4.漢字館に行こう♡

第4話

ある日、ゆうきはろうかに貼り出されていたお知らせを見て、がく然とした。

 期末試験が始まるのだ。ゆうきはその場で倒れてしまった。

「ゆうき君!? ゆうきーっ!!」

 まなみが叫ぶと、お知らせを見ていたまわりの生徒たちが目線を向けた。


 教室に戻り、ゆうきは机に顔を横にして伏せた。

「元気出すニャ!」

「期末試験なんかで元気出す人なんてこの世に存在しないよ!」

 と、大声を上げるゆうき。

「僕、入学して初めてやった試験でもバリバリの赤点取っちゃって……。中学の勉強って、ほんとに難しいよね……」

「まニャみも、国語しかわからないニャ。国語は漢字と読み物がおもしろいニャ!」

「いいよねまなみちゃんは勉強が得意で」

「まニャみはこう見えても、ガリ勉ちゃんだったんだニャ!」

 胸を張った。

「へえ?」

 まなみは元々おとなしい性格をしていた。中学に入る前は国語の教科書とノートが友達だった。だから休み時間はひたすらに漢字の書き取りと、黙読をしていた。

「えー……」

 しらーっと見つめてくるゆうき。

「ニャんだその目は……」

 同じ目をするまなみ。

「まニャみは普段落ち着きがニャいけど、ネコと遊んでる時と、漢字の書き取りをしている時が一番落ち着いているんだニャ!」

 と言って、

「でも他のことだけはどうしても長続きしなくて、国語だけは取り分けて成績よかったんだ。だから、ゆうき君のテストがいやだって気持ち、なんかわかるんだ」

 微笑んだ。ゆうきも安心して微笑んだ。

「そ・れ・に」

 ひじで肩を突くまなみ。ゆうきは、彼女の目線の先を見つめた。

 窓辺でたそがれるひとしが見えた。

「彼、実は勉強は得意ニャほうニャ。教えてもらうといいニャ」

 ゆうきは胸を押さえながら、ひとしを見つめた。

「ひっ!」

 ひとしはなぜか寒気を感じた。後ろから感じるが、なぜか見る気にはなれなかった。


 放課後。生徒たちはそれぞれ仲のいい人に試験勉強の誘いをしていた。一人より誰かとやるほうがはかどるからだ。しかし、ひとしには誰も勉強を誘わなかった。顔が怖いからだ。

「えーあたしじゃ勉強相手になんないよ〜」

「じゃあさ、ひとし君とかどうよ?」

「え!? あんた正気?」

 ろうかでたむろする女子たちは、彼に聞こえているのも知らず、ヒソヒソ話していた。

(誰がお前らブスに教えるかよ)

