2・保育士の実習を行いました
第2話
私立メイド学園の規則。それはそれはとても厳しいものでした。
規則その一。学園内では、常に制服を着ていなくてならない。デザインはメイド服。ゆうきのような男勝りな人でも、着なくてはなりません。
規則その二。先輩や先生を見かけたら、必ず「ごきげんよう」とあいさつしなければならない。
規則その三。食事中、授業中、休み時間中……。寮の中以外では、常にメイドらしく振る舞わなくてはならない。
A組の生徒は、先輩、先生はもちろん、同学年に対しても、常にメイドらしく振る舞っていました。
「ごきげんよう」
A組の生徒に声をかけられるまい。
「お、おは……。じゃなくてごきげんよう!」
あわててあいさつを返すまい。
「ごきげんよう、F組の……お名前はなんと申したかしら?」
アリスだ。
「こ、小牧まいです」
「ふーん。まるで地方育ちの民間人って感じで、こちらにいらっしゃるのが違和感を覚えちゃうお名前ですわね」
「な、なんですかそれ!」
ムッとするまい。
「まあせっかく入学できたんですもの。三年間、がんばりましてよ? おほほほ!」
高笑いしながら、去っていきました。
「感じ悪~」
「お、おはようございます」
ひとみが来ました。
「ひとみちゃんおはよう! ねえねえ、アリスってやつさ、ひどいの!」
「え、ええ?」
「自分がA組だからってさ、調子乗ってるよね? だいたい、私はメイド学園ってなんだろうなって気になって、来たんだよねえ。当時中三の担任に話してみたら、ここは作文と面接すれば受かるって言って、興味もあったし、入ったんだよ」
「あ、うん……」
まいとは違う場所に視線を見やっているひとみ。
「入学してくる人の動機なんてそれぞれじゃん。なのにどうしてあんなに上から目線なの? どうせ卒業して、就職できればいいんでしょ?」
「おほん!」
咳払いが聞こえ、後ろを振り返るまい。
「小牧まいさん、だったかな?」
「あ、えっと……。担任の松田先生……」
「就職できればいいか」
「あ、その! わ、私まだ将来決まってないのになんか変なこと言っちゃったなあって!」
あわてて弁解しようとしました。
「よーし。そんな君にとっておきの授業があるんだ」
ウインクして、ほほ笑んだ。
「へ?」
「それはこれから始まる朝の会で伝える。ほら、早くF組に行け!」
「は、はい!」
まいとひとみはあわてて教室へ向かいました。
F組。朝の会が行われていました。
「いいか諸君。この学園は、ただメイドとして過ごすだけではない。メイドとなり、卒業後、どこに就いても活躍できるようにするのが目的だ。女性の働き方改革の方針に乗っ取って作られた学校だしな」
そして、黒板に、
「そこで! 君たちには来週月曜日から翌週の金曜日まで、保育園で職場体験をしてもらいたい」
保育園実習と書きました。
クラスメイトたちが、ざわつきました。
「はいはい静かに! 保育園までは、学園から送迎でマイクロバスを使用し向かう。朝八時に出発だ。遅れたやつはその時点で退学だ」
と言って、朝の会がおわりました。
「なるほど。私にさっき言ってたことは、保育園の実習のことか」
まいが納得しました。
「どうしよう……。あたし、人見知り激しいから、ちゃんと園児の子たちとかかわれるかな?」
「心配しなくても、たかだか子どもとかかわるだけでしょ? いないいないばあとか、ペリキュアの変身とかしとけばいいんじゃない?」
「甘いな」
と、つぶやくのはゆうき。
「保育園の頃合いのガキンチョの相手が、どれほどむずかしいか、お前らわかったもんじゃねえぞ」
「な、なんでそう言えるの?」
当惑するひとみ。まいも当惑して、ほおづえをするゆうきの背中を見つめました。
「つうか、なんで入学早々、保育園で実習なんだよ? こちとら保育士になるために学びに来てんじゃねえんだぞ」
お昼休み。食堂以外に、中庭で過ごすことができました。とても広い敷地で、バスケやバレーボールをしている上級生も見受けられました。スポーツができることも、メイドとしての習慣にあるようです。
「みんな、私がどうして中庭に連れ出してきたか、わかるよね?」
「う、うん」
まいに言われ、うなずくひとみ。
「ドッチボールをするためだよね」
「そうそう! あれ人を当てる感覚がたまらなって違ーう!」
「ひぎゃー!」
