7.まなみとしおりが男で、ひとしが女♡

第7話

夏になった。セミの鳴き声が、アスファルトまで響いている。

 朝、夏服姿のひとしが教室にやってきた。

「な、夏服!!」

 ゆうきが胸を高鳴らした。シャツの袖から伸びる、小麦色の腕。襟元から見える、鎖骨。

「なに見てんだよ……」

 ひとしがにらんできた。

「あっ! いや、別に……」

 ゆうきはモジモジしながら、席に着いた。

「ったく。姉ちゃんはいまだにお前のその女みたいな性格直してくれないよな」

「ま、まあ薬を作るのに時間がかかると言ってたもんね……」

「いっそ頭でも打てば元に戻んじゃねえの?」

「ひえ〜」

 ゆうきは冷や汗をかいた。

「ニャニャニャー!」

 まなみがかけてきた。

「ゆうき君をいじめるニャ!」

「ふんっ。いじめてねえよ」

 ほおづえを付いてそっぽを向くひとし。

「じゃあニャんで今、ひとし君のこと怖がっていたニャ?」

 にらむまなみ。

「い、いいよまなみちゃん」

 ゆうきがなだめる。

「ゆうき君! こんニャやつに遠慮してると、付け上がって調子に乗るニャ!」

 唖然とするゆうき。

「なんで付け上がらなくちゃいけないんだよ!」

 ムッとするひとし。

「ああもう早く直せよ!」

 ひとしは教室を出ていった。

「ニャフー」

 ため息をつくまなみ。

「はあ……」

 ゆうきもため息をついた。


 お昼休み。しおりのいる二組の教室では、クラスメイトたちが騒然としていた。

「さあさあよってらっしゃい見てらっしゃい! 今宵、新しい給食の食べ方をお見せしましょう!」

 と、みちたは言って、

「ねっ?」

 ウインクをした。

「きゃあああ!!」

 女子たちが目をハートにしてときめいた。

「ところでそのリュックみたいなのなんだよ?」

 不機嫌そうに男子が聞いた。

「これかい? これがその新しい給食の食べ方を見せてくれるマシーンちゃまさ!」

「"ちゃま"?」

「まずこの左側の肩かけにあるボタンを押すよ? すると!」

 中から……。

「どよよ〜ん!! どよよ〜ん!!」

 ちょんまげのロボットが飛び出てきた。クラスメイトたちは呆然とした。

「給食を食べさせてくれるマシーン、"ちょんまげちゃま"だ! 箸を渡せばこのように、ご飯を食べさせてくれるのさ……」

 ちょんまげちゃまは箸を渡されると、すぐにご飯を彼の口元に運んだ。

「これで箸の持てない園児でも大丈夫。ノープロブレム!」

 ウインクした。クラスメイトたちはみんな引き気味の表情で、自分たちの席へ戻っていった。

「ちょんまげちゃまを元に戻す時は、右側の肩掛けにあるボタンを押すんだ」

 押した。

「ん〜よよど! ん〜よよど!」

 出てくる時に叫んでいた奇声をそのまま逆さまに叫びながらリュックの中に戻っていった。

「どうだい諸君! 僕の発明品は!」

 まわりに誰も集まっておらず、みんな給食を黙々と食べていた。

「おい君たち! 人の話は最後まで聞くようにとパパちゃまママちゃま、先生に教わっただろう!?」

 後ろから肩を突かれた。

「誰だい僕の肩を突くのは? 照れ屋さん……だな?」

 かっこつけて言ったはずが、振り向けば担任が怒りで震えている姿が見えた。

「毎日毎日変なもん作って持ってくるんじゃない!!」

 怒鳴られた。

「すいません……」

 謝った。

「ほう……」

 自分の席から彼の様子を伺っていたしおりは、メガネのレンズをキラリと光らせた。