 心の中でひとしは悪口を言った。

「ひとしくーん!」

 後ろから、ゆうきが手を振りながらかけてきた。

「ねねえ! 頼みがあるんだけど……」

 ひとしはそのまま校門に向かい歩いた。

「来月期末試験じゃん?」

 後ろからついてくるゆうき。

「よかったら、勉強教えてほしいなって思って……」

 そのまま歩いて無視するひとし。

「ねえねえ。僕入学してから赤点ばっか取ってるから、そろそろママにも怒られそうで。お願い、ひとし君!」

 無視するひとし。

「ひとし君? ひとしさん? ひとしちゃん。ひとし様〜!」

 ひとしが立ち止まった。

「いやだ……」

 にらんで、ドスの効いた声を聞かせた。ゆうきはおびえて、思わず「はい……」と答えてしまった。ひとしはそのまま帰っていった。

「うわーん!!」

 泣いた。

「甘い!」

 泣き止んだ。誰かが来た。

「甘い甘い! 甘ーい!」

 メガネをかけた、三つ編みの少女が指を差してきた。

「そなたは黒あんみつか! それほどの甘味を漂わせていては、この先生きてはいけぬぞ?」

「あ、あの……」

「ゆうきくん!」

 まなみが走ってきた。

「ま、まなみちゃん?」

「どうせひとし君に断られるだろうと思って、二組の個性派学級委員長、しおりちゃんに頼んでみたニャ!」

「わらわに解けない謎はぬわーい!!」

 メガネをキラッと光らせた。ゆうきは唖然とした。


 しおりの家は、戸建ての広い家だった。父方の祖父がお金持ちらしい。自室も大広間のような畳部屋だった。

「え、ここが自分のお部屋〜!?」

 ゆうきは呆然とした。

「しおりちゃんの家は、お金持ちニャのよ? パパはコンシェルジュ、ママはホテルマンニャんだって」

「ええ……」

「それはさておき……。貴君!」

 ゆうきを指差す。

「は、はい!」

「期末試験の対策をしたいと?」

「あ、あ、はいそうです……」

「よかろう……。ただし、条件がある!」

「え?」

 少し間ができて、

「やっぱりぬわい!」

「いやないんかい!」

 ゆうきはひっくり返った。

「ところでしおりちゃん。ゆうき君は、男の子ニャんだけど……」

「そんなの学ラン着てるんだからわかるわい!」

「いや、そのね? 実はある事情があって、おんニャの子みたいにニャってるのニャ」

「ほう……」

 あごに手を付けるしおり。

「え、も、もう言っちゃうの?」

 あわてるゆうき。

「大丈夫。しおりちゃんはこんニャまニャみを受け入れてくれた人ニャ」

 まなみは説明した。

「ひとし君のお姉さんが科学者で、その人が作った薬の匂いを嗅いで、ひとし君に惚れてしまったのニャ!」

 しおりは目を見開いた。

「ひい! やっぱり引きますよね〜!」

 ゆうきは目を見開いたしおりに驚いた。

 しかし、しおりは。

「超おもしろいんですけどー! え、そのお姉さんとやらに会ってみたいマジで!」

 いきなりチャラいしゃべり方になった。

「え、今度会わせてねえ? 試験終わったらにしよう?」

「あ、あ、はあ……」

 動揺するゆうき。

「しおりちゃんも、ほんとは普通のおんニャの子。ただの中二病ニャんだニャ」

「中二病? それは人間たちが勝手に名付けた名称……。これもまことの姿なのじゃ!」

 苦笑いするゆうき。

「ところで、勉強教えてくれるの?」

「よかろう」

「あ、ありがとう……」

「ニャんだかんだ言って、しおりちゃん人に教えるの好きだから、まニャみが誘った時うれしそうにしてたんニャよ?」

「言わんでもええわい!!」

 しおりは照れた。ゆうきはクスッと笑った。


 翌日。休み時間にひとしは教室で一人、勉強をしていた。

「勉強?」

 ゆうきが覗いてきた。

「お前こそ、赤点取らないようにがんばれよ? ま、俺はなにもしないけどな」

 ゆうきはクスッと笑った。

「いいよ。僕は、友達に教えてもらうから」

 と言って、ゆうきは去っていった。

「ふーん……」

 と、ひとしは去っていくゆうきをしらーっと見つめた。


 お昼休み。ゆうき、まなみ、しおりの三人は図書館で勉強をしていた。

「して、この問題は……」

 しおりが説明しようとすると。

 ゆうきがウトウトしていた。

「寝るな!」

 ハリセンを叩かれ目を覚ますゆうき。

「いいのかそれで! これまで以上の点数を取るのだろう? 六十から九十にするのだろう!」

「は、はい〜!」

 ゆうきはあわてて、ノートの書き取りを始めた。

「にしてもまなみ氏はいずこへ……」

 あたりを見渡し、席に着いていないまなみを探す。

 まなみは、しおりたちから離れた本棚で、サスペンス小説をあさっていた。

「ま〜な〜み〜!」

 後ろからヌーッと現れるしおり。

「勉強中に本を漁るなあ!」

「きゃあああ!!」

 まなみはしおりに、頭をグリグリさせられてしまった。


 そして放課後。校門に向かい歩くひとし。後ろからゆうきがかけてくる。

 しかし、ゆうきはひとしをそのまま追い抜いてしまった。

「あれ?」

 ひとしは思わず首を傾げてしまった。

「ま、いいか。男のくせに、ベタベタされるのはごめんだしな」

 ホッと一安心して、家に向かった。


「貴君たちはやる気があるのか!」

 しおりの家に来て期末試験のたいさくをしていたまなみとゆうき。しかし、なかなか集中力が続かなかった。まなみは彼女の部屋にある児童文学や分厚い本に興味が移ってしまい、ゆうきはウトウトしていた。

