9.近所の魔女さん
第9話
みきおの家の近所に、毎日佇まいが変わる家があった。月曜日は一戸建て、火曜日は数十万以上するであろう一軒家、水曜日はレンガ建て、木曜日は木造建て、金曜日は旅館、土曜日はつぎはぎの鉄で作られた家、日曜日は藁の家になっていた。
みちこは不審に思い、ベランダから毎日その家をにらんでいた。
「なに見てんだよみちこ?」
みきおが声をかけた。
「今日は祝日の月曜日……。あそこ、どんな家になんねんやろ?」
「はあ?」
みちこは、毎回いつの間にか姿を変えている家を、どう変わっているのか見抜くため、目を細めていた。
「そういえば、あそこの家またなんか変わったか?」
みきおは首を傾げた。他事に興味を持たない性格なので、家が変化したかなんてわからない。
「むむむ〜!」
みちこはにらんだ。家は変わらない。
「むむむむ〜!」
みちこはにらんだ。家は変わらない。
「むむむむむ〜! はあはあ!」
息を切らし、吐いた。
「ったく……。そうまでして見たいかって……。あれ?」
みちこも顔を上げた。
「あーっ!!」
家が変わっていた。さっきまで藁の家だったのが、丸太小屋になっていた。
「お、お兄〜! どうやって! どうやって変わったん!?」
みきおの肩を揺らすみちこ。
「し、知るか〜!」
「もう決めたで! 強行突破や!」
「はあ!?」
みきおは声を上げた。
「もしお前の勘違いだったらどうするんだよ! お前が勝手に家が変わったと思い込んで……」
「なわけあらへんがな! さっきまで藁の家やったやんけ!」
「た、確かに……」
「なんで家をすぐ変えることができるのか……。その調査を、このみちこ
「え?」
「そうと決まれば出発や!」
みちこは家に向かった。
「巡査は交番で働く役だぜ?」
呆れながら、みちこの後を追った。
丸太小屋の前に来た。
「ゴクリ……」
みちこは息を飲んだ。
「ほら、インターホン鳴らせよ」
と、みきお。
「な、ないねんそんなもん……」
「じゃあ中行ってノックしてこい」
「やや、やばい人出てきたらどないやねんな! こ、ここはお兄がみちこの前に立ってな?」
「お前あれだけはりきってて、めっちゃビビってんじゃねえか……」
みちこは冷や汗を垂らしながら、みきおにしがみついていた。
「もうわかったよ! 俺がノックして、中の人呼びゃいんだろ?」
「き、気い付けてな? なんかあったら、お母呼んでくるからな?」
みきおは、息を飲んだあと、ドアをノックした。
「やあいらはい」
相手はみきおの前に、逆さまに現れた。
「うわああああ!!」
みきおとみちこはびっくり仰天。
「あ、ごめんね。驚いちゃったね」
逆さまの女は、謝った。
「初めまして。私、この家の魔女よ? 名前はみなみ。あなたたちは?」
今度はみきおもみちこにとても近距離で挨拶してきた。
「いや、その……」
「ん? どした、少年」
「近すぎるわ……」
「あ、ごめんね。近すぎたね」
と言って、
「君たちの名前はーっ!」
ほうきに乗って、空から名前を聞いてきた。
「バカだろあんた!!」
みきおとみちこはツッコミを入れた。
二人は、みなみの家に上げてもらい、居間に連れて来られた。
「はいこれオレンジジュースよ」
台所から、指でなぞるようにして、コップを二人の元へ宙に飛ばし、渡した。
「す、すごい……」
感心するみちこ。
「あ、あんたまさか……。魔法使いなのか?」
「そうだよ。最初に言ったでしょ、魔女って」
みなみは、二人の向かい合わせにあるソファに腰を掛けた。
「もしかして、家が毎回変わるのも魔法?」
「うん。あれ? もしかして、魔法使ってるの気づいてた? バレないように魔法をかけておいたのに」
「ご、ごめんなさい! み、みちこの勘がするどいあまりに……」
みきおは目を細めてみちこを見た。
「あはは! いいのいいの。というか、私常にとんがり帽子かぶってて、ロングドレスを着ているから、魔女でいること隠す気はなかったの。まあ、街の人たちはみんな、ただのコスプレイヤーにしか思ってなかったみたいだけど」
「で、なんで今日は丸太小屋なんだ?」
みきおが聞いた。