 放課後。生徒たちは部活動に励んでいる。でも、みちたは内緒で隠していた理科室の発明品をすべて出して、落ち込んでいた。

「なぜだ……。なぜ僕の発明品はいつもしらけてしまうんだ!」

 その問いに答える者はいない。

「ふふっ。みーんな発明品より、僕の美しさのほうに見惚れているから……かな?」

 自惚れるていると。

「なわけなかろう」

 声がした。みちたはビクッとして、不意に出入り口に目線をやった。

 しおりがいた。

「な、なーんだ君か! てっきり、先生かと思ったよ」

「ふんっ。お前さっきビビってただろう」

「さあなんのことかなあ? 僕に怖いものなんてないさ。それよりなに用だい? 僕と二人きりにでも……」

「あ、先生!」

 しおりが言うと、

「ひい〜! ごめんなさーい!」

 あわてて土下座した。

「アホか……」

 しおりは呆れた。

「我はなにも、チクリに来たのではない! 第一に、そこまで気の小さい人間ではなか」

「そ、そうなのか……」

「少し、頼み用があってな」

「ふーん。僕とデートしたいのかな?」

「あ、先生!」

「ひい〜ごめんなさい!」

 また土下座した。

「お前みたいなたわけ者に、恋路を踏むのは早いわ! そんなことよりも、その頼み用というのはな……」

「君、なかなか遠慮ないねえ」

 しおりは答えた。

「ひとし氏もゆうき氏を仲良くできる発明品を作ってほしい……」

「へ?」

 目を丸くした。

「実はな、我が知り合いに薬剤師の姉を持つ者がいて……。その人が香水型の惚れ薬を作ったのじゃ」

「え、なにそれ? 見てみたい!」

「彼は顔が怖いと学年中でうわさされ、それを気にしておった。だから、香水型の惚れ薬、"恋の魔法"を体にかけた。その彼の名は、ひとし!」

「ああ。あの顔が怖い人でしょ? 僕苦手でねえ」

「ひとし氏は怖い人ではぬわあい!」

 ヌッと近づいてくるしおり。驚くみちた。

「そして、その恋の魔法の香りを嗅いだ少年は、たちまち彼の虜になった。その彼の名は、ゆうき!」

「え? いや、ちょっと待って」

 と、みちた。

「三分間待ってやる!」

「つまり、そのすごい知り合いのお姉さんが香水みたいに使う惚れ薬、恋の魔法を作って、顔が怖いと言われてるのを気にしていたひとしが、付けた。彼の匂いを嗅いだゆうってやつが、彼に惚れたってわけ?」

「時間だ」

「あははは! 君はおかしなことを言うねえ。そんな非科学的な話があるわけないだろ?」

「だったらこんな話こんなとこ来てまでしねえよ……」

 ヤンキーみたいににらんでくるしおり。みちたはガタガタと震えた。

「わ、わかった! とにかく、二人が仲良くなるような発明品を作ればいいんだね?」

「いかにも……」

「なに? 二人は仲悪いの?」

「いや、ゆうき氏が一方的に愛していて、ひとし氏が嫌っている。そんな感じだ」

 みちたは想像した。男子の制服を着た生徒があのひとしに惚れるなんて……。同性愛なんて人がこの学校に存在していたんだなと感じた。

「じゃあ僕は、二人を仲良くしてくれればいいってこと?」

「ああ」

 しおりはうなずいた。


 あれから数週間経った。みちたは学校に来ていない。しおりは連絡先を交換していたので、何度もメールしたり通話をかけたりしたが、繋がらなかった。

 しかし、お昼休みに中庭の木陰にいた頃、メールが一通送られてきた。


"やあしおりちゃま。三回メールと通話かけてくれたみたいだけど、寂しかった?僕は元気だよ?あと、発明品できたから、お友達も連れて来るといい。待ってるよ♡"