「まなみはいつも人んちの本棚をいじくり回すな! わらわの書籍ぜよ?」

 続いて。

「ゆうきも寝るな!」

 ハリセンで叩いた。

「痛いよ〜」

「寝るなや!」

「ごめんニャさい……。本を見るとつい興味がいっちゃって……」

「お主ら。このままでは期末試験、赤点は確定だな……」

 額に指を当てるしおり。

「せめて本に意識が向かニャければいいんだけれど……。あと、興味のニャいお勉強は、どうしても集中できニャいニャあ……」

「僕も、なぜかウトウトしちゃうんだよねえ」

 あごに手を付けて考えるしおり。

「ゆうき氏」

「は、はい」

「なぜ睡魔が襲うと思う?」

「え、えっと……」

「では二者選択としよう。一つ、じっと座っているほうが良いか。二つ、体を動かしているほうが良いか……」

「ふ、二つ目かな?」

「そうか……」

 腕を組み、考えるしおり。

「まなみ氏。お主は国語が好きだったな」

「ニャ!」

「わかった……。二人とも、いい方法を思いついたから、今週末、駅前に集合じゃ!」

 今まで見せなかった、自身に満ちた笑顔を見せた。

「じゃあ、今日はもう解散」

 しおりの一言で、ゆうきとまなみは帰ることにした。

「あ、そうだ! ゆうき氏。よければ、ひとしやそのお姉様も連れてくるといい」

「え、え? なんで?」

「嫌か?」

 ゆうきは首を横に振った。

「まニャみも誘うニャ!」


 そして土曜日。

「けっ」

 不機嫌そうな顔をするひとし。

「よくぞ参られたなひとし氏。お初にお目にかかろうぞ?」

「なんだよその変なしゃべり方は!」

「はあ? こいつ初対面に向かって……。最悪なんですけどー!」

「なんで急にチャラくなんだよ!」

 ひとしはカンカンだ。

「落ち着いてひとし君! 彼女はそういう人なんだよ」

 ゆうきがなだめる。

「やっぱ俺帰る!」

「それはダメニャ!」

 まなみとゆうきがひとしの手を右左と交互に掴んで、押さえた。

「お主のためにも、そして二方のためにも、今回はすばらしい地へと足を運ぶのだ……」

 メガネの縁に触れて、カチャッと音を立てる。

「どんニャところ?」

「きっぷ買ってくるから、それぞれ三百円よこしな?」

 三百円ずつ受け取ったしおりは、一人ずつきっぷを購入し、みんなと電車に乗った。

(電車の中満員だ……)

 普段電車に乗らないゆうきは、人がたくさんいる満員電車に圧倒された。

(ちょっと怖いかも……。心が女の子だからかな?)

 しかし、思った。

(ひとし君がいれば、大丈夫!)

 ひとしがやさしく微笑み、ゆうきは彼の袖をギュッと掴む。

「これで満員電車も安心だね。ひとし君!」

「ニャ?」

 握っていた袖は、まなみだった。

「あれ?」

「ひとし君ずるいニャ。自分だけ席に座ってるニャ」

 ムスッとしているまなみの目線に向けると、ひとしはなに食わぬ顔で席に着いていた。

「ガーン……」

 ショックだった。


 彼らは六つ先の駅で降りた。そこから歩いて十分の場所に、目的地があった。

「ここじゃよ」

 しおりが足を止めた。

「わあ……」

 三人とも感激した。そこは白い大きな館だった。

「ここは知る人ぞ知る、漢字博物館。一番の特徴は、漢字のでき方などが、展示物やアニメーションで公開されていることだ!」

 さっそく中へ入った。

「いらっしゃいませ~。当館へようこそ〜」

 受付嬢があいさつした。

「中学生三名で」

 と、しおり。

「ではこちらに代表の方のお名前、県と市町村をお書きくださ〜い」

「なんでやたら語尾を伸ばすんだあの受付は……」

 ひとしが唖然としている。

「初めて来たニャ」

「まなみ氏。まずはこのアニメーションを閲覧するといい……」

 しおりはモニターのスイッチを付けた。そのスイッチがみんな漢字になっていて、"人"というボタンを押した。

『やあこんにちは! 僕は人という漢字だよ?』

 モニターの人という漢字がしゃべった。

『ところで、君はどうやって人という漢字ができたか知ってるかな? 人という漢字はね、人と人が手を取り合っている様をイメージして完成した文字なんだ。フュージョンってあるだろ? それに似てるね!』