「木の匂いっていいでしょ? ちょうどこの香りを味わいたい気分でさあ」
伸びをするみなみ。
「あ、そうそう。君たちお腹空いてない?」
みなみは、指をサッとなぞると、台所の冷蔵庫と冷凍庫が開いて、ドーナツ、ケーキ、アイスクリームがテーブルに飛んできた。
「おお!」
感激するみちことみきお。
「これ全部食べていいよ」
「ほんまに!? いただきまーす!」
みちこは、トリプルアイスクリームを口にした。続いて、ドーナツを口にした。続いて、ケーキを口にした。
「みちこ! そんなに食うと、夕飯が食えなくなるぞ?」
みきおが注意した。
「いいよ。ここにあるものはみんな魔法がかかってるから、どんだけ食べても太らない!」
「ええ?」
みちこはアイスクリーム、ドーナツ、ケーキを交互に食べ続けた。
みなみが用意したおやつはすべて食べ切ってしまったみちこ。夕方になったので、そろそろ帰ることにした。
「またな、お姉ちゃん!」
みちこは笑顔で手を振り、去っていった。
「またね〜」
手を振り見送るみなみ。
「あ、みきお君」
黙って去ろうとするみきおを呼び止めるみなみ。
「明日はどんな家にしようかな?」
みきおは答えた。
「知らねえよ。勝手にすれば?」
と言って、去っていった。
翌日。
「なあなあお兄。学校行く前に、お姉ちゃんとこ寄ろ?」
「ええ?」
「ええやん」
みちこは、みなみの家まで向かった。みきおも肩をすくめ、向かった。
「わあ!」
驚いた。そこにあるのは家ではなく、空き地となった場所にぽつんとキッチンカーがいるだけだった。
「おはよー」
キッチンカーから、みなみが出てきた。
「家は?」
みちこが聞いた。
「今日から働こうと思って」
「働く?」
と、みきお。
「人間界にいて、みんな働いて生活してるんだなって気づいたの。昨日キッチンカーで日本中を旅してる人をテレビで観てさ、いいなと思ってね」
「人間界? なに言ってんねんこの人?」
みきおはみなみを指さすみちこの前に立ちはだかった。
「で、でもあんた免許持ってんのかよ?」
「え?」
「免許だよ。キャラバンを運転するには、普通免許が必要になるぜ?」
みなみは、サッとカードを出した。大型免許証だった。
「マ、マジかよ……。いや、これも魔法か?」
コソッとつぶやいた。みなみはそっと指を口元に立て、ほほ笑んだ。
「ねえ。君たちもいっしょにキッチンカーで旅しない?」
「え?」
みきおとみちこは同時に声を上げた。
「私魔女だけど、今回は自分の手で作ったものを提供したいの。君たちが手伝ってくれるとうれしいんだけど」
「おもろそうやん。みちこはええよ?」
「ダメだ」
みきおはみちこの前に手を差し出し、制した。
「父さんや母さんが断るだろ。それに、俺たちには学校があるんだから」
「そんな社会が決めた常識に囚われてちゃ、お兄の人生は、きっとつまらんもんになるで!」
胸を張って答えた。
「いやどこでそんなこと覚えたんだよ……」
呆れるみきお。
「行きたい行きたい! キッチンカーで旅に出たい〜!」
地面を踏み鳴らすみちこ。
「お前はいつまで子どもみたいに!」
と、みきおがカッとした時。
「じゃあさ、土日と祝日は? 私も初めは土日と祝日限定で稼働しようかな」
ウインクした。
土曜日を迎えた。約束した十時に集合すると、みなみは宣言した。
「ケーキを作って売りたいと思いまーす」
「ケーキ? ええやん」
「俺たちはこれからなにをするんだよ?」
「君たちは、私が指示したことを淡々とこなすだけでいいからね。さっそく、作業開始といこうか!」
手をパンと叩いて、みなみは、ボウルを出した。
「えーっと……。まずスポンジを作るか」
調理場に、生卵と小麦粉、牛乳、バターを並べた。
「とりあえず、これを全部混ぜるのかな?」
卵は割らずにボウルに入れて、小麦粉は袋に入っている分すべて入れて、牛乳もパックに入っている分を全部流して、バターも切らずに、包みにかぶっている分をすべて流した。
「……」
唖然とするみきおもみちこ。
「ん? え? あ?」
なかなか混ざらないため、困惑するみなみ。
「……」
泡立て器の手を止めるみなみ。
