4・A組と合同で宿泊研修を行いました

第4話

F組は現在、帰りの会の前。一日の授業がおわって、解放感に満ち溢れた教室は、ざわざわとしていました。

「はいみんな静かに!」

 松田先生の号令で瞬時に姿勢を正す生徒たち。

「えー来週木曜と金曜の一泊二日で、旅館に宿泊研修に行くことになった」

「宿泊研修!?」

 生徒たちは喜び、騒ぎました。

「はいはい静かに静かに! ただ遊びに行くわけじゃないぞ? メイド学園の生徒として、ご奉仕に向かうんだ」

「ご奉仕?」

 と、まい。

「もしかして、お帰りなさいませ、ご主人様! ご飯がいいですか? お風呂がいいですか? そ・れ・と・も……。ってやるんですか!?」

「……」 

 松田先生は唖然としました。

「えーその旅館というのは、京都にある大きな旅館のため、海外からやってくるお客様もたくさん見える。お前たちは全員中学を出て、英語を学んできているはずだ。日本語が言えないお客様でもきちんと対応できるよな!」

 そわそわする生徒たち。

「まあ、そんなこったろうよ。心配するな、お前たちF組だけがご奉仕に向かうわけではない」

「そりゃあそうだろ。先生も一泊二日の宿泊研修についてくんだろ?」

 と、ゆうき。

「そういうことじゃなくて」

 呆れる松田先生。

「今回は、A組の生徒たちとともにご奉仕に向かう!」

「A組~!?」

 生徒たちは共鳴しました。

 A組は、新入生テストで一番の成績を誇った、エリートしか存在しないクラスです。反対に、F組は新入生テストで最下位の成績を誇ったビリケツしか存在しないクラスです。A組の人たちと一泊二日をともに過ごすことは、思っても見ないことでした。

「では、来週を楽しみにしているように。また明日」

 放課後を知らせるチャイムが鳴りました。


 寮で過ごすまい、ひとみ、ゆうきの三人。

「ねえねえ。京都といったら、八つ橋かな?」

 まいは、図書室から借りてきた旅行雑誌を見て、京都についてサーチしていました。

「まい。お前、まさか遊びに行けると思ってんじゃねえだろうな?」

 ゆうきが聞く。

「なんで? 高校生の宿泊研修でしょ? 自由時間くらいあるでしょ」

「いいや。ここはメイド学園。旅館での手伝いのみやって帰らされるパターンは大いにありえる」

「えー?」

 怪訝な顔をするまい。

「旅館って、どんなお仕事するんだろうね?」

 ひとみが聞く。

「ひとみちゃん。さっき先生に無視されたけど、お客さんにご飯にするお風呂にするって聞いて、そ・れ・と・も……」

 ゆうきにげんこつされました。

「どうせただの旅館の手伝いだよ。なんでわざわざA組の連中とせにゃならんのだ」

「は、ははは……」

 苦笑いするひとみ。

「もう~! 絶対絶対京都を観光できるって。二人とも、旅館の手伝いも、京都旅行も楽しもうね!」

 発するまいに、ひとみは苦笑してうなずき、ゆうきは肩をすくめうなずきました。


 宿泊研修当日。A組とF組の生徒たちは校庭に並んで、順に高速バスに乗り込んでいました。

 F組の生徒たちは、座席がA組の生徒と隣になり、とても緊張しました。エリートと言われる存在は、自分たちとは違う輝きを放っていました。

「よ、よろしくお願いします!」

 ひとみは、窓際に座っているA組の女子生徒にあいさつしました。

「よろしくお願い致します」

 ほほ笑み、あいさつを返しました。

「はあ!」

 ひとみにとって、金色のまぶしい光を放つ女神のように見えました。

「なんであんたなんかと隣なのよ?」

 ふてくされているまい。

「それはこちらのセリフでしてよ?」

 ジトーっと見つめてくるのは、金髪がきれいなアリス。まいが一番初めに出会った、A組の生徒です。

「私車窓見てるから、あんたはぐーすかいびきでもかいて寝てていいわよ?」

「まあ! わたくしがいびきをかくなんてお思いで? あなたこそ、ぐーすかこいて、恥をかかれないようにね?」

 ニヤリとしました。

「ふん! でもいいもん。京都に行って、八つ橋買って、金閣寺見るんだから!」

 意気込みました。

「はあ? メイド学園の宿泊研修で、そのようなお楽しみがおありだと思って?」 

 呆れるアリス。

 バスは発車して、高速道路に入りました。

「はーいみなさんおはようございまーす! 本日バスガイドを務めさせていただきます、生まれは中国、育ちは日本! ロン・みちこでーす!」

 やたらと高いテンションに、一同唖然。

「おほん!」

 咳払いをするA組の担任、江田えだ先生。まだ三十路の松田先生より二十上の、五十路のベテランでした。

「ガイドさん。マイクを少しの間拝借願えますか?」

「は、はい……」

 マイクを渡すロン・みちこ。

「みなさん。今回行います研修は、遊びで行くのではありません。まだ入学して間もないあなたたちが、初めて社会で活躍する経験となります。よって、旅館を出るまでの間は社会人としての自覚を持っていただき、お仕事に専念するのですよ? それができない方は、即学園へ帰っていただきますので、よろしくお願い致します」

