6.拙者、歌舞伎モンスターでござる!

第6話

近頃、ゆきが胸をときめかせているものがありました。それは、歌舞伎です。

「見てください! 今週の土曜日、市川蟹蔵いちかわかにぞうさんが歌舞伎座で公演をするみたいなんです! そのチケットを無事ゲット致しました!」

 チケットを掲げるゆき。

「よ、よかったね……」

 と、まき。

「歌舞伎なんて、なにがいいんですの? わたくしは、もっとこう優雅に乙女らしく、ミュージカルですわよ!」

「いや、それも結構渋いと思う……」

 唖然とするまき。

「今時ならさ、二・五次元じゃない?」

「まきさん、なんですのそれ?」

「アニメ作品をミュージカル風にした感じのかな。イケメンが出てるから、女子に人気高いんだよ?」

「まきさん、イケメンが好みですの?」

「あたし、割と男の子みたいなしゃべり方してるので、女の子が好きなのかと……」

「なんで二人して物珍しげに僕を見るの!」

 ムッとするまき。

「それはともかくして……。実は、チケットお二人にも用意してあるんです!」

 二枚掲げました。

「えー!?」

 驚くまきとみき。

「今週の土曜日は、よろしくお願いしますね」

 と言って、スキップで去っていきました。

「どうしよう……。僕ほんとに歌舞伎なんて興味ないんだけど」

「わたくしもですわ。まさか! まきさん、わたくしを差し置いて、一人来ないなんてことは、なくってよ?」

「な、なんて人聞きの悪いこと言ってくれちゃってんの!」

「まきさんのことですもの。ドタキャンもありえると思いましてね」

「そういう君もあやしいもんだ」

 二人はにらみ合いました。

「ていうか僕、二・五次元どころか、舞台自体興味ないんだよなあ……」

 ため息をつきました。

「あら、そうだったの? まあわたくしも、ミュージカルに興味ありませんけどね」

「なんで? みきは興味ありげだったじゃん!」

「小さい頃、両親に連れられていただけです。だから、女の子が観る舞台は、ミュージカルとばかり、思っていたのですわ」

「は、はあ……」

「とにもかくにも! わたくし、歌舞伎なんて行きたくありません」

「まあ、それは同じく……」

「大学に歌舞伎が好きな人、他にいませんの?」

「ええ? 知らないよ!」

「あなたは大学でサークルにも所属しているのでしょう? だったら、一人二人、歌舞伎が好きな人がいるって知っていてもおかしくなくてよ?」

「いやいやいや! そもそもそんな趣味が合わない人と話さないから! 僕はね、そりの合う人としか話さないの」

「でも!」

「あーもうわかったわかった! 探せばいいんでしょ探せば?」

 まきは呆れながらも、ゆき以外の歌舞伎好きな人を探すことにしました。


 翌日、サークルがありました。

「とは言うものの、僕の所属するサークルはテニス。歌舞伎なんて古典芸能を好む人がいるはずがないんだよなあ……」

 と思っていたら、

「雑誌!?」

 すぐそこのテーブルに、歌舞伎の雑誌が置いてありました。それをすぐさま持って、ペラペラとめくりました。

「まさか……。ここテニスサークルにも、歌舞伎マニアがいるってこと?」

 キョロキョロしました。いる気配がしません。みんな、ただのテニス好きなリア充にしか見えません。

「うーん……」

 まきは、考えました。この雑誌の持ち主は誰なのか、探ってみることにしました。


 あれから一時間経ちました。テーブルの下に隠れて、現れるのを待っているのに、一向に雑誌の持ち主は現れません。にぎやかだったサークルは、静かになっていました。

 まきは、テーブルの下でうずくまって寝ていました。

 ふと、出囃子が流れてきました。まきはそのメロディで目が覚めました。

「あっ拙者があ、石川五右衛門でござる〜!」

 歌舞伎のようなしゃべりが聞こえてきました。まきは、そーっとテーブルから顔を覗かせました。

(いたーっ!)

