マムシちゃん

みまちよしお小説課

1.マムシちゃん、背を伸ばす

第1話

田んぼ、山、草が青々として、セミの声が響く夏の時期。

「暑〜い!」

 マムシちゃんが、川辺でバテていた。

 マムシちゃんは、ニホンマムシという日本の代表的な、毒ヘビの女の子。主にカエルやネズミ、トカゲなどをえさにしている。カエルが一番好きなので、カエルが出てきそうな田んぼや池などの近くで見かける。

 ニホンマムシは小柄で、わりとおとなしいヘビだが、出血毒しゅっけつどくといって、かまれるとその部分の筋肉が溶けて、血が止まらなくなるので、安易に触れてはいけない。

 でも、今回出てくるマムシちゃんは、ただのヘビなんかじゃない。擬人化ぎじんかされた、背が低めの女子大生だ。

「ア〜イ〜ス〜……」

 マムシのくせに、アイスをねだった。姿が人間なんだから、致し方ないけど。

「なんてバテている場合じゃないわ!」

 立ち上がった。

「私は今、お嫁さんになるために、すてきな彼氏を探しているのよ!」

 そう、マムシちゃんは今夏、お嫁さんになるという目標があった。

「毎日イチャイチャして、ベッドであんなことこんなことして、子ども作って、そしてそして、いっしょに年取って……。きゃー!!」

 一人で盛り上がるマムシちゃん。

「さあ! さっがすぞ〜!」

 マムシちゃんは、はりきって未来の旦那探しを始めた。

 まず川に来た。誰もいなかった。続いて森に来た。誰もいなかった。

「私の彼氏……」

 石塀の上を歩くマムシちゃん。

「どーこだ!」

 そこから飛び降りた。

 飛び降りたところに落とし穴があって、そこにマムシちゃんは落ちた。

「あたたた……。な、なんでこんなところに落とし穴が!?」

 腰をさすりながら、落とし穴から出てきた。 

「ったく! 古典的ないやがらせをするやつがいるもんね」

 おしりに付いた砂を払いながら、文句を言った。

「古典的で悪かったね」

 声がしたので、振り向いた。マムシちゃんは、目を輝かせた。

「まさか、ネズミじゃなくて、マムシが引っかかるとはな」

 そこには、青髪の超背が高い、超イケメンがいた。

「か、かっこいい……」

 思わずつぶやくマムシちゃん。

「そうだ! お前ヘビだろ? 手伝えよ」

「へ?」

「ネズミ捕りだよ。俺の飯、調達すんの付き合えや」


 二人は山へ来た。

「ネズミ」

 マムシちゃんは茂みを覗いてみた。

「ネズミ」

 多く茂った雑草を覗いてみた。

「ネズミやーい」

 ウサギの巣穴を覗いてみた。

「お前ネズミをろくに探したことねえな?」

 青髪のイケメンがバカにした。

「だってネズミよりカエルのが好きだもん!」

 ムッとするマムシちゃん。

「ていうか、君は誰? 名も名乗らないで、いきなり人……じゃなくてヘビにネズミ捕りを頼むなんて非常識な!」

「その名も知らないやつにホイホイとついてきた己もまたアホすぎると思うがね」

 意地悪い返しにイライラするマムシちゃん。

「俺はアオダイショウ。日本を代表する無毒のヘビ。自慢したいことはいくらでもあるが、中でも自慢できることと言ったら、この背の高さだぜ!」

 アオダイショウは、ヒョイッと木の枝を掴んだ。

「よっこいせ!」

 なんと、片手で懸垂しただけで、木に登ってしまった。マムシちゃんは、呆然とした。

「俺の体長は二メートル。俺の仲間には、三メートルを超えるものもいるんだ!」

「さ、三メートル!?」

 マムシちゃんは驚いた。ニホンマムシで一番大きいサイズは、一メートル五センチ。マムシちゃんは擬人化した姿なので、百五十センチと小柄である。

「確かに背が高いなあとは思ってたけど、まさか二メートルあったとはね。驚いたよ」

「ほら、マムシも登ってこいよ!」

 アオダイショウは、木の上から手招きした。

「えー?」

 マムシちゃんは困惑した。

「私木なんて登れない!」

「どうしてだ? ヘビなんだから、木ぐらい登れんだろ?」

「いや無理だって!」

 マムシちゃんは、手を横に振った。

「マジかよ~。お前、背小さいもんな」

 アオダイショウは笑いました。

「うるさーい! ニホンマムシは背が小さいの!」

 マムシちゃんは怒った。

(なんてしてる場合じゃないわ! お嫁さんになるために、すてきな彼氏を探しているのよ。こんないじわるなやつと、絡んでる場合じゃないわ)

 と、心の中で言うマムシちゃん。

(でも待てよ? こいつだって、いいところがあるかもしれないし、それに、私を一目見てネズミ捕りに誘ったってことは、脈ありの可能性もある……かも!)