 腹が立ち、しおりはスマホを地面に叩き付けた。


 放課後、しおりはひとし、ゆうき、まなみを連れてみちたの家にやってきた。

「みちた君って、学年一自惚れてるってうわさだニャ」

「僕も少しだけ聞いたことがある……」

「でも、一応発明家を目指しているから、腕っぷしはいいようだ。さあ、入るぞ?」

 しおりはインターホンを鳴らした。

「あち〜」

 ひとしは手で首元を仰いだ。

 ドアが開いた。と思ったら突然ライトが照らされ、トランペットの吹く音が聞こえてきた。そして、開いたドアの向こうから、レッドカーペットが伸びてきた。

「ようこそ! 我が家へ!」

 みちたはバラをくわえながら、ウインクして登場。

 そして、フラメンコを披露した。軽快なステップ。

「うわっ! うわわ〜っ!」

 すべって、玄関に落ちてしまった。ひとしたちは唖然とした。

「ふっ。七転び八起きさ……」

 かっこつけた。

「んなもんいいから、はよ発明品見せんかい……」

 呆れているひとしが言った。

「ふふっ。さあおいで、諸君。お望み通り、発明品が僕の砦で待ってるよ?」

 部屋へ案内した。

「見たまえ! これぞ新発明、"ボーイズガールズちゃま"だ!」

 ひとしたちはあっけらかんとした。

 その発明品は、球体に目と口、サイドから両手が伸びているへんてこなものだった。

「はっはっは! 君たち、僕の発明品がそんなにすごいのかい?」

「ある意味ね……」

 と、ゆうき。

「ある意味ニャ……」

 と、まなみ。

「だっさ!」

 と、しおり。

「使い方を教えよう!」

 みちたはボーイズガールズちゃまを手のひらで持ち上げた。

「まず、後ろにあるスイッチを押す。そして、ボーイズガールズちゃまの両手をかめはめ波みたく掲げる!」

 発明品を、まなみとしおりに向けた。

「光を放ち、一瞬で……」

「うわあああ!!」

 まなみとしおりは発明品から発せられた光を浴びせられた。

「この通り!」

「う〜ん……。な、なにが起きたんだ!?」

 と、まなみ。

「さあな?」

 と、しおり。

「おいみちた! お前、この発明品は……。あ?」

 なにか異変に気づくまなみ。

「鏡を見てごらん」

 まなみは勉強机に置いてあった手鏡を持って、自分を見た。

「うわあ!! 髪が短い! お、男になってる〜!」

「ということは!」

 と、目を見開くしおりに手鏡を見せた。

「せ、拙者もでござる〜!」

 メガネだけは元のままだが、髪の毛は丸刈りになっていた。

「ていうか髪の毛は!? どこへ行きおったっ!」

「この発明品は、男を女に、女を男にするのさ。ゆうき君、君は今、ひとし君のお姉さんの発明品で、彼に恋しているんだろ?」

「ま、まあ……」

「だったら、女になってしまえばいいじゃないか! ひとし君といっしょにさ。そうすれば、君は彼ともっと仲良く……」

「なれるかーっ!!」

 ひとしがライダーキックをかましてきた。

「痛いじゃないか!」

「冗談じゃない! なんで俺まで女にならなくちゃいけないんだよっ?」

「だって、君はゆうき君のこと嫌ってるみたいだし、だったらそうしたほうが得策かなと……」

「俺はお断りだ!」

「あ、あの! 僕も女の子になるのは……」

「ゆうき君?」

 ゆうきは遠慮がちに手を上げた。

「僕は今女の子みたいだし、できたら男の子になりたい。だから、ひとし君を女の子にして」

「なんでそうなるんだよ!」

「いいぞいいぞー!」

「ひとし氏を女にしちゃえー!」

 まなみもしおりもはやし立ててきた。

「てめえらはだまってろ!!」

「よーしわかった!」

 発明品をひとしに向けた。

「わっ! やめろ!」

「女の子になると、どれだけキューティクルになるのかな?」

 スイッチを押した。

「うわあああ!!」

 光を浴びた。

「ひとし君!」

 ゆうきが叫んだ。同時に、ひとしを埋めていた光が消えた。

「おお!」

 感心した声を上げるまなみ、しおり、ゆうき。

「完璧じゃん!」

 グッジョブするみちた。

 ひとしは、ポニーテールで胸が大きく、スラッとしているギャル系に生まれ変わった。


 翌日。幸い、土曜日だったため、学校に行くことはなかった。しかし、ゆうき以外は家に帰れなかったため、まなみもしおりも、ひとしの家に泊まることになった。

 ひとみは、駅前で彼らと待ち合わせをしていた。

「あ、ゆうき君!」

 ゆうきと、ギャル一人、男の子三人がやってくるのが見えた。

