5.マドンナの休日
第5話
まきとゆきの通う大学には、マドンナとヨバれる存在がいました。
高校時代までイギリスに住み、大学入学を機に、日本へ戻ってきた帰国子女、ありさのことでした。
「おはよう!」
テニスサークルの部員に艶めかしい金髪をなびかせあいさつをするありさ。
「おはようございます!」
男子学生たちが頭を下げてあいさつをしました。
「ありさ様おはようございます!」
女学生たちも揃ってあいさつをしました。ありさはニコリと微笑み、手を振りました。
「さすがはありささん! 学園一のマドンナだぜ!」
「私たちの憧れよ!」
男子たちにも女子たちにも憧れの存在でした。
マドンナありさへの学生たちのまばゆい視線は、絶えず向けられていました。講義中も、休み時間も、食事中も、サークル活動中も。ありさは、大学に来れば終始キラキラとした視線を浴びせられるのでした。
「今日も一段と注目されてるね……」
感心するまき。
「学園唯一の帰国子女で、しかもモデル並みの体型に顔といい、スタイル抜群ですからね。憧れないわけがありませんよ」
「てことはゆき、君もか?」
「もちろん! ありさ様〜!」
ゆきは、窓辺から"ありさ様LOVE"と書かれたうちわを掲げて声を上げました。
「はあ……」
ありさは、ため息をつきました。
りことダイヤの住まう研究所。
「つまり! この三人が、これまで悪玉菌エネルギーに取り憑かれた人たちをやっつけていたわけよ!」
モニターの映像を使って説明するダイヤ。
「まあ確かに、普通じゃ持たない剣振るって、魔法使いみたいにほうきで空飛ぶ人っていないわよね」
と言って、コーヒーを飲むりこ。
「そこで! これからあたいたちは、自分たちの実験を邪魔されないためにも、こいつら三人を徹底的にこらしめることにする。オッケー? いいかしら?」
「はーい」
返事して、クッキーを食べるりこ。
「あんたさ、また太るわよ?」
呆れるダイヤ。目を丸くするりこ。
「こ、このクッキーはその……。糖分を控えて作った薄味のものだからして……」
「はいはい。それよりも悪玉菌エネルギー誰に注入するか、探しに行くわよ!」
「了解!」
さっそく、二人は始動しました。
ありさは公園のベンチに座っていました。
「あーあ! もうやんなっちゃう」
足を組みました。
「みんなしてなーに勝手にマドンナにしてくれてんのよ? ほんとのうちはお高く止まれるほど大層なもんじゃないのよ! クソ垂れるししょんべんするし、ゲップはもちろん、おならもいっちょ前に!」
振り向くと、後ろにみきが立っていました。
姿勢を正すありさ。
「こんにちは! 今日はいいお天気ですねえ!」
「にへら〜……」
ニヤニヤするみき。
(うっ。こいつさっきの聞いてやがるな! くそ、なんとかしてごまかさなくちゃ……)
「そ、そのほうきはなんですか? あ、もしかしてバイトで公園の掃除をしてらっしゃるの? へえー、えらいですね! 私も実は、美容院のバイトをしていまして、でもまだ資格がないから、落ちた髪の毛のほうき掃きだけなんです……」
ニヤニヤするみき。
「あ、あなたね? 人の顔をニヤニヤして見るのは失礼よ? 見かけない顔だけど、大学生? まさか、小学生じゃないわよね?」
ニヤニヤするみき。
「いい加減にしろよこのクソ野郎!!」
怒鳴るありさ。
「おほほ! やっぱり、それが素のあなたですわね」
「はあはあ……。なんなのよあんた! 殴るわよ?」
「わたくしは大学生でもないし、小学生でもありませんわ。第一、どこの世界にあなたと同じ身長の小学生がいますのよ? おバカさんね」
イラッとするありさ。
「わたくしは魔法使い。ほら、あそこのブランコを馬にして差し上げますわ」
と言って、魔法の杖を一振りし、ブランコを馬に変えました。ありさは呆然としました。
「どうかしら?」
「どどどど!」
かなり当惑しているありさ。
「まあそうなりますわよね」
みきは言いました。
「ねえあなた。どうしてあんなに悪たれていましたの?」
「うるさいわね。どうだっていいでしょ?」
「本来、魔法使いであることは隠さないといけないの。けど、わたくしはあなたにだけ教えてあげた。教えてくれたっていいじゃないの。それにわたくし、大学に通っていないから、言いふらす相手もいないしね」
ありさは少し考えて、話すことにしました。
「うちさ、高校までイギリスにいたのよ」
「帰国子女?」
「そう。だからみんな勝手な想像して、うちのことマドンナ扱いしてんのよ」
「クソ垂れるしとか、しょんべんするしとか言う人が?」
「言う人がよ!」
ムッして答えるありさ。
「もう疲れたのよ。好きでもないのに自分のことマドンナみたいに振る舞うの。だから、ここでイラついてたんじゃない」
「ふーん。そういうことですのね」
