7.魔法のない一日
第7話
朝、大学。
「おはようゆき」
まきがあいさつしました。
「おはようございますまきちゃん」
「その敬語やめてくれない?」
「ええ?」
「いや、なんかその……。僕たち友達なんだしさ、フレンドリーな話し方でいいかなって」
「あ、その!」
あわてて答えました。
「あ、あたしのお母さんが生け花とか茶道を教えていて、昔から上品さを学ばされていたんです」
「あ、親の影響か」
「ですね……」
「まあ、別になんとなく気にしてただけだから、直そうとしなくていいよ。でもおかしいな。家柄なら、僕のほうが栄えていて負けないはずなのに、上品さがまるでないのはなぜ……」
「そ、そんなことない……ですよ!」
「一瞬固まったでしょ!」
「固まってない固まってない!」
手を横に振るゆき。
「あらお二人さんお揃いで」
誰かが声をかけてきました。
「おはよう」
「おはようございます」
まきとゆきはあいさつしました。
「おはようございますですわ」
声をかけた人があいさつしました。
「……」
まきとゆきは黙然として、
「みきいいい!?」
驚きました。声をかけてきたのは、みきでした。
「なんでこんなところにいるの! 誰でも来ていいところじゃないんだよ?」
肩を揺らしてくるまき。
「は、早く教授に見つかる前に、出ていったほうがいいですよ?」
「お二人とも落ち着きなさいな! わたくし、昨日試験を受けて、合格しましたの。今日から晴れて、大学生になりましたのよ?」
しらけ目をするまきとゆき。
「人のことそういう目で見てこないで!」
「またどうして突然? あんた、高卒も取ってなかったじゃない」
「それは一週間前に取得致しました」
「じゃあなぜ?」
ゆきが聞くと、みきは説明をしました。
一週間前のことでした。いつものように、みきは朝からほうきで空を飛んで、通勤通学ラッシュを上から眺めていました。
「へっ。リア充にぼっち、社畜どもめ。存分に満員電車を堪能するといいですわ……」
ほくそ笑んでいました。
すると、上から稲妻が落ちてきて、しびれてしまいました。みきは、そのまま消えてしまいました。
気がつくと、家のソファーに座っていました。驚いてキョロキョロしていると、両親が来ました。
「さっき稲妻を落としたのは、パパの魔法だ」
「ママとパパから、みきさんに言いたいことがあります」
「はいはいなんですの? どうせ洗濯取り込んでとか、食器洗っといてとかでしょう?」
耳の穴をほじっていると、
「そろそろ大学に行きなさーい!!」
両親に揃って怒鳴られました。
「毎日毎日魔法を使って遊んでばかり! ママね、みきさんにはちゃんと就職して、まじめに生きてほしいと思っています!」
「パパもだ。みき、お前ももう二十歳だ。そろそろ現実を見て、高卒認定試験を受けて、大学に行って、就職をしてくれてもいいんだよ」
「いや、魔法使いというのが現実ですけど?」
「もちろん。パパたちは先祖代々魔法使いだよ? でもね、遊んでばかりいるわけにはいかないんだ。魔法はね、時代が進むに連れて、いつか使えなくなるかもしれないんだよ?」
「要するに、スマホが普及して、ガラケーが使えなくなるかもしれないことといっしょです」
「いや、魔法ってガラケーみたいなものなの!?」
「とにかく、高認を取って、大学に行きなさい。みきのためを思って言っているんだ」
というわけで、泣く泣く高認を取らされて、大学に入学させられたわけです。
「へえー。大学って、広いんですのね」
みきは、まきとゆきに校内を案内してもらい、広さに感心しました。
「最初は迷子になるかもしれないから、僕たちといっしょがいいかもね」
「ねえ、あれはなんですの?」
ある一室を指さしました。
「物置き部屋ですね」
「これだけ広いんですもの。なにかおもしろいものがあるはずですわ!」
物置き部屋のドアを開けました。
「あ、こらみき!」
開けると、仲で男女の学生同士が、お楽しみの最中でした。すぐにドアを閉めました。
「だ、大学では、こんなところで接吻をする人が……」
「いないわ!」
ドキドキしているみきに、まきとゆきはツッコみました。
講義が始まりました。始めは広い教室で大きなスクリーンに映し出される映像に感激していたみきでしたが、だんだんと眠気がしてきて、退屈になってきました。
