行いました

第7話

メイド学園に入学して早三ヶ月が経ちました。セミの鳴き声が響き渡る、七月の時期が到来しました。

 メイド学園では、夏服もメイド服。半袖タイプに変わります。F組は、全員夏服を着用していました。

「暑~い……」

 自分の席で、暑さにへたれているまい。

「今年は猛暑になるらしいよ?」

 ひとみが言いました。

「マジかあ」

 まいは、背を後ろに大きく反らす姿勢をしました。

「夏なんてこんなもんだろ」

 と、ゆうき。

「ゆうちゃんは暑いの平気なの?」

「あたいは、妹たちと海水浴とか、キャンプに行ってたからな。今年も夏休みに出かけるんだって、こないだテレビ通話ではしゃいでた」

「夏休みかあ。どっか行きたいなあ」

 まいが天井を見つめながらつぶやく。

「その前に成績表が気になるね」

「うっ」

 ひとみの一言に、気分が萎えるまい。

「ご、ごめん! あたしなにか……」

「いいんだよひとみ。こいつには、一泡吹かせてやんないと」

「ゆうちゃん、なんだよそれ!」

 ムッとしました。すると、授業を知らせるチャイムが鳴りました。

「やあ、諸君。僕は生物担当の吉良きらだ。最近暑いねえ」

 白衣を着て、メガネをかけた女教師が来ました。

「暑いということは、いろいろな生き物たちが元気に動き回る季節でもあるのだよ」

「なんだかまた個性的な先生が見えたね」

 まいはひとみに耳打ちしました。

「さーて。諸君らは犬や猫は好きか? 犬派か猫派か? どちらか飼っている者はおるか?」

「あたし犬苦手……」

 ひとみがボソッとつぶやきました。

「突然だが、明日から三日間、諸君らにはそれぞれペットシッターの研修をしてもらう」

「え!?」

 F組、驚がく。

「安心するのだ。研修場所はここなんだからな」

「つまりどういうことだ?」

 と、ゆうき。

「おほん。寮で同じ人たちとペアで、一匹の犬か猫の世話をする。そして、三日目の放課後、ペットシッターの研修に協力してくだすった保健所の方々に返して、終了となる」

「あの、これもメイド学園の課程の一つなんですか?」

「うむ。メイド学園は、学園にいる間はメイドとして、さまざまな分野において、奉仕できる存在でなければならない。今回は、ペットシッターとして、花咲いてもらう!」

 人差し指を向け、言い放ちました。

「ちなみに、どの班員が犬か猫かはランダムで決めているので、お楽しみにな」

「犬に当たりませんように犬に当たりませんように犬に当たりませんように!」

 ひとみが祈りました。

「さて! 今から僕がペットシッターについて教示するから、大事なことはきちんとメモを取りたまえ!」

 黒板にさし棒をカンカン当てて、授業の始まりを伝えました。


 翌日の放課後。まい、ゆうき、ひとみの三人は、寮にいました。吉良先生が直接担当するペットを連れてきてくれるみたいです。

「寮でお世話するから、小さい犬かな」

獰猛どうもうな犬かもしれないぞ?」

「猫だよ猫!」

 三人は口々にどんなペットを担当するか話していました。

「ひとみちゃんが犬苦手なんてね」

「う、うん。昔追いかけられたことがあって、それから怖くて……」

「あたいのおばあちゃんが犬飼ってたけど言うことの聞かないやつでさ、どうしようもない時は、無理やり押さえつけてやってたな」

「なかなかタフだねおばあさん……」

 唖然とするまい。

「私は犬も猫も飼ったことないから、三日間楽しみでしょうがないよ」

「あたしは猫がいい」

「もう、ひとみちゃんは猫推すね!」

 まいがほほ笑みました。

 ドアをノックする音が聞こえました。

「しーつれい」

 吉良先生がやってきました。

「諸君らがお世話するなおき君だ。うわっ!」

