5.マムシちゃん、人見知りを治す

第5話

「よっし行くか」

 身支度をおえたマムシちゃんは、意気込むと、玄関を出た。

 マムシちゃんはアパートで一人暮らしをしているが、それはお嫁さんになる夢を叶えるプラス、大学生だからだ。ヘビは学校に行って勉強なんてしないけど、マムシちゃんはニホンマムシの擬人化だから、大学に通うのだ。

「暑〜い」

 朝からサンサンと照りつく夏の日差し。マムシちゃんは、額の汗を拭った。今日も、田んぼの稲、山、その辺の雑草が、青々としていた。

「そうだ。今日は確か、グループ活動をするんだっけな」

 マムシちゃんは、大学へ向かった。ちなみに彼女は生物学を学んでいる。


 大学の研究室には、受講に来た学生たちが、集まっていた。みんなそれぞれ、好きな話をして盛り上がっている。

「で、住み着いた人家は、ドブネズミ大量に捕れんのよ」

「私はカタツムリ食べるんだけど、今の時期全然いないから大変」

「俺は畑に巣作ってんだけど、ミミズめっちゃおるよ」

 見た目はただの学生そのもの。けど、彼らは擬人化したヘビたちだ。始めにしゃべったヘビは、アオダイショウ。といっても、一話目のではない。二番目はイワサキセダカヘビ。ヘビの中で唯一、カタツムリを食べる種類。三番目は、ミヤラヒメヘビ。ミミズしか食べない。

「あの……」

 三匹……いや、三人はキョロキョロとあちこちを見た。声がしたのに、姿が見えないのだ。

「ここです。テーブルの上です」

「テーブル?」

 テーブルを探してみた。すると、なにかいた。

「あっ!」

 そこには、小さなミミズ、いや、ヘビがいた。

「メクラヘビです。今日はグループ活動よろしくお願いします」

 丁寧にあいさつした。三人は、「こちらこそ」と、あいさつを返した。メクラヘビとは、日本で一番小さいヘビで、シロアリなどを食べて生きている。

 マムシちゃんは、そわそわしていた。

(変だなあ。私のペア、来ないんだけど? 確か、私は二人ペアで組むんだよね)

 マムシちゃんのペアは、隣に座っているはずなのに、講義開始二分前になっても現れない。マムシちゃんは、このまま相手が来なかったらどうしようか、帰ってしまおうか、そうしたら単位が取れないじゃんかと、路頭に迷った。

