8.宿題代行サービス
第8話
待ちに待った夏休み。小学生、中学生、高校生、大学生は、夏休みを満喫していた。一日中ゲームに没頭する者、サイクリングをする者、デイズーランドに行く者、ドライブに行く者。それぞれが楽しい夏休みを満喫していた。
しかし、夏休みは楽しいだけではない。宿題というものが課せられる。小学生、中学生、高校生、大学生は課せられた宿題に悩まされていた。なぜあそこまで膨大な量をこなさなくちゃいけないのか、なぜ作文なんてものがあるのか、なぜ研修なんて行かなくちゃいけないのか。
「宿題なんてきらいだ〜!!」
頭を抱える小学生、中学生、高校生、大学生は数知れず、存在した。
しかし、今年の夏休みは、そうでもなさそうだった。
夏休みが始まってから一週間後のある日、子どもたちが公園の前に群がっているところを、根本は見かけた。覗いてみると、そこには、スイカ頭に、パンプキンのような顔をした変なやつが、子どもたちの宿題を解いていた。
「あれは……。宿題!」
根本は、変なやつが宿題を解いていることに気づいた。
「なにをしているんですか?」
近くの小学生に聞いてみた。
「宿題代行サービスだよ。スイカ頭のウォーターメロンが、僕たちの代わりに、夏休みの宿題をしてくれるんだ」
「まあ!」
根本は声を上げた。
「ちょっとあなた! 宿題をやってあげるなんて、許し難き行為! 宿題をなんだと思っているのですか!」
ウォーターメロンに対し、怒った。ウォーターメロンは、宿題に夢中で、聞いていない様子だ。
「こら聞きなさいよ!」
「やめろ〜!」
子どもたちが、根本を押して、ウォーターメロンから離した。
「こ、子どもたち!?」
驚く根本。
「これ以上ウォーターメロンに近づくとこうだぞ!」
子どもたちは、石を投げてきた。投石を受けた根本は、その場から走って退散した。
「さあさあ子どもたちよ! 宿題ができたメロン!」
ウォーターメロンは、できあがった宿題を、子どもたちに配った。
「ありがとう! ウォーターメロン!」
子どもたちは大喜び。
「夏休みじゃなくても、いつでも呼ぶメロン。それと、お返しと言っちゃなんだが、おいしいメロンを、ごちそうするメロン!」
ウォーターメロンからの頼みだった。
「あっち〜」
みきおは、汗を拭うと、コンビニで買ってきたアイスの包みを開けた。そして、口に入れようとした時だった。
「うわーん!!」
根本がぶつかってきた。
「いてて……」
みきおは倒れて、根本の下敷きになった。
「うわーん!!」
根本はみきおから離れ、顔を両手で覆い、泣いた。
「ね、根本じゃねえか。な、なんだお前?」
根本は覆った手から、チラッと片目だけみきおに見せた。みきおはビクッとした。
「宿題代行サービスなんていう、あやしいやつが現れたの……」
「は?」
みきおは首を傾げた。
「まあ傾げちゃうでしょうね? でもね、本当にいたのよ。わたくしが走ってきたずーっと向こうにね!」
立ち上がり、腕を組みながら胸を張って断言した。
「い、いやなんで急に胸を張る?」
唖然とするみきお。
「誰であれ、宿題を他人に任せるなんて行為は、よくないと思う……。写させてもらうことも、代行なんてのも、以ての外!」
「ほんとにまじめだなお前……」
唖然とするみきお。
「みきおさん?」
にらむ。
「な、なんだよ?」
ドキッとするみきお。
「わたくしとあなたでその宿題代行サービスというあやしい人物を退治しませんか?」
「ええ?」
「よーしでは行きましょう!」
みきおの手を引き、無理やり連れて行った。
先ほどまでいたはずの宿題代行サービスは、いなくなっていた。
「いない! おかしい!」
「お前暑さでおかしくなったんじゃねえの?」
「宿題もしないで、アイスなんて食べてた人なんかに言われたかありません!」
