4.転校マニア
第4話
みきおのクラスは、二年二組。朝、クラスは騒然としていた。
「今日転校生が来るんだってよ?」
「マジ? どんな子かなあ?」
「俺かわいい子がいいなあ」
「私はかっこいい子がいい!」
クラスメイトたちは、やってくる転校生に期待を寄せていた。
一方で、みきおはほおづえを付いて、興味なさげにしていた。本当に転校生なんかに興味がなかった。
「はいみんな静かにしろー」
担任がやってきた。
「はい今日は転校生がやってくるぞ。しかも、今回の転校が二十回目だそうだ」
クラスメイトたちは、騒然とした。
「みんな仲良くするんだぞー? ほら、入れ」
担任に指示され、転校生が入ってきた。
長く、茶色い髪をなびかせて、上靴で床を鳴らしながら教卓の前に立つ少女。
少女はくるっと、クラスメイトたちに体を向けた。
「名前はあやかと申します。よろしく」
紹介した。
「んじゃあ、あやか。お前はみきおの隣な」
みきおはハッとして、ほおづえしていた手を離した。
「よろしく」
あやかはみきおに挨拶した。
「お、おお……」
みきおも軽く会釈した。
休み時間になった。女子たちがそろってあやかの元に集まった。
「ねえねえあやかさんは、好きなものはなんなの?」
あやかは答えた。
「ゆで卵」
まわりは沈黙した。
「あ、あやかさん。これ知ってる? 最近流行ってるんだよ?」
おしゃれな雑誌を見せた。
「あ、私そういうのじゃなくて、こういうの読むから」
と言って、机から聖書を取り出した。女子たちは呆然とした。
「あれ? みんな聖書読まない? 聖書っておもしろいよ〜」
引き気味の女子たちは、一人二人とあやかから離れていった。そしてあやかのまわりには、誰も近寄らなくなった。
午後の体育の時間。
「あやかって意外といい体してんな!」
男子たちは、転校してきたあやかの体操服姿を見て鼻息を荒らげていた。
すると、あやかはシャツの裾を上げ、脱ぎ始めたではないか。男子たちは慌てた。
しかし、あやかのシャツの下は、キャッツアイみたいな、全身ビニールタイツだった。
「これから本気出していくわよー!」
半パンも脱いで、全身ピチピチのビニールタイツ姿になった。男子たちの鼻息は、瞬時に収まった。
「な、なんだあいつは……」
みきおも呆然としていた。
そして下校時間。
「おいみきお!」
あやかの声だ。みきおはパッと振り向いた。
「な、なんだよ?」
「いっしょに帰ろう? ほんとはクソいやだけど」
笑顔で答えた。
「じゃあやめとくよ」
みきおはそのまま彼女をあとにした。
「待ってよ! 私、ほんとにあんたと帰りたいと思ってるの!」
みきおの手を掴んできた。
「へ?」
繋がれた手を見つめるみきお。
「ツンになってるだけなんだからね!」
ツンになって、顔を赤らめているあやかを見て、ドキドキするみきお。まさか、マンガみたいな展開が起きるなんて。
「なーんてな! 男なんてこうすりゃ誰だって落とせんでよ〜!」
突然あかんべーをして、いじ悪い顔をした。
「てめえ一人で帰れよ……」
みきおは彼女をあとにした。
「ねえねえ! 私の秘密、教えてあげるよ?」
あやかはあとを追ってきた。
「知らねえよそんなもん」
無視をするみきお。
「なんでよ? あんたには、好奇心というものがないわけ?」
「知らねえよ。第一、お前みたいな変なのとはかかわりたくねえ」
「ふん。あんたこそよっぽど変に見えるけどね!」
あやかはあとを追う足を止めた。
「今ここで秘密を解いてあげるのにな……」
みきおは無視して立ち去ろうとする。しかし、後ろで布が擦れる音がした時、少し下心が見え始めた。もしここで彼女の言うとおりにしていれば、恋人でも作って一線を越えない限り見られない境地と遭遇するかもしれない。
(今ここでアホと付き合うか、逃げるか!)
