9.メタバース♡

第9話

夏休みが終わっても、ゆうきは毎日のようにひとしにアタックしてきた。

 晴れた始業式も。

「ひとしくーん!」

 期末試験初日の雨の日も。

「ひとしくーん!」

 季節の変わり目にやってくる台風の日も。

「ひとしくーん!」

 アタックをし続けた。しかし、ひとしには見事に交わされ続け、連敗。

「うゆゆ〜」

 泣いた。

 お昼休みに、ゆうき、まなみ、しおりの三人は中庭に集まって談義していた。

「もう最近ひとし君、顔さえ合わしてくれなくなったよ……」

 燃え尽きたようにベンチに座り込んでいるゆうき。

「ゆうき君、ひどく落ち込んでいるニャ!」

「まあ、ひとし氏も男だ。言うまでもない……」

「あ、じゃあさ! ゆうき君女装すればいいニャ」

 ひらめいて、拳を自分の手のひらにポンと当ててみる。

「なんか前にも似たようなことがあったな……」

 と、しおり。

「ゆうき君元々おんニャの子みたいだから、ひとし君みニャおしちゃうかもよ?」

「女装か……」

 と、ゆうきはつぶやいた。


 放課後。ひとしはまなみの案内で女子更衣室へと連れて来られた。

「お、おいふざけんな! なんでこんなところにっ? 先生にバレたらタダじゃ置かないだろ!」

「裸の子はいニャいから気にしニャさんニャ」

 入るのに抵抗するひとしを引っ張るまなみ。

「いいから入れや!」

 まなみは強引にひとしの尻を蹴って、押し込んだ。

「痛えなコノヤロー!」

 怒鳴ってすぐ、ひとしは更衣室の中を見た。頬を染め、ときめいた。

 目の前には、黒のボブヘアをした、甘ロリファッションをした女の子が立っていた。

「こ、こんにちは……」

 女の子は照れた表情を浮かべて、挨拶した。ひとしは少しドキドキしていた。まなみはしおりとは違う、清楚な雰囲気を感じた。

「いや待て……。なんで校則が厳しい中学校で、そんな派手な格好してるやつがいるんだ?」

 にらんだ。

「ひとし氏。キャラが濃いやつがいるみたいに、服のセンスが濃いやつもいるのだよ」

 と、しおり。

「いいやお前ら絶対なにか企んでるだろ! 例えばこいつの正体が誰かさんとかな!」

 甘ロリの女の子の髪を掴み、上へ引っ張った。

「うわあああ!!」

 スポッと取れたので、ひとしは思わず腰を抜かしてしまった。

「あははは!」

 まなみが大笑いした。しおりもクスクス笑っていた。

「ゆうき! やっぱりお前か!」

 ひとしは、女の子の正体がゆうきだと見抜いた。

「ひ、ひとし君……」

「どういうつもりだよ!!」

 ゆうきは指を突きながら、なんて言えばいいのかわからず、モジモジした。

「ひ、ひとし君? これはね?」

 まなみがフォローに入ろうとするも、

「もういい!」

 ひとしはその場を離れようとした。

「ま、待ってひとし君!」

 ゆうきはあとを追いかけようとした。

「俺のことどう思おうとかまわない!」

 追いかけようとする足を止めるゆうき。

「でもな。俺とはかかわらないでくれ……」

 と言って、ゆうきをあとにした。

(そんな……。でも僕、君のことほっとけないよ!)

 ゆうきは、キュンとし続けている胸を、ギュッと両手で押さえた。


 家に帰って、ゆうきはシュンとしたままソファの上でテレビを観ていた。

「なんかあったの? 悩める女子中学生みたいにクッション抱いてソファーに座って」

 台所から母が訪ねてくる。ゆうきは答えず、じっとテレビを観続けていた。

 そんな時だった。テレビのニュースキャスターがある特集を取り上げていた。

『今流行りのメタバース! メタバースとは、あなたの分身となるアバターを作り出して、仮想の世界でさまざまなことに挑戦できちゃうシステムです。特徴は、なんといっても限りなく現実に近い状態で活動できるところ! 例えば、ゲームの世界にアバターを送り出すことで、まるで自身がゲームの主人公になった気分を味わうことができるのです!』