 胸をときめかせるマムシちゃん。

(アオダイショウ君のお嫁さんになったら、幸せかも〜!)

 マムシちゃんは、アオダイショウと結婚したことを想像した。


✳✳✳


 東京の渋谷駅ハチ公前広場。多くの人がにぎわっていた。

 マムシちゃんは、不安そうな顔をして、あたりを見渡していた。時間になっても、アオダイショウのやつが来ないのだ。

「アオダイショウ君……」

「よっ!」

 誰かが、マムシちゃんの頭に手を置いた。あわてて振り向くと、そこには、背の高い青髪イケメン、アオダイショウがいた。

「おまたせ」

 にっと微笑むアオダイショウ。

「バカ。ほんとに待たせんじゃないわよ!」

「わりいわりい。お前背小さいから、見つけられなくてさ」

「ひどーい! 渋谷ハチ公前って約束したでしょ?」

「あははは!」

 アオダイショウが笑った。ぷくうっとほおをふくらませるマムシちゃん。

「さっ、行くぞ。映画、おわっちゃうぞ?」

 二人は映画館に来た。さすが渋谷の映画館、人が大勢にぎわっている。席は満席だったが、マムシちゃんアオダイショウペアは、無事席に着くことができた。

「寝るなよ?」

 と、アオダイショウ。

「そっちこそ」

 と、マムシちゃん。

 映画が始まった。

『お前が好きだ!』

『私もよ?』

 映画の中のカップルが、告白して、キスをした。

「……」

「……」

 マムシちゃんとアオダイショウは、二人して寝ていた。クライマックスというところで、ギブアップだったらしい。でも、本当のカップルらしく、頭と頭を寄りそって、寝息を立てていた。


✳✳✳


「ぐふふふ……」

 いやらしく笑うマムシちゃん。

「決めた! アオダイショウ君、私、あなたのお嫁さんになるわ!」

「はあ?」

「さあ、そこから降りて、私を抱いて〜!」

 両手を広げるマムシちゃん。しかし。

「なに言ってんだお前」

「へ?」

「お前、頭でもぶったのか?」

 首を傾げられた。無理もない。だって、マムシちゃんがいきなり決めて、アオダイショウは、マムシちゃんのことなんにも思っていないのだから。

「だ、だから私とアオダイショウ君は、結婚するの! ってそれは早ーい! 恋人になるの。こ・い・び・と・に♡きゃー!」

 一人で浮かれているマムシちゃん。

「やれやれ。どうやら頭のねじでも抜けたみたいだな」

 呆れているアオダイショウ。

「つうか、お前みたいな背の小さいやつ、恋人にも嫁にもしたくねえっての」

「えっ!」

 目を丸くするマムシちゃん。

「俺をよく見ろ。俺は背が高いだろ? お前は小さい。お前みたいなチビ、誰が相手にするかよ」

(ま、ほんとはマムシとなんか結婚したくないだけだけどさ)

