6.相合い傘をさせ♡
第6話
近頃、雨が降り続いている。学校がある日もない日も、雨が降り続いている。生徒たちは、たまの休日遊びに行けずにモヤモヤしていた。
「はあ〜あ……」
ゆうきは、教室の窓辺でほおづえを付きながら、ため息をついていた。
「わかるニャ〜。毎日雨が降ると気持ちがどんよりしてくるの。まニャみも晴れてる日は気分がすっきりしてるのに、雨の日ばかりで、このとおり! 沈み気味ニャ〜」
「はあ……」
ゆうきはため息をついた。
「ゆうき君? 人の話をため息で返すのは、まなみの話がそんなにくだらないってこと?」
怒った。
「い、いやそういうことじゃないんだ!」
あわてた。
「じゃあどうしたニャ?」
「そ、そのね?」
窓から見える雨模様を見ながら話した。
「相合い傘いいなって、考えててさ……」
「ふーん……」
ニヤリとするまなみ。
「えい!」
横から押してくるまなみ。
「な、なに?」
ひじで方向を促す。
その方向とは、ひとしのいる席だ。彼は退屈そうにほおづえを付いていた。
ゆうきは照れた。結局闇の魔法は使用されないままだから、好きにならずにいられない。
「ゆうき君。正直にニャったらいいニャ」
「え? で、でも……」
「まニャみは、好きニャ気持ちにすニャおにニャる人は、嫌いじゃニャいよ?」
そして下校時間。
「ひとし君!」
ひとしは振り向いた。
「なんで傘さしてないんだよ?」
「相合い傘してほ、ほしくてさ!」
「じゃあなんだよその手に持ってる傘は!」
「これはささないから持ってるだけなの。お願い、その傘に入れて!」
ひとしは無視して、サーッと行ってしまった。
「ひ、ひとしく〜ん……」
そのままへたり込んだ。
相合い傘をしてもらえないまま、傘をささずに、トボトボと帰路を歩くゆうき。
「どうしよう……。明日から晴れるかもしれない……」
そうなれば、相合い傘はしばらくおあずけなわけだ。途方に暮れた。
「ああ、ゆうき! どうして君はひとし君なんて好きになってしまったの? もし好きになんてならなければ、相合い傘してもらおうなんて思わなかったのに……。なぜ、どうして!」
まるでミュージカル劇でもしているように、一人で乱舞する。
「わかる! わかるのだその気持ち〜!」
「たらりら〜♪」
突然出てきたかっぱを着た女の子と手を取り、踊るゆうき。
「って君誰!?」
驚くゆうき。
「あっはっは! やっぱり驚くのだ。人間ってのは、すぐ驚く生き物なのだ」
胸を張り、自己紹介。
「はじめまして、雨の妖精レインだ。雨の日に踊りながら悩み事を暴露すると、現れるのだ」
「え、知らなかった……」
「なのだ。だって、レインの存在は本当は誰にも知られていないのだ」
「じゃあなんで僕は君を呼べたの?」
「それはなにも知らずに踊って悩みを暴露したからなのだ」
「えー?」
「それはそうと、お前、相合い傘がしたいとか言ってたな?」
「あ、いや、まあ……」
照れるゆうき。
「その願いをかなえてやるぞ」
「ほんと!?」
目を輝かせるゆうき。
「その代わり、お前レインと仲良くなれ」
「もちろんだよ。君悪そうな人じゃないし、相合い傘ができるなら本望さ」
「じゃあまずさ、そこの水道管から水が垂れてきてるだろ? この小瓶に入れろ。雨がない日は、レインはこの小瓶の中にいる」
「わかった」
言われたとおり、小瓶に水を注いだ。
「よーし。ま、しばらく雨は続きそうだからな。まだ小瓶に入るのはいいのだ」
と言って、歩いた。
「ね、ねえ。君は妖怪なの?」
「ああ? 妖精だって言ったのだ」
「あ、そっか。えっと、じゃあほんとに相合い傘できるようにしてくれるの?」
「もちろんなのだ。妖精は百発百中願いを聞いてやる生き物なのだ」
