2.恋の料理を召し上がれ♡
第2話
ゆうきが恋の魔法にかかり、早数ヶ月が経った。
「ひ〜と〜し〜く〜ん♡」
相変わらずベタベタしていた。
「ちゅ~」
キスをしようとして、
「ほげっ!」
国語の教科書を押し付けられた。
「ひ〜と〜し〜く〜ん♡」
抱きつこうとして、
「うがっ!」
ボールを打ち付けられた。
「ひとしく〜ん!」
飛びかかってきて、
「ズコー!」
避けられ、そのまま床に倒れた。
「いい加減にしろよ!」
「うう……。ひとし君、どうして僕のこと避けるの?」
瞳をうるうるさせるゆうき。
「当たり前だろ! 俺はお前なんかとそんなことしたくないからだ!」
ひとしは怒ってばかりだ。そのうちまわりがヒソヒソと話をしだした。ひとしはイライラをつのらせ、
「お前らなにをヒソヒソしてんだよ!!」
びっくりしたクラスメイトたちは、全員教室を出ていってしまった。
「はあ……」
ため息をつくひとし。
「なんで俺はこいつにあんなもの吹きかけてしまったんだ!」
ショックで床にひれ伏せた。
「それは僕たちは赤い糸で結ばれているからです!」
と、ゆうき。彼をにらむひとし。
「姉ちゃんがあんなの作るからいけないんだ! 姉ちゃんがいけないんだ!」
「ひとし君かニャ?」
猫耳を付けた女子生徒が話しかけてきた。
「床はばっちいから、手を付けないほうがいいニャ!」
「余計なお世話だい!」
「ニャフー」
腰に手を当てて佇む猫耳の女子生徒。
お昼休み。
「はあ〜あ……。どうしてひとし君のことこんなに好きになっちゃったんだろ? 僕は元々ドジでノロマなだけの男の子だったのに。ひとし君からいい匂いがして、それを嗅いだ瞬間に頭がポーッとなって……」
ひとしは中庭のベンチでため息をついていた。
「ニャやみごとかニャ?」
となりに女子生徒が座ってきた。ゆうきは彼女に顔を向けた。
「あ、確か同じクラスの……」
「まニャみでいいニャ!」
「ああ、まなみさん……」
「まニャみだニャ!」
まなみはベンチから立ち上がった。
「君はニャやんでいる! そう、それはきっと、元気で超プリティなまニャみでもすぐ解決するのがむずかしい問題……」
ゆうきに顔を近づけて、
「テストでいい点が取れニャいっていう!」
と、言いかけたが、
「恋の病です!」
指摘された。
「恋? 恋!」
目を輝かせた。
「まニャみは恋のおはニャし大好きだニャ! たくさん聞かせてほしいニャ!」
またとなりに座ってきた。
「いやあ! そう言われてもなあ……」
「まあそう照れニャさんニャって!」
肩を揉んでくるまなみ。
「で、でも〜」
照れ笑いするゆうき。
「気にニャる気にニャる〜!」
「そこまで言うなら〜」
ゆうきは立ち上がった。
「歌でお教えしましょう!」
というわけで、ゆうきとまなみのミュージカルなデュエットが始まった。
「いつもとなりにいる男子ひとし君♪彼から漂ういい香り♪」
「それは一体どんニャ香りよ♪」
「とても甘い香りがしたのさ♪」
ここから二人は手を取り、踊る。
「それからよくわからない恋心♪謎に湧き上がる恋心♪」
「恋とはそういうものにゃのよ♪」
「いつかー♪」
「いつかー♪」
「謎は解けるはずー♪」
最後はハモって終了。
「ニャんだかよくわからニャいけど、応援するニャ!」
「あ、ありがとう!」
「恋をかニャえるには多少のコツがいるのよ? それを休みの日は恋愛マンガ百冊読むのが日課のまニャみが伝授するニャ!」
「おお〜! 師匠〜!」
ゆうきはひれ伏した。
放課後。ゆうきはまなみの家にやってきた。
「ここがまニャみのお家ニャ」
「うわあ……。僕のとこよりも大きい!」
まなみの家は、二階建てだ。ゆうきの家は、マンションだった。
「ここがお部屋ニャ」
部屋に案内された。
「わあ……。あたり一面、ネコばかり……」
壁も机もなにもかもがネコの模様をしていた。
「どうしてそこまでネコが好きなの?」
「まニャみにとって、ネコは中学デビューを果たしてくれた存在ニャ」
まなみは、ベッドの上に置いてあるネコのぬいぐるみを持ち上げた。
