5.闇の魔法♡

第5話

ゴールデンウィークが来た。五日間、ひとしは休みだ。ひとしはよく遊ぶ仲のいい友達もいなければ、打ち込める趣味があるわけでもない。だから、五連休中やるようにと配られた宿題をしていた。

「ひっとしー!」

 突然、姉のひとみが入ってきた。

「五連休暇やろ? お姉ちゃんが遊んでやろうか?」

 ひとしは言った。

「勝手に入るなって言ったろ?」

「それはともかくして……。お姉ちゃんさ、あんたのためにと思って、職場見学させてやろうと思ってんのよ」

「いいから出てけ」

「あんたにこのお姉様がバリバリ働いているところを見せてね……」

「出てけって言ってるだろうが!!」

 怒鳴られて、追い出された。

「待ってひとし!」

「だから入ってくんなつってんだろ!」

「あんたが来るってこと、職場に伝えてんのよ!」

「はあ? どういうことだよ?」

「ふふふ! 一足早く、社会を知ってもらおうと思ってさあ。五月五日、午前十時からね?」

「待てよ! 唐突すぎるだろ!」

 ひとみは部屋を出ていこうとして、

「あっ。会社の人は、見学は弟君の友達何人連れて来てもオーケーだってさ。いないか、そんなの」

 部屋を出た。ひとしは「チッ」と舌打ちをした。


 そして五月五日。

「おはようございまーす!」

 ひとしを連れて、職場へとやってきたひとみ。ひとみの職場は町中にある薬局だ。

「ちょっと待てよ。今さら気づいたが、薬局は祝日は休みのはずじゃ……」

 それに気づいた瞬間、局内が異常に静かなのを感じた。あまり来たことがないのでよく知らないが、カウンターに人がいて、奥に薬を作る場所があり、そこに社員がいてもおかしくないはず。

「人の気配がない……。おかしいぞ!」

 ひとしは、奥にある薬を作る部屋に来た。誰もいなかった。

「ひとし、なにしてんの?」

 ひとみが来た。

「姉ちゃん。やっぱりなにかおかしくないか?」

「へ?」

「祝日は薬局は休みのはず。なのに、どうして入れるんだよ?」

「どうしてそう思うのよ?」

「だって、誰もいないんだぜ? 姉ちゃん、さてはなにか企んでるな?」

 にらんだ。

「それはいいから、休憩室に来て!」

 ひとしの手を引き、案内した。

「みんなおまたせ〜」

 休憩室に来た。ひとしは目を丸くした。

「ひとし君!」

 と、ゆうき。

「待っていたニャ!」

 と、まなみ。

「今昆布茶を用意してしんぜよ」

 しおりが昆布茶を用意した。

「いや待て待て待てーっ!!」

 ひとしは怒鳴った。

「やっぱりなにか企んでるじゃねえかよ!」

「えへへ!」

 テヘペロするひとみ。

「これまずいだろ! どういうことか白状しろこのバカ姉!」

「わかったわかった」

 ひとみは説明した。

「実はね、ここに忍び込めたのは、私が会社の監視システムを停止したからなんだよね。普段は防犯カメラとかのシステムが作動してるから、忍び込もうものなら、あっという間にバレちゃうね。でも、私が連休に入る前にシステムを止めたおかげで、侵入成功ってわけなの」