 これでモニターは終わった。

「ニャア……」

「ためになるじゃろう?」

「なにがためになるだよ? 人という漢字のでき方くらい、誰だって知ってるだろうが……」

 ひとしは、漢字が展示されている広場にいた。大きな漢字の像とともに、草や牛など、それぞれモデルになった動物の像や壁紙の景色が展示されていた。

「こちらは漢字そのものと、そのモデルになったものを展示しているコーナーです〜。つまりは、視覚化して漢字を覚えてもらおうという試みなんですね〜」

 やたら語尾を伸ばす受付嬢が説明した。

「他にはどんなものがありますか?」

 ゆうきが聞いた。

「ご案内しますよ〜?」

 ゆうきとひとしは二階に来た。

「こちらは日本中の本を集めた図書館です〜。当館では漢字に着目してほしいという願いがありますので、日本の本しかないのです〜」

「うわ、でも広い……」

 まるで体育館並みの広さ、天井まで行き着くほど高い本棚に、ぎっしりと陳列されていた。

「あ、まなみちゃん!」

 先にまなみが来ていた。すでに脚立を使用して、上にある本を読みあさっていた。

「まあ! ここ最近本を読んでくれる人がいなくて、あそこまで読んでくれる人久しぶりです〜」

 手をパンと叩いて感心する受付嬢。

「あ、ひとし君なにか興味あるものあった?」

「別に。本なんてどれもいっしょだろ」

「ひ、ひとし君は好きな本とかあるの?」

「好きなわけねえだろ」

 そのまま図書室を出ていってしまった。

「ていうか僕たちは勉強をやりにここに来たんじゃん!」

 ゆうきはハッと思い出した。

「おやおや〜? 勉強のために当館に来たのですか〜?」

 受付嬢が聞く。

「あ、は、はい。友達に誘われて……」

「いい勉強場所になりますよ〜? 当館は漢字専門のところですから。うふふ〜!」

 笑った。ゆうきも苦笑いをした。

「ああ、ひとし君! あれなんて漢字かな? あれはなにかな? あれは? あれは!」

 漢字そのものとでき方を展示している広場で、ゆうきはひとしにとにかく話しかけた。

「はあ……」

 ひとしがため息をついた。

「お前しつこいぞ?」

 にらまれた。ゆうきは思わず、「ごめんなさい……」とつぶやいた。


 夕方になった。

「ではそろそろ閉館の時間ですので〜。今日は久しぶりにお客さんが来てくれてうれしかったです〜」

「あんたはそういうしゃべり方どうにかしろよ!」

 ゆうきが怒るのをなだめるゆうき。

「さあ、退散するぞ者共よ!」

 しおりの号令で三人は漢字館をあとにした。

 帰りの電車は座ることができた。ゆうきはひとしのとなりに座ることができたが、一つ離されてしまった。

「あ、あのひとし君……」

 ひとしは後ろを向いて車窓を眺めている。

「ご、ごめんね今日は! 実は、二人きりで勉強をしたかっただけなの。もし今日のせいで点数がひどかったらごめんなさい!」

 頭をグンと下げて、謝った。

「なに言ってんだよ? あんな特徴的な展示品見たら忘れるわけねえだろうが……」

「え?」

 ひとしは車窓に顔を向けたままだった。でも、そう言ってくれたということは、あながち誘ったのは間違いじゃなかったわけだ。ゆうきは嬉しくて、クスクスと笑った。夕日が車窓から、二人を照らしていた。


 期末試験が終わり、いよいよテストが返ってきた日。ゆうき、まなみ、しおりの三人は返ってきたテストを見せ合いっこすることにした。

「じゃあ、いくよ?」

 ドキドキする。果たして、結果は?館に行ったことは報われるのか……。

「ゴクリ……」

 息を飲む。

「せーのっ!」

 テストを見せる。

「……」

 沈黙が走った。ゆうきとまなみは、漢字のテスト以外見事に外れてしまった。漢字は二人とも百点、しかし、その他の科目は六十点以下だった。

「なんで!? 漢字館に行ったのに〜!」

 ゆうきとまなみはうなだれた。

「いや、当たり前でしょ……」

 呆れているしおり。彼女は漢字は百で、その他はどの教科も九十以上だった。

 そして、ひとしは。

「やれやれ。漢字館のせいで、他はいまいちだったな……」

 漢字は百点、他は八十以下だった。

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