5.格安な家族旅行
第5話
世間はゴールデンウィーク。みきおとみちこ、そして父は五連休を怠惰に過ごしていた。しかし、ゴールデンウィーク初日でまもなく、
「旅行行こや旅行行こや旅行行こや!」
みちこがダダをこね始めた。始めはいつものことだと野放しにしていたが、ニ時間ずっと床でジタバタし続けるので、ついに耐えかねてしまった。
「わかったわかった! ほな、どこ行くか、みんなで考えよ?」
父が提案し、四人でリビングに集まった。
「みちこちゃんはどこに行きたいの?」
母が聞いた。
「わからん!」
「え?」
「わからんけど、ゴールデンウィークやし、どっか連れてってほしいねん」
「お前なあ……。どっか行きてえとこあるから、あんなにダダこねてたんだと、思ってたんだぞ!」
みきおが怒った。
「わ、わかったわかった! 父さんが決めよ」
父は考えた。
「温泉や! 温泉行こ?」
三人は微妙な顔になった。
「な、なんやその顔は……」
「温泉なんて、一人で行けば?」
と、みちこ。
「なんで高校生にもなって、家族と温泉に行かにゃならんのだ!」
と、みきお。
「あなた、私があまりよそで裸になりたくないこと知ってた?」
父はしょんぼりした。
「じゃあ、母さんが考えるわね」
母は考えた。
「最近駅のそばに、新しくカフェができたの知ってる? 同じパートさんから教えてもらってさあ。最高なのよー? 紅茶クッキーがおいしいわ!」
三人は微妙な顔をした。
「な、なによ!」
「なんでみちこらは、おかんの井戸端会議場に行かなかんねん!」
「そやそや!」
「なんで高校生にもなって、家族でカフェに行かにゃならんのだ……」
母はしょんぼりした。
「みきお、お前はゴールデンウィークどこか行きたいとこないんか?」
父は聞いた。
「いや、ねえよ」
「なんでや!」
みちこが問う。
「五日間休みがあるだけでも最高じゃね?」
四人の間に沈黙が走った。そして、ズーンと落ち込んだ。
「きゅるるーん! 天使様のお通りだよーん!」
天使の羽を背中に付けた、金髪少女が現れた。
「あたし沈黙の天使エンジェル! 沈黙が走った現場に現れる、天使だにゃん!」
一家四人は沈んだままだ。
「人の話聞けよコラ!!」
エンジェルはキレた。
「なんだお前は!?」
一家四人は驚いて、サッと居間へ逃げた。
「怖がらなくて大丈夫大丈夫! あたし、沈黙の天使エンジェル! あたし、あなたたちがお出かけするところで悩んでいるのを聞いて、つい現れちゃった。てへ!」
自分で自分の頭をコツンと叩いた。
「うざ……」
と、みちこ。
「なんやこのクソガキ? なんか言ったかコラ。あ?」
胸ぐらを掴まれて、みちこはあわてて首を横に振る。
「ああもう! あたしはあなたたち一家のために、ゴールデンウイークのお出かけを決めてあげようとしてるんでしょ? プンプン!」
わざとらしい怒り方を見せた。
「ていうかどこから来たんだ?」
みきおが問う。
「あなたたちの沈黙からだよ?」
「は?」
「細かいことはいいから、さあさあ。四人ともまたリビングに座って座って!」
一家四人は、リビングへと招かれた。
「さーてと。ではでは、改めてあたしにもあなたたちのお出かけしたいところをまとめさせてほしいんだけど」
エンジェルはテーブルの前に立ち、指揮を取った。
「なんか話が進んでるけど?」
母は父の耳にささやいた。
「ま、まあ悪そうな子やないし、ええんとちゃう?」
「みちこはきらい……」
と、みちこもコソッと言った。
「そこ! ヒソヒソ話しない!」
「はい!」
指摘された父と母、みちこは、姿勢を正した。
「じゃあまず、お父様から」
「え? あ、ああまあ、俺はその……。温泉なんてどうかなあって思てな」
「温泉……。ありがと。じゃあ次はお母様」
「駅前のカフェかしら?」
「はーい。じゃあおチビちゃん」
「みちこ!」
みちこは怒った。
「ああもういいから教えて」
みちこはほおをふくらまして答えた。
「みちこはなにも決まってないもん!」
「あっそ。じゃあそこの青二才」
みきおはボーッとしていたのか、ハッとしてエンジェルに顔を向けた。
「なんやてめえオラァ!!」
突然、エンジェルがみきおにのしかかってきた。
「人の話聞いてなかったかやろそうやろああん!?」
「や、やめろ〜!」
首を絞められ苦しむみきお。