「そっかあ。なんだか不思議な出会いをしちゃったなあ……」
「それよりお前、人間なら傘さしたほうがいいのではないか?」
ゆうきはずっと傘をさしていなかった。あわててさした。
家に帰って、ゆうきはパソコンで雨の妖精レインについて調べた。しかし、まったく情報がなかった。
『当たり前なのだ。レインは本当にただの偶然からしか生まれないのだから……』
声がする。小瓶の中で水になったレインが、ゆうきの心に直接話しかけているのだ。
「で、でもこれまで会ったことのある人とかいないの?」
『いないのだ。第一、雨の日に傘もささずに、踊りながら悩みを話す人なんて、世界中どこを探してもお前くらいなのだ』
ゆうきは顔を赤くした。
「それはともかくして。一体どうやって願いをかなえてくれるのさ?」
ゆうきの疑問に、レインは答えた。
『さあ?』
「えー?」
ゆうきは唖然とした。まさか、首を傾げて回答が出てくるとは思わなかったから。
『ところで、その相合い傘をしてほしい人って誰なのだ?』
「うん……。実はね、ちょっと複雑な事情があって……」
ゆうきは、
「え!?」
レインは小瓶から出てきた。
「お前、女じゃなくて男なのか!」
「あ、えっと……。前々からたまに間違えられるんだけど……」
「まあいいや。そのひとしってやつと相合い傘したいのだな?」
ゆうきはコクリとうなずいた。
「わかった。かなえてやるのだ」
ゆうきは苦笑いをした。レインはグッジョブして、微笑んだ。
翌朝も雨が降っていた。レインは女の子の姿になって、ゆうきと学校へ向かった。
「学校に来ても、レインちゃんの席はないよ?」
「安心するのだ。レインは呼んでくれた人にしか見えない。だから、堂々も教室に入ることもできるのだ」
「なら安心だね」
学校に到着した。
一限目の授業は、数学だった。ゆうきは数学が苦手だ。黒板に書かれていることが、なにかの呪文に思えてならない。まだ午前中だからいいとして、午後なんて最悪だ。睡魔に襲われてしまうから。
「で、どいつがひとしなのだ?」
後ろからレインが話しかけてきた。ゆうきはびっくり。
「え、え?」
当惑するゆうき。
「そうあわてるな。とりあえず指をさすのだ」
ゆうきは、となりにいるひとしに指をさした。
「ほうほう。なにこいつ、顔怖っ」
「ん?」
ひとしは、なにかを感じた。
(なんか今、嫌なことを言われた気が……)
「もうっ、レインちゃん!」
小声で怒るゆうき。
「これでも、僕にとってはすてきな人なんだからね?」
「はいはい。わかったから、だまって授業を受けるのだ」
レインはロッカーの上に座り、念を込めた。
「ふ〜ん! はあっ!」
ゆうきは後ろをそっと向いて、レインの様子を伺った。
(なにをしているんだろう? もしかして、あれはひとし君が相合い傘してくれるようにするおまじないかな?)
「ゆうきさん!」
担任が目の前で呼んできた。
「は、はい!」
「なにボケッとしてるの? 早く問い三の問題を答えて!」
「す、すみません……」
あわてて立つゆうきを見て、生徒たちは笑った。
「ニャ?」
まなみは首を傾げた。
給食の時間になった。今週はゆうきは当番ではないため、配膳が来るまでに、レインを階段の踊り場に連れてきた。
「ひとし君、どうなったの?」
「安心するのだ。お前の望む通りになる」
「どういうこと? 一限目の時、なんか念じてたけど……」
「だから、大丈夫だって。レインに任せるのだ。お前がひとしにしてほしいこと、なんでもさせてやる」
と言って、にっこりと笑った。ゆうきは少し心配そうな表情をした。
給食が始まった。
「今日はカレーライスニャア!」
まなみが喜んでカレーを食べた。
(ひとし君……。大丈夫かな?)
