8.ひとしにラブソングを♡

第8話

気づけば夏休みが来ていた。恋の魔法の匂いを嗅いで以来、ゆうきはずっとひとしに惚れたままだ。解毒薬も開発されないまま、ひとしは好きでもない対象でもない相手に振り回される日々を送っていた。

 そんな日々の中で変わったことがあるとすれば、ひとしのまわりに個性的な仲間が増えたことだった。ネコ語を話すまなみに、武士語を話すしおり、ナルシストなみちた、そして、恋の魔法にかかったゆうき。近頃は、ひとしの顔を見て怖がる人が少なくなったようにも思える。

 そしてまた一人、個性的な人物と出会うこととなる。


 夏休み中の部活で学校が開いていた日、ゆうきは図書館で本を探していた。

「あった。これだ!」

 手にしたのは、告白大全集。

「この中から、使えそうな告白の言葉をピックアップするんだ!」

 さっそく席に着いて、読み漁った。

「くかー……。はっ!」

 寝てしまった。

『今夜は帰したくない……』

 大全集の中の一つにこんなのがあった。

「こんなのひとし君に言われたら……」

 想像した。

『今夜は帰したくない……』 

 ベッドの上に押し倒され、真上にのしかけられている様を想像した。

「えへへ〜!」

 よだれが出るほどうっとりした。

「じゃなくて僕が告白しなくちゃ!」

 ゆうきは、机をベッドに見立て、ひとしにのしかかっているイメージで口にしてみた。

「今夜は……。帰したくない!」

 うるうるとして、可愛げを出してセリフを口にする。

「でも僕、恋の魔法というお姉さんの試薬品でひとし君のこと好きになってるんだもんね。こんなことしたって、意味はないんだ……」

 大全集を閉じた。

「ひとし君のことは我慢して、お姉さんが外道を発明してくれるのを、待つしかないのかな……」

 本を棚に戻そうと席を立った時だった。

「そんなものより〜♪今は歌で伝える時代ですよ〜♪」

 なにやらメロディに乗せて登場する女子生徒。

「本なんてもの〜♪そんなのより〜♪歌で想いを伝えましょ〜♪」

「ど、どなたですか?」

 唖然とするゆうき。

「まあ! 私のこと知らないんですか〜♪」

 がく然とした様子。

「三年コーラス部部長の〜♪アリスと申します〜♪」

「ア、アリス?」

「お父さんがイギリス人で〜♪お母さんが日本人〜♪」

「あ、なるほどそういうことか!」

 納得した。

「あなた〜♪告白大全集なんてものは〜♪あとにして私と中庭で歌の練習しましょう〜♪」

「え、ちょっと!」

 手を引かれて、図書室をあとにした。

 中庭にやってきた。

「歌の基本は〜♪お腹から声を出すことで〜す♪」

「な、なんか歌の練習始めることになっちゃったんだけど……」

「お腹に両手を当てて〜♪」

「はい!」

「とりあえず〜♪私の真似をして見て〜♪」

 アリスは息を吸って、

「ラララ〜♪」

 声を出した。

「おお!」

 感心した。

「この調子で〜♪箱根八里を歌ってみますね〜♪」

 アリスは箱根八里を歌ってみせた。

 彼女の歌を聴き、ゆうきはさらに感激した。さすがコーラス部部長、飛び交うセミの声にも負けず、きれいな音色を響かせてくれる。

「さあ!」

 歌い終わった。

「あなたもなんでもいいので〜♪お腹から声を出して歌ってみてください〜♪」

「ええ!?」

 ゆうきは当惑した。いきなり人前で歌うだなんて……。

「はいせーの!」

 指揮までとってきた。

「あわわ! え、えっと!」

 あわてて口ずさんだ。