「おいやめい!」
「やめなさい!」
父と母が止めに入った。
「はあ〜あ! 悪いけど、あなたたちろくなゴールデンウィーク考えてないようね」
腕を組み、上から目線なエンジェル。
「ゴールデンウィークなんて、五日間休みがあるだけで十分だろうが!」
首を押さえながら言い放つみきお。
「でも五日あるのよ休みが。たった二日しかない土日休みが、三日間の祝日と合わさって五連休になる、それがゴールデンウイークなのだ!」
さらに言い放つ。
「このエンジェル様が! あなたたちにゴールデンウィークにしかない最高の連休、味わいさせてやんよ?」
ニヤリとするエンジェル。一家四人は息を飲んだ。
すると突然、目の前が光り出した。まぶしい光に包まれて、エンジェルと一家四人は、パッとリビングから消えていなくなってしまった。
目を開けた一家四人は、青空と雲しかない世界に立っていた。
「エンジェルワープ!」
「ど、どこやねんここ!」
と、みちこ。
「天国だよ?」
と、エンジェル。
「て、てことは俺たち死んじゃったのか!?」
みきおと他三人は、青ざめた。
「安心して。あなたたちの肉体ごと連れてきたから、死んでません」
エンジェルは答えた。
「天国にも種類があって、あなたたちはきっと今いる青い空と雲しかない世界を想像してると思うんだけど、ここは入り口に過ぎないの」
「入り口?」
母が首を傾げた。
「つ〜ま〜り!」
エンジェルは、ウインク。
「あそこに座っている天使のおじ様に天国に行けるか行けないかさばいてもらってから行くのだー!」
指さしたところに、天使の羽をつけた居眠りしているおじいさんがオフィステーブルに座っていた。
「まあ、今回は体験利用って形だから、気にしなくていいよ!」
「天国に体験利用なんてあんねな……」
父が唖然とした。
「おじ様〜!」
エンジェルはかわいく呼んで、
「起きろや!!」
腹パンして起こした。
「ゴホゴホ! エ、エンジェルか……」
「おじ様? この家族にゴールデンウィークの思い出を作ってもらうために、天国を体験利用させてもらっていーい?」
「ダメって言ってもさせるだろ?」
「よーし! じゃあーあ、そこの青二才君から、人生で一度でいいからやってみたいこと、おじ様に言ってみて!」
「俺をそんな呼び方すんなよ……」
みきおは呆れながら、天使のおじいさんの前に立った。
「ほっほ。なんでもござれ」
と、天使のおじいさん。
「え、えーっとまあ……」
なんでもと言われると、悩んでしまう。
「ほっほっほ! 天国行きが決まった者、みなそうやって悩む」
「なんでもいいから言ってみなさいよ。高校生なんだからさ」
と、エンジェル。
「え、これって、私たちの行きたいところ、どこでも連れてってくれるってこと?」
母が聞いた。
「当ったり前じゃん! 天国はね、叶えたいことなんでも叶えちゃう世界なんだからね」
父と母、みちこが目を輝かせた。
「みきお! はよ言いや?」
「そうよ! 母さんたちと変わりなさい!」
「そうやそうや!」
三人が抗議してきた。
「ああもうわかったわかった!」
みきおはヤケになって答えた。
「家に帰してくれ……」
すると、みきおはポンと消えてしまった。
「み、みきおはどこ行ったんや!」
父と母があわてた。
「大丈夫。青二才君は、本当に家に帰っただけだから。ほら、あと三人行きたいとこあれば言いな?」
エンジェルは髪を指に絡めながら言った。
「ほな、俺は温泉行きたい! 鬼怒川温泉連れてってーな!」
「はい!」
天使のおじいさんは杖をかざし、父をポンと鬼怒川温泉へと連れて行った。
「私は私は! 駅前にできたカフェに行きたいわ。パートさんは今日都合が合わないから、天国から誰か呼んでよ?」
「はい!」
天使のおじいさんは杖をかざし、母をポンと駅前のカフェへと連れて行った。
「みちこはみちこは!」
わくわくしていると。
「いや、あんたも帰れば?」
エンジェルが冷たくあしらった。
「なんでや!」
「いやあんたみたいなクソガキの注文聞くほど、天国もやさしくないのよね? わかる? 帰りなよ」
「ぐぬぬ〜!」
にらむみちこ。
「やんのか?」
筋金入りのヤクザのように、エンジェルがにらんできた。すっかり怯んでしまったみちこは、泣き出しそうになるのを抑えて、必死でこらえていた。
「まあまあ。ゴールデンウィークなんだから、そういじめんと……」