「誰だって暑い時はアイス食べるだろっ? てか俺のアイスはお前が飛び込んできたせいでどっかに行っちまってんだよ!」
二人はにらみ合った。しかし、それはすぐに意味のないことだと察した根本は、にらむのをやめた。
「宿題代行サービス……」
あごに手を付け、考え込む根本。
「てかなんなんだよそれ? そんなのいんのかよほんとに……」
みきおはスマホで調べた。
「いるのかよ!」
「え?」
根本は、みきおのスマホを覗いた。
宿題代行サービスは、夏休みの宿題が面倒で、半分、あるいはすべて担ってほしいという人が、メールで予約し、指定の場所まで向かえば、代行してくれるサービス。料金は無料。その代わり、メロンをごちそうしてあげることが条件のようだ。
「なんでメロンなんだ?」
「確かそいつ、スイカみたいな頭をしてました。パンプキンみたいな顔をしていて……」
みきおはなんとなく、察した。
(これまでみたいに、また変なやつが現れたわけか……)
「会えなくもなさそうだぜ?」
「は?」
みきおはスマホを見せた。
「予約すればいいんだろ?」
宿題代行サービスは、夏休みになると、百万件以上も予約を受ける。今回は、商店街のそばにある運動公園が会場になる。
「へっへっへ! ウォーターメロン様に宿題をやってもらうのがそんなにうれしいか、ガキども。代償としてメロンまで持ってきやがって……。メロンをたらふく食べて、やがて巨大になって世界征服をしてやるメロン!」
ウォーターメロンは一人で、あやしく笑った。
「子どもたち並びに学生たち、早く来ないメロン〜?」
ゴザの上に置いた座卓にひじを置いて待った。約束は、午前十時。大勢の子どもたちが、宿題を片手にやってきた。
「やってきたメロン!」
その群れの中に、高校生らしき男女がやってきていた。
「久しぶりの子どもじゃないやつらだメロン」
子どもたちは、ウォーターメロンの前に来ると、宿題を渡そうと必死で頼んできた。
「まあまあ待つメロン。みんな並んで。一人ずつ、持ってきた分一日でおわらせてやるメロン!」
子どもたちは喜びの声を上げた。
「ふんっ。なーにが一日で持ってきた分よ?」
根本はいい気分になれなかった。
「マジでいんのかよ……」
みきおは、呆然とした。
ウォーターメロンは、一人ずつ、持ってきた分はどんなものでも必ず十五分でおわらせた。徳川家康の史上をすべて載せた自由研究でも、十枚が条件の作文でも、ササッとおわらせてしまった。子どもたちは、二十人以上来ているはずなのに、着々と減り続けていた。ウォーターメロンの背後には、メロンの数が、対応した子どもたちの数だけ積まれていった。みきおも根本も、最早タダ者ではない空気を感じた。
三十分が経過した。みきおの番がやってきた。
「さあさあ! 次は君の番だよ? どんな宿題でも、サクッとおわらせるメロン!」
「お前すげえよ!」
と、みきお。
「な、な! 頼む。俺の宿題、明日から全部やってくれ!」
「いいメロン。その代わり、持ってきたら持ってきたで、メロンをよこすのよ?」
「ちょっと待ったー!!」
根本は、みきおにライダーキックをお見舞いした。
「あなたね! 宿題を代行するなんてどういう神経しているのかしら? しかも、代償にメロンを頂く? ほんっとにありえないんですけど?」
ウォーターメロンは笑った。
「はははっ! 君も宿題をやってほしいからここに来たメロン」
「いいえ。あなたに抗議にしに来たのよ。この青二才とね」
「は? お、俺?」
まだ後ろで待っていた子どもたちが「青二才ってなに?」、「あいつ二歳なんじゃね?」、「青鬼?」と、口々にしゃべっていた。
「おいおい根本! 子どもたちがお前が言ったことに口々に言い合ってるぞ?」
「そんなことよりも! このあやしいスイカ野郎! あんたにその宿題代行をやめさせてほしい!」
「ふふふ。おもしろいメロンな。今までにないタイプだメロン……」