 マムシちゃんはがっかりした。この時、彼女は初めて失恋というものを経験したと思った。

「アオダイショウ君は、私みたいな背の小さい子はきらいなんだ……」

 ショックでへたり込むマムシちゃん。地べたを指でくるくるとなでた。

「つうか俺……」

 と、アオダイショウがなにか言いかけた時。

「そうだ! そんなにチビが気に入らないなら、背を伸ばせばいいんだ!」

 立ち上がるマムシちゃん。

「アオダイショウ君待ってて! 明日にでも、このマムシ様、理想の二メートルの美しいヘビになって差し上げます〜!」

 と言って、立ち去っていった。

「お、おい!」

 アオダイショウは、マムシちゃんを止めようと木から飛び降りたが遅く、彼女はすぐ見えなくなってしまった。「やれやれ」とため息をついた。


 夜になった。マムシちゃんは、田んぼが近くにあるアパートで、一人暮らしをしていた。

 ニホンマムシは、穴を掘って、そこを巣にする。全てのヘビがそうやって巣を作る。でも、マムシちゃんは擬人化して人間になっているので、アパートに住んでいる。

「うーむ」

 マムシちゃんは考えていた。どうやったら背が伸びるか。

「そうだ! こういう時は……」

 バンッ! テーブルに何冊か本を置いた。

「本で調べよう」

 背が伸びる方法が記された本を見た。ペラペラめくって、全部見た。

「なるほどね」

 ちゃんと読んだかどうかさておき、マムシちゃんにはなにかひらめいたようだ。

「作戦ナンバーワン! 牛乳を飲む!」

 マムシちゃんは、冷蔵庫からビン牛乳を出した。

「これをグビッと飲み干せば、背が伸びる!」

 冷蔵庫の中には、十本もビン牛乳があった。それをグビグビ飲み干していった。

「ああ……。ゲフッ」

 全部飲み干した。十本の牛乳ビンは、カラッ欠だ。

「うう! お、お腹が……」

 ゴロゴロ鳴っている。牛乳を十本飲んだせいで、お腹を下してしまった。マムシちゃんは、トイレにかけ込んだ。その後、一時間もトイレにこもっていた。

 一時間後、マムシちゃんはトイレから出てきた。げっそりしていた。

「さ、作戦ナンバーツゥ……」

 やつれながら、言った。

 マムシちゃんは、公園に来た。

「こうなったら、懸垂だ! 懸垂すれば、背が伸びるって本に書いてあった!」

 マムシちゃんは、一番大きい鉄棒に、ジャンプしてぶら下がった。

「これをしながら今日は寝る!」

 目を閉じました。

 しかし、一分も経たないうちに、マムシちゃんは汗をかきながら、苦しそうな顔をした。これじゃあ、とても寝れそうにない。

「ぐぬぬ〜! うお〜!」

 腕が引きちぎれそうだった。

「も、もうダメ……」

 ついに、落ちた。

「さ、作戦ナンバースリー……」

 息を切らしながら、そう言った。

 アパートに戻ると、リビングのテーブルには、野菜がいっぱい置いてあった。

「ナンバースリーは、背が高くなりそうなものを食べる! そこで、野菜を食べようと思ったのですが……」

 マムシちゃんは、野菜が食べられないのだ。野菜を見るたび、しぶい顔をする。ヘビはみんな肉食だから、野菜なんて食べられるわけがない。でも、背が高くなるには、野菜を食べなくてはならないと、本にあったのだ。だから、マムシちゃんは、野菜を食べなくてはならない。

「せ、背が高くなるまでの辛抱だよ! 背が高くなるまでの……ね?」

 きゅうり、にんじん、レタス、ブロッコリー、大根、ピーマン、玉ねぎ、しいたけなどの野菜がたくさんあるテーブル。マムシちゃんは息を飲むと、震える手で持つフォークでブロッコリーを刺した。

「あわわ……」

 恐怖で震えながら、ブロッコリーを見つめるマムシちゃん。

「やめた! こんなのデマだ。まれにある誇大広告みたいなもんだよ。だから、野菜なんて食べて背なんて高くするなんて話はウソよ!」

 と言って、フォークを置いた。

 マムシちゃんは本をペラペラとめくって、もっと楽な方法で背を伸ばす方法がないか探した。

「なかなかないなあ。背を伸ばすのって大変なんだなあ」

 当然である。

「あ、あった!」

 見つけた。

「背を伸ばすには、よく寝る、食べるかあ」

 というわけで、布団を敷いた。

「もう夜だし、寝よっと」

 マムシちゃんは人間だけど、本物のニホンマムシは、とぐろを巻いて寝ている。しかも、ヘビにはまぶたがないので、目を閉じて寝ない。目は、透明の膜で覆われている。

「あ、でも野菜全然食べてないし、夜ご飯まだ食べてなかったや」

 というわけで、マムシちゃんは冷蔵庫から目をバッテンして息絶えているカエルを取り出して、油で揚げた。すると、不思議なことに、カエルはすべて、えび天、丸いから揚げ、コロッケになった。