「うんそれはわかった。じゃあその次は、なんでこのお三方がいるんだよ?」

「この子たちは、あんたにバレないように、秘密で呼んでおいたの。裏口から入っといてって」

「おうわかった。じゃあなんで俺もこいつらもここに呼んだ? それを教えろ!」

 ひとしはカンカンだ。

「ひとし君落ち着いて! ついに、惚れ薬の効果をなくしてくれる解毒薬ができあがるんだって」

 ゆうきの言葉に、ひとしは目の色を変えた。

「マジかよそれ……」

「マジよ。ほんとは家でやろうと思ったけど、材料がなくてさ、だからここでやろうと思って」

「僕ね、いつまでもひとし君に惚れてる場合じゃないと思うんだ。今の自分は本来の自分じゃないし、やっぱりありのままになりたいんだ」

「ゆうき……」

「そういうわけだから、あまり文句を言わニャいでほしいニャ」

「すべては友の信念のため……」

 ひとしはため息をつき、答えた。

「わかったよ。さっさと済ませろよ? バレたら俺たちまで巻き添えになるぜ」

「よっしゃ! まずは材料集めだ!」

 ひとみが意気込んだ。

「はい四人とも。紙に書いてあるものを見つけてきて」

 四人ずつに紙を渡した。

「まニャみは……」

 まなみのには、歯みがき粉とだけ書かれていた。

「ニャ?」

 首を傾げた。

「ひらり!」

 しおりはめくって、紙を見た。

「え……」

 キシリトールガムと書かれていた。

「なにかなー?」

 わくわくしながらゆうきは紙を見た。

「へ?」

 コーヒーの粉と書かれていた。

「ったくなんでこんなことしなくちゃいけないんだよ? 姉ちゃんが全部用意して、作ればいいじゃんか」

 と言いつつ、ひとしは紙を見た。

「……」

 呆然とした。シシトウと書かれていた。

「いやこれ薬局とどんな関係が!」

 四人は口をそろえてツッコんだ。

「おほほほ!」

 ひとみは笑った。

「材料がないなんてウソ。ほんとは、いつも家で薬を作る時に使っている機材が壊れていて、早く作るためにも、職場でやるしかなかったのよ」

 にんまりとしながら答えた。四人は呆れた。

「とにかく。紙に書かれた品物はみんなここにあるから。探してきて!」

 言われるままに、四人は探し始めた。

「しかたニャいニャ。もうどうニャっても、責任はお姉さんが持つニャ」

 洗面所に来たまなみは、紙を見た。

「でも……。歯みがき粉なんてどこにあるのよ?」

「なんなのよあの人……。こんなのバレたら解雇だよ解雇!」

 更衣室に来て、文句を垂れるしおり。

「でも……。キシリトールガムなんてどこに?」

「もう、ひとみさんったら!」

 怒っているゆうき。そして紙を見た。

「でもコーヒーの粉なんてどこに?」

「ったく姉ちゃんのことだから、こんなこったろうと思ったぜ!」

 入り口に来たひとしは、とてもイライラしていた。

「まあいいぜ。なにかあっても姉ちゃんの取り分だからな!」

 ひとしは紙を見た。

「でもシシトウなんて、薬局のどこにあるんだよ?」

 ゆうき、まなみ、しおり、ひとしはそれぞれ考えた。

「歯みがきは洗面所で行なうもの。そして、ここは洗面所……。ん?」

「ガムは誰かが食すもの。そして私物だから、ロッカーにある。そしてここはロッカー……。ん?」

「コーヒーは休憩に飲むもの……」

「シシトウは野菜だから、外で育てるよな。だから、入り口は最適な……」

 四人は、ひとみのいる薬を作る場へと向かった。それぞれ、頼まれた品物を手にしていた。ひとみは右手でグッジョブした。

「さて、これらに共通するものは、なんだと思う?」

「ニャニャ?」

「はて?」

「知るかよ」

「やれやれ。最近の子は頭の回転が遅いから困る……」

 額に手を押さえるひとみ。ムッとする三人。

「これらはすべて苦いものなの。これから作る解毒薬は、苦い味のするものなんだ」

「あ、そうか!」

 ゆうきがひらめいた。

「だから、歯みがき粉、キシリトールガム、コーヒーの粉、シシトウだったんだね」

「そうよ」

「でも、それだけでできるのかよ?」

 と、ひとし。

「あとは玉ねぎと、職場うちで作ってる子どもに不人気の苦ーい薬かな。これらを今沸騰した鍋に入れて混ぜるの」

 四人が持ってきた品物と、自らが用意した品物を鍋に入れ、混ぜた。得体の知れないものを見ているようで、四人は気分が悪くなった。

「わ、我こそは外界へと旅立つ……」

