4.マムシちゃん、ライバル現る

第4話

まだまだ夏真っ盛りの時期。マムシちゃんは一人、アパートの居間で、暑さにやられていた。

「ああ……。このままじゃ、干からびて死んでしまう……」

 マムシちゃんは、前に道路で同種がぺしゃんこに干からびている死体を見たことがあった。自分もこうなってしまうのか。そんなことが頭によぎるくらい、暑かった。

「こんな時こそ、川で水浴びよね」

 マムシちゃんは、頭の中で川遊びをしていることを想像した。バシャバシャと水をかけあいっこしている相手は、いつか出会うすてきな人だろうか。

「そしてそして、川遊びがおわったら、バーベキュー!」

 すてきな人と、カエルを串刺しにしたものを、炭火焼きしている想像。

「で、そろそろ涼しくなる日の入りには……」

 マムシちゃんの想像するすてきな人が、彼女の肩に手を置き言った。

『愛してる……』

 そして、そーっと、マムシちゃんの口元に顔を近づけて……。

「きゃー!!」

 一人で妄想に興奮するマムシちゃん。

 ガサッと、玄関で音がした。手紙かなにかが、ポストインされた音だ。

「なんだろう〜♪私へのラブレターかしら〜♪らんらん♪」

 歌いながら、ポストへ向かうマムシちゃん。ポストから、手紙を出した。

「なーんだ。広告か。」

 一気に冷めた。

「へ? 全国のヘビコン開催決定、八月上旬、渓谷で待つ……」

 マムシちゃんは目を輝かせた。

「これはお嫁さんになるチャンスかも!」

 ヘビコンとは、ヘビたちによるヘビたちのための、合コンである。もちろん、本物のヘビは、そんなもの開催しないが、ここでは開催するのだ。

 マムシちゃんは、さっそくおめかしを始めた。白粉をポンポン、白粉をポンポン、白粉をポンポン、白粉を……。

「うぐぐぐ!」

 白粉を付けすぎて、顔に白粉が埋まってしまった。

「ていうか、まだ七月下旬じゃない。なにを急いでるのよ私ったら」

 我に返った。

「すてきな人、見つかるといいなあ……」

 ベランダに出て、ほおに両手を付いて、田んぼを眺めた。どうせ会うなら、カエルを毎日たらふく食べさせてもらえる人がいいなと、思った。


 ついに迎えたその日、八月上旬頃。マムシちゃんは、うんとおしゃれをした。普段は着ない水色のワンピース、その上に紺色のカーディガン、白いサンダルに、麦わら帽子。

「これで完璧ね。でも……」

 カーディガンを脱いだ。

「これはちょっと暑いかな?」

 会場である渓谷は、川のせせらぎがおだやかで、とても涼しかった。オスメスのヘビたちが、たくさんいた。擬人化しているので、みんなただのキャンプに来た人間に見えるけど、ヘビである。渓谷でヘビコンに来たヘビである。

「……」

 マムシちゃんは、あたりを見渡しながら、歩いた。やはりみんなおしゃれな格好をしているヘビが多かった。

「みんな本気なんだね」

 ついにヘビコンが始まった。まず、グループがあらかじめ四匹に決まっており、そのグループに固まって、御座に座らなければならない。そして、そのグループ内でのみ、話をすることと、恋仲の発展が許される。マムシちゃんのグループは、オスがヒャン、ジムグリの二匹、メスはマムシちゃんとヤマカガシの二匹だった。

「どうもどうも! 鹿児島からはるばるやってきましたあ」

 丁寧にあいさつするヒャン。

「僕はヒャン。オレンジと黒い模様が特徴のコブラ科のヘビです。コブラ科なんで、毒ヘビですが、実際はインドコブラよりかみつかないし、万一の時は、尾っぽに付いてる針を刺すんです」

「え、でもコブラ科でしょ? すご……」

 マムシちゃんの間に入って、

「コブラ科なんでしょー? 超すごいじゃん!」

 ヤマカガシが割って入ってきた。

「ジムグリでござる。小生しょうせい、穴の中や岩の下に隠れる習性があることから、"地もぐり"から名前が付けられたでござる。このとおり、エサを探す以外は、巣の中でゲーム、マンガ、アニメざんまいでごさる」