「イギリスには、うちみたいなのうじゃうじゃといるわ。日本はどんだけブスしかいないのよ……」
「いや、その発言おもいっきり自分のことマドンナだと認めてる感じじゃありませんこと?」
(でも、この子下手したら例の悪いエネルギーにやられて、怪物になりかねませんわ。今のうちに手を打たないと……)
「わかりましたわ。あなたにとっておきの方法をお教えします」
「は?」
「さっき言ってたクソ垂れるのとしょんべんとおなら、大学でやりなさいな!」
「いやあれはマジなあれじゃないから!」
「冗談よ」
「ったく。冗談は顔だけにしてよね?」
「あなた、マドンナと呼ばれるのは、そういう振る舞いをしているからじゃありませんの?」
「え?」
「だから、会う人すべてに、振る舞わなければいいんですの」
「つ、つまり?」
「はあ〜、にぶいですわね!」
ムッとしたみきは答えました。
「無視ですの!」
「おはようございますありさ様!」
翌日、大学のろうかで学生たちにあいさつをされるありさ。しかし、ありさは無視をして、講義室へ向かいました。並んで立っていた学生たちは、「えっ」と目を丸くしました。
「あ、あのありさ様! 今日のサークルのことですけど……」
同じサークルの女学生が話をしようとしても、素通りしていきました。
ありさは、あいさつはもちろん、話しかけられても、写真を撮られても、自分のハンカチをわざと落とした風にして話しかけられても、無視をしました。
「き、今日こそあいさつをするぞ!」
ゆきが、ろうかの角でスタンバっていました。まきが肩をすくめていました。
ありさが来ました。
「あ、ありさ様おはようございます!」
思いきってあいさつをすることができました。しかし、素通りされました。
「ガーン!」
ショックを受けるゆき。
「あいさつしたのに無視なんてひどいよ!」
怒るまき。
「でもクールなのもすてき……」
うっとりするゆき。呆れてコケるまき。
ありさは、さんざん無視してきたのに、クールなイメージが人気を博したのか、結局マドンナになってしまいました。
「もう〜っ! またみんなからの視線がまぶしいじゃないのよーっ!!」
大噴火を起こすありさでした。
りことダイヤは、まきとゆきの通う大学の近くへやってきました。
「大学生は単位とか卒業後の進路とか、諸々の悩み多き時期でもあるからね。悪玉菌エネルギー注入する分には持ってこいじゃないかな?」
「うふふ! さーて、どんな子がいいかしら?」
悪玉菌エネルギーの入った銃を掲げ、ダイヤは不敵に笑いました。
「でも、どうやって見つけるの? 大学の中に入るの?」
「おほん! というわけで、りこ、あんたには今から大学の教授に化けてもらいます」
「あ、なるほどね!」
納得するりこ。
「って! ウソでしょーっ!?」
りこの悲鳴が、空へこだましました。
昼休み。りことダイヤは、ろうかを歩いて、悪玉菌エネルギーを注入できる相手を探していました。
「ねえ、まずいってさすがに……」
小声でつぶやくりこ。
「大丈夫よ。あんた白衣着てるし、その黒いファイル持ってれば、教授らしいから」
「でも!」
と、そこへ。
「あ、もしかして科学の教授ですか?」
女学生が話しかけてきました。りこは驚きました。
「あ、あ、はいそうですよ?」
「すいません。わからない問題があって、個別で教えてほしいのですが……」
りこは、ダイヤに視線を送りました。
「あれ?」
ダイヤがいない。違うところを見ると、すでに先へ進んでいっていました。
「ダイヤーっ!」
「あの、教授?」
ドキッとするりこ。
「おっほん! わかったわ、教えてあげる。ただし、三分だけよ三分!」
指で三の数字を示しました。
ダイヤは初めて来る大学に感激していました。
「研究所よりも広い……」
「おや? 君迷子?」
話しかけてくる人が。見上げたダイヤは、ギョッとさせました。
目の前に、まきとゆきがいました。
(ウソでしょ! まさか、あたしたちの実験を邪魔する刺客に出会うとは……)
想定外でした。
「迷子なら、僕たちが案内してあげるよ」
「でも、どうして小学生がこんなところにいるんでしょう?」
「そりゃあゆき。お母さんが連れてきたんでしょ?」
「どうして?」
「どうしてって、この子はまだ幼いから、連れてきたんでしょ?」
「迷子でもなければ小学生でもないわよ!」
怒るダイヤ。
「へ?」
首を傾げるまきとゆき。
(あ、いけない。アンドロイドであることは、りことのナイショだったっけ)
普段はりこの言うことなど聞かないダイヤでも、よっぽどきつく言われたのか、アンドロイドであることだけは固く隠していました。
「と、とにかく! ママは今授業中だし、あたしは今校内散歩中なの。邪魔しないで!」
(と、どっか行くフリをして、こいつらが去っていくと同時に、この悪玉菌エネルギーを撃ち抜く!)