「こうなったら魔法でこんな講義……」
と、懐に手を回しました。
「ちょっと! 魔法なんて使わないでよこんなところで」
小声でまきが注意しました。
「やりませんわよ」
「それでよろしい」
「だって、魔法の杖ないんですもの」
「そう」
と、うなずいて、
「えー!?」
大声を上げました。学生たちと教授がまきに顔を向けました。まきは照れてうつむきまました。
「なにもそこまで大声出さなくても」
と、みき。
「な、なにがあったんですか?」
こそっと、ゆきが聞いてきました。
「わたくし、両親から魔法の杖を持つと絶対大学なんて続かないと思わないからって、没収されていますの」
「えっ!」
ゆきも驚きました。
「あんた、本格的にシメられてるみたいだね」
まきとゆきは苦笑いしました。みきは、机にぐったりしました。
サークル活動が始まりました。
「大学には、サークル活動と言って、部活みたいなのがあるんだけど、みきは入る?」
「そんなめんどくさいもの入りませんわ」
答えに呆れるまき。
「ゆきさんはなにか入ってらっしゃるの?」
「入ろうと思ったんですけど、どれも合わなくて、入ってないんです……」
「じゃあわたくしも入りませんわ」
「一応見るだけ見たら? 初めてなんだし。僕テニスやってるから、ゆきもついでにおいでよ」
というわけで、ゆきとみきは、まきの通うテニスサークルへと向かいました。
「まあ、ひたすらテニスをするだけのところだけどね」
テニスコートで、サークルのメンバーがそれぞれテニスをしていました。
「中には、町内とか全国の大会に出る人もいるんだけど、僕は出たことないんだ」
「えっ、出たことないんですか?」
「うん。だって、体力つけるために来たわけだしね」
「体力を?」
と、みき。
「母さんが、大学時代はあんまり運動してなかったって言ってたから、僕は運動したいなって思ってさ」
「なるほど……」
ゆきは、自分のお腹に触れました。
「テニスねえ。わたくし、テニスなんて運動はしたくありませんわね」
「じゃあなにがいいの? 卓球? それともバトミントン?」
みきは言いました。
「缶蹴り鬼。あれ強かったんですのよ!」
まきとゆきは唖然としてコケてしまいました。
帰り道。みきとゆきは、いっしょに歩いていました。まきはサークル活動中でした。
「そうだ! あたし、バイトをしていまして」
「バイト?」
「そう。サークルがダメなら、バイトをすればいいんですよ」
公園のベンチで、ゆきは求人広告を広げました。
「今あたし、このスーパーで品出しやってるんです」
「へえー。あなた、品出ししてましたのね」
「はい! 人とかかわらなくていいかつ、忍者なのですばやい身のこなしを活かしていけて、一石二鳥ですものね!」
胸を張って言うため唖然とするみき。
「他にも、喫茶店とか、動物園とか、農園とか。大学生なら、喫茶店でホールかキッチンが理想ですね」
「ふーん。求人なんて、初めてまじまじと見ましたわ」
「みきちゃん、喫茶店でホールとか似合いそうだけどな……」
「へ?」
「あ、な、なんかしゃべり方上品だし、立ち回りもよさそうですし!」
みきは、自分が喫茶店で働いている想像をしました。猫耳を付けて、メイド服で「ご主人様♡」なんて言っている姿を。
「おえ〜。わたくしにご奉仕は似合いませんわ」
「え?」
「パパとママは大学に行けとおっしゃいました。バイトもサークルも必要はありません」
と言って、立ち上がりました。
「で、でもお金が貯まりますよ?」
「そんなの魔法でどうにかこうに……」
と言おうとして、詰まりました。
「魔法が使えないなら、なおさらです! 勉強だけじゃなくて、もう一つ始めてみませんか?」
みきは、ゆきに体を向けました。
翌日。
「バイトを始めましたわ」
まきは目を丸くしました。
「ほ、ほんとなんです……」
と、ゆき。
「えー!」
仰天するまき。
「バパとママと同じ反応をしていますわね」
「なんでまた?」
「あ、あたしがサークルがダメならバイトはどうかなって勧めたら、魔法も使えない今の現状を把握したのか、始めたみたいです」
「そっかー。おめでと、みきでも受かるんだね!」
「どういう意味ですのそれは?」