 雑誌を片手に演技をしている男子。彼が、歌舞伎マニアでしょうか。

「痛っ!」

 まきは、思わずテーブルに頭をぶつけてしまいました。男子はびっくりして、CDをすぐ止めました。

「痛た……」

 まきは、テーブルから出ました。

「あ、え……。い、いたんですか!」

 男子学生が声を上げました。

「ねえ君、落語……じゃなくて歌舞伎好きなの?」

 男子学生は呆然としました。

 まきは、すぐにわけを話しました。

「そ、そうなんですか! 俺と同じ、歌舞伎マニアがいるんですね」

 喜びました。

「俺、歌舞伎マニアのせいじ。テニスサークルにいるのは、リア充になりたいからなんです。まったく成果ないけど……」

 せいじは照れ笑いをしました。まきは苦笑いしました。

「でさ、君に頼みがあるんだけど」

「は、はい?」

「その歌舞伎マニアの子とさ、デートしてくれない?」

 せいじは顔を赤くして茹で上がりました。

「な、ななな!?」

「あ、えっとつまりさ、その……。歌舞伎マニアの子、僕の友達なんだけど、正直歌舞伎好きじゃないから、どうせなら好きな者同士で行くのがアリかなと思って」

「これまでの人生! 女の子と話したことも! 顔さえ合わしたこともなかった俺が!この歌舞伎マニアの俺が! デートですかあああっ!!」

 覚醒しました。

「な、なんだこいつ?」

 呆れるまき。

「はい落ち着いて落ち着いて!」

 とりあえずげんこつしてやりました。せいじは落ち着きました。

「まあまずは、お互い顔を合わせてほしいから、今から時間ある?」

「ち、ちょっと待ってください。今このスケジュール帳を確認しますので」

 せいじは、スケジュール帳にアルバイトがないかなど、予定を確認しました。

「ありまする!」

「じ、じゃあ今からその友達も呼ぶから、喫茶店で落ち合おうよ」

「はい!」

 返事が元気だと思うまきでした。


 みきは、三時間アルバイトをしているため、喫茶店に三人が集合したのは、夜の八時でした。

「みきに頼まれ……じゃなくてゆきが同じ歌舞伎マニアとならうんと楽しめるだろうなと思って連れてきた、同じサークルのせいじ」

 まきが紹介する。

「せ、せいじじじです! よ、よよよ、よろしくお頼み……もしもし!」

 緊張のしすぎでおかしくなっているせいじ。

「あ、えっと……。ゆきですどうも」

 照れるゆき。

「落ち着けこの!」

 げんこつすると、せいじは落ち着きました。

「ゆき、よかったね同じマニアがいて。当日はせいじといっしょに楽しんでね。それじゃ!」

 席を離れようとした時でした。

「ええ、それは困る!」

 と、ゆき。

「はあ?」

「あ、いや! つまり、なんていうかその……。チケット三枚あるし、二人だけだと、一枚損したなって感じじゃない?」

「いや、まあそこは返品するなりなんだりしていいんじゃないすかねえ」

「いや、これ返品不可なんですよ!」

 まきは当惑しました。

「当日僕かみきが風邪でも引いたらどうするの! チケットが無駄になったとか言ってられないでしょ?」

「そうなったらまきちゃんの親かみきちゃんの親が来てくれればいいです!」

「なんで僕とみきの親が来るの!」

「あ、なんなら風邪引いたまま来てもいいですよ?」

「いやそれアウトでしょ!」

「あ、あの!」

 せいじが声を上げました。

「お、俺来なくてもいいです。アルバイトもしなくちゃいけないし」

 席を離れました。

「そんな!」

 まきが止めようとするも、せいじはなにも言わずに去っていきました。

「あっ、お代は俺の分は自分で出しますんで。それでは」

 お会計を済ませると、喫茶店を出ていきました。なんだか申しわけない気持ちになるゆきでした。


 研究所。りこは、得意な料理がありました。それはカレーです。いつもはコンビニか外食、出前で済ませることが多いのですが、最近太ってきたと感じたため、手作りのカレーを作ってみたのでした。