ウォーターメロンはニヤリとした。
「いいメロン! やめてやるメロン。その代わり、お前とどっちが子どもたちの宿題をこなせるか、勝負したいメロン!」
「えっ?」
驚がくする根本。
「いや、中学生、高校生、大学生、宿題を抱える者すべてのだ! ちなみに僕は一人たったの五分から十分でおわらせることができるメロン!」
「……」
「では明日、午前九時より開始。来なかったら負けを認めたとして、これからも僕の宿題代行サービス式世界征……。いや、今日はまあこれで失礼!」
ウォーターメロンは、煙玉を地面に投げつけ、煙幕を発生させた。
「けほけほ!」
みんなが煙にやられているうちに、ウォーターメロンは、いなくなっていた。
「おいおい根本?」
みきおが唖然としている。けれど、根本は、勝負を受けて立つつもりでいた。
翌日。
「宿題代行サービス始まるメロン!」
三十人以上も列を組んだ子どもたち、約数名の中学生、高校生、大学生たちが、宿題とメロンを抱え、並んでいた。
ウォーターメロンの隣には、根本が鎮座していた。
根本は、横から、ウォーターメロンが宿題を解いている姿を覗いた。
(なにこいつ……。わたくしより早いじゃないの!)
ペンを動かす速さは、目にも止まらない。
「あの……」
「は、はい!」
小学生が数名、根本の前に並んでいた。
「宿題やってくれるの?」
「あ、あ、はい……」
根本は、小学生から宿題を受け取った。
「なんでこのわたくしが小学生レベルの問題を解かなくちゃいけないの?」
「お姉ちゃん高校生?」
「はいそうです」
「おっぱいでかいの?」
根本は宿題を解いているシャーペンの芯を強くノートに押さえて、折った。
「ぎゃははは!」
後ろで並んでいた数名の小学生たちが笑った。
「クソガキども〜!!」
ウォーターメロンは、三十人、四十人と増える人たちの宿題を秒でこなし、根本は小学生にいやがらせに遭い、夕方が過ぎた。
「わっはっは! メロンが大量メロン!」
ウォーターメロンは、一日で千個のメロンをもらった。
「根本、お前大丈夫か?」
みきおが声をかけた。根本は、ぐったりしていた。
「この程度で疲れるなんて、人間はしょぼいメロンな」
「なにっ?」
みきおはウォーターメロンに、顔をキッと向けた。
「負けを認めるんだな」
ウォーターメロンは、千個ものメロンを巨大な風呂敷に包み、背負うと、煙玉を打ち付けて、煙幕の中に消えた。
「くっ……。おのれ〜!」
根本は怒りに燃えていた。メラメラと、夕日のように熱く燃え上がっていた。
「学年で成績は常にトップのこのわたくしをコケにするのは、一兆年早いわ!!」
「一兆年ってお前……」
「みきおさん!」
「は、はい?」
みきおは姿勢を正した。
「わたくしたちも本気を出しましょう?」
「え、あ、いや……。なんだよそれ?」
「なにを戸惑っているの? こうなったら、わたくしたちもあのメロン野郎みたく、宣伝をするのよ!」
グンッと近づいてくる根本。
「あ、ああ……」
みきおは当惑していた。かくいう自分も、今日もウォーターメロンに宿題を任せていたのだった。
宿題代行サービスは、さらに名を広げた。テレビでは、スイカ頭をした謎の人物が、夏
休みの宿題に悩む子どもたちの助っ人として取り上げられており、今年の夏休みは、遊びに出かけている子どもや学生が多いという話も出た。
さらにもう一つは、女子高生宿題代行サービス。三つ編みの銀縁のメガネをした天才女子高生が、スイカ頭の人物と対抗して、悩める子どもたちの宿題をこなしてくれる、そのうわさも立っていた。
二人は動画配信かなにかで活動していて、目立ちたいだけなんじゃないか、付き合っているんじゃないか、いろいろなうわさが浮上した。とうとうマスコミまでかけつける騒動になった。しかし、ウォーターメロンはマスコミが現れると煙玉をまいて逃げるため、真相は未だに手つかずだった。根本もスキをついて逃げていた。
