6.五月病ウイルス

第6話

ずっと家の中で過ごしていたゴールデンウィーク。しかし、その五日間という連休がおわると、たちまち襲ってくる病は、誰にでも降りかかってくる。

「みちこー? 早く起きなさーい!」

 母がろうかでみちこを呼んでいた。

「なんや? まだ起きとらんのか」

 と、父。

「まったくもう。連休明けでだらけてるのかしら?」

「ほな、仕事行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

 父は会社へ向かった。

「みちこー!」

 何度呼んでもみちこは出てこない。

「五月病で起き上がれなかったりしてな」

 リビングでパンをかじっているみきおが言った。

 母は二階へ上がり、みちこのいる部屋へと向かった。

「みちこ! あんた遅れるわよ?」

「おかん……」

 まだベッドに横になっているみちこ。

「遅れるわよ?」

 かけ布団を取ろうとすると。

「いや!」

 みちこは、かけ布団を引っ張って、阻止した。

「いやもう八時よ? 起きないと遅刻しちゃう!」

「うう〜ん!」

 みちこと母は、お互いかけ布団を引っ張り合った。

「はあはあ……。な、なんでみちこは疲れてないのよ?」

 みちこからかけ布団を奪うことはできなかった。

「みきお〜。あんたもみちこのこと起こしてやって?」

「はあ? どんだけ学校に行きたくないんだよ……」

「もうあんたしかいないのよ、頼るツテが」

「ツテって……」

 呆れながらも、みきおはみちこを起こしに向かった。

「おらクソガキ〜。起きねえと小学生で留年するぞー?」

 みきおは毒の入った起こし方をした。

「みちこー? 俺も遅刻す……」

 部屋に来た時、呆然とした。

 ベッドで寝込むみちこの体から、紫色のオーブが湧いていたからだ。

「なな、なんだよおい!」

 腰を抜かした。

「まさか……。五月病ウイルス!」

 みきおは我に返った。

「んなまさかなあ! 俺もどうかしてるぜ。小学生の頃にアソコにひまわりが咲いたことがあってから、時々変なことが起きて、その変なことが当たり前の光景に思えているから、五月病ウイルスとか言っちゃうんだ。あーもういいや。こんなのほっといて学校行こう」

「学校行きたくない……」

 みちこの声が聞こえた。

「カバンに教科書を詰めな……。でもやる気出えへん……。早う行かんと遅刻してまう……。でも……やる気が出えへん……」

 まるで魂が抜けたような声を出すみちこ。

「やっぱりなんかやべえよこれ……」

 みきおは、みちこの枕元に来て、改めて危機的状況だと悟った。

「でもよお。俺も学校行かねえと。遅刻しちゃうんだよなあ」

「学校……行かな……。でも……やる気出えへん……」

「うわあ! いつものお前らしくねえ! なんか死んでんぞ!」

 あわてるみきお。

「ったくしょうがねえ。みちこの五月病治してやらねえと」

 五月病。それは、四月の新年度を迎え、ゴールデンウィークという連休を与えられたのち、明けに誰にでも降りかかってくる病のことである。病というか、心理的なものというか、四月から緊張しっぱなしだった時期が過ぎたのちにやってきた連休で解放的になっていたのちに、週五日、週休は二日のみの生活を強いられる日々が始まる……。そういったちょっとした絶望感から来るものだろう。

「対処法として、無理やり学校、または会社へ足を運ぶ。目標を決めるなど、モチベーションを上げるものを見つけるか……」

 みきおは考えた。

「みちこ、お前好きな人いるだろ?」

 みちこは、みきおに顔を向けた。

「そいつがお前のこと待ってるぜ?」

 今学校に来ても、とっくに遅刻になるが、教室には、好きなかっこいい男子がみちこの登校を絶えず待っている姿が……。

「みちこ、好きな人いないねん……」

 みきおから顔を背けた。

「あれ?」

 みきおは次の策を考えた。

「みちこ。お前こないだ国語で百点取っただろ? すげえじゃねえか! 国語で百点取れるんなら、将来小説家とか、脚本家とか、舞台作家になれるかもしれねえぞ? さあ、夢に向かって学校に行こう!」