「ダイヤ、お前はいいね。充電だけで生きていけるんだから」

「ねえりこ。いつになったら、あたいのことと、悪玉菌エネルギーのこと世間に公表するの?」

「うーん……。とりあえず、私が納得いくまでかな」

 と言って、カレーを皿に盛りました。

「なによそれ?」

 ほおがふくれるダイヤ。

「カレーのできあがり。いただきまーす!」

 食べました。

「うええ……」

 吐き出しました。

「どうしたのよ?」

「カレーは混ぜたらなんでもおいしくなるって聞いたのに、パック一杯のいちごミルクを入れたらまずくなった……」

 りこはムッとして、

「えーい! 出前もめんどいから、今夜はカップ麺じゃーい!」

 カップ麺にお湯を注ぎました。

「やれやれ」

 肩をすくめるダイヤでした。


 早朝、ダイヤは一人で河原沿いの道を歩いていました。歩いていると、前から誰か走ってくるのが見えました。

 せいじがジョギングをしていました。

「今はこんなでも、いつか世界を股にかける歌舞伎俳優になってみせる!」

 意気込んで、昨日の喫茶店での出来事を思い出しました。走るのをやめました。

「今は、こんなでも……」

 うつむきながら、立ちすくんでしまいました。

「うふふ! 悩んでいるように見えるわね」

 せいじは顔を上げました。

「な、なんだ君は! まだ朝の六時だぞ?」

「歌舞伎俳優になりたいなら、させてあげるわよ!」

 悪玉菌エネルギーの入った銃、悪トルを突きつけました。

「うわあああ!!」

 せいじは、悪トルに撃たれてしまいました。

「歌舞伎モンスター! 見参〜!」

 せいじは、悪玉菌エネルギーで、歌舞伎役者のような格好になりました。


 大学の中庭で、カップルがお互いのシェイクを交換しあっていました。

「歌舞伎モンスター! 見参〜!」

 歌舞伎モンスターが現れました。

「なんだお前?」

「歌舞伎サークルなんてあったかしら?」

「歌舞伎ビーム!」

 歌舞伎モンスターは、目からビームを放ちました。

 すると、カップルが歌舞伎役者のような格好になりました。

「いやはやこれはどういうことだあ!?」

「わからぬ〜!」

 歌舞伎役者のようなしゃべり方で当惑するカップル。

 歌舞伎モンスターは、歌舞伎ビームで、たくさんの人を歌舞伎役者にしていきました。

「発車しまする〜!」

 バスの運転手。

「そこのじいさま! 拙者が手荷物を運んで差し上げまする〜!」

 お年寄りにやさしい好青年。

「おはようございまする〜!」

 校長先生にあいさつする小学生。街中の人たちが歌舞伎役者に変ぼうしました。

「ええ……」

 まきは、街中の人たちが歌舞伎役者みたいになっているのに、呆然としました。

「これは夢? 呪い?」

「悪のエネルギーですわ!」

 みきが、ほうきで飛んできました。

「いつものやつが、街中を歌舞伎色に染め上げていますのよ」

「あ、なるほど。じゃあこれの出番だね!」

 まきは、ネックレスを光の剣に変えました。

「さあ、行くよみき!」

 光の剣に乗り、空を飛びました。

「お待ちなさいな!」

 みきもすぐ追いかけました。

「ゆき殿はおらぬかあ?」

 歌舞伎役者風に探す歌舞伎モンスター。そこへ。

「こらそこの歌舞伎役者!」

 まきとみきが登場。

「街中を歌舞伎色に染めているのはあんたね? なんでもかんでも歌舞伎色にすればいいもんじゃないんだよ!」

「せめて、ミュージカル色にするべきですわ!」

「そういう意味じゃない!」

 ツッコみました。

「まき殿にみき殿〜! 久しぶりだなあ!」

 ポーズとセリフを決めました。

「ゆき殿を! 知らぬかあ!」

「ゆきを探してるの?」

「そんなことより、わたくしたちは、あなたが起こした騒動を止めなくちゃいけませんわ。さあ、攻撃すると致しますわよ?」

 みきは、魔法の杖をからビームを放ちました。歌舞伎モンスターも、目からビームを放ちました。