 なおき君、柴犬のオスがかけ込んできました。

 ワンワンと吠えながら、三人の部屋の中をかけ回りました。

「ああ! 私のコレクションがあ!」

 まいが実家から持ってきた本棚に積んであるマンガを倒し、噛みついたりするなおき君。

「わっ。おい!」

 今度はゆうきのベッドのシーツに噛みつき、ビリビリにするなおき君。

「ひい!」

 ひとみに体を向けるなおき君。

 ワンっと吠え、ひとみに迫ってきました。

「きゃあああ! 来ないでえ!」

 悲鳴を上げるひとみ。

 危機的状況のひとみの前に、吉良先生が。彼女は飛び込んできたなおき君を、片手で制しました。

「ウソ~……」

 呆然とするまいとゆうき。

「この子、結構暴れん坊だから、うまく付き合えよ?」

「無理です!」

 三人はそろって言いました。

「健闘を祈る!」

 敬礼して、吉良先生は部屋を出ました。

「待て!」

 三人は、吉良先生を追いかけようとしましたが、あきらめました。

 ワン! なおき君が吠えました。

「ああ、こらあ!」

 まいが買い置きしておいたお菓子をくわえていました。

「離せ~!」

 なおき君が必死にくわえているお菓子を引っ張るまい。

「はわわ~」

 ガタガタ震えているひとみ。

「最悪な三日間になりそうだぜ」

 ゆうきは額に手を押さえました。


 夕食の時間になりました。生徒たちは、食堂で済ませます。

「これやるから、おとなしくしてろよ?」

 大量のドックフードを差し出しました。なおき君は臭いを確認すると、ガツガツとありつきました。

「これでしばらくはおとなしいよね?」

 確認するまい。後ろではひとみが彼女に隠れて、なおき君がエサにありついているのを見ていました。

「それじゃ、あたいらもエサにありつきに行こうや」

「エサって言わないでよゆうちゃん……」

 ゆうきはドアを閉め、エサにありつくなおき君を置いていきました。

 食堂。今夜のメニューはカレーライスです。

「他の子は猫とか、おとなしい子犬みたいだよ?」

「せめておとなしい子犬がよかった……」

 ひとみががっくりしました。

「まあ、三日の辛抱だ」

 と言って、カレーを一口入れるゆうき。

「とか言って、自分も一日で帰してやりたいと思うくせに!」

「まい、人をスプーンでさすな」

 夕食がおわり、寮に戻りました。

「ぎょえええ!!」

 部屋のドアを開けた瞬間、まいが悲鳴を上げました。

「どうした! うわっ」

 ゆうきとひとみも呆然。部屋中、服や教科書、その他備品があちこちにボロボロで散らかっていました。

「なおき君は……」

 あたりを見渡すまい。なおき君がいません。

「どこに行ったあいつ!」

 ゆうきが怒りをあらわにしながら、探し始めました。

「はあ……」

 ひとみは震えながら入り口で佇んでいました。

「ここか!」

 ベッドのシーツをめくり、下を覗くゆうき。

「いたぞ!」

 なおき君は、ベッドの下で眠っていました。

「寝顔はかわいいんだから」

 まいは肩をすくめました。


 ペットシッター二日目の朝を迎えました。

「うーん……」

 まいは、とてつもなく強い臭いと湿気で目を覚ましました。

「なんだこの臭い……」

 布団を剥がしました。

「ぎょえええ!!」

 仰天しました。まいの布団の中で、なおき君が寝たままおしっこをしていました。


 中庭では、犬の散歩をしているF組の生徒が何人か見えました。犬とボール遊びをするグループもいました。

「待てーっ!!」

 まい、ひとみ、ゆうきのグループが、散歩中にあちこちかけ回るなおき君を追いかけました。F組の生徒たちは、あちことかけ回る三人となおき君をキョロキョロして見つめていました。