「小学生の頃ね、実はこの街にいなかったの。まなみは、もっと遠い街に住んでいて、そこでは友達もできず、自分の言いたいことも言えず、誰とも話さず……。ただ毎日過ごすだけだった。でもね、餌付けていた近所の野良ネコが唯一の仲良しだったの。学校帰り、休みの日。毎日いっしょに遊んだ。その時にふと思った。ああなんてネコって自由なんだろうって。だからまなみも自由に生きてやろう、この
ゆうきは言った。
「ネコ語忘れてるよ?」
「というわけでこのまニャみ様が! ゆうき君のために恋をかニャえてあげるのニャ! ニャフー!」
鼻息を吹いた。
「あ、ありがとう……」
ゆうきはお礼を言った。
二人はキッチンに来た。
「どうしてキッチンへ?」
「料理をするからニャ」
「料理?」
「そう。ほら」
エプロンを渡した。
「いい? 世のだんニャさんが奥さんに求めているものは、ニャんだと思うニャ?」
「お小遣い!」
「そう、愛妻弁当だニャ! 仕事に行く前、誰しもが行きたくニャーいって思うニャ。そこに、奥さんの作った愛妻弁当がやってくると、だんニャさんの心は救われるわけニャ! そして、家に帰ったあとも、あたたかニャ手料理を振る舞うことで、一日の疲れをぶっ飛ばすことができるわけニャ!」
「な、なるほど……」
「つまりどういうわけか、わかるニャ?」
「つまり、料理は愛する人を救う。これはもっと愛情が深まる瞬間!」
「はニャしが早いニャ! さっそくなにか作るニャ!」
「でも僕料理できないんだ……」
ゆうきはガッカリした。
「ニャにーっ!!」
まなみはがく然とした。
「しかたないじゃないか! 元は男の子。ひとし君のことこんなに好きじゃなかったんだから!」
「それもそうニャ。男子厨房に入らずとも言うしニャ」
しらーっと見つめてくるまなみ。
「ニャら。修行ニャ!」
「え!?」
「さっき師匠って呼んだニャ?」
「おっす!」
ゆうきは意気込んだ。
「まずはおみそ汁を作るニャ!」
まなみは鍋をコンロに置いた。
「どうやって作るんですか!」
「まず具を切るニャ!」
ゆうきは包丁を持つと震えた。
「ぼ、僕実は先端恐怖症なんです……」
「そんニャの通用しニャいニャ! 野菜や豆腐を切らニャい限りは、みそ汁ニャんてできニャいニャ!」
「ひい〜!」
ゆうきは目をつむり、両手で掴んだ包丁を思いきってまな板に振りかざした。
「ちょっ、それ危ない!」
まなみが止めた。
「なに考えてんのバカ! 包丁はね、そうやって人殺しみたいに使うんじゃないわよ!」
「す、すいません……」
まなみは手本を見せた。
「もう……。こうして包丁を持っていニャい片方の手はネコの手にして、包丁のおしりの部分をやさしく落とすようにしてトントンってしていくニャ」
まなみは、ネギを丁寧に切っていった。
「へえー!」
「とりあえず、包丁はやるから、君はお米を洗うニャ」
「ラジャー!」
ゆうきは、炊飯器とにらめっこしていた。
「うーん……」
「ニャにを考え込んでいるニャ?」
「ご飯ってどう炊くんだっけ?」
「ニャホー!」
まなみは呆れて後ろにひっくり返った。
「二合炊くから、まずお米を計量カップいっぱいに二杯入れる! そしたら水で二回洗って流したらまた水を入れる! 炊飯器にセットすれば完成!」
全部やってしまった。
「そうやるのか……」
「お米も炊けニャいニャんて、君はどれだけ厨房に来たことがニャいニャ!」
みそ汁がグツグツと煮えてきた。
「さあ、みそを入れるニャ」
合わせみそを渡してきた。
「ええ!?」
「なにをそんなに驚いているニャ?」
「だだ、だって〜。僕、実は火が苦手で……」
(こいつ元々女らしい性格してんのな……)
心の中でまなみは思った。
「愛する人に料理を食べてもらうんでしょ? だったらそんニャこと、ニャんてことニャい!」
ゆうきはメラメラと燃えるガスコンロ、グツグツと煮える鍋を見つめた。その鍋の中に、愛おしいひとしの顔が映った。
「よーし!」
ゆうきは決意した。熱々の鍋なんか恐れている場合じゃない。愛おしいひとしのために、料理を振る舞うんだ!