「あ、あはは……」

 苦笑いをするマムシちゃん。

「ふーん……」

 にらむヤマカガシ。

「え? な、なんか態度が違う……」

 呆然とするマムシちゃん。

「では、次はそちら紹介どうぞ」

 ヒャンが促した。

「えっと。わた……」

 と、紹介しようとするマムシちゃんの前に、

「はいはーい! あたしはヤマカガシ。持ってる毒は出血毒。かまれると血が止まらなくなっちゃうぞ?」

 ヤマカガシはウインク。

「へえー!」

「ちなみに、毒牙どくがは奥歯にあるから普段は使わないけど、首元にも毒があって、その毒が目に入ると失明しちゃうんだぞ?」

「すごいね!」

 微笑み合うヒャンとヤマカガシ。

「あ、えっと私はマムシ……」

「ヒャンさんお腹空きませんか? この辺、カエルがたくさん捕れるところあるんですよ? 行きましょ行きましょ!」

 マムシちゃんの紹介など聞きもしないで、ヒャンの腕を組み、立ち上がった。

「え? あ、え、ちょっと!」

 カエルがよく捕れるという穴場へ向かおうとするヤマカガシたちを止めようとするマムシちゃん。

 すると、ヤマカガシが降り向いて、ほくそ笑むと、ウインクした。

「なっ! ぐぬぬ……」

 怒りに燃えるマムシちゃん。

(あんたはその根暗でも相手してなさいよ)

 心の中で嫌味を言うヤマカガシ。

「あいつ〜! 始めから私をハメるつもりだったなあ!」

 思いっきり怒るマムシちゃん。

「あの……」

「なに!」

 怒ったマムシちゃんにびっくりしたジムグリ。

「あ、いや、その……。小生たちもなにか食べまいかと思って」

「ふんっ。そんなもん一人で食べとけば?」

「え……」

 マムシちゃんは、去っていった。

「うむ。ヘビコンというものは、小生にはハードルが高いものかもしれぬ……」

 かけているメガネに触れ、カチャッと音を立てた。


 岩の陰から、マムシちゃんがちらーり。その先には、池のふちに腰をかけている、ヤマカガシとヒャンが見えた。

「ねえ? カエルがいっぱいいるでしょ?」

「ほんとだ。アマガエルにトノサマガエル、ダルマガエルもいるね」

 マムシちゃんは、よだれを垂らした。

「私も食べたい……」

 擬人化されて、カエルをうまそうな目で見てるなんて、異様な光景だが、マムシちゃんは元々ニホンマムシである。ヤマカガシとヒャンだって、元はヘビである。

「ああ……。じゃなくて!」

 マムシちゃんは、首を横に振って、我に返った。

「今に見てなさいよ?」

 すぐ岩陰を離れた。

 ヤマカガシとヒャンは、カエルを見ながら、楽しく話していた。

「ねえ、ヒャンさん……」

 そっと、肩に寄り添った。

「はい?」

「あたしたち、カエルが好きだし、気が合うと思わない?」

「ヤマカガシさん……」

(きひひ! ついにあたしも嫁入りね!)

 と、喜んだ時だった。

「わっ!」

 ヤマカガシが、突然池に落ちた。

「ヤマカガシさん!?」

「はーい」

 声がしたので、横を見た。

「ヤマカガシさ……じゃなくて?」

「えへへ。マムシです」

 隣でマムシちゃんが、にっこりしていた。

 マムシちゃんは、ヒャンといっしょに、山の中を散歩していた。楽しく話をしながら歩いていた。

「あんにゃろ〜!」

 木陰から、ずぶぬれになって、怒りに震えるヤマカガシ。

「あたしを怒らすとどうなるか、思い知らせてやるわ……」

 ニヤリとするヤマカガシ。

「ヒャン君って、人見知りするタイプなの?」

「うんそうなんだ。朝起きた時から緊張しっぱなしで」

「そうは見えないなあ。だって、ちゃんと話せてるし、やさしいもん」

「そうほめられると、照れるなあ」

 照れ笑いを浮かべるヒャン。

(よっしゃあ! これはいい雰囲気)