悲鳴を上げるひとみ。
「ゆうちゃんはわかるよね!」
ゆうきに視線を送るまい。
「ゆうちゃん呼ぶなって」
と言って、
「お前が呼び出す理由なんて一つだろ。来い」
「え?」
ひとみと見つめ合い、首を傾げました。
「これを見るためだろ」
ゆうきが連れ出した場所は、飼育小屋。そこに、白と黒の馬がそれぞれ一頭ずついました。
「かわいいーっ!」
ひとめぼれするまいとひとみ。
「乗馬の授業もやるらしいぜ?」
「へえー! 馬飼ってるんだね」
「すごいね」
「あれ? おい、ひょっとして、初めて?」
「うん」
「てことは、馬じゃないのか」
「違います」
「じゃあ、なんだよ?」
まいは二人の前に仁王立ちし、答えました。
「来週の実習の予習をしよう!」
「予習?」
と、首を傾げるひとみとゆうき。
「そうだよ。私たち、ビリケツのF組ってA組の人たちにさんざんバカにされてるじゃん。だからさ、今度の実習で優秀なところ、見せつけちゃおうよ」
「で、でもなにをどうするの?」
ひとみが聞く。
「ふふん。実はもう、午前の間に考え付いたんだ!」
ウインクしました。
さて、舞台は変わり、ここは小牧保育園。二人の保母さんと一人の園児が通う、小さな保育園でした。
『さーて! ひとみちゃん、今日はどんなお遊戯をして遊ぶ?』
笑顔で聞くまい先生。
『え、えっと……』
恥ずかしがり屋のひとみは、モジモジしていてなかなか答えない。
『じゃあゆうき先生、決めてあげて?』
園じゃ一番怖いと評判のゆうき先生。腕を組み、考えている様子です。
『それじゃあ……』
立ち上がるゆうき先生。
『てめえの全身から血が全部抜けるまで腕をねじってやる……』
ギラギラ輝く目。
『ひい~!』
怯えるまい先生。
「タンマタンマ!」
シュミレーションを止めるまい。
「本当に保育園でそんなこと言う気!?」
「だいたいこんな茶番劇で予習にもなるかっての!」
「そんなことないよ。ね、ひとみちゃん?」
ひとみは答えました。
「なんであたしは園児なんですか……」
落ち込んだ様子。
「あれ?」
「もういい! あたいが今度は提案する」
「ゆ、ゆうちゃんが?」
「ああ。来週の実習、ヘマをしないとっておきのな!」
自信に満ちあふれた表情をしていました。
ところ変わって、風が吹く丘。そこで佇んでいるのは、佐々木ゆうきと宮本まい。両者は互いの前で、ただじっと、鞘に手をかけじっとしていました。
『……』
手を組み、両者を見守るひとみ。
佐々木ゆうきと宮本まいが、同時に刀を抜きました。そして、同時に走り、向かいました。
『はっ!』
両者の刃がぶつかり合う音。果たして、勝者は……。
『またつまらぬ者を斬ってしまった……』
つぶやく佐々木ゆうき。
『え、待って? 今のは私が勝ったよ!』
文句を垂れる宮本まい。
「はいタンマタンマ!」
芝居を止めるまい。
「今のは私が勝ってるって! だってさ、私ちゃんとゆうちゃんのこと斬ってたもん」
「いいや、あたいだ。ていうか、あたいが元々始めた茶番劇だ。あたいが勝者で文句ない」
「ううん! 私が勝ちなの!」
「ほう。じゃあお前は本物の刃がぶつかり合う時でも、勝つ自信があるというのか」
「へえー。ゆうちゃん、本物なんて持ってるんだ。じゃあ今度持ってきてよ?」
嘲笑すると。
「いいよ。おばあちゃんちにあんだよ」
「え?」
呆然とするまい。
「あ、あの!」
と、ひとみ。
「こ、これ予習となんの関係が……」
「そういえば!」
ひらめくまい。
「ったく。まいのせいで、あたいまで小芝居に付き合わされてしまった」
「なんだかんだ乗り気だったくせに!」
ムッとするまい。
「え、えっと! あたしたち、保育士のことなにもわからないから、一度図書館で勉強するのが一番いいと思うんだけど」
ひとみが言うと、予鈴が鳴りました。
そして、実習当日。F組の生徒は全員マイクロバスで街に建つ保育園へと連れられました。実習先ではメイド服ではなく、それぞれ派手すぎない程度に、私服で向かうことになります。
園にやってきました。まい、ひとみ、ゆうきは三人ずつグループを組み、ひまわり組に配属になりました。
「みんなー! 今日から来週の金曜日まで、私立メイド学園のお姉さんたちが、体験実習に来ることになったよー!」