迷っている最中でも布の擦れる音は止まらない。みきおは息を飲み、決心した。
「ま、まあ。ちょっとは見てやってもいいけどよ」
後ろを向いた。あやかは、腰に両手を擦り合わせているだけだった。
「えっち……」
ニヤリとするあやか。
キレたみきおは、あやかにプロレス技を何種かかけてやった。逆攻めに逆攻めに逆攻めを。
「てめえ! さっきからなんなんだよっ? あんまり俺を怒らせると怖いぞ!」
「って言う人ほど怖くない説。はい立証!」
バカにした口調で言って、指をさしてくる。
「コノヤロー!」
みきおは、拳を掲げた。
「殴らないで!」
みきおは拳を止めた。
「殴るのは、よくないと思う。だって、わかるでしょ?」
みきおは冷静になって、拳を下ろした。
「ま、まあ。殴るのはよくな……」
スキをついて、あやかはみきおに腹パンをかました。
「ぐは……」
みきおは地面にしゃがみ、吐いた。
「とりあえず、私の家に来て」
みきおとあやかは、売り地となっている空き地にやってきた。
「まさか、ここがお前の家とか言わないだろうな?」
みきおは笑った。
「まさかな! お前なあ、いい加減変な冗談かますのはよせよ。そろそろ本気でキレるぞ?」
にらんだ。が、しかし。あやかが地面に手をかざすと、そこが自動ドアみたく開いた。そこに下へと続く階段が見えた。
「へ?」
みきおは目を点にした。
「おーいーで!」
あやかはみきおの背中を押して、無理やり階段へ押し込んだ。
「うわあああ!!」
階段は歩いて降りるのではなく、なぜか飛んでるかのように降りた。どんどん下へと降りていく。果てが見えなかった。
「うっ!」
着陸。巨大なクッションの上にダイブした。
「ようこそ我が家へ!」
みきおの上に、あやかが着陸。
「な、なんだってんだよもう……」
巨大なクッションにうつ伏せたまま、顔 を上げるみきお。目を見開いた。
壁に巨大な薄型テレビが付いており、目の前に横に長く、二十人くらい座れそうなソファーがあった。
「な、なんだここは!?」
「絶対秘密だよ? 私ね、ベルマック星から来た、宇宙人なんだ」
「は、はあ?」
あやかは乗っかっていたみきおから降りて、ソファーへと向かった。
「ベルマック星は、地球とそれほど変わらない星。実は、地球のすぐ裏側にあるんだよ? 知ってた?」
「し、知るわけねえだろ!」
「だよね。だって、ほぼ地球と重なっているもの。どういうことかっていうと、ニ枚のテスト用紙を重ねると、もう一枚が隠れるでしょ? てな感じで、地球と表裏一体ってやつ? みたいにあるから、知られてないってことなの!」
まだポカンとしているみきお。
「私は今回この円盤を利用して、地球へとわずか二日でやってきた。そして、約二年間暮らしてきた」
「な、なんで二年も地球で暮らしてたんだよ?」
「なんでかって? おもしろいからだよ」
あやかは二年間の話をした。
「私は地球に来て、二年間でいろいろなものを知った。料理に仕事、そして学校、趣味、人間。いろいろな楽しみがあることを知った! ほんとは一週間観光目的で来る予定だったけど、なんか抜け切れなくてさ。現在に至るわけなのだよ?」
みきおは呆れながら、巨大なクッションから降りた。
「君は宇宙人とか信じる? どうやら地球人はそういうの信じない傾向があるみたいだからね。どうせ君もそうだと……」
「俺は信じるぜ」
あやかはみきおを見た。
「なんでかっていうとな? 俺は人間だが、これまで変なことにたくさん出くわしてきたからな!」
言い切った。あやかはパアッと顔を明るくして、みきおを抱きしめた。
「な、な、なんだよ!?」
みきおは慌てて、体を離した。
「そんなのベルマック星じゃ日常茶飯事だよー! もしかして、あんたベルマック星人でしょ?」
「いやちげえよ?」
と言っても、あやかはうれしそうにして足踏みしていた。
「ところで、お前なんか転校を二十回してきたって聞いたけど」
「あ、それはもちろんよ?」