「私は揚げ物大好きだから、カエルも揚げちゃうんだ!」

 主食にご飯をたくさん茶わんに乗せテーブルに置いたら、手を合わせた。

「いただきまーす!」

 バクバク食べた。女の子らしくない食べ方だ。

「ごちそうさまー!」

 食べおわった。茶わんには、米粒一つ残っていない。

「やっぱすぐそこのお米おいしいわあ。スーパーのと格が違う」

 マムシちゃんは、ご飯は隣の田んぼからもらっている。

「さあ、あとは寝るのみ! これで背が伸びるのかなあ? アオダイショウ君と、恋人になって、結婚できるんだあ。ぐふふ!」

 先に敷いた布団に入ると、想像した。


✳✳✳


「すごいなマムシ! 俺くらい背伸びたじゃん!」

「えへへ! たくさん食べて、寝たら背伸びたんだよ?」

「だよな。たくさん食べて寝るのが一番だよな」

「アオダイショウ君、お嫁さんになっていい?」

 マムシちゃん、アオダイショウの胸にくっつく。

「背伸びたんだから、いいぜ」

 マムシちゃんを抱きしめた。

「マムシ幸せ……」


✳✳✳


「やだあ〜! マムシとっても、まいっちんぐ♡」

 一人で布団の中で盛り上がるマムシちゃん。アオダイショウと恋人になるためだからとかじゃなく、寝る前の週間になっている。寝る前に妄想して、その間に寝落ちする。彼女は、恋に夢見る少女である。

「でもそれももうおわり。次回からマムシちゃん、新妻編って題名でお話繰り広げていくからね。みんなよろしく!」


 翌朝。アオダイショウが目をバッテンにしたネズミをブタの丸焼きみたいに枝に巻き付けて、たき火で焼いていた。

「アオダイショウ君!」

 アオダイショウは、声がした方に顔を向けた。

「よう、マムシ」

「朝からネズミ焼き? なかなか豪華だね」

「ネズミだけじゃないぜ? ハトのたまごに、ハトのひなもあるぜ」

 そう言って、魚籠びくの中のエサを見せた。

「朝飯まだなら、どれか分けてやるよ」

「ほんとに!? じゃあ、ネズミ焼き!」

 マムシちゃんは、アオダイショウの真向かいに座った。

「ところで、私背伸ばしたよ?」

「は?」

「たくさん食べて、たくさん寝たから。ほら!」

 と言って、マムシちゃんは立った。アオダイショウは、マムシちゃんの全身を見上げた。マムシちゃんは、ドキドキワクワクしていた。

(これで私のお嫁さんになりたい夢作戦は、大成功ね! イエイ!)

 喜んだ。

「アオくーん!」

 声がした。

「おっはよー!」

 背の高い青髪の女の子がかけてきた。

「よう、アオダイショウ子」

「あらネズミ焼き? あたしも食べる〜!」

 と、マムシちゃんに顔を向けた。

「あら? 誰この子?」

 マムシちゃんも聞いた。

「そっちこそ誰ですか?」

「あたし? あたしはアオダイショウ子。アオ君の彼女」

「ああ、彼女か」

「そっ、彼女」

「彼女ね」

「……」

 マムシちゃんは、アオダイショウ子が言った「アオ君の彼女」を、頭の中で響かせました。

「ええええ!?」

 マムシちゃんは、仰天しました。

「なんだよ急にでかい声出して! びっくりすんだろ?」

 と、アオダイショウ。

「ねえねえ。ネズミあーんしたげようか。あーん!」

 アオダイショウ子が、ネズミの丸焼きをあーんさせてきた。

「お、おいやめろよ。それくらい自分で食うよ」

「いいじゃないのよ。ほら、あーん!」

「恥ずかしいだろ〜」

「誰も見てないでしょう?」

 和やかなアオダイショウカップルのムード。その隅に追いやられているマムシちゃん。

「うわあああん!!」

 マムシちゃんは、走ってその場を走り去っていった。

 マムシちゃんは、田園風景がのどかな道を全力疾走していた。

「わあああん!!」

 泣きながら。

「わふっ!」

 誰かとぶつかってこけた。

「あたた……。ご、ごめんなさい……」

 と、相手を見た瞬間、マムシちゃんは目をハートにした。

「ノープロブレムさ!」

 そこには、赤いコンタクトレンズの、ものすごい派手な格好をした、イケメンがいた。

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