隠れて不敵な笑みを浮かべるダイヤ。
「でもここ、とんでもなく広いから」
「そうそう。お姉さんたちでも、どこがどこだかわからないくらいだから、いっしょにいましょ?」
(やさしすぎるだろこいつら! ああうざいうざい!)
イライラが募るダイヤ。
「も、もうあたし十回ここ来てるし。だから大丈夫!」
「僕たちはもうニ年もここに来てるけど、未だに校内になにがあるのか、すべて把握してないよ?」
「うんうん。だからいっしょにいましょ?」
(それはてめえらだけだろうが!)
「もう怒った! あんたたちこれでもくらいなさい!」
悪玉菌エネルギーの入った銃を突きつけました。
目を丸くするまきとゆき。
「あはは!」
「なにがおかしい!」
「小学生ってそういうの好きだよねえ」
「かわいい!」
まきとゆきが笑ったと同時に、チャイムが鳴りました。
「やばい! 講義始まるよ? 行こ、ゆき」
「はい! あ、君も気をつけてね。ばいばーい」
まきとゆきは、走り去っていきました。
「あいつら〜! 今に見てなさいよ? あっかんべー!」
走り去るまきとゆきにあかんべーしました。
「って、そんなことしてる場合じゃなかった! 見逃したあ!」
ショックを受けるダイヤ。
そこへ、金髪のマドンナのような女が通りかかりました。
「あらきれい……」
感心していると、
「はあ……」
マドンナはため息をつきました。
「うふふ!」
ダイヤは、マドンナのくたびれた表情を見て、悪玉菌エネルギーの入った銃をかまえました。
「悪玉菌エネルギーの入った銃ってのも長いから、悪玉菌のピストル、略して悪トルにしましょ」
と言ってから、悪トルを撃ちました。
一日の講義がおわりました。学生たちは下校の時間です。
「あの子大丈夫かなあ?」
と、まき。
「お母さんもいると思うし、大丈夫だと思いますけど……」
と、ゆき。二人が歩いていると、なにやら騒がしい声がしました。
学生たちが寄ってたかっているところに、マドンナのありさがいました。ありさはみんながいるところで堂々と、地べたにあぐらをかいて、鼻をほじっていました。
ブー。おならをしました。
げえ。ゲップをしました。
学園のマドンナとはあるまじき行動に、学生たちはがく然。みんなその場を立ち去っていきました。
ありさは、地べたに寝転がって、腹をポリポリかきました。
「あ、あの……」
おそるおそる声をかけるまき。
「なんでい?」
おっさんみたいに返事をするありさ。耳の穴をほじりながら。
「あ、ありさ様……」
ゆきが気絶しました。
「え、ゆき!?」
倒れそうなところを抱えたまきが、唖然としました。
「ち、ちょっと! こんなところで寝てると風邪引くよ?」
「引かねえよ。んだってさあ、腹巻きしてっからよ」
「いや、そういう問題じゃ……」
「あーっ! 酒くれ酒。酒ーっ!」
「さ、酒?」
唖然とするまき。
「あはは! 見てよりこ、このザマ!」
ダイヤが笑いました。
「あら。見るからにきれいな子が、おっさんみたいになってる」
「だ、誰あなたたち! って、さっきの迷子!」
「迷子じゃないわ! そんなことより、そこにいるおっさんみたいにしている女の子はどうするの? なんとかするの? しないの?」
「え、えっと……」
ゆきを抱えたまま困惑するまき。
「ていうかりこ。もっと怪物みたいになると思ったら、そうでもないじゃないのよこれ……」
小声でつぶやくダイヤ。
「悪玉菌エネルギーは、全部が全部怪物になるとは限らないのね……」
小声でつぶやくりこ。
(困った! 気品ある感じのありさが、まさかこんな下品なことをするなんて!)