まきをにらみました。
「まっ、当然じゃありませんの。だって、面接したバイト先には、ゆきさんがいますもの」
「へ?」
まきは、ゆきの顔を見ました。ゆきがうなずきました。
「あたしと同じバイト先ならオッケーしたんです……」
「は、ははは……」
まきは苦笑いしました。
「今日から週三日勤務ですわ。ゆきさんとシフトを合わせたから、いっしょにがんばりましょうね!」
ゆきが微笑みました。
「は、はい!」
みきの笑顔に、なんとなく安心するゆきでした。
「大丈夫かな?」
と思うまきでした。
夕方五時。バイトが始まりました。
「似合ってますよ、みきさん」
みきは、ゆきに職場のエプロン姿をほめられました。
「この時間、特にお客さんが出入りするので、がんばってくださいね。最初はあたしがいっしょにつくので、よろしくお願いします」
「最初だけじゃなくても、これから大学卒業までずーっとい続けましょ?」
唖然とするゆき。
「おい新人! さっさとこれ運べ!」
男性社員が怒鳴ってきました。
「なんですって!?」
怒鳴り返すみき。
「す、すみません! 今運びますので。ほら、みきちゃんも行きますよ?」
「はあ? あんなやつの言うこと聞き入れますの?」
「いいから!」
みきは、いつもは見せない厳格なゆきの表情に少し驚き、男性社員に指示された仕事を行うことにしました。
始めに行う仕事は、商品の陳列でした。
「あーあ。こんなのなにが楽しいんですの?」
くたくたのみき。
「魔法があれば、秒でおわりますのに……」
反対に、ゆきはてきぱきとこなしていました。一キロのお米さえ、両手で軽々と持ち運んでいました。
「おい、次はこれとそれとあれやれよな?」
男性社員が指示。
「はい!」
「タラタラ仕事してんじゃねえぞ? おい新人!」
「わ、わたくし?」
「なにボサっとしてんだよさっさと動けや!」
ムッとするみき。
「ほらみきちゃんこれ運んでください!」
台車に載せた商品を運んでくるゆき。男性社員は、去っていきました。
「あっかんべー」
と、みきは去っていく男性社員にしてやりました。
「あの、すみません」
商品を並べている最中、みきはお年寄りのお客さんに話しかけられました。
「すみませんが、ドレッシングはどこにありますか?」
「冷蔵庫ですわ」
「いや、そういうことじゃなくて、どこに売られていますか?」
「スーパーかコンビニですわ」
「だからそうじゃなくて……」
困り果てるお客さん。そこへ、
「ドレッシングはここから左に曲がった先にあります!」
ゆきが教えました。
「ありがとうね」
お客さんは教えられたところへ向かいました。
「みきちゃんダメですよ! あんなところでボケてちゃ」
「いや、商品の場所がわからないんだから、ボケるしかないと思ったんですのよ!」
「そういう時は、わかる人を呼びますのでお待ちくださいって言って、あたしか他の先輩を呼べばいいんです!」
「ああ」
納得しました。
バイトの時間は三時間。帰るのは二十時頃でした。
「はあ……。疲れましたわ」
「お疲れ様です」
「ああ、魔法が使えたらなあ」
「でも、しかたありませんよ。没収されているなら」
「にしてもなんなんですのあのおっさん! わたくしに向かってあの態度はなくてよ?」
イライラするみき。
「あの人、職場できらわれてる人で、特に新人いじめがひどいんですって。だから気にするなって、パートの方にも言われました」
「あんな人にいじめられながら、ずっと働いているわけですの? あなた、よっぽど悪い趣味をしてらっしゃるのね」
「しかたないですよ。それが、働くってことなんですから……」
みきは、それ以上はなにも言いませんでした。ゆきの背中を見ると、なにも言えなくなったからです。
こうして、みきは大学生活もバイトもなんとか続けていくことができたわけです。しかし、時折魔法のことが恋しくなる日もありました。しかし、両親の手によって、魔法の杖は隠されているのです。台所を探っても、トイレを探っても、押し入れを探っても、床下、天井裏を探っても見つかりませんでした。
「あった!」
ついに、テレビの裏で魔法の杖を見つけました。
「と思ったら、ただのゴボウでしたわ!」
そうまでして魔法を使わせたくない両親でした。