「これだ!」

 ゆうきはパッとひらめいて、クッションを天井に投げつけた。 


 翌日、学校でメタバースについてまなみとしおりに共有した。

「うむ、なるほど……」

 あごに手を付けるしおり。

「でも、どうやって始めるニャ?」

「それはまだわからないけど……。でも、いい方法じゃない?」

「ひとし氏は、貴君とはかかわりたくないと申していた。よって、メタバースという仮想空間で、アバターを利用することで、お互い気を遣わずに接することができる。ゆうき氏、我ながらいい策略だな」

「ほ、ほめられた……」

 戸惑いながらも、喜んだゆうき。

「でも、あのひとしがメタバースなんてやるかあ?」

 顔をしかめるまなみ。

「そもそもどうやってメタバースを始めたらいいかも僕、よくわかってないんだよね……」

 二人はまだなんの知識も確証も持てないままで、肩をすくめた。

「君たち、メタバースの話をしているのかい?」

 みちたがやってきた。

「それなら、この博学多才な僕にお任せさ!」

 ウインクした。

「貴君らは、そめがしがオタクで、パソコンとタブレットを一台ずつ所持しているのは存じだろう」

「うん」

 うなずくまなみとゆうき。

「なら、放課後我が砦へとかん!」

「いやいや僕のこと無視するなよ!!」

 みちたが怒鳴ってきた。

「ああん!? てめえには用はねえんだよ! 引っ込んでろ!」

 ヤキを入れてくるしおり。

「あたいらに油を注ぐな! 金閣寺が燃えるで?」

 ヤキを入れるまなみ。

「いや話しかけてきただけなのに、なにこの扱い!」

 みちたは咳払いしてから、話した。

「君たち! メタバースのことならこの僕にお任せさ!」

「どよよ〜んとか言う変ニャ発明品作ってもニャ……」

「悪いが、心底頼りにはできん……」

「ごめんね……」

「まあわかった……」

 みちたは言った。

「あんな発明品でも! 機械を用いたなにかを作れるのには、それなりの知識がいるわけだ! これすなわち! 僕にはメタバースなんてもの、小学校一年生レベルの勉強同然ってわけさ!」

 そして机の上に立った。

「わかったら君たちは放課後、僕の家に来たまえ! あーはっはっは!」

 大笑いしている間にチャイムが鳴り、

「おいなにしてる! 席に着けほら」

 数学の先生に怒られてしまった。

「あ、はい……」

 すぐに席に着いた。クラスメイトたちからは、笑われた。

「しかたない……」

 しおりはノートの端を破ってなにかを書くと、その切れ端を丸めて、右斜め前にいるみちたに投げた。

 みちたはしおりに顔を向けた。しおりは両手で「広げてみろ」と合図した。みちたは広げてみた。


"放課後、貴様の城に向かう"


