3.マムシちゃん、バイトをする
第3話
マムシちゃんは、一人暮らしをしている。大好きなカエルがたくさん捕れる田んぼの近くのアパートで。
「ま、まずい……」
マムシちゃんは、通帳を見て、呆然としていた。残高が、残り一万になっていた。
「このままでは、生活が成り立たない……。大好きなカエルも食べられなくなっちゃう〜!」
青ざめるマムシちゃん。お金がなくなれば、いつかアパートを追い出されて、せっかく見つけた良物件ともお別れだ。すると、カエル食べ放題も、夢のまた夢になるわけだ。
でもマムシちゃんは、田んぼで生まれた。しかし、そこは都市開発によって、マンションが新設された。だから、マムシちゃん一家は、そろって、人気のない湿地帯へと引っ越しした。そこで、マムシちゃんは育った。
「でもそこはカエルがいる日といない日があったから、ここはほぼ毎日カエルが食べられるしね。どうしよう、お金を得なければ!」
マムシちゃんは、決意した。
「働かねば!」
本日土曜日。マムシちゃんは決意した瞬間に応募し、リモート面接して即受かったバイト先へ向かっていた。
「えーっと。ヒバカリさんちはどこだ?」
マムシちゃんは、ひたすら家々を回った。しかし、かれこれ三十分探しても、見当たらないのだ。
「どうしようどうしよう! 本日初出勤なのに〜!」
あわてた。
「そそ、そうだ! バイト先に電話してみよう」
というわけで、さっそくヒバカリさんちに通話をかけてみた。
十秒経つと、電話がつながった。
「もしもし?」
出た相手は、子どもらしかった。
「あ、もしもし? 私、本日ベビーシッターで雇われました、マムシですけど。あの、ヒバカリさんちって、どこにありますでしょうか?」
「もしかして、お姉さんの後ろにあるんじゃないの?」
と、電話越しの子どもが言う。
「へ?」
「一回振り向いてみ?」
マムシちゃんは、振り向いてみた。すると、受話器を持った男の子が、二階のベランダから、手を振っていた。
「ど、どうも。マムシです」
男の子の居間のソファーに案内されたマムシちゃん。まずは、丁重にあいさつをした。
「お茶……」
男の子は、マムシちゃんに紅茶を用意してくれた。
「ありがとう!」
「まあ、適当にしててよ」
と言って、男の子は居間を去っていった。
「……」
天使がお通りになられた。つまり、沈黙が走ったということ。
「あ、あのう……」
マムシちゃんは、そーっと男の子の部屋を覗いた。
「なに?」
「わ、私一応ベビーシッターとして来たんで、その、まあなんと言うか、君となにかしないといけないんだよね」
「なにかってなに?」
「え?」
「……」
マムシちゃんは困った。ベビーシッターのバイトを受けたのはいいけど、よくわかっていない。
「あーまあ、とりあえず! 君の名前は?」
「ヒバカリ……」
「え?」
「ヒバカリ……」
「ヒバカリ? ヒバカリ君ね」
マムシちゃんは、さらに聞いた。
「好きな食べ物は?」
「カエルとオタマジャクシと小魚とミミズ……」
「へえー! 私もカエル好きだよ。じゃあさ……」
「あの、今から僕勉強するんで」
と言われて、会話が途切れてしまった。
(やばい。苦手なタイプかも……)
マムシちゃんは、おでこに手のひらを当てた。
ヒバカリは、日本の小さなヘビ。カエルだけじゃなく、その子どものオタマジャクシも食べる。他には小魚やミミズも一飲みだ。ちなみに、ヒバカリの名前の由来は、"かまれたらその日ばかり"という習わしから来ているが、小さいし、おとなしいし、無毒のヘビなので、全く害はない。
マムシちゃんは、ヒバカリが勉強しているのを、後ろからじっとたたずんで見ていた。
(ダメよこのままじゃ。働いてるんだから、それなりのことはしなくちゃ)
「ヒバカリ君、私も勉強教えてあげる!」
彼の横に来た。
「小学一年生じゃあるまいし、僕は六年生なので一人でできる……」
「いや、六年生も中学一年生も高校一年生も勉強教えてもらうけど?」
じゃなくて。
「じゃなくて! 私お姉さんだから、お勉強できるよ? わからないところがあったら、いっしょにやろ? ね!」
「僕は常に成績が一位なので、その必要はないよ……」
「……」
でも負けないマムシちゃん。
「ねえねえお勉強疲れてこない? ほら、外行っていっしょにカエル探しに行こうよ。私ね、カエルがいっぱい捕れる穴場知ってるよ? 息抜きしましょう!」
しかし。
「まだお昼前なので、結構……」
「お菓子だよ〜! 甘いものを食べて、脳を活性化させようね」
お菓子を持ってくるも。
「いらない……」
「この線誰が引いた線だ? "知りません"!」
「……」