ウォーターメロンは、人間界に来て見つけた空き家の中で、これまで頂いたメロンを食べおえたところだった。
「わっはっは! 僕はこれまで、何個食べたかわからないくらいメロンを食してきた。力がみなぎってくる……。あふれる〜!」
ウォーターメロンの体から光が発せられた。
根本は、はりきっていた。なぜなら、三つ編みではなく髪を一つに縛り、スーツを着ていたからだ。まさに、女子高生ではなく、宿題を代行する営業マンになろうとしている。
「な、なあ根本?」
「あ、そうそうみきお。あんた今日から、わたくしの秘書ね」
「は?」
「なんか、思った以上に宿題代行がウケてるみたいだしさ。これまで代償とかそういうのなしにしてたけど、これからはビジネスとしてやっていきたいから、一人につき千円を頂戴することにするわね」
「お、おいおい! なんかよくわかんねえけど、お前キャラ変わってんぞ!」
「さ、仕事を始めるわよ」
「いやいや待て待て! お前初めあんなにスイカ野郎をバカにしてたくせに、なにやる気になってんだ!」
みきおが叫んだ時だった。
突然、遠くの方で巨大なものが出現した。それは、ウォーターメロンだった。
「人間ども! これからこのウォーターメロン様が食ってやるメロン!」
目を丸くするみきおと根本。
「はあ……」
根本は気絶し、倒れた。
「ね、根本!」
巨大化したウォーターメロンから逃げ惑う人々。
「オラァ!!」
ウォーターメロンは、ビルを手で破壊した。崩れた破片は、逃げ惑う人々の元に落ちた。
「オラァ!!」
全身を使って、ビルをすべて壊した。
「オラァ!!」
一軒家を踏み潰した。
「オラァ!!」
お城を壊した。
「オラァ!!」
車を上に投げた。
「パクッ」
食べた。
みきおと根本は、安全な港へと退避した。
「こうなったら、ここまで惹きつけるわ!」
「根本!?」
根本は、ウォーターメロンのいるところまで走った。
「オラ、このメロン野郎!! こっちへ来いや!!」
根本は汚い口調でウォーターメロンを呼んだ。
「来いよ来いよ!!」
根本は、罵声を浴びせながら、港へと向かった。ウォーターメロンは、根本へと向かった。その間、街の建物や車が蹴飛ばされていった。
「根本ーっ!!」
みきおが叫んだ。根本は走った。ウォーターメロンは迫ってきた。
「今だ!!」
根本は、迫ってきたウォーターメロンから右に避けた。
「うわあ!」
ウォーターメロンは、足を崩し、海へと落ちた。まるで飛沫がビックウェーブのように飛び、みきおと根本、そのまわりを濡らした。
「や、やったのか?」
みきおと根本はまじまじと海を見つめる。
「いたた……。海に落とすとか卑怯メロン……」
立ち上がった。みきおも根本はがく然とした。
「深いと思って油断したメロンな? 港付近の海はな、そんなに深くないんだよ!」
ウォーターメロンが罵った。
「お前らを食ってやるーっ!!」
みきおと根本は抱き合って震えた。ウォーターメロンが二人を食べようと手を伸ばした。その時!
「やめてウォーターメロン!!」
ウォーターメロンは横を振り向いた。これまで、宿題をしてあげた子どもたちだった。
「ウォーターメロンは僕たちに宿題をやってくれるやさしいやつじゃなかったの?」
「悪いことはしないで!」
「仲良くしようよ。メロンじゃなくて、スイカとか、アイスもおいしいよ!」
子どもたちが、一斉に声をかけてくれた。ウォーターメロンは目から涙をこぼした。
「メロン〜!」
叫ぶと、ウォーターメロンは、徐々に体を縮めていった。
子どもたち、みきおと根本は、海へと向かった。そこには、ただのスイカが浮かんでいただけだった。
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