ゆうきは、向かい合わせになっているひとしを心配していた。
しかし。
「ほら、あーんするぞ? あーん」
ひとしは、スプーンですくったカレーライスを、ゆうきに向けてきた。
「えっ?」
目を丸くするゆうき。
「ほ〜ら。あーん……」
ゆうきは思わず、差し出されたスプーンをパクリとした。
「うまいか?」
コクコクうなずいた。他の生徒たちが呆然としていた。
「な! 言っただろ?」
レインが歯を見せて微笑んだ。ゆうきはなんとも言えない気持ちに見舞われていた。
お昼休み。
「眠いだろ? 俺の膝枕で眠りな……」
膝枕をしてもらった。ドキドキして眠れなかった。
そして体育の時間。
「息を吐いて、ゆっくり体を倒すんだ」
柔軟体操までいっしょにしてくれた。ゆうきは体が硬くて、柔軟は苦手だった。しかし今日はなぜか得意になれた気がした。大好きなひとしがお供してくれたから。
そして放課後。
「いっしょに帰ろうぜ?」
「あ、えっと……」
「帰るぞ?」
手を握ってきた。ゆうきはほおを赤く染めた。そのまま引っ張られて、帰路へ向かっていった。
「ニャ、ニャアアア!!」
まなみはあごが床まで外れた。
「大変だ大変大変だあああ!!」
ろうかをかけ出した。
「貴君! なにをそんなにあわてておる?」
メガネの縁をカチャッと言わせ登場するしおり。
「なんかよくわかんないだけどひとし君がゆうき君のこと好きになったみたいになって、手を繋いだりあーんしたり他いろいろ今までと変わっちゃった!」
「その、"よくわかんないだけど"から始めて?」
「ひとし君が! 自ら進んで! ゆうき君と手を繋いで帰ったのよ!」
「はあああ!?」
しおりもあごが外れた。
「あははは! なわけないっしょ!」
爆笑した。
「ほんとニャんだニャア!!」
ひとしとゆうきは、雨の中住宅街を歩いていた。
(相合い傘がかなってしまったあ!)
ついに、ゆうきはひとしと相合い傘をすることができた。しかも、ひとしから進んで誘ってくれた。
「じゃあな。俺ここだから……」
と言って、去っていった。
「あ、えっと!」
ひとしは立ち止まった。
「ありがと……」
ゆうきは傘をささずに、うつむきながらお礼を言った。ひとしは後ろを向いたまま、なにも言わず、去っていった。
「よかったあ。まじないが効いて」
後ろを振り返ると、レインがいた。
「どうだった?」
「うん……。なんだか少し、彼と距離が近づいた気がした……」
ほおを赤くして、微笑んだ。
「やれやれ……」
肩をすくめるレイン。
翌日。ひとしはゆうきにちやほやしていた。授業中わからないことがあると教えてくれるし、休み時間は話を聞いてくれるし、給食は食べさせてくれる。そのうち学年中で変なうわさが流れ始めた。でも、ゆうきはうれしかった。ひとしと二人きりになれたから。
「むむむう……」
中庭にある桜の木から、まなみとしおりが様子を伺っていた。ゆうきとひとしは、ベンチでくつろいでいた。
「ねえ、ひとし君」
「ん?」
「どうして急に、僕のことやさしくしてくれるの?」
ひとしは答えた。
「お前が好きだからだろ?」
ゆうきは顔中真っ赤に染めた。
(いけないいけないゆうき! 彼は今、レインの術にかかってるだけなんだ。それに、僕は男の子。彼を好きになるなんておかしいよ……)
でも、胸のときめきは止められない。今すぐにでも、ひとしを抱きしめたい気分だった。
「ほらよ」
ひとしが抱きしめてきた。
「こうしてほしかったんだろ?」
「ひゃ〜!」
ひとしは全身真っ赤にして、湯気を立てた。
「ひえ〜!」
隠れて覗いていたまなみとしおりは悲鳴を上げた。
「ひとし君、ついにおかしくニャったニャ……」
「ふ、ふふっ。人はしょせん変わる生き物なり……」
一方レインは、ゆうきたちが座っているベンチの後ろに隠れていた。
「やれやれ。ほんとはひとしのこと、あやつり人形みたいに好き放題してるだけなんだけどな」
ある日、ひとしとゆうきのクラスメイトたちが、黒板に落書きをしていた。相合い傘の絵が大きく描いてあり、他にも好き放題悪口が書いてあったり、ひとしとゆうきの今の仲睦まじいにも程がある姿をバカにしていた。
ひとしとゆうきが、手を繋いで教室にやってきた。
「来たぞ! 新婚カップルだ!」
二人とも当惑した。
「ニャんの騒ぎニャ?」
まなみとしおりがかけ付けた。
「キスしろよお前ら!」
一人男子が煽ると、みんな一斉に「キース!キース!」と手拍子を打った。
ゆうきはぎゅっと目をつむった。
「ひどい!」
まなみとしおりはムッとした。
「わかったよお前ら! ちょっとだまってろ」
ひとしがにらむ。顔が怖いため、みんな凍り付いた。
「おいゆうき。キスするぞ?」
「え?」
ポカンとした。
「ひとし〜!!」
まなみとしおりがバタバタと来た。
「それはいくらなんでもやりすぎやろがい!」
と、しおり。
「あんたねえ! あまりにもディープなもん中学一年生に見せんじゃないわよ!」
と、まなみ。
「好きに理由なんてない。俺たちの愛を、証明してみせる……」
ひとしはゆうきの肩に手を置いた。そして、そのまま目を閉じ、顔を近づけていった。
(え、え? ウ、ウソでしょう〜!!)