 なるべく希望ある雰囲気を出して伝えた。

「百点はたまたまやで? そもそも、みちこは小説家も舞台も脚本家もなりたないねん。モデルになって、ランウェイ歩きたいねん。なんで勉強せなかんの?」

 みきおはムッとした。

「キ、キレちゃダメだダメだ。みちこの五月病を、治してやらんとな?」

 しかし、みちこから放れる紫色のオーブは、一向に消える気配がない。

「あまり言いたくないが、こいつの性格上、致し方ないか……」

 みきおは決心して、次の策を実行した。

「みちこ! お前は世界一かわいい!」

 みちこは、背けていた顔を、もう一度向けた。

「お前以上のび、美人がいるか? お前は天使だ。お前はモデルになれる! さあ、だから学校行こうぜ? 学校中の生徒と先生が、世界一美しいお前が来るのを待ってるんだぜ!」

 みちこはしばらくみきおを見つめて……。

「キモ……」

 また顔を背けた。

「こうなったら無理やり学校に連れてってやるー!!」

 みきおは、みちこの体を掴み、無理やりベッドから引きずり下ろした。

「やめて! やめてえ〜!」

 全力で抵抗するみちこ。

「うるせえ! お前はこうでもしないと学校行かねえだろ!」

「やあ〜あ〜!!」

 みちこを羽交い締めして、部屋から連れ出そうとするみきお。

「俺だって遅刻なんだよ〜!」

 叫んだ。すると、みちこから紫色の光が発された。

「うわ!」

 みきおは突き飛ばされた。

「うははは! 我こそは五月病ウイルス。お主は、我を目覚めさせてくれた恩人だ!」

 と、言い放つみちこ。

「これから、人間どもを五月病に感染し、全人類はが五月病ウイルスの物となるのだ!」

 みちこの姿のまま、五月病ウイルスは高笑いした。

「え、えー?」

 唖然とするみきお。

「まずはお主から、五月病にしてやろうか!」

 五月病ウイルスは、みちこの指から紫色のビームを放った。みきおは間一髪で避けた。

「んなもんかかってたまるか!」

 みきおは部屋を出た。

「待〜て〜!」

 五月病ウイルスが追いかけてきた。


 連休明けの街。ゴールデンウィークは家、または旅行に行って過ごしていた会社員たちは、明けでかったるい気持ちを押し殺して、仕事をしていた。ゴールデンウィークも変わらず仕事だったパートやアルバイトは、忙しかったゴールデンウィークが明け、ホッとしていた。

「うはは! 人間ども、今から五月病の菌で苦しめてやるぞ!」

 みちこ……いや、彼女に乗っ取った五月病ウイルスは、まわりの会社員たち、パート、アルバイトたちに向け、紫色のビームを放った。

「あれ? なんで俺こんなところで営業なんてやってんだろ……」

「かったりい……。会社で資料作成とかだるいから、ソリティアしよ」

「あーもうバイトだるい! まかない食って帰ろう」

 会社員、パート、アルバイトたちは、五月病ウイルスにかかり、ホールで寝たり、会社のパソコンでオンラインゲームをしたり、家に帰ったりした。

「うはは!」

 五月病ウイルスは、街の人々を五月病に仕立て上げた。

「ああもうだるいんで、お客さんここで降りてもらえます?」

 と、タクシードライバー。

「だるいんで、金払わなくていいっす?」

 と、お客さん。

「みんなー! 今日はもうだるいから、会社早引きしよう!」

 と、社長。社員たちはどこぞの魔法学校みたく、文具、ファイルケースを上に投げて喜んだ。

「たけし〜? なんかだるくてさあ。今日バイトやめたの。今からデートしない? え、マジ? あんたもだるくてやめたの?」

 街の人々は、五月病に侵食された。誰も働かなくなってしまった。それぞれの地区の学校から、先生や生徒がそろって出てきた。みんな五月病にやられ、帰ろうとしていた。

「こ、これは……」

 みきおは呆然とした。学生は教科書やカバンを校庭にほったらかして、大人は会社の制服や道具をほったらかして、それぞれ家に帰ったり、好きなところに向かう。世界のおわりのような光景に見えた。