 マムシちゃんは、これはチャンスと思った。

「決めた! ヒャン君、私をお嫁さんにしてちょうだ……」

 プ~。おならが鳴った。

「え……」

「マ、マムシちゃん?」

 呆然とするヒャン。

「うっわあ〜! おならするなんて最悪。マムシって最っ低なヘビね!」

「ヤマカガシ! いや、私はおならなんてしてないわよ?」

「じゃあなんであんたのところから音がしたのよ? ヒャン、行きましょ?」

「あ、ああ……」

 ヒャンは、ヤマカガシに腕をしがみつかまれて、どこかへ行ってしまった。

「そんなあ〜! 私はおならなんてやってないのに〜!」

 なげくマムシちゃん。

「くっそ〜ヤマカガシめ! 私のヒャン君横取りしてきて……。許さない許さない〜!」

 怒りに燃えるマムシちゃん。お嫁さんになりたいという夢に、本気に向き合うことを決意した。

「マムシ殿。小生といっしょに……」

 ジムグリの誘いも聞かず、マムシちゃんはさっさとヒャンたちのところへ行ってしまった。

「ヒャーン♡」

 いっしょに歩いている最中、かわいく彼を呼んだヤマカガシ。ヒャンの手をつなごうとした。

「ヒャーン君!」

「ぎょえ!」

 ヤマカガシを押し退けて、マムシちゃんがヒャンの手をつないだ。

「ぐぬぬ〜!」

 地面に伏せながら怒りをあらわにするヤマカガシ。ほくそ笑むマムシちゃん。

「あーんあたしヒャンのこと好き好き〜♡」

 マムシちゃんを押し退けて、ヤマカガシがヒャンに抱きついた。驚くヒャン。

「こらー! それはもっと親交を深めてからやんなさいよ!」

「ふんっ。女の子は大胆なほうがウケがいいのよ」

「なんだとこの〜!」

 マムシちゃんは、ワンピースのスカートを持った。

「だったら私は、もーっと親交を深めたらじゃないとできない、裸になってやるわよ?」

「え?」

 目を丸くするヤマカガシとヒャン。

「ほら、ほら。ほら!」

 スカートをチラッチラッとめくるだけで、裸になろうとしないマムシちゃん。

「小生もマムシ殿の裸が見たいでござる! うわっ!」

 と、ジムグリは足をすべらせて、川に落ちてしまった。

「裸になるなんて、バカらしいわね」

 バカにするヤマカガシ。

「ふーん」

「なによそのふーんは!」

「じゃあ、ヤマカガシは脱げるほどいい体してないんだ。私さ、昔女友達に結構いい体してるねって、言われたことあるんだよー?」

「はあ? 女子でしょ? 男に言われなきゃ意味ないじゃん」

「女にも言われなきゃ、意味ないでしょ。男にだけ言われるなんて、ヤマカガシはロリコンとかのマニアが好む体型をしてるのね」

「なんだと〜! 人……ヘビが下出に入ればいいい気になりやがって!」

「やるっての?」

 マムシちゃんとヤマカガシは、にらみ合った。こんなのに挟まれたら、カエルもたまったものじゃない。多分、死んでいる。

「ゲ……コ……」

 二人の間で、死んでいるカエル発見。

「こうなったら、コンバットダンスで勝負よ!」

 と、ヤマカガシ。

「望むところよ!」

 と、マムシちゃん。

「ちょっと待って! コンバットダンスはオス同士がやるものであって、メス同士でやるものじゃないよ?」

 あわてて、ヒャンが言った。しかし、二人の戦意は、止む気配がない。

 ヤマカガシとマムシちゃん。二人はお互いから視線を離さないで、迫った。

「ほっほっほっ! ほっほっほっ!」

 手を上下に走るように振って、足も上げて、なにか儀式のようなダンスをしている。ヒャンは、呆れてこけてしまった。コンバットダンスとは、オス同士がなわばり争いをする時に行うバトルで、傷つけ合うというより、儀式のような感じで行う。と言っても、マムシちゃんたちがしてるような感じではなく、体を絡ませて行う。どちらかが引き下がった方が負けだ。