胸を張った。
「なんでだよ?」
胸を張りながら、答えた。
「転校マニアだから!」
あやかが地球に来て最初に夢中になったのは、アニメだった。学園ものを観ていた時に、転校してきたキャラクターがいて、ベルマック星人にはない特殊な能力や必殺技を織りなす姿に憧れを抱いた。それから、学校というものに関心を抱かなかったあやかは、さまざまな高校に出向いてはやめ、転校生キャラを楽しんできたという。
話を聞いて、みきおは唖然とした。
「最初に来たところでは、不良キャラになって、先生やクラスメイトを殴ったり蹴ったりして退学になりそうになったところで転校を決めて、その次はお嬢様タイプになって、クラスメイト含め先生を奴隷のように扱い、しびれを切らしたみんなから反感を買われたところで転校して、その次は……」
「わかったわかった!」
みきおはあやかが自慢しているのを止めた。
「で、今回はマイペースキャラ!」
「マイペース?」
「うん。マイペースってさ、とにかく他とはズレたことして、みんなをあっと言わせてやろうと思ってるの」
「お前、それ楽しいのか?」
「楽しいわよ! 地球人って、素直なのよね。私がバカになれば、みんな引いてくれるし、逆にまじめになれば、みんな私を慕ってくれる。不良になれば私を怖がる。ベルマック星ではね、不条理でナンセンスなことは当たり前に起こるから、みんな死んだような目になってるの!」
みきおは、キッとあやかをにらんだ。
「お前さ、人間はそんな単純なもんじゃねえって、わかってねえな?」
「え、なに?」
「いいか! 人間はな、ベルマックだかなんだか知らんが、宇宙人と違っていろいろなことを感じたり覚えたりするんだ。だから、お前がアホなことたくさん言えば、驚くし、引くし、やがて相手にしないほうがいいとか思うよ」
「んー?」
首を傾げるあやか。
「お前はただ転校生やって、人様の反応をバカにしてるだけで楽しいかもしんねえけどよ。俺たち人間にしてみれば、お前みたいなのは迷惑なんだよ!」
「じゃあさ、私に地球の楽しさ、教えて?」
「は?」
「地球にやってきて、転校マニアになったただの宇宙人に、人間様から地球の本当のおもしろさを教えてほしいって言ってるの」
みきおは当惑した。
挑発的な態度を取ったものの、みきおはあやかに、地球のなにを見せつけてやればいいか、見当がつかなかった。夕飯後に、部屋で考えて考えて考えた。
「お兄!」
みちこが部屋にやってきた。
「なんだよ?」
「土曜日にお出かけしてな?」
「なんでだよ?」
「アオンモール行きたいねん。連れてってーな!」
「やだよ……」
「連れてってーな連れてってーな!連れてってー!」
背を向けたままのみきおの背中をバシバシと叩くみちこ。
「うるせえ! あっ!」
みきおはハッとした。
「行くぞ、みちこ!」
「えっ?」
みちこは目を丸くした。
そして土曜日。
アオンモールの入り口で、みきおとみちこは立っていた。
「なあなあ。ほんまにお兄の彼女じゃないん?」
ニヤニヤしているみちこ。
「だからちげえつってんだろ!」
怒るみきお。「クックック」と笑うみちこ。
「お待たせしましたあ!」
あやかの声がした。
「お、おう」
あやかは、竹馬に乗ってやってきた。
「あら? もしかして彼女さん?」
みちこを見て聞いた。
「妹だよ。てかこんなの彼女にしてたらいろいろやばいだろ!」
「お兄……。竹馬なんかで来る人が好きになるんや……」
呆れているみちこ。
「なわけねえだろ!」
ツッコむみきお。
「お前なあ! どこの世界に竹馬でショッピングモールまで来るやつがいんだよ!」
「ここ」
「ああもうわかった……」
額に手を押さえた。
三人は中に入り、映画館へとやってきた。
「へえー。ここが映画館かあ……」
あやかは匂いを嗅いだ。
「みちこも映画館の匂い好きやねん。キャラメルポップコーン、ええ香りやんな」
みちこも嗅いだ。
「え、なに? ここはいい香りを堪能する場所?」