ゆうきは胸をドキドキさせた。鼓動が止まらない。汗もかいてくる。もうすぐくちびるが重なる!
「やめて!!」
ひとしを突き放し、教室を飛び出した。
「ゆうき?」
ろうかにいたレインは、ゆうきを追いかけた。
ゆうきは屋上にいた。
「ごめんなのだ。ちょっとやりすぎたかな?」
レインが後ろから声をかけてきた。
「でも安心しろ。ひとしはな、レインの念力であやつられているだけなのだ。しゃべることも、動作も、なにもかもレインがやってることだったのだ。まあだから、あいつは本気でお前を愛していない」
「……」
「相合い傘できたな。これで満足だろ? 今降ってないけど、もうすぐ降るみたいだから、お前は早く教室に戻れ」
ゆうきは拳をぎゅっと握った。
「あんなの……。ひとし君じゃないよ〜!」
ゆうきは泣き崩れた。同時に雨が降ってきた。その場に座り込んだまま、泣き崩れた。レインは頭をかいて、困惑した。目の前で泣かれたのは、初めてだったから。
「ゆうき君……」
心配して追いかけてきたまなみとしおりも、泣いている彼を哀れみた。
一方教室にいるひとしは……。
「なに見てんだよお前ら! 席に戻れや!!」
クラスメイトたちに怒声を浴びせ、全員席に着かせていた。
それから数日経って。ひとしはもうあやつられていない。おまじないが解けたからだ。そのせいか、高熱を出して、一週間回復しないそう。
通学時間。まだ雨が降っていた。ゆうきは、レインと学校へ向かっていた。
「ごめんなのだ。泣かせるつもりはなかった……」
少しシュンとしているレイン。
「いいよもう。あれだけされても、僕はひとし君のことを想い続けているんだから。ほんと、お姉さんの薬はすごいよ」
「こんなこと言うのもなんだが、久しぶりにまじないを使うことができて楽しかったのだ」
「よかったね」
ふと、ゆうきは上を向いた。雨が上がった。雲が晴れてきた。
「雨が上がった!」
ようやく、晴れ間が見えてきたようだ。
「レイン。あれ? レイン?」
レインがいない。
『お前の足元にいる』
「え?」
足元を見た。水たまりがある。
『晴れたらやがて水は蒸発する。だから、これでお別れなのだ』
「そ、そんな! この小瓶に入ればいいじゃないの」
レインが入っていた小瓶を出した。
『そんなものは必要ない』
「なんで!」
『お前はもう、悩んでいないのだ!』
ゆうきはハッとした。確かに、今はレインと会った時よりも気持ちがすっきりしている。
『もしまた悩んだら、ディスコでも盆踊りでもなんでもいいから、踊りながら悩みを言え』
「わかった!」
ゆうきは水たまりになったレインに小指を向けた。
「その時は、絶ーっ対に現れてよね? 約束!」
『了解した!』
ゆうきは、水たまりに小指を入れた。二人は、指切りをして、約束を誓った。
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