2.マムシちゃん、おしゃれになる
第2話
アオダイショウにフラレたマムシちゃん。突如現れた赤いコンタクトレンズのイケメン。
「おお! 名前がまだだったね。僕はシマヘビ。田んぼによく現れる、カエルとおしゃれと女の子が大好きなヘビさ!」
ウインクした。シマヘビとは、アオダイショウと同じ、日本の無毒のヘビである。アオダイショウは最大三メートルになるが、シマヘビは二メートルが最大。彼は、最大の二メートルだった。カエルを好んで食べるため、田んぼによく現れる。
「わ、私もカエル好きだから、田んぼの近くのアパートに住んでるの」
「へえー! 僕もさ。もしかしてさ、僕たち、同じアパートに住んでんじゃないの?」
「ええ?」
照れるマムシちゃん。
「ちょうど暇してたんだよね。よかったら、僕のアパートにおいでよ」
マムシちゃんは、胸をときめかせた。
「で、でも! そんな悪いよ……」
遠慮した。でも。
「いいっていいって」
手をつないできた。
(せ、積極的〜!)
マムシちゃんは、ますます胸の鼓動を高鳴らせた。
(いわゆる、肉食系ってやつ? いや、ヘビはみんな肉食系だけど)
ヘビは草や野菜は食べない。ネズミや鳥、カエル、トカゲなど小動物を食べる。しかも、かまずに、ゆっくりと体に押し込んでいく。食べたものは消化するまで時間がかかる。一週間前後はする。
「遠慮すんなよ」
マムシちゃんの手を引っ張るシマヘビ。
「で、でも!」
それを拒むマムシちゃん。
「いや、マジで来てほしい」
「へ?」
真剣な眼差しを向けられて、ドキドキするマムシちゃん。
「だってさ……」
(な、なになに? ひょっとして、ひょっとすると……)
ドキドキしながら、かすかな期待を抱いた時だった。シマヘビは、大きな袋を、後ろから出した。
「カエルを大量に捕まえちゃってね。一人じゃ食べ切れないから、いっしょに食べてほしいんだ。ひょっとして、君カエルきらい?」
「いやいや! 食べます食べまーす! むっちゃ好きです!」
カエルに釣られたマムシちゃんだった。
アパートに来て、マムシちゃんは目を丸くした。
「ここ、私住んでるとこだ!」
「え、マジ? 何号室?」
「ていうか、あなた。いつも見かけるたび、派手な格好してる、おしゃれな人? じゃなくてヘビ。あの、一階のヘビじゃなかったっけ?」
「え? 僕そんな目立ってんの?」
「まあ、はい……」
「あははは!」
シマヘビは笑った。
「まあね。僕はおしゃれが大好きだから、毎日服装は変えてるよ。髪の色も、マニキュアもね」
「マ、マニキュア……」
シマヘビの部屋に来た。彼の部屋は一階の一号室だった。マムシちゃんの部屋は、二階の二号室だ。
「すげえ。まさか、こんな偶然もあんだな」
シマヘビは、袋から大量のカエルを出した。まだ生きているので、ぴょんぴょん跳ねている。
「逃げちゃうよ?」
「おいおい。僕たちはヘビだぜ? にらんでやるんだよそういう時は」
と言って、シマヘビはカエルにガンを付けた。カエルたちが一斉に凍ったように動かなくなった。
「これがほんとのヘビににらまれたカエル……」
マムシちゃんが感心した。
カエルはすべてミンチになった。ハンバーグみたいにこねたミンチを、マムシちゃんとシマヘビは、二人で形にした。
「誰かとハンバーグ作るなんて、久しぶりだなあ」
「私も」
「結構うまいじゃん」
シマヘビがマムシちゃんの出来をほめた。
「えへへ!」
マムシちゃんは照れ笑いを浮かべた。
形にしたハンバーグは、シマヘビがフライパンで焼いた。マムシちゃんは、テーブルに皿を並べた。
居間の壁にかけてある時計が鳴った。正午だ。
「いただきまーす」
シマヘビとマムシちゃんはテーブルで向かい合って、お昼にした。
「なんか誰かと飯って久しぶりだな」
「私も」
「……」
二人は黙って、ご飯、みそ汁、二人で作ったハンバーグ(元はカエル)を食べた。
「ていうか私なに人んちで平然とご飯なんてやってんのよ!」
我に返ったマムシちゃんは、席を立った。
「ごごご、ごめんなさい! す、すぐ帰りますんで」
「おい待てよ。僕は、大量に捕りすぎたカエルを食べてほしくて、君を呼んだんだぜ?」
「いやあでもなんか、他人の家に上がっていきなりご飯をいただくなんてねえ?」
「いいじゃんかよ。飯代浮いただろ?」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