「ねえ、スポンジってどう作るの?」
「まず卵割れ! 全部流すな!」
二人は同時に同じツッコミを入れた。
「あ、そや。みちこ、スポンジ単体があるの知っとるよ」
「そういや、昔母さんと生クリームかけて作ったな、クリスマスケーキ」
「お姉ちゃん。お金出してくれたら、スポンジ単体買うてくるで!」
手を差し出した。
「ほんと? でも、お金ってなに?」
「え? お金はお金やん」
「ごめんね。私お金っていうものが……」
二人の間に、
「みちこ! 俺の金やるから、これでスポンジ単体と他に好きなもん買ってこい!」
千円を渡した。
「ほんまに!? わーいわーい!」
みちこは、みきおから千円を受け取ると、喜んでスーパーへ向かった。
「ふう……」
「どうして額の汗を拭ってるのよ? あわてちゃってさ」
と、みなみ。
「あのな! 俺はお前が魔女で人間じゃなくても、あんまりおかしいと思わねえがな? あいつにとっては、あんたはただの手品師なんだ。人間界の知識を皆無な魔女さんなんて思っちゃいない。だからその、下手に本性出そうとするんじゃないぞ?」
「はーい」
みなみは、適当な返事で答えた。
「ったく……。なんか俺こう人間ぽいけど人間じゃないのと最近出くわしている気がする……」
途方に暮れた。
みちこが帰ってくる前に、他に準備を完了することにした。準備といっても、生クリームとフルーツを用意するくらいだ。
「私生クリーム作るわ!」
「おう。じゃあ俺、いちご切るんで」
「いちごは冷蔵庫にあるから、適当に切って」
みきおは、冷蔵庫からいちごを取り出し、調理場で切り始めた。切りながら、思った。
「そういえば。あのいちご野郎どうしてんのかな?」
あの辛口のイチゴのことだ。
「ねえねえ」
みなみが呼んだ。
「生クリームって、どうやって作るの?」
「作るもなにも、パックに入ってるやつ全部ボウルに流して、ミキサーで混ぜれば……ああ!?」
みきおはみなみが作業していたテーブルを見て呆然とした。
テーブルに牛肉、豚肉、キャベツ、レタス、パン、ご飯がたくさん並んでいた。
「生クリームって、どうやって作るの? どうにもならないから、魔法で材料出してみたんだけど……」
「生クリームを作るのにこんなに材料はいらねえだろ〜!?」
みきおがキレた。みなみは「へえー」と返事をした。
「もういい! 全部俺がやる! あんたは食器洗いでもしてな!」
みきおは、ミキサーで生クリームを混ぜるのといちごを切るのを両方こなした。
「あなたいいパパになれるわよ」
感心するみなみ。
「やかましい!」
みきおは怒った。
正午を迎えた。
「はあ……」
みきおはキッチンカーの外でぐったりしていた。一人で生クリームといちごは完成することができた。
「お疲れ〜。お昼食べてきなよ」
「ていうか、みちこはどうした? まだ戻ってこねえのかよあいつ」
「そういえばそうだね……」
みなみは言った。
「もしかして! 迷子になってるんじゃない?」
笑顔で答えた。みきおは呆れてふてくされたが、その瞬間に顔を青ざめた。
「まさか……。なにかまずいことになっているんじゃ!」
交通事故、誘拐、その他悪い想像がみきおの脳裏をよぎった。居ても立ってもいられなくなり、バッとその場をかけ出した。
「みちこ〜!!」
そのままかけ足で進み、商店街へ。みちこはまだ小学六年生だ。いつも生意気ばかりで手を焼かすけれど、なにかあった時どうしようもならないことは目に見えている。
「みちこ〜!! みちこ〜!!」
あたりを見渡しながら、名を叫んだ。しかし、彼女の姿は現れなかった。
「近くのスーパーにいるはずだ……。そうだ、だってスポンジは、昔この辺のスーパーで母さんと購入したんだからな!」
と、スマホが鳴った。
「みちこ……」
みちこから通話がかかってきた。
『お兄?』
スピーカーから、みちこの声が聞こえる。
「お、お前今どこにいるんだよ!?」
『なにをそんなあわてとんねん? もうキッチンカーや。なんや知らんけど、帰りに野良猫追っかけとったら、いつの間に戻っとんねん』
「え?」
拍子抜けた。
戻ってみると、そこにはみちことみなみが、黒毛和牛のステーキをごちそうしているところだった。