「いや、映画を観るとこだよ」
と、みきお。
「みちこ、お前なに観たい? 好きなの観ていいぞ」
「ほんまに!? じゃあーあ……」
みちこは、観る映画を選んだ。
「ポリキュア観る!」
「おいおい。お前はガキかよ」
「バカにすんなやお兄! お兄だって、隣で観とったくせに!」
「それは俺がガキだったからだろ!」
「なんやとこの〜!」
みちこは、みきおのお腹をポカポカ叩き出した。
「おほん!」
と、あやか。
「まあじゃあとりあえず」
両手で矢印を作って、映画を観ようという合図。
ポリキュアを視聴中のあやかはとても騒がしかった。なにせ、映画館が初めてなもんだから、巨大なスクリーンに映し出される映像に「ほぎゃー!」、「ふげえー!」、「ぴぎゃー!」などと奇声を発していた。まわりもドン引きしていた。みきおもみちこは他人のフリをしていた。
映画館を出た。
「いやあ〜! なんだったのあれっ?」
あやかは満足げだった。
「うるせえんだよてめえ!!」
みきおは怒鳴った。
正午になった。
「お腹空いたわ。なんか食べいこ?」
「わかったよ。なに食いたい?」
「ラーメン食べたいわ!」
「え、私ねじが食べたい」
と、あやか。
「よし、みんなでラーメン食いに行くか」
フードコートに来た。土曜日なので、たくさんの人でにぎわっている。
「みちこ、みそラーメン!」
「もうみんな同じものにしようぜ。じゃあ俺頼んでくるから、二人は待ってろ」
みきおは、ラーメンを注文に向かった。
あやかとみちこは二人きりになった。
「なあ。お姉ちゃんは、お兄と恋人関係やないん?」
あやかは答えた。
「え、なんで?」
「なんでって〜? 高校生の男女が土曜日にアオンモールに来たら、そう思うのが筋やろ!」
「ふーん……」
あやかは水を飲み、答えた。
「私はね、付き合うならみちこちゃんみたいな子がいい」
「え!?」
照れるみちこ。
「お前そのマイペースキャラいい加減にしろよ!?」
みきおがげんこつしに戻ってきた。
アオンモールから歩いて十分ほどに、砂浜があった。みちこが来たいと言うので、来た。
「ベルマック星にもあるけど、地球の海はこんな感じかあ」
「なにか違うか?」
「いや、全然同じ」
「あっそ」
みきおは聞いてみた。
「お前さ、みちこに地球人じゃないこと教えなくていいのか?」
「教えないよ。というか、これまであんたくらいだよ、面と向かって伝えたのは」
あやかはしゃがんで、砂をいじった。
「なぜだ?」
「あんたには、ベルマック星人と同じシンパシーを感じるからよ」
みきおはいまいちパッと来なかった。
「ベルマック星人はね、地球じゃ笑われたりバカにしたり、変なことが常に起こるの。でもね、地球じゃそんなことはない。ただ人間たちが、歩いて、遊んで、食べて、寝て、勉強して、働いて、淡々と生きているだけ。そんな世界で、アニメに出てくる特殊な転校生キャラを知って、私もすげえって思われる人物になろうと、思ったのよ」
みきおは答えた。
「いや、俺は別になぜか知らんが変なことが起きるだけで、お前みたいにわざとアホなことして目を引こうなんてこと考えてねえから……」
「お姉ちゃーん!」
みちこがかけてきた。
「浅瀬に足浸かってこよ?」
みちこはあやかの手を掴んで、浅瀬へ向かおうとした。あやかは戸惑った。
「行ってこいよ」
と、みきお。
「お前、気に入られたみたいだぜ?」
あやかはみきおを見つめると、そのままみちこに連れられて、浅瀬へと向かった。二人で裸足で浸り、海水の冷たさを感じた。みちこがわざと水をかけた。
「悔しかったら仕返しや?」
あやかは、少しかけてやった。みちこが今度は手のひらでかけてやった。楽しくなったあやかも、手のひらで返してやった。
一方、砂浜に座り込んでいたみきおは、
「帰りてー」
と、ぼやいていた。
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