「これはこれは! あなたがひとし君の偉大なるお姉様ですか?」

「まあ! 偉大だなんて……」

 みちたの一言に照れるひとみ。

「ふふっ。これでも私、未来のスーパー薬剤師っすから」

「そんなことよりも、彼らを見て!」

 彼らとは、ギャルになったひとしと、男になったまなみとしおりのことだ。

「ほう。誰が誰だかわかんない」

 ひっくり返りそうになる性別が入れ変わった三人。

「もう! 姉ちゃんあたいだってわかんないのっ? ひとしだよひとし!」

「えっ? あんたみたいなギャルがひとし〜? ありえんありえん! だってうちのひとしは、地味で石頭でブッサイクなんですから!」

「悪かったわね!!」

 怒るひとし。

「それよりもひとみさん。あんたの得意の薬で、元に戻せねえのかよ?」

 まなみが聞いた。

「残念だけど、性別を変える薬なんてないわ。作ろうとしても、百年以上するわよ?」

「無念……」

 がっかりするしおり。

「ていうか、発明品で変わったんなら、また同じようにすればいいじゃないの? ところで、持ってきた?」

「仰せのままに!」

 みちたは、発明品ボーイズガールズちゃまを掲げた。

「だっせ!」

「ガーン!」

 ひとみの一言に涙するみちた。

「ひ、ひとし君!」

「なに?」

「あ、あのさ! 僕とデートしないっ?」

「しんよ?」

「い、いやでも! みちた君がせっかく僕のために作ったんだし、その……君のこと好きじゃなくなるかもよ?」

「……」

「あ、ていうのは嫌いになるとかじゃなくて! その、普通に友達として見るだけで……」

「ふんっ」

 ひとしはその場を離れた。

「ま、待って〜!」

 残った彼らは、駅前から離れていく二人を見つめていた。

「しかしお姉様」

「お姉様なんてやめてよ……」

 みちたの呼び方に照れるひとみ。

「あなた様のこの薬が簡単に効力を失われては、自身のプライドにかかるのでは?」

 恋の魔法の小瓶を見つめるみちた。ひとみはフッと微笑んだ。

「多分、無理だよ。薬は病気を治すことはできても、効果を持続することはできないから」

「あー」

 と、声を出すみちた。

「いかにも……。これすなわち、いずれゆうき氏の同性愛も治るということでござるか……」

 あごに手を付けて考えるしおり。

「それよりも俺たちを元に戻せよ! みちた! お前これ貸せ!」

 まなみは強引に発明品を奪い取った。


 ゆうきもひとしは、港まで来ていた。

「ひ、ひとし君!? なんで港まで……」

 息を切らしているゆうき。

「誰もいないとこに来たいからよ」

「へ?」

 ひとしはあぐらをかいた。

「あんたさ、今のあたい見てどう思う?」

「え? ど、どうって……」

 ゆうきは当惑した。どう答えればいいかわからなかったから。

「き、きれい……だよ?」

「そうか。あんたは、やっぱあたいのことなんかどうと思ってないんだ」

「ど、どうとも?」

「本気で好きになったなら、あたいがどう変わろうと好きになるだろう? なのに、今はどうも思ってない。あんたは、やっぱり姉貴の薬に翻弄されてるんだよ。早く、治したいね」

 ひとしはあぐらをかいたまま、海を眺めた。ゆうきは思った。

(だとしても、なんだか、ちょっぴりせつないな……)

 薬のせいだとしても、彼を想う気持ちは本物だ。だから、できることなら、今の姿の彼も、愛してみたかった。今は彼の背後で、海を眺めることしかできなかった。


 月曜日。ひとし、まなみ、しおりは元の姿に戻り、登校してきた。

「丸坊主のしおりちゃん、ニャかニャかよかったよ?」

「ショートの主もな?」

 お互いにニヤリとし合う。

 ひとしは机に座ってほおづえをしていた。

「ったく。もう変な発明品はこりごりだぜ」

「ひとし君……」

 となりに、ゆうきが座ってきた。

「やっぱり僕、君を想う気持ちは止められないよ。ありのままの君を想う気持ち……。だから、お姉さんの薬の効果がなくなるまでは、好きでいさせてね?」

 抱きついてこようとして、手で顔を止められた。

「いや、大好きです!」

「離れろ」

「大大好き!」

「あっちいけ!」

「超大好き〜!」

「どっかいけ〜!」

 二人のラブラブ(?)ぷりをただ呆然として見つめているクラスメイトたちだった。

「よし! 仲良くなってる!」

 ろうかから見ていたみちたが、グッジョブした。

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