結局、どれもスルーされた。マムシちゃんは、うなだれて床に伏せてしまった。
お昼時になった。ヒバカリの勉強タイムがおわったようだ。彼は勉強机から立って、リビングに向かった。
「おっ。待ってたよ少年!」
マムシちゃんは、エプロンを着けて、台所にいた。
「なに?」
「君が勉強している間に、大好きなカエルとオタマジャクシと小魚とミミズを拾ってきて、オムライスにしたよ!」
と言って、オムライスをリビングのテーブルに置いた。都合上、オムライスは本場のオムライスみたく仕上がっているが。
「形がぐしゃぐしゃじゃないの……」
ヒバカリがツッコんだ。
「ごめん。オムライス作ったの一回くらいでさ。今日が二回目……」
とぼけるマムシちゃんだった。
さあ、二人っきりのお昼ご飯。マムシちゃんは、なんだか新鮮な気分だった。
「誰かと食事するの、久しぶりだなあ」
「……」
「私ね、今一人暮らししてるの。いい歳だってのもあるけど、実は夢があってね、それを叶えるために、一人暮らししてるの」
「……」
「1日に摂る三食はカエルがあるからいいけど、アパートの家賃は払わないといけないし、だから今日君の家で、ベビーシッターのバイトをすることにしたの」
「……」
一向に返事もうなずきもしないヒバカリ。マムシちゃんは、ちょっと困惑していた。反応がないと、ちゃんと聞いているのか、はっきりしないからだ。
「と、とりあえず! 三日間よろしくね。三日間ね、うん。三日間……」
マムシちゃんは、オムライスを食べながら、不安に思った。
(この子とうまくやっていけるかしら……)
夜になった。マムシちゃんは給湯器のスイッチを押した。
「はあ……」
ため息をついた。三日も相性の悪い小学生といっしょになるんだから、つきたくもなる。
居間に行く途中、部屋で勉強しているヒバカリが見えた。
「ヒバカリ君。お風呂炊いてるから、沸いたら入っていいよ」
「……」
彼は勉強に夢中で、返事をしなかった。
「チェッ。返事くらいしろっての」
マムシちゃんは、ヒバカリにあかんべーをした。
居間に来て、テレビを付けた。
「ん?」
テレビの下の収納ケースに、冊子がたくさん入っていた。その中の一冊を取り出した。
「アルバムだ。シメシメ……」
ニヤニヤするマムシちゃん。あの無愛想な少年の、幼き頃の姿を拝もうという魂胆だ。
一ページ目を開いた。
「か、かわいい〜!」
そこには、赤ちゃんの頃のヒバカリと、彼を抱いているお母さん、隣にお父さんが映っていた。
「わあ……」
目をキラキラさせているマムシちゃん。ページをペラペラとめくった。
「あれ? 幼稚園入園から写真がない」
写真は、赤ちゃんの時から幼稚園の入園式までしかなく、そこから先のページは、なにもなかった。
「もっとあってもいいよね」
マムシちゃんは考えた。ふと思った。あの無愛想な顔、素っ気ない態度、部屋で勉強ばかりしていて……。
「やっぱり、ただ無愛想な子ってだけじゃ……」
彼のベビーシッターを、三日も頼まれた。
「もしかしてあの子、いつもああやって一人ぼっちなんじゃ……」
マムシちゃんは思った。バイトを受け持った時、ヒバカリの両親から、ほとんど家にいないと。
「そうだわ、きっとそうよ。寂しくて寂しくて、いつか感情を失っていったんだわ! 面接の時、ベビーシッターで受け持つところは、両親とほとんど顔合わせしない子どもが多いって聞いた。あの子も、そうなのよ。寂しいのよ……」
そうわかると、なんだか途端にかわいそうになって、せつなくなってきたマムシちゃん。そして、彼のぽっかり空いてしまった心のスキマを埋めてあげようという気になったのだった。
勉強がおわって、背伸びをしているヒバカリ。
「ヒバカリ君!」
部屋に来たマムシちゃん。
「ゲームしよっか」
「やだ……」
即答。しかしマムシちゃんは。
「いいからやるよー!」
「え、えー!?」
ヒバカリの手を引っ張って、家を飛び出した。
やってきたのはゲームセンター。ゲームセンターは、深夜までやっているところが多い。でも、未成年は保護者同伴でないといけない。マムシちゃんはこう見えても
「これ、結構夢中になるんだよ?」
UFOキャッチャーだ。ヒバカリはマムシちゃんよりも、ゲームセンター全体を見渡しているようだった。物めずらしいものを見る目である。
「あーダメだ。これもだ。これもかあ!」
一人で灼熱するマムシちゃん。
「あ、あの……」
「待って! まだもうちょっとかかる」
本気になったマムシちゃん。ヒバカリが唖然とする。
「い、いや。なんでこんなところに!」
「うおおおっ!!」
全集中するマムシちゃん。そして、ついに!