「い、一年生になったら……」

 小さな声で歌った。

「ちょっと! そんな歌い方でいいと思ってるの!?」

 ムッとするアリス。

「歌はね、リズムに乗ることが大事なのよ? リズムっていうのは、その歌が表現している世界観。それをあなたが全身で表すんじゃないのよ!」

 突然流暢にしゃべるから、びっくりするゆうき。

「一年生になったら? いい? 一年生になったらはね、就学前の子どもが期待に胸膨らませている感じで……」

 歌った。

「いっちねんせいになったら♪いっちねんせいになったら♪」

 呆然とした。本当に小学校入学前にわくわくが止まらない子どもらしく、無邪気に歌っているのだ。

「はい! こんな感じ〜♪」

 歌い終わり、また元のメロディに乗せたしゃべりに戻った。

「ここまでしなくても〜♪あなたが好きな人に捧げる歌なんだから〜♪あなたらしく歌えばオーケーよ〜♪」

「す、すごいんだねアリスさんって……」

「お父さんとお母さんは昔オペラ座の怪人やってたのよ? 今は歳だから、歌舞伎座やってるけど、歌舞伎って、言ってることよくわかんないしさ」

「歌いながらしゃべるし、突然流暢になるし……」


 家に帰ってから、ゆうきは動画サイトで恋愛ソングを聴いてみた。古いものから新しいものまで。帰り際に頼まれた、恋愛ソングを聴いて、如何なものか知るようにとアリスに。

「なるほど……。失恋を歌うものもあれば、お互いに両想いになってハッピーエンドもあれば、これから恋をかなえていくぞって、期待しているものまで、千差万別なんだなあ……」

 イヤホンを外して、ゆうきはベッドに横になり、考えた。

「僕だったら、どんなテーマの歌をうたいたいだろう……」

 失恋はまだしていないし、両想いも叶っていないから、恋に期待を膨らませている歌はどうだろう。

「それとも、僕が彼を想う気持ちを歌にするとか……」

 考えている間に目を閉じ、眠りについた。


 翌日。アリスに呼ばれて、今度はコーラス部の部室に案内された。

「それで〜♪テーマは決まりましたか〜♪」

「それが……。考えている途中に朝を迎えてしまって……」

「それはつまり〜♪」

「寝てました……」

「それはとてもいいことです〜♪」

「え?」

「歌は心地良くたしなむものです〜♪眠れないほど気を病んでいては〜♪良作はできません〜♪」

 ゆうきは、てっきり怒って流暢にしゃべってくるのだと思っていた。

「あ、で、でも僕は失恋も両想いもしたことないから、恋に期待を膨らませているのとか、想いを伝えてもいいかなあって……」

「なるほど……」

 あごに手を付け考えるアリス。

「ゆうき君は〜♪メロディ作るのは〜♪お得意ですか〜♪」

「い、いやいや! 僕音楽は全く経験ないので……」

 両手を振るうゆうき。

「じゃあ作りますわ〜♪あなたは愛する人への想いを〜♪そのまま書き出してください〜♪」

「ええ!? で、でも音楽ってさ、作詞をしてから作曲するんじゃ……」

「それじゃ私の曲になって、あなたが作った曲にならないでしょ? だから、作詞はゆうき君で、作曲は私。告白を受ける人は、誰だってあなたの"想い"を聴いているのだから!」

 右手でグッジョブを示した。ゆうきはポカンとした表情で、彼女の一言に感心していた。


 感心したのは良しとして、ゆうきは作詞なんてもの、一度もしたことがなかった。A4サイズの白紙に思いの丈をぶつけてみればいいとアドバイスを受けたが、歌にしようとなると、なにも思いつかない。