「私のペア私のペア……。もう〜、講義始まっちゃうじゃないのよ!」

 チャイムが鳴った。講師が入ってきた。扉を閉めようとした、その時だった。

「ん?」

 マムシちゃんは、なにかが扉のすきまを横切った気がした。

「気のせいかな?」

「遅れてすみません……」

 ボソッとしゃべる声がして、マムシちゃんは後ろを向いた。

「きゃあああ!!」

 むちゃくちゃ驚いた。マムシちゃんの悲鳴は、空を越え、宇宙まで届いた。

「どうしましたか?」

 講師が訪ねた。

「あ、あ、あ……」

 ろれつが回らないマムシちゃん。

「まあいいです。では講義を始めます。今回は、カエルの解剖をしたいと思います」

「カエル!?」

 マムシちゃんは目を光らせた。

「カエルが大好きなヘビもいらっしゃるとは思いますが、食べたら弁償させてもらいますので」

「ほえ〜……」

 講師の警告に、マムシちゃんは涙した。さっそく、カエルの解剖を始めた。カエルを見るだけで、よだれを垂らすヘビは、マムシちゃんだけではないようだ。

「で、君が私のペア?」

 マムシちゃんが聞いている相手は、テーブルに手だけ出していた。

「あの、全身出てきてくれませんか?」

 苦笑いするマムシちゃん。けれど、相手は出てこない。

「あの〜」

 一向に出てこない相手。

「あの……」

 イライラしてきたマムシちゃん。けれど、一向に出てこない相手。

「今は講義中ですよ! 顔でもなんでもいいので、早く出てきてちょうだいよ!」

 怒ったマムシちゃん。相手は根負けしたのか怒鳴り声に驚いたのか、そ〜っと、顔を出した。

「か、かっこいい……」

 マムシちゃんは、ドキッとした。モジモジしている相手の顔が、かっこいいのだ。イケメンだ。

「ご、ごめんなさい。緊張してて……」

 やっと立ち上がった。

「俺、タカチホヘビ。普段、落ち葉の下にいるから、こう人前に出るの苦手で……」

 後ろ頭をかきながら、出てきた。緊張している趣だった。

「そうなんだ。でも緊張しなくていいよ。カエルの解剖するだけなんだからさ」

 微笑むマムシちゃん。

「そ、そうかい?」

「うん! さ、じゃあこのアマガエル解剖しよ。メスメス」

 メスを催促されて、あわてて渡すタカチホヘビ。

「うーん……」

 切開するのに手間取っているマムシちゃん。

「貸してみて。こうするんじゃないかな?」

 タカチホヘビが、代わりに切開した。

 ブシャー! 思いっきり血と内蔵が飛び出た。それらが、マムシちゃんとタカチホヘビの顔にかかった。

「うわあごめんなさいごめんなさい!!」

 タカチホヘビは、またテーブルの下に隠れた。

「い、いいよいいよ全然! 私カエル好きだし。こんなの大歓迎だよ!」

 あわててなぐさめるマムシちゃん。

「でも本当は、俺のせいで顔中血まみれ内蔵まみれだって思ってんだ……」

 すっかり落ち込んでしまったタカチホヘビ。

「いやだから思ってません! 私マムシだから大歓迎だってば!」

 ムッとするマムシちゃん。

 なんだかんだで解剖は済み、内臓や骨を調べて、今日のグループ講義は終わった。解剖したカエルは食べられるかと思ったら、廃棄ということで、食べられなかった。マムシちゃんはショックだった。

「ではまた次の講義で、みなさんがカエルの解剖をしてなにを思ったか、なにを知ったか、感想を発表してください。それまでに、レポートをまとめておくこと」

 タカチホヘビは、がく然とした。

「あーあ。レポートか。大学で一番やっかいなことって、レポートに尽きるよねタカチホ君」

 と、タカチホヘビに聞いたが反応なし。

「タカチホ君?」

 マムシちゃんは、タカチホヘビを見て、唖然とした。彼は、真っ白になっていたからだ。

「おーい。もう研究室出るよ? おーい!」

 肩を揺らした。

「はっ!」

 目を覚ました。

「どうしよどうしよどうしようーっ!!」

 マムシちゃんに迫った。

「俺、発表が一番苦手なんだよ。人見知り激しくて、高校生までいっつもガチガチになって……。うまくいった試しがないんだ……」

 座り込んだ。

「どうせまた失敗するんだ……。俺はなにをやってもうまくいかないんだ……」

 マムシちゃんは、なんだかうなだれるタカチホヘビを見て、かわいそうに思えてきた。

「失敗なんかしないよ」

「するよ」

「なにをやってもうまくいかないわけないよ」

「うまくいかないんだよそれが」

「大丈夫!」

 タカチホヘビは、マムシちゃんに顔を向けた。

「私と人見知りを治そ?」

「……」

 マムシちゃんを呆然と見つめていた。


 大学の中庭は、芝生が敷かれていて、ベンチもあって広い。今はお昼時なので、ランチをしている人もいたし、キャッチボールをしている人もいた。

 マムシちゃんは、タカチホヘビと人見知りを治す特訓をしていた。

「あの……。まず、なにをするの?」

「うーんとりあえず、人見知りを治すにはまず姿勢が大事じゃないかな?」

「姿勢?」

「はい! 背筋伸ばして、顔は真っ直ぐ。よし、まずは第一項目クリア!」

「い、いいのかい?」

 少し苦しそうにしているタカチホヘビ。

「で、次は……。そうだ!」

 マムシちゃんは、どこからか、ボードを持ってきた。

「はいこれ読んで」

 棒で、文字を指した。

「え? あ、あめんぼ赤いなあいうえ……」

「声が小さい! もっとお腹から声出して、はい!」

「あ、あめんぼ赤い……」

「まだまだ! お腹に手を当てて、わーって感じでわーって!」

「あ、あめんぼ赤いなあいうえお!」

「まだまだ!」

「あめんぼ赤いなあいうえお!」

「もっともっと!」

「あめんぼ赤い……」

 タカチホヘビは、まわりの学生たちの視線を感じた。

「は、恥ずかしい〜っ!!」

 すぐ茂みに隠れた。

「こらこら」

「み、みんな見てるよ!」

「ああ、そっか」

 場所を変えた。誰もいない研究室だ。

「こ、ここなら大丈夫かも……」

「ねえねえ。あめんぼ赤いなじゃおもしろくないから、これを堂々と言って」

 マムシちゃんは、マンガを渡した。タカチホヘビは、それを見た。

「へっ!?」

 それは、大胆な告白シーンのセリフだった。

「こ、こんなの言えるわけないよ!」

「いいじゃない。あなたイケメンだし、ちょうどいいかなって」

「あめんぼ赤いなでいいよ!」

「人見知りを治すんでしょ? 治さないとせっかくレポートがうまくできても、発表失敗して、単位取れないかもよ?」

「!」

 タカチホヘビは、反論できなくなった。

「いいじゃん、私しかいないんだし。気にせず言ってごらんよ。ね?」

「マムシちゃん……」

 タカチホヘビは、息を飲んだ。

 二人の間に走る沈黙。鳴り響く鼓動。

(なんだろう。なんか、私が言われるわけじゃないのに、ドキドキする……。やっぱ、あめんぼでよかったかな?)