と、あわてているマムシちゃんのあごに、手を触れるシマヘビ。
「僕が好きなもの、なんだったっけ? カエルとおしゃれと、女の子。君かわいいからさ、誘ったんだよ……」
「え……」
ポッと顔を赤らめるマムシちゃん。そして、彼との幸せな日常を、想像した。
✳✳✳
マムシちゃんは、アパートなんかじゃない一軒家に住んでいた。
「いってきまーす!」
小学生の子ども(子ヘビ)が、学校へ足を急かした。
「いってらっしゃ~い!」
エプロンを付けて、りっぱな主婦姿と化したマムシちゃんが、子どもに手を振った。
「じゃ、行ってくる」
スーツ姿のシマヘビが、玄関に来た。
「いってらっしゃいあなた。あっ」
マムシちゃんは、彼のネクタイに手を触れた。
「ネクタイ、ねじれてるよ?」
すぐに整えた。
「サンキュー!」
ほほ笑むシマヘビ。そして、会社へ向かうシマヘビに、マムシちゃんは見えなくなるまで手を振った。彼も、彼女が見えなくなるまで、手を振った。
✳✳✳
「えへへ〜」
マムシちゃん、仲睦まじい家庭を想像して、いやらしく笑っている。
「決めた! シマヘビ君、私、あなたのお嫁さんになるわ!」
「え?」
「二人で、仲睦まじい家庭を作っていきましょうね!」
シマヘビはこう答えた。
「確かに、君はタイプの女の子だけど、まだ物足りないんだよね」
「へ?」
シマヘビは、マムシちゃんのほおに、手を触れた。
「それはおしゃれ。女の子は、もっと派手に彩っても、いいんだぜ?」
ウインクするシマヘビ。そんな彼を、マムシちゃんは呆然としながら見つめていた。
夜になった。マムシちゃんは、考えていた。どうしたら、おしゃれになれるかを。
「うーん……」
考えて考えて、一分が経った頃。
「わかんない時は本だ!」
雑誌を何冊か持ってきた。それらをペラペラとめくり、方法を探した。
「うーんむずかしい! おしゃれって、なんかよくわからん……」
マムシちゃんにとって、雑誌に載っているモデルは、みんな同じに見えるのである。シマヘビには、違って見えるのだろう。身に着けているアイテムでさえ、違いがわかるんじゃないだろうか。
「とりあえず、お化粧ってのを、してみようかな?」
マムシちゃんは、アパートに来る前、母親からもしものためだと渡された化粧道具を出した。使うのは、成人式以降である。
「えーっと。これは口紅か。これは、こうやって塗るのかな?」
とりあえず、口紅を塗ってみた。
「あら? ほおにはみ出してしまった」
次に、チーク。
「?」
でも、チークがなんなのかわからず、適当にほおにポンポンする。チークは、ほおに色を染めるもので、マムシちゃんの使い方は、あながち間違いではない。でも、適当に付けていると、マンガみたいな、真っ赤なほおの仕上がりになる。
「これは? これはこうかな? これはこう?」
マムシちゃんは、慣れない化粧道具にうろたえながら、おしゃれになるためがんばった。
翌朝。シマヘビの部屋に、インターホンが響いた。
「あいーっす」
シマヘビがドアを開けた。
「げっ!!」
驚いた。
「おはようシマヘビ君!」
マムシちゃんがあいさつした。失敗した化粧で、化け物みたいになった顔のマムシちゃんが……。
「き、君それなんだ?」
「なにって、化粧しておしゃれになったんだよ?」
「はあ? それ鏡見てから言えよ。じゃあな」
ドアを閉めた。マムシちゃんは、もっとすてきだとか、ほれ直したぜとか言われると思ったのに、がっかりした。
でも、部屋に戻って鏡を見た時、もっとがっかりした。
「確かに化け物だ。がくし……」
自分の化粧のできなさにしょんぼり。
「だがしかーし! こんなことであきらめるマムシちゃんではないのだ!」
胸を張るマムシちゃん。次なる作戦は、ファッションで攻めることにした。シマヘビも、おしゃれな服装をしていた。だから、マムシちゃんも、おしゃれな服装を決めて、彼のハートを掴もうとしているのである。
「でもどんな格好がいいかなあ? 雑誌参考にしよーっと」
雑誌をペラペラめくって、参考になりそうなものを探した。
「まずはこれだ!」
まずマムシちゃんが着たものは、着物。振り袖の宣伝を参考にした。
「でもこれ重い……」
着物は、結構重いようだ。
「こうなったらこれだ!」
次は、ウェディングドレスを着た。結婚情報誌を参考にした。
「よーし。この格好で、シマヘビ君にお姫様抱っこしてもらうんだあ」