「うははは!」

 五月病ウイルスは、両手を広げ、鉄塔のてっぺんで高笑いをしていた。


「五月病ウイルス様バンザーイ……。五月病ウイルス様バンザーイ……」

 翌日。五月病ウイルスのビームを受けた人々は、バンザイをして、崇めていた。洗脳だ。

「うはは! お主たち、今日からなにもしないで、そこで寝て過ごせばよいのだ。そうすれば、お主たちから五月病ウイルスがあふれ出て、我の仲間が増える!」

「五月病ウイルス様バンザーイ……」

「お主たちはそのうち消えていなくなるが安心せい。ウイルスとして、転生をするだけよことよ!」

「五月病ウイルス様バンザーイ……」

 みきおは、ビルの影で、洗脳された人々に、呆然としていた。

「マジかよ……」

「お主たちに頼む! まだ五月病ウイルスに感染していないものがおる。そいつらをつかまえてこい!」

 五月病ウイルスを崇拝していた人々は散って、感染していない人々を探しに向かった。

「おいおいマジかよ!」

 みきおは逃げた。

 ウイルスに感染した人々は、まだ感染していない仕事や勉強、趣味にやる気全開の人々に、五月病ウイルスビームを放ち、感染させた。感染した人々は、夢中になっていたことをすっぽかして、仲間になった。

「なんとかしないとなんとかしないと!」

 みきおは走った。走って、ビームにだけは当たらないようにと願った。

「みちこ! 父さん母さん!」


 みきお、みちこの母は、スーパーのレジ業務をしていた。

「今日はお客さんが少ないわねえ。というか、人手も足りないじゃないのよ。みんなどうしちゃったのかしら?」

 不思議に思っていると。

「あら! あなた?」

 みきお、みちこの父が来た。

「あなた仕事は? もしかして、休憩時間? それとも、買い出し?」

 父はなにもしゃべらない。

「まあいいわ。今日は人手が足りないし、お客さんも全然いないのよ? こんな日ってあるかしら? いつもならね、ど平日でも、何人か見えてるんだけどね」

 父はなにも答えない。

「ちょっと……。商品出してバーコードスキャンさせなさいよ!」

「五月病ウイルス様バンザーイ!」

 父は、指を掲げ、ビームを放った。

「きゃあああ!!」

 母の悲鳴が響いた。


 みきおは、たくさんの洗脳された人々から逃げていた。その中に、クラスメイトもいた。

「お前ら俺を攻撃してどうする!」

 逃げながら訴える。しかし、洗脳されたクラスメイトたちは、指からビームを放つだけだ。

「くっそ〜!」

 みきおは無我夢中で逃げた。

 逃げてる途中見つけた、路地裏にあるゴミ箱に隠れた。

 あとを追うクラスメイト、その他人々の足音が消えた。

「も、もういないかな?」

 ゴミ箱から出ようとした時、足音が聞こえた。みきおは息をひそめた。

 行ったり来たりの足音が聞こえる。一向に消える気配がない。

「早く行けよくそ!」

 つぶやくみきお。しかし、足音はコツコツコツコツと、行ったり来たりを繰り返している。

「ん? なんだ?」

 なにか、手に違和感を覚えた。カサカサカサカサと、茶色いなにかが手に……。

「うわあああ!!」

 みきおはゴミ箱から飛び出た。

「いたぞ……」

 だるそうにしながら、洗脳された少女がみきおを攻撃。それに気づいた他の人々も、みきおをねらってきた。

「うおおお!!」

 みきおは、屋根の上や壁、地中、水中、森、車の下を進み、逃げた。


 夜になった。みきおは港まで逃げていた。

「はあ……。どうしたらいいんだよもう……」

 みきおは灯台の見える場所に座り込んで、頭を抱えた。

「ほんとよね」

 隣を見た。母がいた。

「母さん! 無事だったのか!」

「あんたも無事でなにより。父さんね、おかしくなったわよ」

「五月病にやられたか……」

「五月病?」

「ああ。よくはわからんが、みんな五月病ウイルスというものにやられたらしい……」

「そんなウイルスあるの?」

「そう。ビーム放ってただろう? あれにかかると、気だるげなゾンビみたいになるんだ。そしてウイルスに侵食されて、やがて消えてなくなり、地球全体がウイルスしかいない世界になる……みたいだ」

「ふーん。それはお気の毒ね」

 母はほおづえして、満月を見上げた。

「五月病ってさ、新年度の緊張から解放されるゴールデンウィークが明けて、発症するものなのよ。いわば、楽しかった連休が明けてだるいだるい仕事、学校やだあって状態なのよ。てか、連休明けは誰でもめんどくさいでしょ?」

