6・スケッチの練習をしました
第6話
メイド学園のそばにある自然公園は、休日になると老若男女問わず、丘に吹く心地よい風を求めて、やってくる利用者がたくさん見えました。本日は平日。メイド学園F組の女子生徒たちが、丘にやってきていました。
「ハーイそれでは皆サン。これからスケッチを始めマース!」
イギリスから来たというマリン先生が、指示を上げると、生徒たちはそれぞれスケッチを始めました。
「ねえねえ。私たちはさ、お互いの顔を描くことにしようよ」
と、まい。
「なんでだよ?
「ま、まいさん……」
唖然とするゆうきとひとみ。
「だってさ。みんな木とか花とか、人じゃないもの書いてるじゃん!」
「わかったよ。それじゃおもしろくないからとか言うんだろ? ひとみ、付き合ってやれ」
「ええ!?」
「ゆうちゃんもゆうちゃんも!」
「駄々こねたような言い方するな!」
「まあまあ。なに描いてもいいって言ってたしさ、いいじゃないの。それに、特に描くもの決まってないでしょ?」
「そ、そうだけど……」
ためらうひとみ。
「じゃあ決定ね。ゆうちゃんもだよ」
「あたいはその辺のありんこでも描いてる」
三人は円になって、お互いをスケッチし始めました。
「あたいはありんこ描いてるけどな」
「ふふーん。ゆうちゃんもしかして、描けないんだあ」
ニヤリとしました。
「なに?」
「私たちに幼稚園でも描きそうな絵を見せちゃいそうだから、ためらってんじゃないの?」
「むむっ!」
カチンとするゆうき。
「ま、まいちゃん!」
これ以上煽らないようにと引き止めるひとみ。
「わかった。描いてやるよ。その代わり、なに描いても笑うなよ?」
キッとにらんで、忠告しました。
「はい!」
まいとひとみはビクッとしながら、コクコクうなずきました。
心地よい風を浴びながら、お互いの顔のスケッチを続ける三人。
「ん?」
まいに目を向けるひとみ。
「ぶっ!」
吹き出しました。まいが、ひょっとこのお面をかぶっていたからです。
「おい!」
ゆうきが怒りました。
「ちょっと退屈になってきちゃって……」
「こっちは真剣なんだからな? まじめにやれ」
文句を吐いて、スケッチを続けました。
数十分後。
「はあ……」
三人はスケッチを完成しました。
「じゃあまず私から見せちゃおうかなあ?」
「お三方。できマシタ?」
マリン先生が来ました。
「マリン先生。私が描いたゆうちゃんとひとみちゃんを見てください!」
まいは、スケッチブックをマリン先生に見せました。
「ワオ! ビューティフォー!」
まいは、ゆうきとひとみをリアルに描いていました。
「えへへ。これでも、絵は得意なんですよ」
照れました。
「意外だな」
「まいさんにも、才能があるんですね」
「二人とも私が才能なんてない凡人だと思ってたでしょ!」
ムッとするまい。
「ひとみサンはどうデスか?」
「は、はい!」
ひとみも、マリン先生にスケッチブックを見せました。
「なかなかデスねえ」
ひとみも、まいとゆうきのことを実物に近い形で描いていました。
「指名手配すれば、すぐにわかるくらいのできだな」
と、ゆうき。
「なんて不謹慎な!」
ツッコミを入れるまい。
「さっ。ゆうきサン、アナタのはどうデスか?」
「え?」
「見てみたいデス!」
「いや、その……」
「どうしたのゆうちゃん? まさか、自分のだけ見せないつもり?」
にらむまい。
「あたし、すっごく恥ずかしかったんだから!」
ひとみも訴えかける。
「いや、あのな?」
「んー?」
まい、ひとみ、マリン先生に覗き込むようにして見つめられました。
「ぐぬぬ……」
観念したゆうきは、見せる決心をしました。
「わかった。でも、絶対笑うなよ?」
「笑わないよ。友達が描いてくれた作品だよ?」
「そうそう」
言い聞かせるまいとひとみ。
「ほら」
ゆうきは、スケッチブックを開示しました。
「ええ!?」
まい、ひとみ、マリン先生の三人は仰天して、目をまんまるにしました。
ゆうきのスケッチのクオリティは、幼稚園並みでした。
「わははは!!」
絵を見た三人は笑いました。
「笑うなつったろ!!」
巨大化して、雷を落とすゆうき。
「ひいいい!!」
悲鳴を上げる三人。
「ご、ごめん! で、でもそのクオリティは……」
「わかってる、まい! あたいは絵が下手なんだ」
「で、でも子守が得意では……」