天使のおじいさんがフォロー。
「いじめてないもん! エンジェル〜、ちょーっと小さい子には厳しくしたほうがいいかなって思っただけだもん? きゅるるーん!」
突然かわいこぶるエンジェル。
「おほん。君はどこに行きたいかな?」
「みちこは……」
「けっ。その辺のドブでもすすってろ……」
ボソッとつぶやくエンジェル。
「楽しいとこならどこでもええよ。適当に連れてって?」
「はい!」
ポン! みちこは楽しいところへと
「しかし、鬼怒川温泉といい、駅前のカフェといい、楽しいところといい、わしが連れていけるのは、天国の範囲内なんじゃがな。よかったのじゃろうか……」
長く伸びたあごひげをなでながらつぶやく天使のおじいさん。
「ま、いいっしょ。別にさ、ゴールデンウィーク退屈そうにしてたやつらだから、それなりに楽しんでくれるんじゃない? ていうか、鬼怒川温泉ってなに? 駅前のカフェってなに? 家はまあわかるけど、多分青二才君んちじゃないし。最後のガキが楽しめるとこなんて、天国にはないし……」
二人の間に沈黙が走った。
「あ! 沈黙の天使、エンジェル様降臨〜! きゅるるーん?」
かわいこぶった。
父は、念願の温泉にやってきた。と、思いきや。プールにやってきた。目の前には広いプールとぐるぐるとカーブを描いたスライダーがあった。
「俺、温泉言うたよな……」
しかし、目の前にはプールが見える。プールしか見えない。
「だ、だまされた! 俺は鬼怒川温泉、
ショックで頭を抱えた。
「でも! プールはプールでお風呂とサウナがある! こうなったら、堪能するっきゃない!」
しかたなく、プールのそばにある小さなお風呂(天国の住人たちがあふれていて狭い)、サウナを堪能する父だった。
一方で母は。
「ここは、カフェ……じゃない?」
念願の駅前のカフェに来た。と、思いきや。やってきたのは、ベルリンの壁だった。
「あ、見て。ベルリンの壁よママ」
「ほんとね。天国って、廃駅とか廃線した列車とかバスとか、崩壊してなくなったベルリンの壁、この世じゃ見れなくなったものがたくさんあるから、歴史の勉強になるわね!」
親子がそろって、ベルリンの壁に感心していた。
「そんなあ〜!!」
母はショックで地の底へ落ちていく気分になった。
「でも! どうせベルリンの壁に来たなら、思う存分見てやるわよ!」
開き直り、ベルリンの壁を見物に向かった。
一方でみちこは。
「……」
呆然としていた。念願の楽しいところに来た。と、思いきや。まわりは酒を飲み交わし、酔っぱらいが歌えや踊れやしている宴会場に来ていた。
「あのクソ天使〜!!」
みちこはキレた。
「天国はもう死んでるから、いくら酒飲んでもいいな!」
「そうそう! 死んでるからな? まさに、楽園よ」
宴会にいる死人たちが笑った。みちこは、天国にいる人たちにとって、酒を飲み続けられることが楽しいことなんだと知った。
「ど、どうせみちこも天国におんねや! だったら、飲んでやるー!」
みちこも宴席に参加し、ビールをコップに注いだ。
「こいつをグビッと飲み干せ……おえ!」
臭かった。
「なんなんこれ! なんでこんな臭いもんうまいねん! ほんま、大人はわからんわあ」
鼻をつまんで呆れるみちこだった。
天国にも、不動産会社がある。とはいっても、どこでも好きな家を建てることができて、なんでも好きなオプションをつけることができて、これだけしても、無料というすばらしい仕組みである。
そこに、みきおはいた。
「だーかーら! 俺はどうやって家に帰ればいいんだよ!」
不動産会社の職員にキレるみきお。
「いや、ですから今ここで決めていただかないと……」
「俺は家を買いにきたんじゃねえ! もういい!」
みきおは不動産会社をあとにした。
「くっそ〜! なんだよあのじじい! 結局俺は家に帰れずじまいじゃねえか」
みきおは顔を青ざめた。
「まさか、ほんとに死んで……」
「死んでないよ」
後ろを振り返ると、エンジェルがいた。
「悪いけど、あのじじいができることは、天国の中にある場所に瞬間移動することだけ」
「じ、じゃあ俺の家には帰れねえのかよ?」
「うん」
みきおはガックリとして、しゃがみ込んだ。