「そして! 彼のハートを掴んでやるんだ! 本気で恋したわけじゃないけど!」
みそを入れたおたまをボシャンと勢いよく入れた。
「あっつ〜!!」
そのせいで鍋の中の熱湯が跳ねた。
「勢いよくおたまを入れるから……」
まなみは呆れた。
「なんだかんだでできた!」
みそ汁ができた。ご飯も炊けた。
「これが、僕の作ったみそ汁とご飯……」
茶わんとおわんに入れたご飯とみそ汁を見て感激するゆうき。
「いや、ほとんどまニャみがやったと思う……」
「まあでもこれは、今晩のまニャみとパパママのご飯ニャ」
「え、この二品だけ?」
「まさか。ママがおかずを用意してくれるニャ。ご飯とおみそ汁は、まニャみの担当ニャ」
まなみはウインクした。
「来週あたり、確かお弁当の日ニャ。愛おしい人のために、作ってきたらいいニャ」
「来週……」
その話を聞いて、ゆうきはまなみの家をあとにした。
そして翌週の月曜日。この日だけはお弁当の日。みんな家族に作ってもらったおかずを突いていた。
「ひとしくーん! お弁当作ってきたよ?」
ゆうきはひとしにお弁当箱を渡した。
「いや、俺も持ってきてるから……」
「そんなこと気にしないで。中学生は食べ盛りなんだからさ。ほら、開けてみて!」
「い、いいよ。お前が食えよ」
「僕もお弁当作ってもらったから……」
モジモジしながら自分のお弁当箱を開けた。
「俺も持ってきてるんだよ!」
ひとしはムッとした。
「開けりゃいいんだろ開けりゃ!」
渋々、ひとしはゆうきの持ってきたお弁当箱を開けた。
「げっ!」
ギョッとした。中身はモザイクをかけたほうがいいくらいの、見てはいけないようなものだったから。
「ひとし君に愛をたっぷりたっぷりたーっぷり込めて作ったんだよ? あーんして食べさせてあげよっか?」
「い、いるかこんなもん!」
青ざめているひとし。
「ニャニャー! お弁当だニャ。どんニャのどんニャのー?」
まなみもゆうきのお弁当を覗いてみた。
「うえ……」
顔を青ざめた。
「あんたねえ! どうしたらこんな気持ち悪いもの作れるのよ!」
「う、うう……」
ゆうきは目をうるうるさせた。
「二人ともひどいよ。僕、徹夜して一生懸命作ったのに……。ママにも教えてもらいながら……」
「母さんに教えてもらってこれか……」
唖然とするひとし。
「ひとし君!」
声を上げるまなみ。
「ゆうき君が一生懸命作ったお弁当を、食べてあげニャいニャんてひどいニャ! 食べるニャ!」
「は!?」
「まニャみ思うよ? 誰かのために作ったものを、粗末にするのはよくニャいって……」
「お前もさっきさんざんなこと言ってたじゃねえか!」
「つべこべ言わずに食べるニャ!」
まなみはひとしに無理やり箸を持たせ、モザイクのかかったおかずを口にさせようとした。
「や、やめろ〜!」
抵抗するひとし。
「食べるニャ〜!」
「待って!」
手を前に出すゆうき。
「僕があーんさせる!」
「はい!」
まなみは箸を渡し、ひとしが逃げないように、肩を押さえた。
「はい、あーん♡」
ゆうきはモザイクのかかったおかずを彼の口に誘導した。
「や、やめてくれ〜!」
無理やり食べさせられたあと、ひとしは気絶して、保健室で放課後まで寝込んだらしい。
ひとしは目を覚ました。
「あれ? もう夕方か?」
窓の外から差し込むオレンジ色の光を見て思った。
「そうだ。俺確かあの得体の知れないものを食わされてそれから記憶があいまいで……」
「ひとし君?」
ふと目の前にいる人物に気づいた。ゆうきだった。
「よかった……。目を覚ました!」
ゆうきは涙して、彼に抱きついた。
「うわあああ!!」
ひとしが悲鳴を上げた。
「よかった! よかったあ!」
「だ、抱きつくなあ〜!」