「ほっほっほっ! ほっほっほっ!」

 二人は、よくわからない儀式のようなコンバットダンスを続けた。

「ねえ。こんなわけのわからないことしたって、勝負にならないんじゃないかしら?」

 と、ヤマカガシ。

「あらあ? じゃあ負けを認めるのね」

「え?」

「そうやって呆れるってことは、ヒャン君との恋は、だまって引き下がるも同然なのよ!」

「ほっほっほっ! ほっほっほっ!」

 ヤマカガシは、コンバットダンスを続けた。マムシちゃんも続けた。

「なにしてんだか……」

 ヒャンは唖然とした。ジムグリも唖然としていた。


 夕方になった。ひぐらしの鳴き声が、山中に響いていた。

「ほっほっほ〜……」

 まだコンバットダンスをしているマムシちゃんとヤマカガシ。でも、フラフラだ。そろそろ限界が近い頃合いだ。なのに、お互いに頑固なので、手を引こうとしない。

 ジムグリとヒャンは、二人でお山座りをしながら、川を見つめていた。このまま二人をほっといて帰ろうと思ったが、それもシャクなので、待っていることにしたのだ。それに、せっかくヘビコンに来たのに、なにも得られずに帰るのは、もったいないと、思っていた。

「ヒャン殿。お主は何故ヘビコンに来たのだ?」

 ジムグリが聞いた。

「自分を変えたかったからかな?」

 ヒャンは話した。

「僕は毒があるコブラ科のヘビなのに、おとなしくて、なんの取り柄もないからさ。だから、鹿児島からヘビコンに来て、なにかきっかけ作りをしたかったのさ」

「ほうほう。変わりたいと願う気持ちは、小生とて同じである」

「ジムグリ君はなぜ来たんだい?」

「小生は、根っからオタクでござる。しかし、もう二十の代、そろそろお見合いでもしてみようかと思っての。それで、ここに来たのだ」

「なるほどね」

 と言って、まだコンバットダンスで勝負をしているマムシちゃんたちを見た。

「ほっほえ〜……」

 ついに倒れた。

「二人とも!」

 ヒャンとジムグリがかけつけた。ついぞ、二人の勝敗は、決まらなかった。

「やるじゃないあんた……」

 と、ヤマカガシ。

「そっちこそ。かれこれ三時間踊りっぱなしだったもんね……」

 と、マムシちゃん。

 二人の真上には、暗くなった空と、星。やり切ったという想いが、さわやかなそよ風とともに、なびいた。

「決めた。僕は今日は黙って引き下がるよ」

「ヒャン殿?」

「二人を見てたらさ」

 ヒャンはウインク一つすると、去っていった。

「小生も」

 ジムグリも、去っていった。

「どうする? もうひと勝負するマムシ?」

「ヤマカガシがまだ元気あるならいいけど?」

「元気なーい」

「私もー」

 二人は笑い合った。もうヒャンの取り合いなど忘れて、本当の友達になったようだ。

「先に恋人作って、結婚するのはあたしなんだからね? 覚悟しててよ」

「なにさ。私が早く結婚するんだもん」

 そして、お互い顔を見合って、

「あははは!」

 笑い合った。

「帰ろっか」

「うん」

 そして、立ち上がった。

「あれ?」

 いつの間にか、ヘビコンの会場には誰もいなくなっていた。あたりを見渡しているうちに、ヒャンがいないことにも気づいた。

「ヒャン……」

「ヒャン君……」

「ヒャンがいない!」

「ヒャン君がいない!」

 マムシちゃんとヤマカガシは、同時に驚いた。

「ヒャン君どこー?」

「ヒャンー!」

「ちょっと! 私が先にヒャン君を見つけるのよ? 邪魔しないで!」

 ヤマカガシを横から押すマムシちゃん。

「なによ! あたしが先に見つけるのよ? あんたは帰って寝てなさいよ!」

 同じく、マムシちゃんを横から押すヤマカガシ。

「私!」

「あたし!」

「私!」

「あたし!」

 二人とも押し合いながら、ヒャンを探した。

「小生のことは探してくれない。小生、しばらく結婚なんていいでござる。うう……」

 陰で、一人涙するジムグリだった。

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