「そりゃまあ、俺だって、連休明けはだるいさ」

 みきおは言った。

「けど俺にとっちゃ、連休も平日も変わんねえよ。だって、平日は学校行ってさ、休みは自分の好きなことするだけだろ? たったそんだけのことじゃんか。なにが違うんだよ?」

 母はクスッと笑った。

「え?」

「ごめんごめん! たださ、あんた高校生らしくないこと言うなって……。そうね、世の中、仕事よりもプライベートが大事って人のほうがたくさんいるから、あんたみたいなのがめずらしいわよ」

「母さんはどっちだ?」

 母は少し考えてから、答えた。

「そんなことよりも。今この状況をどうするか、考えないといけなくない?」

「はあ?」

 みきおは首を傾げた。けれど、それも一理あると思った。その日の夜は、外で寝るのはあぶないと思い、近くの工場に身をひそめた。


 五月病ウイルスが発生し三日経った。人々は堕落し、とうとう生気を失いかけていた。自分たちが何者なのか、なぜこの場で寝転んでいるのか、今目の前にいる人は誰なのかさえわからなくなっていた。

(俺、なにしてた人やっけ?)

 みきおとみちこの父は、スーツのまま、駅のホームで倒れていた。

(そもそも俺は何者や? なんか、誰かといっしょに暮らしていたような……)

 薄っすらと、何人かの人々を浮かべた。

 ピーンポーンパーンポーン!街中にチャイムが鳴り響いた。

『あーあー。聞こえますか? 街のみなさん、私は名もなきただのパート主婦です。今回は、五月病で苦しむみなさんに、お灸をすえるため、放送を開始しました』

 その放送主は、言った。

『ゴールデンウィーク、楽しかったよね? 家で過ごした人、友達とデイズーランドに出かけた人、家族でショッピングモールに出かけた人、恋人と過ごした人、いろいろな楽しみがあったよね?』

 街中で寝転んでいる人々は、ボーッとして、聞いているのか聞いていないのかわからない表情である。

『楽しかった連休がおわって、また週五日、通勤、または通学しないといけないのめんどうくさい気持ちはわかる。けど、思い出してごらん。なぜあなたは、働くの? なぜあなたは、勉強をするの?』

 街中で寝転んでいる人々は、ボーッとして、聞いているのか聞いていないのかわからない表情である。

『目標があるからじゃないの? 忘れちゃった?』

 街中で寝転んでいる人のうち一人が、起き上がる。

『それぞれ違っていても、目標に対してがんばろうと思ったから、お仕事、勉強を始めたんじゃないの? 義務教育中の君たちにはまだどうして勉強をするのかわからないかもしれないけれど、将来なりたいものがあるでしょ? 今のままで、叶うと思う?』

 街中で寝転んでいた人々が、徐々に起き上がっていく。

『プロになりたい、誰かのためにがんばりたい、幸せにしたい人がいる、夢を叶えたい……。思い出してごらん? 今、あなたには本当に叶えたい目標、夢があるはずよ? それが今の状態で叶うと思うの?』

「何者だ! うっ!」

 五月病ウイルスが苦しみ始めた。街中にいる人々から、紫色のオーブが湧いていた。

「ま、まずい! 我の仲間が抜けてきている! ダメだ! ダメだお主ら! 楽に生きていたくないのかっ? お主らはこれからウイルスになり……」

 五月病ウイルスが苦しみ、しゃがみ込んだ。みちこの体から抜け出ようとしていた。

「き、きさま〜!」

 それぞれの体から五月病ウイルスが抜け出ようとしているところに、放送主の声が聞こえた。

『もう五月病なんて怖くない!』

 人々の体から、五月病ウイルスが抜けていった。

「うわあああ!!」

 みちこの体から、五月病ウイルスが抜けた。ウイルスは、空の果てへ、飛んでいった。

 ウイルスのせいで鉄塔の上にいたみちこは、バランスを崩し、落ちていった。

「みちこー!!」

 みきおが両手を上げ、みちこを受け止めようと構えている。

 ゴチン! 受け止められず、顔面同士でぶつかってしまった。

「みちこ! みきお!」

 父と母がかけ付けてきた。

「いってえ……」

 みきおとみちこがぶった鼻をさすっている。その姿を見て、父と母は、ほほ笑んだ。街は、元の活気ある姿に戻っていた。

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