まきは、寝転がってつまようじでシーシー言ってるありさに呆然としました。
(もしかして、悪いエネルギーがありさの中に? いや、だとしたら怪物みたいになってるはずだし、じゃあこれは頭でもぶったってこと!?)
いろいろ考え付けば付くほどよくわからなくなりました。
「まきさーん! ゆきさーん!」
そこへ、みきが飛んできました。
「みき!」
「出たな魔法使い!」
声を上げるダイヤ。
「すごい! ほんとにほうきで飛べるんだ」
感心するりこ。
「ゆきさん、どうしてねむっていらっしゃるの?」
「それがいろいろあってさ」
ゆきを地べたに寝かせるまき。
「こういうことよ」
みきは、地べたで横になって、おならをこいているありさに呆然としました。
「なるほど。彼女、マドンナであることをやめるために、あんなことまでするようになったのね……」
「え、なんであんたがそんなこと知って……」
「じゃなくてあれは悪いエネルギーが彼女の体内に蓄積されていますわ!」
「やっぱりか!」
「ほら、ゆきさんを起こして! 光の剣を召喚しなさいな!」
まきは、ゆきを揺らしたり叩いたりして、起こしました。
そして、ネックレスを光らし、光の剣を召喚しました。
「待って。今回は生身の人間だよ? どうやって戦うのさ」
「そうそう」
ほくそ笑むダイヤ。
「うーん……」
「攻撃もしませんしね。それに、女の子なら誰だって、オヤジ臭いところ出ちゃう時はありますよ」
「そうなんですか? じゃあわざわざ戦う必要もないですわね」
ダイヤとりこが呆れてコケました。
「いや戦いなさいよそこは!」
ダイヤとりこがツッコミました。
「なぜあなた方がツッコむ?」
唖然とするまき。
「まあいいか。ありさ! なんでそんなオヤジ臭いとこ見せつけてるの? ここ大学だよ? 恥ずかしくないの?」
剣を向けて、聞きました。
「んだってさあ。みんなしてうちのことマドンナ扱いしてさあ、見放題しやがるのよ。もう大学に来るだけで疲れるってもんよ。お前ら凡人にはわかんねえことだろうよ」
「まあ! わたくしはこれでもお金持ちですわよ?」
怒るみき。
「でも大学行ってませんよね?」
ゆきに言われて、ギクッとなるみき。
「うちだって、普通に大学生活を送りたい。イギリスにいた頃は、普通にみんなと仲良くしてたのに、なんで日本に来た途端こうなんだよ!」
まきは思いました。ありさは、これまで学生たちみんなが勝手に解釈した姿で過ごしたいたのだと。望んでもいないのに。
「それはとてもつらいよね……」
ありさが目を丸くして、体を起こす。
「今日、君のほんとの気持ちを知ることができて、よかったよ」
まきは微笑みました。そんな顔をされて、ありさは照れました。
「まずはその取り込まれた悪い心を浄化してあげる!」
剣を光らせました。
「あれが浄化の合図ね! りこ、とりあえず石投げて止めて!」
「ええ? もう、どうなっても知らないからね!」
石を投げました。しかし、はね返ってきて、りこの頭に当たりました。
「なんですと〜!」
怖気づくダイヤ。
ありさの悪玉菌エネルギーは、無事に浄化されました。ぐっすりとねむりについています。
「さすがマドンナ! ねむる姿はねむり姫……」
うっとりするゆき。
「もうマドンナ扱いはよしなよ」
と、苦笑いするまき。
後ろを振り向くみき。ダイヤとりこがそそくさと去っていくのが見えました。
「ん?」
ダイヤが持っている悪トルに、目を向けました。
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