「取ったどー!」
ユーフォーキャッチャーの景品を、取ることに成功した。
「あ、次なにしよっか?」
ケロッとするマムシちゃん。ヒバカリは、拍子抜けてこけた。
マムシちゃんとヒバカリは、シューティングゲームとカーゲーム、メダルゲームにプリクラをした。夜のゲームセンターは、休日の昼間よりも、人がいなくて、遊び放題だ。
「ほらほら。もっとくっついてだって」
プリクラが初めてなヒバカリは、照れながら、マムシちゃんにほおを寄せた。パシャリ。写真一枚がプリントされた。
ゲームセンターを出た。
「さあてと。次はなにしよっか。カラオケ? ボウリング? 卓球? そうだ! カラオケ行こカラオケ」
「待ってよ!」
ヒバカリが声を上げた。
「な、なんで急にこんなところ連れて行くんだよ? お風呂炊いてるんでしょ? 沸いてたら冷めちゃうでしょ? それに、もう夜だよ? 遊んじゃダメなんだよ?」
と言うヒバカリに、マムシちゃんはこう言った。
「たまには遊ぶのも、悪くないでしょ?」
「え?」
「ほら、カラオケ行こっか! ね?」
ヒバカリの手をつないで、カラオケへ引っ張った。
カラオケに来た。
「か〜が〜や〜き〜だ〜し〜た〜♪ぼ〜く〜ら〜の〜♪」
下手くそなマムシちゃんの歌が響いた。ヒバカリは耳をふさいでいた。
「下手くそ!」
「じゃあヒバカリ君歌ってみなさいよ!」
「えっ?」
「私だけに文句言って、自分が歌わないなんてことは、ないよね?」
ほほ笑むマムシちゃん。ヒバカリはムッとして、マムシちゃんからマイクを奪い取ると、マムシちゃんと同じ歌をうたった。
「輝き出した、僕らをだれ〜が♪」
うまい。マムシちゃんは呆然とした。
ヒバカリは、熱唱した。熱唱しているうちに、なんだかすっきりした気持ちになった。
カラオケを出た。
「師匠と呼ばせてください」
頭を下げるマムシちゃん。
「やめてよ……」
呆れるヒバカリ。
「ごめんね、ヒバカリ君」
「え?」
「急に誘っちゃって。私さ、さっきヒバカリ君のアルバム見たの」
「僕の?」
「そう。赤ちゃんの頃のね。でも赤ちゃんから幼稚園入園の頃までしか写真がなくて、私気づいたのよ。ヒバカリ君、ずっと一人ぼっちだったんじゃないかって。それで、いきなりだけど、誘ったんだよ」
「余計なお世話だよ……」
「そうだよね。えへへ……」
と、苦笑いするマムシちゃん。
「でも、ちょっとだけ楽しかったよ」
「へ?」
目を丸くするマムシちゃんをあとにして、さっさと歩いていくヒバカリ。
家に帰ってきたマムシちゃんとヒバカリ。
「では今から、怖い映画を観たいと思いまーす」
「いや、お風呂は?」
「そんなのあとあと」
「冷めちゃうよ!」
「追い焚きすればいいんだよ」
かまわず、マムシちゃんはDVDを付けた。
出だしから幽霊が出てきた。マムシちゃんとヒバカリはそろって驚いた。
『いちま〜い……。にま〜い……』
皿屋敷のようだ。
『いちまいたりな〜い……』
井戸の中から、幽霊が出てきた。
「きゃー!!」
マムシちゃんは、ヒバカリを抱きしめた。
ドサッと生首が落ちてきたり、手首だけが海面に伸びてきたり、振り向いたらのっぺらぼうという怖いシーンがたくさん流れた。マムシちゃんとヒバカリは、二人で抱き合って、ガクガク震えた。
『ワーッ!!』
極めつけは、最後に鬼のような顔をした男が、逆さまでいきなり登場した。
「いやあああ!!」
なぜか、マムシちゃんは、ヒバカリとお風呂に避難した。映画を観たら、お風呂に入るつもりだったんだろう。
「怖かったねえ」
「怖かったねえ」