シマヘビにお姫様抱っこしてもらっている想像をして、「うへへ」と喜んだ。
「テレビでも付けよーっと!」
テレビを付けた。ウェディングドレスを着たまま、ソファーにもたれる光景はシュールなような、物めずらしいような感じがする。
『みなさん注意してください……』
テレビでインチキくさそうな霊能力者が、怖い雰囲気を出している。
『ウェディングドレスを結婚前に着ると、婚期が遅れるのです。なので、着ないようにしてくださいね……』
「え……」
マムシちゃん、手に持っていたリモコンを落とす。
「きゃ〜!!」
マムシちゃんは、恋人はおろか、結婚もしたことがない。だから、婚期が遅れると聞いて、急いでウェディングドレスを脱ごうとした。なかなか脱げなくて、足元のバランスを崩して、こけた。
「はあ……」
結婚してないのにウェディングドレスを着たショックで落ち込んでいるマムシちゃん。
「ううん。おしゃれになったら、私はシマヘビ君と恋人になって、結婚するんだもん! だから、婚期なんて遅れるわけないんだわ!」
すぐ立ち直った。そして、次なるファッションを探した。
「シマヘビ君が好きそうなファッションがいいかもしれないなあ。確か、シマヘビ君はチャラい感じだったなあ」
シマヘビは、金髪に赤いコンタクトレンズ、首や手首にアクセサリーを着けていて、英語が書かれたパーカーにズボンを履いていた。実際のシマヘビは、地味で、灰色の体に横縞模様、赤い目をした姿である。アオダイショウに次ぎ、日本では、よく見られたヘビだ。ニホンマムシも、よく見られた毒ヘビだけど。
「チャラいチャラいチャラい……」
マムシちゃんは、チャラい印象のファッションを探した。雑誌を何冊もめくった。
「あ、あった! これだ!」
ついに見つけた。チャラいファッションが……。
そのまた翌日。シマヘビは、一本の木に背をもたれていた。
「シマヘビくーん!」
声がした方に、顔を向けた。
「おう、マムシか。か!?」
驚いた。無理もない。だってマムシちゃんは……。
「シマヘビ君! チャラくなったよ?」
マムシちゃんはチャラくなった。いや、ファンキーになった。白粉を顔中に塗ったくって、口紅を塗ったくって、アイシャドウを決めて、髪をワックスかけてツンツンにして、ビニールスーツを着ていた。
「でもこれだけだと地味なので、ドクロのペンダント付けてみたよ」
ビニールスーツの胸元に、銀色のドクロのペンダントが、キラリと光る。
「マ、マムシ……」
唖然とするしかないシマヘビ。
「シマヘビ殿〜!」
誰か声をかけた。マムシちゃんとシマヘビは、振り向いた。
「あれ? そこにいるのはどなたでごさるか?」
ゴスロリ姿の女の子だ。
「おう、シマヘビ子! 待ってたぜ」
シマヘビは、シマヘビ子と名乗る女の子の、肩を組んだ。
「あら? 集合時間ぴったりに来たでござるよ」
マムシちゃんは、呆然とした。
「さ、行こっか。花のアキバへ」
「今日は限定発売されてるグッズがあるの。急いで向かわなければ!」
「あ、あの!」
マムシちゃんが、二人を止めた。
「ん?」
シマヘビとシマヘビ子が足を止めた。
「えっと。その、その子誰?」
「こいつはシマヘビ子。僕の彼女だよ」
「え!?」
マムシちゃんは、がく然とした。
「い、い、いやいや! シマヘビなのにその子真っ黒いよなんか! えっ? なんか、その、真っ黒いよ!」
なにが真っ黒いかというと、実は、シマヘビ子は、
「え……」
「早く向かおうぞ?」
シマヘビ子が、シマヘビの腕にしがみついた。
「ままま待って! シマヘビ君、私との約束はどうなるの? 私、おしゃれになったら、結婚……じゃなくて、恋人になってくれるんじゃないの? かわいいって言ってくれたんじゃないの?」
必死で訴えた。シマヘビは、こう答えた。
「確かに、君はかわいいよ。少なくとも、そんな化粧する前はな。つうか、いくら女好きでも、本当に大好きなのは、こいつだから」
と言って、シマヘビ子の肩を組んだ。マムシちゃんは呆然とした。
「君もいつか、本気になれるやつ、見つけろよ? じゃあな!」
シマヘビは、シマヘビ子とアキバへ向かっていった。マムシちゃんは、二人が見えなくなるまで、ただ突っ立っているだけだった。むなしい風に、吹かれながら……。
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