「天国はいいところよ。死ねば、小学生でもお酒を飲んでベロンベロンになれるし、不動産でシンデレラ城でも建ててもらうことできるし、この世にいた頃にできなかったことが、なんでも叶うのよ?」
「どうでもいいよそんなもん……」
「は?」
「この世にいたって、俺はやりたいことできてるからいいんだよ!」
「ふーん。それはそうと、青二才君の両親と妹ちゃんは、それなりに楽しんでいるみたいよ?」
「あっそ。ゴールデンウィークおわる頃には帰るだろうから、俺だけでも先に帰してくらよ」
「無理よ、それ」
みきおは、エンジェルに顔を向けた。
「天国はね、一度ハマると帰りたくなくなるの。そして、肉体から魂が離れて、二度とこの世には戻ってこれなくなるのよ?」
みきおは走った。
「どこ行くの?」
「今から父さん母さんとみちこの居場所を教えろ!」
エンジェルは肩をすくめた。
「地獄からやっとはい上がったというのに……」
みきおは走った。走って、まずは父のいるプールへと向かった。受付はあるが、天国なので係の人も不在で、みきおはそのままかけ込んだ。男子更衣室を抜け、スライダーのあるところへとやってきた。
「父さん!」
辺りを見渡すが見当たらない。あちこち歩き回ってみると、サウナでのぼせている父を発見した。
「父さーん!!」
みきおはサウナの中に入り、ゆでダコのようになった父をおんぶして、プールをあとにした。
続いて、母を探しに向かった。
「あれか!」
ベルリンの壁が見えた。そこで、ベルリンの壁マニアになった母が、閲覧に来たお客たちに、ベルリンの壁についての講演をしていた。
「母さーん!!」
みきおは講演中の母の手を無理やり引っ張って、その場をあとにした。
最後にみちこを迎えに行った。
「父さんいい加減に起きろよ!」
おんぶしっぱなしだった父をげんこつして、目を覚ました。
「あ、あれ……」
あわてる父。
「どうやらみきお、私たちを連れ帰るつもりよ?」
「行くぞ!」
みきおは二人の背中を押して、みちこの元へ向かった。
みちこは、宴席で一発ギャグをかまそうとしていた。
「えーではでは。みちこの担任の真似やります!」
拍手が上がった。
「ごほん! あーみちこぉ! 宿題これで何回目だ忘れるのぉ? そろそろ提出期限守らないと、りっぱな中学生になれないぞぉ?」
声を太くして真似をした。会場は笑いの渦に包まれた。
「おおきにおおきに! いやあ、天国はみんなみちこのギャグで笑ってくれるで……ええ……わ……」
みちこは、意識が遠のいていきそうになった。
「みちこー!!」
みきお、父、母が飛び込んできた。
母がみちこを抱きかかえ、一家四人は、宴席をあとにした。
天国の入り口に戻ってきた。
「あらあ? 天国はもうあきた?」
エンジェルが、入り口の門前に立っていた。
「もういいだろ! 俺たちを元の世界に帰してくれ!」
「ごめんねえ? 天使もお金もらってやってるんだわ。あたしね、ほんとは生きてた頃サラ金やってたんだけど、ダンプに轢かれてさあ。ほんとは地獄行きになるところを、ごまかして天使やってんの」
「みちこ、もうゴールデンウィークなんか、どうでもええ! うちに帰りたいねん!」
「じゃあもう二度と帰れないようにしてあげるわよ……」
エンジェルは、一家四人に手をかざした。
手のひらから発する紫色の光を見つめていると、気が遠くなる気がした。
「うふふ!」
「やめんか!」
天使のおじいさんが、後ろから光を止めた。一家四人は、元に戻った。
「お前は今日から地獄行きだ!」
「きゅるる?」
わざとかわいこぶるエンジェル。
しかし、突然地獄の番人である鬼が現れて、剛腕でエンジェルを仕留め、気絶させた。鬼は一家四人に一礼すると、そのまま地獄へと消えた。
「ほっほっ! 地獄と言っても、天国にある牢屋のようなもんじゃよ。お主らは、無事にこの世に戻してやる」
「やったー!」
一家四人は喜んだ。天使のおじいさんは、杖をかざし、光を放った。
一家四人は、家に戻った。
「なんやかんやで、家が一番やな」
と、新聞を読む父。
「なんやかんやで家が一番よ」
と、皿を拭く母。
「家だな」
と、テレビゲームをしているみきお。
「もう家以外受け付けへん!」
と、お菓子を食べるみちこ。
結局、一家のゴールデンウィークは、家で過ごしたのだった。
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