 気分を悪くしたしおりが外へと向かった。

「まなみも……」

 まなみも外へ。

「二人とも行っちゃったね。ひとし君は平気?」

「まあな。俺は姉ちゃんの得体の知れないものずーっと見せられてきたからな」

「昔さ、アニメの影響で火で炙ったトカゲをすりつぶしたのをあげたことあるよね!」

 ひとみが誇らしげに言った。

「次やったらぶん殴るからな?」

 ゆうきは普段聞き慣れない会話を聞いて、呆然とした。


 一時間経った。まなみ、ゆうき、しおりの三人は外で待っていた。

「あの得体の知れニャいものは、飲むのかニャ?」

「違うと思うよ? 僕がひとし君の甘い香りを嗅いで大好きになったんだ。それも、恋の魔法という薬でね」

「まるで魔法使いの必殺技のようだな」

 と、しおり。

「香水のような小瓶に入ったものだったから、今度もそうなのかな」

「じゃあ今度は、苦い匂いがするのかニャ?」

「いや、苦い匂いってなんなのさ?」

 しおりが呆れる。

「想像したら吐きそうになるが、あれはきっととんでもなく臭いな」

「ニャー!? 臭いのニャ?」

「いかにも……。そして、甘い香りはひとし氏に好意を示すが、臭い香りは嫌うようになる……」

「え!?」

 ゆうきが驚く。

「そうかニャ?」

 まなみは首を傾げた。

 ゆうきは心配になった。確かに望んでもいないのに惚れたひとしを好きじゃなくなるのは良しとして、嫌いになるのは……。

 そしてできあがった薬のお披露目と来た。

「さあさあみなさん!」

 と、ひとみは声を上げる。

「薬局にずっといるとまずいので、我が家に戻りましょ?」


 てなわけで、ひとしとひとみの住む家に来た。

「気を取り直して……。みなさん! ついに、薬ができあがりました!」

 リビングでお披露目開始だ。

「一時間でできあがるのニャ……」

 ジト目をしているまなみ。

「苦いものをふんだんに使った香水みたいな薬……。その名も闇の魔法!」

 小瓶を出した。真っ黒で墨汁のような液体が入っていた。

「これを付ければ、ゆうき君はひとしのことなんてぜーんぜん興味なくなるわ」

「いかにもな見た目……」

 しおりは吐き気を抑えた。

「おええ……」

 まなみは舌を出して気持ち悪そうにした。

「姉ちゃん。まさかそれを俺の体に前のやつみたいに付けろってんじゃねえだろうな?」

「そうよ?」

「マジか?」

「そうよ!」

「か、勘弁してくれ!」

 ひとしは逃げた。ひとみは追いかけた。

「待てーっ!」

「そんな得体の知れないもん体に付けられるか!」

 ろうかへ逃げた。

「待つのニャ!」

 ろうかで通せんぼしているまなみ。

「なんでいるんだよ!」

「ああ!」

 左にスライディングして避けるひとし。

「くそーっ!」

 二階へ上がった。

「待たれよ!」

 階段の一番上でしおりが仁王立ちしていた。

「うわあ!?」

「そなたの臭くなった姿が見てみた……くくっ」

 笑った。

「お前は俺のなにを想像して笑ってるんだ! どかんかいこら!」

「きゃっ!」

 無理やり押し退けた。

 ひとしは自室へ避難した。カギまでかけた。

「はあはあ……。はあ……」

 ドアに背中を付けたまま、座り込んだ。

「さんざんなゴールデンウィークだぜ。こんなことになるくらいなら、家でまだ残ってる宿題してるほうがマシだ!」

「そうだよね」

「ああ、そうだよ……な!?」

 驚いた。目先には、ゆうきがいるから。

「おまっ! い、いつから!?」

「僕も、ひとし君にあんな薬かけてほしくない……」

「だ、だからなんだよ!」

「僕、恋の魔法にかかるまで、君のことどうも思ってなかった。でも、かかった瞬間、好きになってしまった」

「それが迷惑なんだよ!」

「そうだよね。僕もさ、自分が自分じゃない気がして、ちょっと困ってるんだ」

「え?」

「だから、君はあの薬をかけてもらうべきだと思う……。でも!」

 ゆうきはひとしを抱きしめてきた。

「好きになった気持ちが抑えられない! だから、嫌いになんてなりたくないよ……」

 ひとしは呆然とした。こんな経験、一度もないからだ。なんにも感じない、ただどうしたらいいかわからない、不思議な感情がぐるぐるしていた。

「そっか……」

 ドア越しから様子を伺っていたひとみとまなみ、しおりの三人。

「ごめんねゆうき君! 私が悪かったよ。君が本気でひとしのことどうでもよくなりたいって思うまで、この薬は封印しておくから!」 