必死で抱きつくゆうきと、必死で離れようとするひとし。まなみは、保健室の入り口から二人をこっそり覗いていた。
「それにしても、あの得体の知れないものをどうにかしなければ……」
まなみはあごに手を付け、考えた。
また次の土曜日。まなみはゆうきを家に呼んで、料理の特訓を始めた。
「今日はビシバシいくニャ!」
「あ、あの僕なんかしました?」
「したわよ! あんなモザイクだらけのやばいの見てなにも思わないわけ!?」
「え、ええ!?」
驚くゆうき。
「今日はネコキャラやめて、素のままで、君に特訓してあげるわ!」
まなみは取り付けていたネコ耳としっぽを取った。
「え、あ、取れるんだ」
「当たり前でしょ! さあ、今日はまたみそ汁作るわよ!」
「えー?」
まずは野菜を切るところからだ。
「だからネコの手をしなさいって言ったでしょ! なんでいちいち両手で持って、オノ振り上げるみたいにしてんの!」
「ごめんなさーい!」
続いてアク取り。
「あわわ……。お湯が跳ねるのが怖い……」
「さっさとアクを取る! アク取りしないと、おいしくならないのよ!」
「は、はい〜!」
ゆうきはササッとアク取りを完了させた。
「それができたら次は合わせみそを入れる!」
合わせみそを渡した。
「や、やっぱり火が怖いよ……」
「愛おしい人のために料理を振る舞うんでしょ?」
じーっとにらんでくるまなみにゾッとするゆうき。
「だったら! さっさと合わせみそを入れなさいよ!」
「は、はい〜!」
合わせみそをササッと入れた。
なんやかんやあったが、みそ汁は完成した。
「ふう……」
額の汗を腕で拭うゆうき。
「じゃあ次はお米を炊くニャ!」
「あ、じゃあ楽だね」
「お米は炊けるようになったかニャ?」
「前にお弁当作りでママに教えてもらったよ。それよりもうスパルタじゃないんだ。元のネコキャラに戻ったんだね」
ゆうきは安心した。
「ううん。これは休憩。というか今うちは炊飯器が壊れていて…………」
目をキッとさせて、
「羽釜で炊くようになってんのよ……」
鬼のような表情でゆうきをにらむまなみ。ゆうきは背筋を凍らせた。
「あれれー?」
ゆうきはコンロのスイッチを回し続けていた。
「おかしいぞー?」
「どうしたのニャ?」
「スイッチ回しても火が付かないんだよ」
「そういう時は着火マンを使うニャ」
着火マンを渡した。
「ありがと」
「あ、待って! その前に、元栓を開けニャきゃ。つまみを縦にして」
まなみは元栓を開けた。
「そのあと着火マンだね」
ゆうきは着火マンの火を付けて、コンロに近づけた。
「やめて!!」
ドッカーン!! 開いた元栓に着火マンの火が近づき、まなみの家は爆破してしまった。
なにもなくなって荒れ地と化した場所で、ゆうきとまなみは黒こげになりながら、呆然としていた。
「あ、あはは! 料理のできあがり〜」
苦笑いするゆうき。
「そうだよ! これだよ! 熱々でこんがりした今の僕自身が、料理そのものなんだ。まなみちゃん、ありがと!」
まなみの肩に手を置いた。その時、まなみがヌーっとこちらを見つめてきた。まるで鬼のような顔をしていた。ゆうきはギョッとした。
「ぼ、僕一旦家に帰って、ママに相談してみるよ……」
ゆうきは逃げた。まなみは追いかけた。
「待たんかいコラァ!!」
「ひやあああ!!」
二人は住宅街の中を、真っ黒こげになりながら走った。
「待たんかいコラァ!!」
「ひやあああ!!」
「待たんかいコラァ!!」
「ひやあああ!!」
「待たんかいコラァ!!」
「ひやあああ!!」
夕方になっても夜になっても、いつまでも二人は住宅街の同じところをぐるぐる回り続けているのだった。
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