 歌舞伎ビームは魔法ビームをはね返し、みきに命中しました。

 歌舞伎ビームが命中したみきは、歌舞伎役者になりました。

「わたくし歌舞伎役者になりましたわあ!」

「歌舞伎役者のしゃべりとみきのしゃべりが混ざってる!」

「残りはお主だあ!」

 まきに目を向ける歌舞伎モンスター。歯を食いしばるまき。

「まきちゃーん!」

 ゆきがかけてきました。

「なんか街中歌舞いてますけど?」

「ゆき! 来ちゃだめ!」

 歌舞伎モンスターが、ゆきに向かってきました。

「愛しのゆき殿〜! お待ちしておりましたあ!」

 歌舞伎のポーズを決めました。ゆきが呆然としました。

「拙者、お主のため、世界中を歌舞かせ、二人で歌舞伎の世界を網羅するでありまする〜!」

 最後にポーズ。ゆきは、首を傾げました。

「そんなこと僕が許さないぞ!」

「残るはお主だけ! 歌舞いて見せようぞ!」

 歌舞伎ビームを撃ってきました。まきは、光の剣でバリアしました。

「はっ!」

 まきも、光の剣から稲妻を放ちました。歌舞伎モンスターは、サラリと避けました。

「てい!」

 もう一度稲妻を放つ。避けられる。

「うりゃあ!」

 もう一度。避けられる。そして、歌舞伎ビームが放たれる。間一髪で避けました。

「しまった!」

 運悪く、光の剣を落としてしまい、歌舞伎モンスターの近くに行ってしまいました。

「この剣を使って、歌舞いてみせようぞ〜!」

 光の剣を掲げました。歌舞伎モンスターをにらむまき。

「やめてください!」

 ゆきが叫んだ。

「歌舞伎とは、歌い舞うと書きます。そんな暴力的な方法で歌舞こうなど、意に反していると思います」

 目を丸くする歌舞伎モンスター。

「どんな時も美しくあり続ける古典芸能。そうだと思いませんか?」

 微笑みました。歌舞伎モンスターは目をうるうるさせて、大泣きました。

「俺としたことが! そんなことにも気づかないなんて〜!」

 歌舞伎役者のしゃべり方ではなく、素のしゃり方で泣きました。

「浄化しなくちゃ!」

 まきは、念じ、剣から光を発し、歌舞伎モンスターの悪のエネルギーを浄化しました。

「ええ!?」

 歌舞伎モンスターの正体を知り、驚きました。せいじだったからです。

「もうちょっとだったのに……」

 人んちの庭の木の上から覗いていたダイヤ。舌打ちすると、去っていきました。


 夕方になりました。ゆきとせいじは、二人並んで、公園のベンチにかけていました。

「あ、あの俺! 歌舞伎マニアなんすけど、これまでそういう仲がいなくて、だから大学に来たら歌舞伎以外の得意分野を持とうってテニスを始めて、まあ、うまくいってないですけど……」

「あ、あたしも大学生になったらなんだろ?もっとこうまわりと趣味とかいろいろ合わせようかなってがんばっていたけど、なかなかうまくいかなくて……」

 二人は、夕日のように真っ赤になって、しどろもどろしています。

「あ、あの!」

 同時に声を上げる。

「ゆ、ゆきさんから……」

「いや、せいじさんから……」

「いやいやゆきさんから!」

「せいじさんから!」

 言い合いを止める二人の間にはさまる夕日。

「じ、じゃああたしから……」

 と言って、歌舞伎のチケットを出しました。

「よ、よかったら行きませんか? 同好の志として!」

 せいじは戸惑いました。

「い、いいんですか俺で? あの、友達じゃなくて」

 ゆきは顔を赤くして答えました。

「やっぱり、好きな者同士で言ったほうが、楽しいしなって……」

 遠くから、まきとみきが覗き込んでいました。二人は、ゆきに先越されたという気持ちと、「人見知りのゆきが他の友達を誘ってる。成長したねえ!」という親心でいっぱいでした。

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