「お兄見てみい? お姉ちゃん、指でサッと黒毛和牛のステーキ出してくれたんやで? すんごい手品やな!」
ほほ笑んでいた。みきおは力が抜け、へなへなと座り込んだ。
「お兄?」
「さっ。お昼のあとはケーキ作りの続きよ!」
みなみは、途方に暮れているみきおの前に、カップラーメンを置いた。
「な、なんだこれ?」
「あなたのお昼よ」
「いや、お、俺にはステーキはないのかよ!」
「ええ? マジックでそんなたくさんは出せないよ?」
「せやで? マジックにはタネがあるもんな!」
みちことみなみは顔を合わせて笑い合った。
「ケーキをカップラーメン味にしてやろうか!」
みきおはイライラしながら言い放った。
お昼のあとにすぐ、ケーキ作りを再開。
「生クリームは私が……」
みなみは、絞り袋から生クリームをスポンジへ大量に流し込んだ。
「こうしてこうして?」
よくわからないまま、適当に生クリームを塗ったくっていくみなみ。
「みちこもやる〜!」
みちこに絞り袋を渡した。
「えーい!」
生クリームを上から絞り出した。
「お前らこれケーキだぞ? から揚げに付けるマヨネーズを出してんじゃねえからな?」
呆れているみきお。
スポンジに塗ったくられた生クリームは、みきおがケーキナイフで丁寧に伸ばし、平らにした。
「うまいやん」
「上手だねえ」
まじまじと見つめるみちことみなみ。
「あんまり見るな……」
照れるみきお。
「じゃあ次は、三角みたいな形に生クリーム絞らなくちゃ!」
と、みなみ。ケーキの上に乗っかている栗みたいな形に絞った生クリームのことだ。
みなみは絞り袋を持って、出そうとした。
その瞬間、みきおに取り上げられ代わりに絞ってもらった。
「うまいやん」
「上手ねえ」
まじまじと見つめるみちことみなみ。
「だから見るなって!」
照れるみきお。これで、ケーキに生クリームが塗られた。
「最後はいちごを乗っけるだけや!」
「いちごなら、カットしたのあるから、使いな?」
みきおは、冷蔵庫からカットしたいちごを取り出した。
みちこがいちごを全部乗せて、いよいよケーキが完成した。
「そういや、スポンジの中に挟むいちごを切るの忘れてたな」
みきおは後ろ頭をかいた。
「いいじゃんおいしければ。いただきまーす!」
みなみは、カットしたショートケーキを食べた。
「う〜ん! おいしいねえ」
「ほんまに?」
みちこは、みなみにケーキをカットしてもらい、食べた。
「おいしい! お兄も食べてみい?」
「お、おお」
みきおもカットしてもらったケーキを食べた。
「どう?」
みちこが聞いた。
「うまいな」
「へえー。君、ケーキをおいしいって言えるんだね」
感心するみなみ。
「どういう意味だよそれ?」
にらむみきお。
「ほな、これをキッチンカーで販売するんや?」
みちこが聞くと、みなみは首を横に振った。
「え!?」
みちことみきおは目を丸くした。
「お、おい! どういうことだよ!」
「せ、せっかく作ったのに〜!」
「いやなんかさ、正直ケーキ作るのって大変だなあって。材料費とかもバカにならないし、売れたとしても、稼いだお金は全部ケーキに費やされそうだしさ」
呆然とするみちことみきお。
「いや、それがキッチンカーという仕事で、ケーキ屋という商売だろ……」
呆れるみきお。
「そうだ! 私、パソコンで仕事しよ」
「パソコン?」
みちこは首を傾げる。
「そう。パソコンなら、材料費なんてかからないし、稼いだお金は自分の自由にできるしね。じゃ、君たち、またね!」
みなみが懐から出した魔法の杖を一振りすると、突風が吹いた。そして、気づいたら二人は外に出ており、目の前にはキッチンカーがおらず、空き地になっていた。
「さすが手品師や……」
感心しているみちこの手には、三等分したケーキのお皿、そこに手紙が添えてあった。みきおは手紙を手に取り、開いてみた。そこには、
"みちこちゃん、みきお君。ケーキ、おいしかったよ"
と、一言だけ記されていた。
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