「できるわけないよ〜」

 机に伏した。

「ゆうき、ご飯よ?」

 お母さんが呼んできた。

 リビングで夕食を取りながらテレビを観ていた。テレビに出ていたキャスターが、こんなことを言っていた。

『困った時はお互い様です。話したいことがあれば誰かに相談し、また相談を受けた人は、親身になって聞いてあげなくてはいけません』

「これだ!」

 手に持っていたおわんをバンッとテーブルに置いて、ひらめいた。


 翌日。ゆうきは右手にえんぴつ、左手にメモ帳を持ちながら、道を歩いていた。

「まなみちゃんは、夏休み中は家の前で野良ネコとネコになりきってるって言ってたけど……」

 と言って、ゆうきは笑った。

「なーんてね!」

「にゃおーん!」

 まなみは、本当に自分の家の玄関で、野良ネコとネコになりきっていた。ゆうきはひっくり返った。

「ニャんだゆうき君かニャ!」

「びっくりしたよ……」

「それはこっちのセリフニャ。ニャンの用ニャ?」

「あ、あのさ……。僕、その……歌を作ってるんだ」

 モジモジしながら話す。

「歌? そりゃニャんで?」

「ひとし君にラブソングを聴いてもらうためなの……」

 顔を赤くしながら答えた。

「ニャア……」

 目を丸くするまなみ。

「で、そのまあ……。まなみちゃんに、作詞のアイデアをくれないかなあってさ。アドバイスだけでもいいんだ」

「ラブソングニャア……。うーん……」

 まなみは考えた。

「え? 歌詞を考えるの?」

「う、うん……」

「ほう!」

 まなみは感心。

「ちょっと待って! まニャみ、ゆっくり考えたぃニャ。だから、時間をくれる?」

「うんわかった!」

 ゆうきはその場をあとにした。

「にゃおーん」

 まなみは、野良たちとネコの真似を始めた。ゆうきは振り返り、唖然とした。


 続いて、夏休みは普段やらないことをやると決め、竹刀の素振りを始めると言っていたしおり。

「河原にかかってる橋の下で練習するとか言ってたけど、しおりちゃん運動は苦手みたいだから言うだけ言っといてやらない……」

 と想った瞬間ひっくり返った。しおりが橋の下で一生懸命に竹刀で素振りをしていたからだ。

「はあはあ……」

 汗を流すしおり。

「し、しおりちゃ〜ん」

 ゆうきがかけてきた。

「ゆうき氏か……」

「ま、まさかほんとに夏休み中は素振りをするんだね……」

「言ったことにウソはつけない。それは人にも、己にも!」

 素振りを始めた。

「あ、えっと……」

「なんだ! 今! 手が! 放せん!」

「あ、あ、まあその……。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、忙しいならまたあとでもいいよ……」

 遠慮がちに言って、去ることにした。

「なんだ、そういうことか……。なら、そろそろ暑くなってきたし、涼しい場所へといざゆかん!」

「す、涼しい?」

 しおりの案内で、二人は駄菓子屋へやってきた。

「おばちゃーん! いつものくれたまえ!」

「あいよ。百二十円ね」

 店に入るやすぐ、しおりに呼ばれて、店主のおばあさんが出てきた。

「ゆうき氏もラムネでよいか?」

「あ、あ、うん」

「二本ね!」

「二百四十円ね」

「おばちゃんあのねえ。物価高で経済的に苦しいのはわかるよ? でもさ、あたしは悪やってたガキンチョの頃からの常連でしょ? 当時と同じ、百円にして? ね!」

 両手で拝む。

「商売をなんだと思ってんだい。あんたも大人になって、人事でも経理でもなればわかるよ。商売をする苦しさがね」

「チェッ。この頑固クソババアめ……」

 と言って、千円を渡した。

「釣りはいらねえよ。さあ、ゆうき氏も飲みたまえ。ここのラムネはそめがしが子どもの時から味を占めているから、美味だと保証する」

 ラムネを渡した。

「あ、ありがと……」

 ゆうきは、普段ミステリアスなしおりの意外な一面を知って、ちょっとびっくりした。

「涼しいところで飲むんだろ? しょうがないねえ、適当に上がってきな! 飲んだら帰るんだよ?」

 店主のおばあさんは言い放つと、レジから離れていった。

「ま、ここのババアとの縁はのちほどお話するとして……。貴君の用事を済ませるとしよう」

 しおりとゆうきはおばあさんの厚意でレジの後ろすぐの畳部屋でラムネを飲みながら、話をした。

「実はね。ひとし君にラブソングを作ろうと思って……」

「それすなわち、恋唄か」

「ま、まあそうなんだけど。僕は作詞を担当することになって、でも全くアイデアが浮かばないから、アドバイスだけでいいの。なにかないかな?」

「そんなことそめがしに聞くな。恋なんて経験もないのだから」

「ご、ごめんなさい……」

 うつむくゆうき。

「しかし、果たしてゆうき氏がひとし氏に向けるラブソングだというのに、誰かにアドバイスなんてものを受けていいのだろうか」

 ハッとするゆうき。

「とは言っても。主は姉者の薬に翻弄されているだけだから、別段かまわないだろうが、解毒薬ができるまでは今の気持ちに素直になるのだろう? ならこれすなわち、多少ぎこちなくても、己の力で恋の唄を書くべきではあるまいか」