マムシちゃんとヒバカリは、二人で脱衣場で服を脱いだ。そして、風呂場へ入り、湯船に浸かった。
「!?」
ヒバカリが湯船から跳ね上がった。
「な、なになに!? びっくりするじゃないの!」
驚くマムシちゃん。
「い、いやいや! なんでマムシちゃんいるんだよ!」
「え?」
「ぼ、僕出るよ」
と、照れるヒバカリの手をギュッと掴むマムシちゃん。
「ダメだよ。あんなの見せられて、一人になれるわけないじゃん」
「見せられて? いや、自分から見せたんじゃないの!」
「とにかく怖いから一人じゃ無理!」
首を横に振るマムシちゃん。
「僕もう六年生だよ! マムシちゃんみたいなお姉さんといっしょには……」
お風呂を出ようとするヒバカリ。
「そんなのいいからお風呂にいて!」
「そ、そんな!」
「大丈夫! 君は小学生、私は大人。ノープロブレムだよ?」
「いや問題なんじゃないかな!」
というわけで、どうしても一人でお風呂に入れないというマムシちゃんのために、ヒバカリは照れながらも、顔を向けないという条件で、いっしょに入ることにした。
「わっ!」
ヒバカリがシャンプーしようとして、マムシちゃんが後ろから頭に手を触れてきた。
「背中流してあげるよ」
「い、いいってば!」
「だって待ってるの退屈なんだもん」
「や、やめてえ!」
かまわず、ヒバカリの頭を洗ってあげるマムシちゃん。
「背中を流しましょうね〜」
かまわず、ヒバカリの背中を流すマムシちゃん。
そして、二人はそろって湯船に浸かった。
「どうした? 顔が真っ赤だぞ?」
「誰のせいでこうなったと……」
照れるヒバカリ。
「誰かとお風呂に入るのも、久しぶりかもなあ」
「……」
お風呂から出て、寝る時間。まだDVDのことを怖がっているマムシちゃん。ヒバカリは泣く泣く、いっしょの部屋で、寝かせてあげることにした。照れているヒバカリは、マムシちゃんとは違う方向を向いて、横になっていた。
「私さ、ヒバカリ君のベビーシッター、ちゃんと務めるよ」
「当たり前でしょ? バイトなんだから」
「それもそうだけど。仲良くしたいから」
「え?」
「またゲームセンターとカラオケ、行こうね」
「……」
ヒバカリは、胸にじんわりとあたたかいものを感じた。今まで一人ぼっちだった分、マムシちゃんのこの何気ない一言が、グッと来たのだろうか。
「お風呂にも入ろうね」
からかうマムシちゃん。
「もう入ら……ない!」
ムッとしたヒバカリ。でも、一瞬言葉を詰まらせたのは、まんざらでもない気持ちがあったからだろうか。
三日目の朝が来た。あれから、マムシちゃんとヒバカリは、ゲームセンターに行って、カラオケに行った。もちろん、家事もしたし、料理もしたし、勉強も教えたけど、ほとんど下手くそだった。だから、ヒバカリが手伝ってあげた。
二人は、お別れを玄関でした。
「じゃあ、お互いメールと携帯番号は登録したし、またいつでも会えるね」
「別に、会わなくてもいいけどね」
腕を組んで、そっぽを向くヒバカリ。
「もう、照れ屋さんね。たまにはわがまま言ったらどうだい? ええ?」
いじわるを言うマムシちゃんに、「ふっ」とほほ笑むヒバカリ。
「じゃあーあ、顔を近づけてみて」
「顔?」
「もっと。そう、そんくらい」
指示されたとおりに、顔を近づけてみた。
すると……。ヒバカリからほおにキスをくれた。
「へ?」
ほおを赤く染めるマムシちゃん。
「これが僕のわがまま。またね!」
これが、マムシちゃんが初めてひとめぼれされた日だった。
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