 みちたはパアッと表情を輝かせ、しおりにとびきりのスマイルを送った。しおりは無視をして、授業に集中していた。


 放課後になって、約束通り、みちたの家にやってきた。

「ふっふっふ……。僕はデスクトップパソコンしか使わないのでね」

 部屋に案内し、さっそく自分のデスクトップパソコンを自慢した。

「まさか、それを見せつけたいがために誘ったんじゃ……」

 呆れているまなみ。

「君たちにメタバースを紹介しよう!」

 キーボードをカチャカチャいじって、メタバースを開いた。

 始めに、画面上にまるで未来都市のような仮想空間が表示される。そこには、変な格好をした動物や、普通の人間が行き来していた。

「ほらごらん。これが仮想空間での、僕さ」

 メタバースによるみちたのアバターは、背の高い貴公子だった。

『やっほー!』

 画面の中にいるみちたのアバターが、吹き出しのセリフとともに、手を振った。

「へえー……」

 ゆうきが声を上げた。

『これから、メタバースの世界を案内してあげよう!』

 みちたのアバターは白馬に乗り、メタバースの世界をかけ巡った。

「ちなみに……。女の子を乗せたことがあるんだ!」

 みちたがウインクした。

「メタバースの中で、だろ?」

 しおりが呆れる。

「他にどんニャことができるニャ?」

「他に? 例えばねえ……」

 みちたのアバターは、メタバースという仮想空間を、白馬でかけ抜けていた。

『白馬の王子様!』

 お姫様のアバターが現れた。

『夢にまで見た白馬の王子様……。どうか、わたくしを舞踏会にお導きください……』

 両手を組み、祈るようにつぶやいた。

 みちたのアバターは……。

『お姫様……』

 白馬から降りて、

『さ、いっしょに参りましょう。お城の"ぶどうかい"へ!』

 みちたのアバターは、お姫様のアバターを乗せて、白馬を走らせた。

「いひひひ!」

 現実でパソコンの前にいるみちたは、あやしく笑っていた。

「ゆうき氏。ほんとにメタバースなんかでいいのか?」

「そうニャ!」

 まなみとしおりは、ゆうきに尋ねてみた。

「で、でも! ひとし君に面と向かってかかわることができないのなら、僕はメタバースでもなんでもかまわないよ。みちた君を見て、なんとなくわかったから、始め方だけ教えてもらえれば……」

「始め方は簡単さ。メタバースで検索して、スマホからでもなんでも登録すればオーケー。あとはアバターを作るだけだから、適当にやればいいよ」

 みちたはアドバイスを投げた。

「おもしろい! なあまなみ氏。我らもメタバースを始めよう!」

「ニャ!?」

「メタバースとやら、どこまで便利で楽しげがあるものか、しかとこの目に焼き付けておきたい……。貴君もだろ?」

「ニャア……」

 唖然とするまなみ。

「でも、完全のひとしのやつをどうやって誘うのニャ?」

 まなみの一言で、部屋には沈黙が走った。


 翌日、学校でしおりとまなみ、ゆうきはひとしにメタバースを誘ってみることにした。

「オラァ!! こんの青二才があ! メタバースやんねえと金の玉握りつぶすぞボケェ!!」

 ヤキを入れるしおり。

「何言ってんだお前?」

 呆然とするひとし。

「はあ……」

 ため息をつくしおり。

「つくづく思うが、そんなだから誰も寄りつかないのだぞ?」

「はあ?」

 首を傾げるひとし。しおりは教室を出ていった。

「やいやいやい!」

 今度はまなみがヤキを入れてきた。

「メタバース知ってる? 知ってるよなあ!?」

「お前も何言ってんだ?」

 呆然とするひとし。

「そんニャ反応されるとまニャみがバカみたいじゃん!」

「いやいきなりヤキ入れる感じ受けても対応に困るってことだろ!?」

「ひとし君!」

「なんだよ! ゆうきか?」

「メタバースやらない?」

 微笑みを見せて、聞いた。

「ほら! こうやって普通に聞けばいいだろ?」

「いや、ニャにいきなりこじつけてきてんの?」

「ていうことはやるの!?」

 ゆうきは期待の眼差しを見せた。

「やらねえよ、そんなもん」

「そ、そんな!」

 ひとしは、教室を出ていった。

「あ、そもそもひとし君を誘っても、アバターがわかってたらそれもそれで意味がない……」

 ゆうきは確信した。

「え、じゃあこれまで通り、無理やりアタックするしかニャいってこと?」

 ゆうきは、ガクリとして、席に着いた。まなみは首を傾げながら、顔をしかめた。


 夜。ゆうきは部屋でスマホを開き、メタバースにアクセスしていた。メタバースは現実世界とリンクするよう作られているので、画面の中の世界も夜だった。ゆうきは自分のアバターを作成し、仮想空間に入り込んでいた。

「あーあ。僕もこんだけかわいい女の子ならな……」

 ゆうきが作ったアバターは、黒髪を二つに縛った、水色のワンピースの、どこにでもいるような女の子。

 作成したアバターを見て、思ったことがある。元々自分は女の子らしいと言われてきた。父は物心つく前に離婚していなくなり、母と姉の女手しかいない家庭で育ってきた。観てきたテレビ番組も姉の大好きな少女向けアニメばかりだったし、文房具も姉のお下がりだし、服は母に選んでもらっていたので、男らしい趣向というものに触れたことがなかった。その上、恋の魔法という薬にかかってしまったわけだ。

「どうせこうなることなら、女の子に生まれてしまえばよかったんだ!」

 ゆうきは、自分のアバターに今思った言葉をそのまま打ち込んだ。

『お前、新規か?』

 アバターが話しかけてきた。ひとしにそっくりだった。髪が金色なのが唯一の違い……。

『は、はい!』

『そうか。なら案内してやるよ』

 ひとし似のアバターは、ゆうきのアバターの手を握り、案内した。ゆうきは画面越しでも、顔を赤らめて、ドキドキした。

「ひ、ひとし君!?」

 二人は、仮想空間のいろいろなところに出向いた。都市部や繁華街、駅など。未来都市のような設計とあってか、ビルは現代と変わらぬものが多いけれど、車は磁力で浮いて走っており、車に乗っていないアバターは、セグウェイに乗って行き来しているなど、未来感がした。