「己の力で……」

「うん……」

 ゆうきは考えた。そしてすぐ、ラムネを飲み干した。

「ありがと、しおりちゃん。僕、がんばってみる!」

「その意気だ!」

「ごちそうさまでした!」

 ゆうきはラムネの瓶を置いていって、駄菓子屋をあとにした。

 しおりも駄菓子屋をあとにしようとした。

「待ちな! まだ勘定してないよ」

 店主のおばあさんが制してきた。

「頼むよ。マジで百円しかないんだって」

 しおりは困った表情を見せた。


「僕の素直な気持ちを、歌詞にするんだ! どうしようもない、この気持ちを!」

 家に帰ると、ゆうきはさっそくキャンパスノートを広げて、ペンを走らせた。

「ひとし君ひとし君……」

 彼の体から漂う恋の魔法の匂いを嗅いでから、どこにいても誰といても、彼のことが頭から離れない。

「ひとし君ひとし君……」

 抑えようにも抑えられないこの気持ち。

「ひとし君!」

 今伝える決心をした。


 ひとしは部屋を掃除機をかけていた。その最中、寒気を感じた。

「な、なんだ?」

 それはともかく、掃除機をかけた。


 翌日。

「ひとし」

 ひとみは、テレビを観ている近くを通りかかってきたひとしを止めた。

「さっき電話があって、ゆうき君が公園に来てほしいだってさ」

「はあ? そんなの断ってやればよかったのに」

「歌作ったんだって」

「歌? なに考えてんだあいつ……」

「さあ? あんただけに聴かせたいんだって。あたしはお呼びじゃないってよ〜」

 ソファーから立ち上がると、ひとしの頭をポンポンして、台所へ向かった。

「チッ」

 舌打ちするひとし。


 言われた通り、公園へやってきたひとし。

「あ、ひとし君!」

 ゆうきがかけ寄ってきた。

「用ならさっさと済ませてくれよ」

「初めまして〜♪こ〜にゃ〜にゃ〜ち〜は〜♪」

 アリスがコーラスを効かせてご挨拶。

「うわっ! な、なんだあんた!」

「この人は三年生の、コーラス部部長のアリスさんだよ」

「はあ!?」

「あなたのために〜♪ゆうき君は〜♪ラブソングの歌詞を〜♪作ってきました〜♪私は〜♪メロディを作って……」

 途中までメロディに乗せてしゃべっていたのに、トーンが下がって……。

「ゆうき君!! あんたこいつ男の子だよね!?」

 むちゃくちゃ驚いた。

「あ、は、はい……」

「つ、つまり君は男の子であって、男の子である彼に……」

 顔をタコみたいに赤くして、プシュ〜っと倒れた。

「アリスさん? アリスさん! アリスさん!」

 アリスは気絶してしまった。

「なんなんだよこいつ結局……」

「うわーん! アリスさんが作曲してくれたのに〜! これじゃアカペラで歌うハメに〜!」

 泣き出すゆうき。

「も、もう俺暑いから帰るぞ? 宿題もさっさと済ませたいし。じゃあな!」

 帰ろうとした。

「いや! 僕の歌だ……。なら、ひとし君にアカペラでも歌わなくちゃ!」

 帰ろうとするひとしの手を掴んだ。

「僕の歌を……聴いて!」

「ゆうき……」


♪恋の魔法♪


君から漂うその香りは 今までの僕を変えた


それが吉と出るのか 凶と出るのか


望まない恋をしたけど なぜだどうしてだろ


とても幸せなんだ 苦しい時もあるかも 


でも素直になってやる 君もよろしくね


 歌を聴いて、ひとしはゆうきがわりと歌がうまいことに気が付いた。

「ちょっとぎこちないかもしれない……。でも、まなみちゃんやしおりちゃんに、多少下手っぴでも、自分の気持ちを伝えればいいんだよって。もちろん気絶しちゃったアリスさんも」

 ゆうきはひとしの両手を包んだ。

「解毒薬ができるまででいい。僕の気持ちを、受け止めて! 君は、どう思っていてもいいから!」

 ひとしは握られている手を見つめた。

 しばらくして、手を振りほどき、その場を離れた。

「ひとし君!」

「歌うまかったぜ」

 背を向けたまま言い放った。ゆうきは微笑んだ。

 実は、電柱の陰から、覗いていたまなみとしおり。

「まニャみも恋の歌作ってきたのに……」

「どんな歌詞だ?」

 しおりが聞いた。

「にゃーにゃーにゃにゃにゃ♪」

 しおりはなにも言わず、その場を立ち去っていった。

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