「ひとみ。子守が得意なのと絵が得意なのは比例しないから。人物画なんて、めったにやらないし、このクオリティになるのも無理はないよ」
「なんてひどい……」
「マ、マリン先生?」
小刻みに震えているマリン先生に目を見やるまい。
「なんてひどい絵デスか!!」
声を上げるマリン先生。他の生徒たちが目を向けました。
「これは補習が必要デース! 放課後、美術室に来てくだサーイ! カモンヒア!」
”放課後 16時”と記されたメモを渡して、去っていきました。
「はあ?」
イライラしているゆうき。
「わ、私誘わなきゃよかったかな?」
「い、いやそんなことないと思うよ?」
怒りに満ちているゆうきを見て怖気づくまいとひとみでした。
放課後。十六時になると、約束通り、ゆうきは美術室にやってきました。
「約束通り、来マシタね?」
「ああ」
「ではさっそく。描くデス!」
マリン先生は、マントを脱ぐように、メイド服の格好から、中世のドレスに早変わりしました。
「さあ! ワタシを描いてみてくだサーイ!」
「ええ……」
唖然とするゆうき。
「うふーん……」
色気を出し、胸を張るマリン先生。
「普通にしてくれ……」
と言い、ゆうきはスケッチを始めました。
「上手に描けなかったら、何度でもやり直しデース!」
「ほらよ」
「早いデスね! ちゃんと丁寧に描けたんデスか?」
スケッチブックを覗き込みました。
「ひゃあああ!!」
悲鳴を上げました。スケッチブックに描かれていたのは、棒人間の絵でした。
「ふざけていマスカ!?」
「めんどくせー」
「いいデスか? メイドたるもの、絵も描けることは大っ変重要なことデス。デスから、おざなりにしてほしくないのデス」
「絵は苦手なんだよ」
「だから今こうして補習をしているでゴザル!」
マリン先生は、今度は片方を腰に、もう片方を頭にやり、色気ポーズを取りました。
「さあ、もう一度描くデース!」
「めんどくせえ」
美術室のドアのすき間からこっそりと様子を伺うまいとひとみ。
「ゆうちゃん、ブチギレて先生をなぐらなきゃいいけど……」
「大丈夫だと思うよ。多分……」
ゆうきの心配をしていました。
翌朝。F組の教室に来て、カバンから教科書を出し、机に詰めようとしたゆうき。すると、一枚のメモ用紙が落ちてきました。
「またか」
マリン先生から、放課後十六時、美術室に来るように命じられました。
放課後になりました。
「今日はこれを描いてもらいマース!」
チャイナドレスに身を包んだマリン先生。カンフーポーズを見せています。
「……」
唖然とするゆうき。
「あの、普通にしてくれない?」
「早く描くアルヨ?」
呆れて、描き始めました。
「ほらよ。今日は真剣に描いたぞ?」
スケッチブックを見せました。
「確かに。時間が十分くらいかかりマシタね」
絵を見ました。
「オウノー!」
がく然としました。形そのものはしっかり見て描いた雰囲気ですが、まだまだ小学生に等しい絵柄です。
「もう少しがんばってほしいデース……」
と嘆き、ドラを鳴らしました。
「どっから持ってきたそんなもん……」
美術室の入り口からこっそり覗いているまいとひとみ。
「なかなか厳しいね」
「うん……」
呆然としました。
さらに、マリン先生の補習は続きました。チャイナドレスの次は柔道着、柔道着の次は騎士、騎士の次は駅員。そして、駅員の次は海上自衛隊員に扮しました。
「ヨーホー!」
ノリノリのマリン先生。
「結局コスプレを見せつけたいだけじゃないのか!?」
頭を抱えるゆうき。絵は一向に上達しません。
「やれやれ」
まいとひとみも肩をすくめていました。
そのまた翌日の、お昼休み。
「ゆうちゃん。また行くんでしょ、補習」
「大変だね」
「今度はどんな格好するんだろうね?」
まいとひとみは、マリン先生がどんな衣装になるのか楽しみで覗きに来るようになっていました。
「今日は行かない。逃げる」
「へ、今なんて……」
聞き返すまい。
「逃げると言っている」
「そ、そんなことしたらまずいのでは!」
ひとみが戸惑いました。
「毎日毎日衣装大会見せつけられて、こっちの絵の上達なんてどうでもいいんだよあの人は。だから、あたいは逃げるよ」
「え、でも衣装大会、楽しくない?」
「まい。それはお前がだろ?」
「ギクッ」
「図星か」
まいをにらみました。
「今日も来るよう、メモ書きが寄せられていた。そんなもん、こうだ!」
ビリビリに破りました。