 ゆうきはひとしから体を離した。

「ありがと! でも、僕の気づかないようにしてくれたらいいかも。だから、すぐにでもかけて。こっそりとね……」

「もういい出てけよ……」

 と、ひとし。

「宿題が残ってんだ。お前もだろ? 今日はもう帰れ」

 どことなくやさしく伝えたひとし。ゆうきはニコリとしてうなずいた。


 翌日。ゴールデンウィーク最終日の六日。

 ひとみのスマホに、しおりから通話がかかってきた。

「姉者!」

 しおりは、ひとみのことをそう呼んでいる。

「どうしたの?」

「実はですね? あの闇の魔法とやらのことですが……」

「はいはい」

「ひとし氏にかけてはくださらぬか!」

「ひとしに? どうして?」

「その……。闇の魔法って匂いはどうなんすかね」

「臭いよ? これはね、苦いものを入れたいだけ入れたから、臭いんだよね。一度付いちゃうと、一週間は取れないと予測できちゃう」

「それをひとし氏に付けてくれませぬか?」

「はあ……」

「想像してご覧なせえ。あのひとし氏が、臭い匂いを漂わせて、道を歩いている姿を!」

 ひとみは想像した。

「ぷっ。あははは!」

「おかしいでしょ? あははは!」

「わかった! やってみるよ」

「楽しみにしていますぞ姉者!」

 しおりは通話を切った。

「さて。問題はどうやって付けてやるかね……」

 ひとみは考えた。

 ひとみは、おやつを持って、ひとしの部屋の前に来た。

「作戦その一! 私がお茶を入れるフリをして、ブシャーとかけてやるのだ!」

 なんと卑怯な作戦だろう。

「ごめんくださーい!」

 バンとドアを開けて、部屋に入った。

「あー?」

 誰もいなかった。

「作戦その二だ!」

 ひとみは一階に戻った。

「作戦その二。ひとしは居間でテレビを観ているはず。ということは、肩揉んであげるって言って、そのスキにブシャーっていくわよ?」

 これもなんて卑怯な作戦だろう。

「ひーとーし! あれっ?」

 居間には誰もいなかった。テレビさえ付いていなかった。

 トイレ、洗面所、風呂場、庭……。どこにもひとしはいなかった。

「はあはあ……」

 さんざん家中探し回って、疲れた。

「時に、休憩することも生きる上で大事なことなのよ!」

 というわけで、リビングで紅茶を入れて、休憩。

「はい休憩終了!」

 立ち上がった。

「あと探してないのは……」

 考えてハッとした。

「まさか……」

 二階に上がった。そして、ひとしのとなりの部屋、自分の部屋の前に来た。

「ひとしはここにいるのでは!」

 ひとみはおそるおそるドアノブに触れた。

「ふふっ。乙女の部屋に勝手に入るなんて……。悪い子ね?」

 ニヤリとした。

「ひとしのエッチ!」

 ドアをバッと開けた。

 誰もいなかった。

「一体どこにいるのよーっ!」

 カンカンになって、思わず小瓶を床に投げつけた。

 バリン! 小瓶が割れてしまった。

「ああ!!」

 床に飛び散った液体が、足にまでかかってしまった。

「ただいまー。ん? なんか臭いな」

 二階に上がってきたひとしは、鼻をつまんだ。

「姉ちゃん?」

「このバカ弟め……」

 ひとみは涙した。


 そしてゴールデンウィークが明けた。ひとみの部屋は、まるで生ゴミのような匂いが漂っていた。そして、右足まで生ゴミのような匂いが漂っていた。

「臭えな姉ちゃん……」

 仕事に向かおうとするひとみの前で鼻をつまむひとし。

「あんたが出かけてたせいでしょっ? このバカ!」

 怒って、仕事へと向かった。

 会社に来たら来たで、足の臭いのせいで、社員みんなから煙たがられた。

「ひ、ひとみさん。もしかして趣味の薬作りで?」

 鼻をつまみながら男性社員が聞いた。

「おほほほ!」

 ひとみは笑った。

「ちょっと! あたしの歯みがき粉なくなってるんですけど!」

 職場で一番ギャルな社員が文句を垂れた。

「わしのキシリトールガムはどこじゃ!」

 職場で一番高齢の社員が文句を垂れた。

「そういえば、コーヒーの粉も減ってるし、シシトウもなくなっていたような……」

 鼻をつまんでいま男性社員が首を傾げていた。

「私しばらく会社休ませてください……」

 ひとみは休暇届けを出した。

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