(なんだろう。なんか、マムシちゃんに言うわけじゃないのに、すげえドキドキする……。やっぱあめんぼでよかったかな?)

 ドキドキドキ。心臓が鳴り響いている二人だった。

「あ……あの……」

 マムシちゃんとタカチホヘビ、同時にしゃべった時だった。

 研究室の扉が開いた。教授が入ってきたのだ。

 教授は、そのまま教卓に書類を置いて、整理し始めた。

「!?」

 マムシちゃんは、もっとドキドキしていた。だって、タカチホヘビに抱きかかえられながら、テーブルの下に隠れているんだから。

(ど、どういうこと〜!?)

 あわてた。

「ごめんね。とっさに、こうするしかなくて……」

 ボソッと、タカチホヘビは言った。

(とっさにしても、いきなりすぎるよこんな……。こんな……)

 マムシちゃんは、初めて男の子に抱きかかえられた。

(タカチホ君って、香水してるんだ……)

「じゃなくて! どうするのよこの状況っ!」

 ボソッと、ツッコむ。

「えっと、その……」

「なにも隠れなくたっていいでしょ?」

「ごめん、つい衝動的に……」

「その性格なんとかしなさいよ本当に!」

「しーっ!」

 とにかく、教授にバレないように、そろーりそろーりと、床を這うしかなかった。テーブルに隠れながら、ゆっくりと。

「あたっ!」

 マムシちゃんが、不意に頭をテーブルにぶつけた。

「ん?」

 その音を感じる教授。

「気のせいか」

 すぐ仕事に取りかかる教授。

 そろーりそろーりと扉へ向かうマムシちゃんたち。

「よし、もうすぐだ!」

 扉に近づいたマムシちゃん。

「あれ? あれ?」

 扉が開かない。

「カギがかかってるよ!」

「なにー!?」

 がく然とするタカチホヘビ。

「あばばば!」

 あわてるマムシちゃん。ふと、なぜだか知らないけど、棚に時限爆弾があるのが見えた。

「あれだ!」

「え?」

 書類整理に夢中の教授。

 ドカーン! 教授は驚いた。

「な、なんだなんだ!!」

 マムシちゃんとタカチホヘビが走り去っていくのが見えた。

「こらお前ら! 扉になにをしたあ!!」

 カンカンの教授。

「なんで研究室に時限爆弾が?」

 と、タカチホヘビ。

「さあね。秒で爆発するんだねあれ」

 逃げながら感心しているマムシちゃんだった。


 「はあ! ドアを時限爆弾で壊したのなんて初めてだね」

「俺もまさか、時限爆弾があるなんて思わなかったよ」

 二人は、中庭のベンチに座っていた。

「マムシちゃん、今日はその……ありがとね。俺のために、人見知りを治してあげようとしてくれて」

「え? いいよいいよ。発表緊張するんでしょ? ペアになったんだし、最大限のことはするよ」

 それもあるけど、

「イケメンだし、抱きしめてくれたし……」

 これもあった。

「でも、俺やっぱダメだ。発表なんかできっこないよ」

「え?」

「ダメなものは、ダメなんだ……」

 うつむくタカチホヘビ。マムシちゃんは立ち上がった。

「私だって、怖いとか不安とか思う時あるよ。嬉しいとか悲しいとか、おいしいとか楽しいって思う時もあるの」

「あ、ああ……」

「不安も喜びも気持ちなんだよ。だから、そんなに思い詰めなくたっていい。素直になりなよ!」

「マムシちゃん……」

 タカチホヘビは、意を決した顔をして、マムシちゃんと同じく、立ち上がった。

「なら、マムシちゃんに言われたこと、しっかりやらなきゃね」

 深呼吸して、言った。

「愛してる!」

「!」

 マムシちゃんは、顔を赤く染めた。

(これって……。これってこれってこれって!)

「決めた!」

 マムシちゃんは言った。

「タカチホ君、あなたのお嫁さんになるわ!」

(ついに、ついに願いが叶うのよ私! お嫁さんになる夢が!)

 喜んだ。

「やった! マンガのセリフ、言えたよ」

「え?」

 タカチホヘビは、マムシちゃんから借りたマンガを持っていた。

「でも、やっぱ告白のセリフって、その気がないのに言うのって、恥ずかしいな。はい、返すねこれ。じゃ、マムシちゃん、またね!」

 と言って、タカチホヘビは手をふりながら、去っていった。

「ああ、タカチホ君待って! 愛してるは? 愛してるってどういうこと? どういうこと!?」

 マムシちゃんのことなど目にせず去っていくタカチホヘビ。

「待って! 愛してるは? 愛してるは……。愛してる……は……」

 がっくり。マムシちゃんの恋は、また実らずに、おわった。

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