「今日は寮でだらだらゲームしよ」
と言って、教室を出ました。
「まずいよひとみちゃん!」
「う、うん。ゆうきさん、メイド学園の先生に逆らって、なにか厳しい罰を受けるかもしれないね」
「そうじゃなくて! マリン先生の衣装大会、見られなくなっちゃう!」
「あ、そこ?」
唖然とするひとみ。
「なんとかして、その気にさせなくては!」
「ははは……」
苦笑いするしかないひとみでした。
トイレから出てくるゆうき。
「ゆうちゃん!」
「なんだ? ま……い?」
言葉が詰まりました。
「サンバ!」
まいは、サンバの格好をしていました。
「衣装大会だぜい! これであなたは今日の補習に行きたくなるぜい!」
「はあ?」
唖然としました。
「見てられない……」
他の生徒たちに白い目で見つめられているまいを見て、額に手を押さえるひとみ。
「アホらし」
ゆうきは、まいを無視して、教室へ向かいました。
「サンバ!」
「まいちゃん。もうやめよ?」
ひとみが小さく声をかけました。
F組、数学の授業中。
「ん?」
先生の話を聞いていると、まいに後ろから肩を突かれました。
「はい」
一切れの紙を渡されました。
「なんだよ?」
受け取りました。
「えっ」
見ると、”補習補習補習補習補習補習補習補習”と、紙いっぱいに書かれていました。
「怖ええよ」
丸めてまいに向けて、捨ててやりました。
「あんっもう」
嘆くまい。
「ははは……」
ひとみが苦笑いしました。
午後の授業がおわったあとも、まいはしつこくゆうきに付きまといました。後ろから何度も「補習補習補習補習」とつぶやいてみたり、「マリン先生は今日どんな格好するのかなー!」と、大声で言ってみたりしました。
「むむう!」
イライラが頂点に達したゆうきは。
「うるせえ!」
げんこつで、まいを気絶させました。
「まいちゃん……」
両手で口元を押さえ、呆然とするひとみ。
「なんと強情な……。こうなったら!」
まいは、また一つ、作戦を思いつきました。
放課後。ゆうきはろうかを歩いていると、
ピンポンパーンと、チャイムが鳴りました。
『一年F組のゆうきさん、一年F組のゆうきさん。至急、美術室までお越しください』
校内放送で、マリン先生の声が聞こえてきました。
「なに?」
天井のスピーカーに目を向けました。
「うーん……」
考えました。
「くっくっく! 先生にチクって、校内放送で無理やり来させる作戦だ!」
ろうかの角からこっそりとあざ笑うまい。
「ゆうきさんもこれにはこりてしまうのでは……」
ハラハラするひとみ。
「ったく……」
呆れたゆうき。しかし、すぐに美術室に向かいました。
「ほらやっぱり! これでまた先生の衣装大会が見られる~」
まいは歓喜を上げて、ぴょんぴょん跳ねました。
「はあ……」
ひとみはため息をついて、肩をすくめました。
美術室に来ると、マリン先生が腰に手を当て、佇んでいました。
「待ってマシタよミスゆうき。なぜワタシから逃げようとしたのデスか!」
「いや、ていうか今日は水着ですか?」
「イエース! ビキニを新調しマシタ!」
ピンクのビキニを身に付けていました。
「わかった。あたい、今からうまくあんたを描くよ」
「ほんとデスか? 今まで何回トライしてもダメデシタのに!」
くるくると回りながら言い放ちました。
ゆうきは冷静さをかもし出してい様子です。
「だ~か~ら~」
うつむき、キッとにらんで。
「あんたを”かく”って言ってんだろ!?」
声を上げ、マリン先生のもとへかけ出しました。
「あ、あ~れ~!」
そして、体を押され、タンスのそばまで寄せられました。
「あっ!」
タンスの角で小指をぶつマリン先生。
「ほら、先生?
プルプル震えながらもん絶するマリン先生。
「あわわ……」
様子を見に来ていたまいとひとみも、プルプルと震えていました。
それから、マリン先生から補習に呼ばれることはありませんでした。でもまいは時々、ゆうきの描いた絵を見たくなる時がありました。両手をこねてお願いしてみても、人差し指で額を突かれ、断れる始末です。
「でもまたいつか、いつかあの超下手くそな絵を見れる日が来ることを願っている!」
まいは期待を胸に秘めました。
「そんなことよりも勉強がんばろ?」
切実に思うひとみでした。
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