ひまわり組の園児たちに呼びかける保母。しかし、園児たちはそれぞれ思い思いにかけ回ったり、騒いだり、おもちゃで遊んだりしていて、生徒たちのことなど見向きもしない様子でした。
「あ、こら! おもちゃを投げないの。あ、こらこらまた泣かせて~。もう~!」
保母もてんてこ舞いの様子。それを見かねたまいたちは、呆然としていました。
「やばい……。私もうできる気がしなくなってきた」
「あ、あたしもだよ~」
「ここでもメイドらしくしないといけないのかな?」
「で、でも今は私服だし……」
「ねえねえ!」
男の子が、まいのエプロンを引っ張り、話しかけてきました。
「ん? なあに?」
しゃがんで笑顔で答えるまい。
「ババア!」
指をさして、そのまま去っていきました。
「え……」
「クスッ」
ひとみが小さく笑いました。
「ああ! 今笑ったでしょ?」
「わ、笑ってないよ!」
「笑ったよね?」
ひとみをにらむまい。
「う、ううん!」
あわてて首を横に振るひとみ。
「いたっ」
ひとみの頭におもちゃの車が当たりました。
「やーいやーい!」
男の子たちがあかんべーをして、バカにしてきました。
「そ、そんなあ……」
落ち込んで、へなへなと座り込むひとみ。
「ひとみちゃん、しっかり! よーし、こうなったら、図書館で得た知識を無理やりにでもここで発揮するんだ!」
と、まいは宣言。しかし、図書館で保育士についての本をサッと読んだだけで、実際はなにも覚えていないようなもの。
「みんなー! 今日からよろしくね」
園児たちの前にかけ寄るまい。
「来たぞ! 妖怪クソババアだ!」
男の子たちが、おもちゃの車を投げてきました。
「あう!」
まいは怯みました。
「ま、まいちゃん!」
まいを心配するひとみ。
「お姉ちゃんおっぱい大きいの?」
別の男の子たちが、ひとみに近づいてきました。
「いやあ!」
ひとみも怯みました。
騒々しさが収まらないひまわり組。その時でした。
「はいみんな注目ーっ!」
手をパンパンと叩いて、声を上げるゆうき。まいとひとみに群がっていた男の子たちも、おままごとをして遊んでいた女の子たちも、全員ゆうきに顔を向けました。
「歌とダンスをするぞ」
「ダンス?」
首を傾げる女の子。
「あたちパラパラ踊れる!」
「俺なんて、窓拭きダンス踊れるぞ?」
口々に騒ぐ園児たち。
「はいはい! じゃあ今からオルガンで演奏するから、みんな好きなように踊りな。あ、自分や誰かがケガするようなことがあったら、演奏もダンスもそこで中止。いい?」
園児たちは、コクリとうなずきました。
「うん、約束だぞ?」
ほほ笑みました。
「なにやってくれるの?」
女の子が聞きました。
「さーて。なにかな?」
じらしました。
オルガンに手を掲げるゆうき。パプリカを弾きました。
「わあ!」
園児たちは喜んで、それぞれ思い思いにダンスをしたり、歌ったりしました。
「す、すごい……」
「ゆうきさんにそんな才能があったなんて……」
呆然とするまいとひとみ。
「すばらしい! さすがメイド学園!」
保母も感動して、泣いていました。
ゆうきは、翌週の金曜日まで、人気者の実習生として、園児たちの引っ張りダコになっていました。ゆうきとひとみは質の悪い園児に、いじめられてばかりでしたが、ゆうきが止めてくれるので、助かりました。
実習が無事済んで、松田先生から二週間のレポートを渡されて、寮で書いているまい、ひとみ、ゆうきの三人。
「……」
ウトウトするまい。
「おい!」
ゆうきがハリセンで起こしてくれました。
「なんでそんなもの持ってる?」
「園児らに作ってもらった」
「ええ?」
そして翌日。職員室で、F組の生徒たちから提出されたレポートを確認する松田先生。
「みんな初めてで大変なこともあったみたいだが、なんとかこなせたみたいだな」
まいのレポートを見ました。
「まいのやつ、就職すればいいとか言ってたが、そうとも限らないだろうと思ってくれたかな?」
まいのレポートの内容は。
”二週間、園児たちにババアとか更年期とかさんざん悪口を言われ、大変でした。しかし、ゆうきさんが助けてくれたので、なんとか乗り切りました。私は就職することになったら、絶対に保育士にはなりたくありません”
という内容でした。松田先生は肩をすくめました。
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