『どうだ? メタバースって、近未来的だろ?』

『は、はい……』

 ゆうきのアバターは言った。

『でもこれが、この先現実でも起こりうるんですかね……』

『うん。そんな気がする』

 電車は高架線を、リニアモーターカーが走っていた。

『どうやら、ここじゃあのリニアが、北海道から沖縄まで一分で向かってしまうらしい……』

 と、ひとし似のアバター。ゆうきのアバターは、感心したように口をぽっかり開けていた。

『お、かわいいねお嬢ちゃん!』

 悪そうなアバターが数人群がってきた。

『いっしょに遊ぼうぜ?』

 強引な誘いを受け戸惑うゆうきのアバター。

『悪いけど、あんたらみたいなの受け付けないから……』

 ひとし似のアバターがゆうきのアバターの前に佇んだ。

『ああ? ガキはすっ込んでろよ!』

 悪そうなアバターのリーダー的な存在が威嚇するような目つきをしてきた。

『こんなとこでしかいきがれないんでしょ? ほら!』

 ひとし似のアバターは、手のひらから光球を放ち、悪そうなアバターの集団を全員吹き飛ばした。

『ええ……』

 呆然とするゆうきのアバター。

『うまくプログラミングすれば、こんなことも可能だよ?』

 ウインクするひとし似のアバター。

『わ、わあ……』


 近未来的なデザインを誇るメタバースでも、風流を感じるスポットがある。連れて来られたのは、目の前に大きな湖と、まわりは森に囲まれている、街や人家から離れた場所だった。

『寝転んでごらん』

 ひとし似のアバターは、湖の草っぱらに寝転んでみせた。ゆうきのアバターも、真似して寝転んでみた。

 ゆうきのアバターは、感激をした。夜空には数えきれないほどの星と、満月が見えた。辺りは森と湖、そして星と月が輝く夜空しか見えない。これだけ最高の気分になったのは、生まれて初めてだった。

『なぜメタバースを始めたんだ?』

 ひとし似のアバターが顔を横に向けて、問う。

『あ、えっと……』

 画面越しにいるゆうきは思った。

「え、これひとし君じゃないよね? だから、思い切って言ってもいいよね?」

 思い切って入力を開始した。

『実は、好きな人がいて、その人にメタバースで仲良くできないかなって思ったんです……。変なこと言っちゃうかもだけど』

 ここで入力を止めるゆうき。

「まずいまずい! この人が本当にひとし君だとしたら……。でも、伝えるんだ!」

『変なこと言っちゃうかもだけど、あなたは、好きな人によく似ています! だから、今日はとても楽しかったです!』

 ひとし似のアバターは、フッと微笑んだ。

『ああ、僕なんか変なこと言いましたか……』

 落ち込んだ。

『君のためになることができてよかったよ』

『え?』

『じゃあ次は、本物の好きな人と会う番だ! 今きっと、とても緊張したと思う。でも、思い切って伝えることができたのなら、面と向かって言わなきゃ、もったいないだろ?』

 ひとし似のアバターの助言に、ゆうきはみるみるうちに勇気が湧いてきた気がした。

 もう思い残すことがなくなったので、最後にお礼を伝えておいとまさせてもらうことにした。

『ありがとうございます! また今度、会えますか?』

『また会おう。今度いつかにね……』

 そしてお互い、メタバースから退出した。

「僕は僕のまま、ひとし君にアタックすればいいんだ! よーし!!」

 ゆうきはまたすぐに前向きに戻った。


 一方。ひとみは、パソコンを閉じて「ふう」と、息を吐いた。

「あ、もしもし? しおりちゃん、ひとしに似せたアバターで、メタバース入ったけど、ゆうき君元気になったみたいよ?」

 通話をかけている相手は、しおりだった。しおりの声が、スピーカーから聞こえてくる。

『そいつはよかった。明日からまたいつものゆうき氏に戻ってくれそうか?』

「そうなることを、保証するわよ。じゃあね、おやすみ」

 通話を切った。

 ひとみはベランダへ、夜風を浴びに出た。

「解毒薬、作らねば!」

 決心した。

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