「かしこまりました!」

 A組の生徒たちは、そろって丁寧な返事をしました。

「ほら、F組! お前らはわかったのか!」

 松田先生が声を上げる。

「は、はーい……」

 突然言われ、戸惑いながら返事をするF組の生徒たち。

「F組のみなさん。A組の方々や旅館の従業員の方々を手本にしながら、懸命に取り組みなさい!」

 江田先生に言葉にF組の生徒たちは「はい!」と答えました。

「おお、怖っ……」

 まいがつぶやきました。

「あれが普通ですわ」

 と、アリス。

「え、あんたいつもあんなきびきびした感じの人といるの?」

「お宅もなかなかじゃありませんこと? というか、どんなお方であろうとも、ご奉仕する心をわきまえるそれこそが、メイドの使命では?」

「え、ええ?」

 まいは呆然としました。たくましいやらなんやらです。

「とは言っても。旅館以外の場所では基本的に自由です。みなさん、迷惑をかけない程度に、お過ごしください。気分が悪くなった方は、すぐにわたくしか松田先生に報告すること」

 江田先生が言うと、

「かしこまりました!」

 A組の生徒が返事をして、きゃっきゃっ女子トークで盛り上がりました。

「え……」

 呆然とするまい。

「ふーん」

 車窓を見ながら、オンとオフの切り替えはするんだなと思うゆうき。

「はいみんなみんな!」

 松田先生がマイクで呼びかけました。

「ただバスで過ごすのも退屈だろ? そこで、カラオケ大会やろうじゃないか!」

「イエーイ!」

 A組の生徒たち、F組の生徒たちも喜びました。

「じゃあエントリーナンバー一番。F組、ゆうき!」

「は?」

 松田先生に呼ばれ、戸惑うゆうき。

「ゆうちゃんの歌聴きたーい」

 まい、そして他の生徒たちもはやし立ててくる。

「お、おい松田! てめ、どういうつもりだよ!」

「ほう。日頃のその態度を改めてやるチャンスだと思ってな」

「むむう」

「家では子守してたんだろ? だったら子守歌でも童謡でもなんでも奏でたれよ」

「子守歌はねえだろ!」

「ほら!」

 マイクを投げ渡されました。曲が流れました。流れたのは、愛は勝つ。

「なんの曲かしらこれ?」

 アリスが首を傾げました。

「へえー。A組のエリートちゃんでも、知らないことがあるんだねえ」

 ニヤニヤするまい。

「申しわけございませんわね。わたくしエリートたちは、勉強や運動など、将来に必要なものしか取り入れておりませんので。あなた様は、将来に不必要なものばかり取り入れているから、歌を知らないわたくしをバカにしたくなるのはわかりますけど……」

 ニヤニヤし返してきました。

「いちいちムカつくやつだなあ!」

 ムッとするまい。ゆうきの歌が始まりました。

「しーんぱーいないからね♪きーみーのゆーうきが♪」

 ゆうきの奏でる美声が、五十人以上を乗せた車内に響き渡りました。先生も生徒もみんな、聞きほれていました。

(うまく歌いやがって!)

 内心悔しがっている松田先生。

(将来は歌手かしら?)