 なおき君をつかまえた三人は、寮に戻りました。

「いいか? あたいらは授業に行くから、お前はここでじっとしてろよ?」

 ゆうきがなおき君を指さしました。

「ねえねえ。やっぱり中庭の誰にも見えないところに……」

 言いかけるまいに。

「さっき松田先生に聞いたらダメだって言ってたじゃん」

 ひかるが言いました。

「大丈夫。今度はちゃんと柱にリードを繋げたからな」

 寮の柱にリードを繋げ、なおき君が走り回らないようにしました。

「噛みつかれたらまずいものも一応机にしまっておいたからな。ひとみとまいは大丈夫か?」

「アイアイサー!」

 敬礼するまい。

「だ、大丈夫」

 と、ひとみ。

「よし。じゃあな」

 ゆうきが寮を出ました。続けて、まい、ひとみも出ました。

 寮の扉が閉まり、なおき君一匹になりました。

 クウン……。少し寂しそうに鳴き声を上げました。


 午前の授業は、理科室で吉良先生の授業でした。

「諸君! ペットシッターは順調かい?」

 多くの生徒たちが、犬や猫に癒されたり、初めてペットシッターを経験したが素直で接しやすいという声が多く出ました。

「よかった。みな、順調なようだな」

「そうでもありません!」

 まいが挙手しました。

「どうした?」

「なぜ私たちの犬だけあんなに悪いんですか!」

「あ、あたしたちの私物、ほとんど噛みつかたし……」

「まさか、外れをあたいらによこしたんじゃないだろうな?」

「なおき君のことか」

「そうです!」

 三人はそろって答えました。

「今朝なんか、私おしっこかけられましたもん!」

 生徒たちがクスクス笑いました。

「ああ! 笑ったなみんな!」

「まい。ここで怒ってもしかたがない」

「そうだよ。なおき君もわざとじゃないし」

 なだめるゆうきとひとみ。

「くう~!」

 歯を食いしばるまい。

「諸君らは、なおき君がただのバカ犬のように見えるかい?」

「だったらなに犬なんですか?」

 まいが聞き返しました。

「捨て犬だよ。最初に言わなかったかな? 保健所の犬だって」

「あっ」

 ハッとするまい、ひとみ、ゆうき。

「なおき君が噛みついたり走り回ったりするのは、保健所じゃない別世界に来たのもあるし、保健所じゃない場所で、自分と過ごしてくれる人に会えたからだと思うぞ」

「うん……」

 うなずくゆうき。

「だから、存分に遊んでやればいいんだ。遊んでやるなら、簡単だろ?」

 吉良先生はウインクしました。まいたち三人はお互いを見つめ合い、うなずきました。

 お昼休みになると、まいは犬のペットシッターを任されているクラスメイトに声をかけ、犬用のおもちゃを貸してもらいました。ひとみは売店に向かい、ペット専用のお菓子を購入してきました。ゆうきは図書館に行き、犬についての本を借りてきました。

「自分で決めて本を借りるの、小学生以来だな」

 犬の本を見ながら、思いました。いつもは妹たちが選んだ絵本を図書券で借りることが多いのです。久しぶりに自分で選び、感慨深げに貸し出した本を見つめていました。


 まい、ひとみ、ゆうきの寮では、なおき君が体を伏せて寝ていました。しばらくして、ドアが開くと、パッと顔を上げました。

「今から中庭に行くよ?」

 まいが手を差し伸べました。

 中庭に来ました。

「ほら、なおき君。ボール投げるから取っておいで!」

 投げました。なおき君は喜んでボールを追いかけました。

「その調子!」

「次はあたいな?」

 なおき君はまいが投げたボールをくわえて、持ってきました。

「よーしいい子だ」

 ゆうきはボールを持ってきてくれたなおき君の頭をなでました。

「じゃあ次はあたいが投げたボールを取ってこい!」

 ゆうきはまいよりも高く、遠くに投げました。それでも怖じ気ず、なおき君はかけてボールを追いかけました。

「いいぞ! お前はできる子だ!」

 ゆうきは声を上げ、ほめました。

「ほら、ひとみちゃんも」

 まだ犬に慣れないひとみは、まいの後ろでオロオロしていました。

「う、うん……」

 なおき君がボールをくわえて持ってきました。

「じ、じゃあ次はあたしが投げるね?」

 ひとみはボールをもらおうと、震える手を差し出しました。

「ひゃっ!」

 なおき君は、ボールをそっとひとみに渡しました。

「ほら。なおき君、今機嫌いいから、噛みついたりしないでしょ?」

「本で見ると、犬は利口な生き物だから、ちゃんと世話してやれば、いい子なんだ」

 まいとゆうきが言うと、ひとみは「うん!」とうなずいて、ほほ笑みました。

 それから三人はボール遊びにフリスビー、骨ガムで遊びました。そのあとは校庭を散歩したり、お菓子をあげたりして過ごしました。

 そしてあっという間に日が暮れました。

「今夜は特に腹が減ってるだろ? いっぱい食えよ」

 ドックフードを食べているなおき君の頭をなでるゆうき。

「あたし、犬怖くなくなったかも」

「ほんと、ひとみちゃん? ならよかったあ」

 まいが胸をなで下ろしました。

「そういえば、明日でペットシッター終了か」

 まいが一言つぶやきました。その瞬間、あたりが静まり返りました。

「今日仲良くなったのに……」

 残念そうにするひとみ。

「まあでも、あたいたちは授業の一環として引き受けてるだけだからな」

「なおき君、またね!」

 まいは、ドックフードに夢中のなおき君の頭をなでました。


 翌日の午後。保健所から引き取りが来ました。クラスメイトたちは別れを惜しむ人が多く、二日目に仲良くなったばかりのまいたちはなおさらです。

「よかった。先生、この授業引き受けて……」

 吉良先生は感動のあまり、涙を流しました。

「お前が泣いてどうする……」

 隣で松田先生が呆れました。

 クウン……。保健所の人に抱きかかえられながら、物悲しい目でまいたちを見つめるなおき君。

 まいたちはほほ笑み、そろって口にしました。

「またね!」

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