一ヶ月経ちました。
「あー……」
みきは、やつれていました。
「ねえみき、一つだけ聞いてもいい?」
まきは聞きました。
「なんで毎日ゴボウを手にしてるの?」
みきは、ここ毎日ゴボウを片手にしていました。
「マホ? これは魔法の杖ですマホ? まきさん、勉強とテニスのしすぎで頭がおかしくなってしまったマホ?」
「いや、おかしくなったのあんただろ!」
「みきちゃん、大好きな魔法が使えなくなっておかしくなってしまったのでは……」
心配するゆき。
「これは重症だな。どうする? 僕たちでみきの家に行って、両親に説得してみる?」
「で、でもみきちゃんの家はお金持ちと聞いたことがあります。みきちゃんのような上品な方が住まうお家に、わたくしたち凡人が行けるはずありません!」
「言っとくけど、僕の家もそれなりに民度高いからな?」
「それはともかくして、今日バイトなんですよ」
「ええ? じゃあ、みきあんな状態で仕事なんてできないじゃん」
「マホ〜! マホ〜!」
みきは、まわりから腫れ物を見る目で見られていました。
みきとゆきの通うバイト先では、いじわるな男性社員がため息をつきながら、品出しをしていました。
「あんた今ため息ついたわね?」
「え?」
振り向くと、そこに黒髪の少女が。彼女が持つ光線銃に、撃たれてしまいました。
どうすることもできず夕方になりました。みきはずっと「マホマホ」言ってばかりです。魔法が使えないせいで、禁断症状が出てしまったのです。
(どうしよう……。なんともできないまま、バイト先に来てしまった)
バイト先の店内に入った時でした。
「ぐおお! こんな仕事むちゃくちゃにしてやるーっ!」
いじわるな男性社員が鬼のような見た目になり、店内で暴れていました。
「こ、これは! まきちゃんに連絡しなきゃ!」
みきは、まきに悪のエネルギーにやられた人が現れたことを連絡しました。
「みきちゃんは魔法の杖を取りに行って!」
「マホ? 魔法は隠されて使えないマホ」
「そんなことありません! あなたの両親だって、あなたを大学へ連れて行くためにやむを得ず魔法を使ったんですから。あなたもやむを得ず使うと説明すれば、いいはずです!」
ゆきは微笑みました。みきはぼーっとしていましたが、すぐさま家に帰り、両親のところへと向かいました。
「今バイト先で事件が起きて、またのちほど説明しますけど、魔法が必要なんです!」
その一言だけで、
「いいだろう」
「いいでしょう」
両親は許してくれました。魔法の杖をゲットしました。みきは久方ぶりに触る感触に、涙しました。
バイト先に戻れば、まきとゆきが鬼になったいじわる社員と戦っていました。
「わたくしも!」
みきは、魔法の杖に念を込めました。
「わたくしの力をみなさんに! マジカルバワー!」
叫ぶと、魔法の杖から光を放ち、それがまきの持つ光の剣と、ゆき自身に降り注がれました。
「なんだか知らないけど!」
「力が湧いてきました!」
まき、みき、ゆき。三人は並んで攻撃の体制に移りました。
「悪のエネルギー、浄化されよ!」
三人同時に発し、
「光の剣!」
まき。
「魔法の杖!」
みき。
「忍法!」
ゆき。
三人の力が一つとなり、光を放ちました。その光は鬼となったいじわる社員へ注がれて、元の男性社員に戻りました。彼は、床に散漫した商品の中でねむっていました。
「なに、今の?」
と言って、ダイヤは立ち去りました。
翌日。
「大学もバイトもやめましたわ」
「もったいないね」
「大卒は就職に有利になりますよ?」
「わたくしには、魔法がありますもの」
「親は許してくれたの?」
「ううん。秘密にしてありますわ」
「ええ?」
呆れるまきとゆき。
「だって、そうでもしないと魔法の杖をまた取り上げられて、禁断症状が出てしまいますもの」
「あっそ。じゃあ好き放題魔法で人生楽しみなさいな」
と言って立ち去るまき。
「いいですね、魔法があって」
と言って立ち去るゆき。
「お、お待ちになって!」
みきは、二人の肩につかまりました。
「あなたたちいてこそも……なのよ?」
少し照れながら言いました。
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