 聞きほれている江田先生。そんなこんなで楽しいバスでの時間はあっという間に過ぎ去り、研修を行う旅館へと辿り着きました。


 宿泊研修にやってきた旅館は、広く、大きな場所でした。生徒たちはロビーに集まり、この道四十年以上の女将さんオーナーとあいさつをしました。

「よろしくお願い致します!」

 浴衣に着替えたA組とF組の生徒たち。全員で丁寧にお辞儀をしてあいさつをしました。

「今は閑散期だからお客様もそれほど見えないので、無理しないでがんばって!」

 オーナーは笑顔で迎えてくれました。

「ではみなさん。それぞれ役割を決めていたはずです。A組とF組で班になり、それぞれのお仕事に取りかかってください」

 江田先生が指示しました。

「それではお仕事、始め!」

 松田先生の号令でスタート。

 ひとみ、ゆうき、A組の女子生徒二名の班は、銭湯の清掃を任されました。

「ひ、広いなあ……」

 銭湯の広さに圧巻するひとみ。

「さて、誰がどこでなにをする?」

 と、ゆうき。

「あたくしたちA組はA組でやりましょ? あなた方はあなた方でやればいい話ですわ」

 A組の女子生徒たちは、ゆうきたちとペアを組みたがりません。

「ああ?」

 ゆうきがにらみました。

「ゆ、ゆうきさん! ここでケンカなんてしたら、帰らされちゃうよ?」

 あわててなだめるひとみ。

「チッ。でもさ、あいつらなんのためにここ来てるのかわかってねえよな」

「え、ええ?」

「なんであたいらがわざわざこんなところに来てまで、A組と風呂掃除するかってことだよ」

「そ、そうだけど……」


 まいはF組の女子生徒とアリス、A組の女子生徒と班を組んでいました。

「いらっしゃいませー!」

 あいさつするまい。担当は、フロントのようです。

「まいさん! そんなスーパーの新人アルバイトみたいなあいさつをしなさんな」

 アリスが小バカにしてきました。お客さんが入ってきました。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

 慎ましやかに、お辞儀をしました。

「おお……」

 感心するまい。

「って、なに感心してんだ私! 私だって、それくらい」

 まいは、こちらにやってくるお客さんを見つけました。

「いらっしゃいお客さん! 今日は来てくれて、ありがとねい!」

 思わず、慎ましくとはほぼ遠い言い方をしてしまいました。

「あ、あの。チェックアウトしたいんですけど……」

「す、すみません!」

 謝りました。

「かしこまりました! カギをお渡しください」

 アリスが割って入ってきました。

「はあ……」

 まいはため息をつきました。


 銭湯の掃除は、半分おわりが近づいていました。

「おっ」

 デッキブラシで床を磨いていたゆうきとA組の女子生徒。おしりがぶつかり合いました。

「F組の生徒さんは、あちらが専任だったはずでは?」 

 にらみました。

「別に。もうおわったから、やってるだけだろ?」

「悪いけど、F組の方とはお近づきになりたくありませんの。早く離れてください」

「あのなあ。なんのために共同でこんなところ来てると思って……」

「じゃあ、もうあたくしはここはやりません!」

 ムッと来たゆうき。

「てめえ! いい加減にしろよ!」

 大声が聞こえ、驚くひとみとA組のもう一人の女子生徒。

「あ、あたくしの胸倉を掴みましたわね! 先生に言えば、どうなるかおわかり!?」

「ああ! でも別にいいさ」

「退学されたら、あなたの行先はなくなりますのよ?」

「そんなことない」

 ゆうきは言いました。

「あたいはまだ若いんだ。こんなことくらいで人生がおわってたら、人間の寿命はハムスターも同然だろうよ」

「ゆうきさん……」

 呆然とするひとみ。

「A組のやつらは、かしこいし礼儀はあるけど、あたいらとはどこか抜けてるとこがあるんだな」

 と言って、女子生徒を突き放しました。

「ゆうきさん!」

 ひとみがかけ寄りました。

「そんなにあたいらと組むのはいや?」

 A組の女子生徒二人は、すぐにうなずくことができませんでした。

「さ、さっきゆうきさんの歌を聴いて、どう思いました?」

 ひとみが聞きました。

「きれいだと思いましたか? だったら、別に軽蔑する必要はないよね!」

 ほほ笑みました。A組の女子生徒たちは、コクリとうなずきました。

「おいひとみ……。やめろよそれ持ち出すのは」

 照れているゆうき。

「じゃ、再開しよ!」

 四人は、お風呂掃除を再開しました。


 お風呂掃除をおえ、銭湯から出てくる四人。

「まいはどうしてるかな?」

「アリスさんはきっとご活躍されていると思うわ!」

 ゆうきとA組の女子生徒が、それぞれのクラスメイトのことを気にしました。みんなでフロントを見に行きました。

「まあ!」

 四人とも驚きました。

「いらっしゃいませ! さあ、わたくしがかわいいと思った方は、ぜひわたくしのもとで、チェックインチェックアウトのお手続きを!」

「いやいやこの私目とお手続きしよ?」

 アリスとまいは、なぜかフロントの業務で勝負していました。

「ど、どういうこと?」

 困惑しているひとみ。

「成り行きだな。お客様がまいのことベタぼめしてきて、嫉妬したアリスがわたくしのほうがフロントうまいとか言い出して、それで自然とな」

 松田先生が教えてくれました。

「は、はあ……」

「わたくしのほうが一番フロントがうまいですわ!」

「いいや。私のほうがうまいわよ!」

「わたくしですわ!」

「私よ!」

「じゃあ、わたくしがここのオーナーを引き継いでみせちゃいますわ!」

「私だって! あんたなんて私がバイトにしてやるわよ~」

「なんですって~!!」

 江田先生が来ました。

「お二人とも、いい加減にしなさい!!」

 雷を落としました。

「すいませんでしたーっ!!」

 謝るアリスとまい。

 劇的だった宿泊研修は、誰一人途中退場されることなく、おわりました。

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