2.辛口イチゴ
第2話
「ただいま!」
学校から元気な声を出して、みちこが帰ってきた。
「ねえねえ、今から埋めていい?」
関西弁混じりでみちこは聞いた。
「カネノナルキなんてもうできないでしょ?」
皿洗いをしている母は答えた。
「ちゃうて! イチゴや、うちが言うてんのは」
袋からイチゴの種を出して、中身を見せた。
「学校でもろてきた」
「へえー。これがイチゴの種なのね」
ゴマみたいに小さかった。
「いいわよ。ちゃんと育てるのよ」
「はーい!」
みちこは喜んで、庭にイチゴを植えに行った。
そして夕飯時。
「みちこがね、庭にイチゴを植えたのよ」
と、母。
「カネノナルキじゃねえのか?」
ニヤリとするみきお。
「もう五円玉植えても出てこうへんがな!」
みちこは言い返した。
「ほな、できたらみんなで食おな?」
と、父は言うが。
「あかん! イチゴはみんなみちこのもんや!」
「ええ?」
唖然とする父と母、みきお。
「お前なあ。独占欲もほどほどにしとけよ?」
みきおが呆れている。
「知らんもんそんな言葉」
「たくさんできるかもしれないから、ご近所にも配りましょうよ」
母は言うが、
「ダメやダメや! イチゴはみーんなみちこが食べるんや!」
いつものわがままが始まり、なんとも言えない三人だった。
みちこは毎日丹精込めて水やりを行った。
「大きくなあれ。大きくなあれ」
花を育てる時、欠かさず声をかけてあげることでりっぱになると聞いたことがあるみちこは、声かけも絶やさず行っていた。
「まあみっちゃん。イチゴに水やりしてるの? えらいわねえ!」
近所のおばさんがホメた。
しかし、みちこはギロッとにらんだ。近所のおばさんはびっくりして、苦笑いしてそそくさと行ってしまった。
「ふん! イチゴは誰にも渡さないからねえ」
水やりをおえたイチゴに呼びかける。
「やれやれ。ま、別に俺はみちこが作ったイチゴなんていらねえけどな」
リビングでコーヒーを飲んでいるみきおがボサッとつぶやいた。
「あの子袋に入ってる種全部まいたのよ? 毎日水やりを怠っていないんだから、たくさんできるわ。ご近所さんにもおすそ分けしてあげないと……」
母はその気でいるようだ。
「んなもん、スーパーで売ってるやつのがいいだろ。みちこの作ったイチゴは、きっと食ったら腹壊すぞ〜?」
と言って、
「いて!」
みちこにスリッパを投げつけられた。
イチゴを育て始めてから三ヶ月。ようやく実が付き始めてきた。
「イチゴやあ!」
みちこは目を輝かせた。
「すごいわねえ」
母も後ろから覗いた。
「ねえねえ。どのくらいで採れる?」
みちこはイチゴに目を向けたまま、聞いた。
「んーっと……。ヘタの近くまで赤く熟したら採れ時ですって」
種が入っていた袋を見て確認。
「じゃあ今やね」
「え、まだ薄くない?」
みちこは、まだヘタの部分までピンク色したイチゴを摘み取ってしまった。真っ赤に熟したものもあるが、とても小さい。
「みちこ? まだ収穫時では……」
みちこはまだ収穫時ではないイチゴを、端から端まですべて摘み取ってしまった。
リビングのテーブルに薄い色したものと、真っ赤だけど小さいイチゴを盛った大皿を置いた。
「イチゴやでみんな!」
みちこは自慢した。しかし、三人の反応は微妙。
「お父、食べてみ?」
「いやお父さんが!?」
父、びっくり。
「か、母さん食べなよ」
父は妻に味見をゆずった。
「あー、今日お腹痛いのよねえ。みきお、あんた食べなさいよ」
隣にいるみきおの肩に手を置く母。
「おい汚えぞ!」
みきおは怒る。
「成長期はいっぱい食べろて言うもんな!」
と、父。
「食べ盛りなんだからね!」
と、母。
「だから汚えってば!」
怒るみきお。
「お兄〜?」
ジトーっと見つめてくるみちこ。
「し、しゃあねえな……」
みきおは、おそるおそるイチゴに手を伸ばした。
『おい、触るな!』
「え?」
手を伸ばした瞬間、声が聞こえた。
「お、おい親父。なんか言ったか?」
「は? なんも言うてへんよ?」
「母さん?」
「言うわけないでしょ?」
「じゃあみちこ!」
「なんも言うてへんわ」
みきおは、確かに声を聞いた。しかし、誰も聞こえてないのはどういうわけか……。
「とりあえず、このイチゴはラップでもしようぜ」
みきおは席を立った。
「なんでえ!? みちこが採ったイチゴ食べてなあ! みちこも食べたいの!」
みちこがわがままを放った。
「じゃあお前が食えばいいじゃんかよ!」
みきおは言い返した。
「いやや! なんかまずそうやもん」
三人とも呆然。とりあえず、イチゴはタッパーに入れて、冷蔵庫に保存された。
その日の夜。みきおはマンガを読んでいた。
「おい。おいこの青二才!」
誰かの声がした。みきおはだまってマンガを読んでいた。
「おい聞いてんのか? このクソガキ!」
みきおはだまってマンガに集中。
「お前ベッドの下にエロ本隠してるだろ?」
「なんなんだよさっきから!」
みきおは振り向き様に怒鳴った。
目を点にさせた。なぜなら、後ろにいたのは、イチゴだったからだ。
「やっと気づいたかこの青二才!」
イチゴがしゃべった。手足が生えており、サングラスをかけたイチゴがしゃべった。
「あ、俺なんか夢見てるな。マンガ読んでる途中に眠っちゃったんだ!」
みきおはほおをつねってみた。痛かった。
「夢なんかじゃねえよ。てめえの妹が作ったイチゴなんだよ!」
「イチゴがしゃべったああああ!!」
みきおは夢じゃないことに気づき、部屋の中をドタバタ走り出した。壁にぶつかり、本棚にぶつかり、タンスにぶつかり、窓にぶつかり。至る所にぶつかりながら、走り回った。
「おい落ち着けアホ! 俺が踏み潰されるだろうが!」
イチゴは走り回るみきおをなんとか避けていた。
「なんやうっさいのうお兄!」
みちこが入ってきた。
「み、みちこ!」
「静かになったならええわ」
と言って、去っていった。
「まあ落ち着けって。俺はなにも、てめえに痛い目見せに来たわけじゃねえからな」
「な、なんだお前は!」
震えながらイチゴに指をさすみきお。
「俺はみちこに育てられたイチゴ。あいつの独占欲が注ぎ込まれできた、出来の悪いイチゴさ」
「そ、そんなもん注がれてんのかよ……」
「まあな。あれはあれで収穫時期だから、食べても毒はねえんだ。要はみちこが俺たちを作る時に、バカみたいに独占欲剥き出しにしてなきゃ、こんな出来損ない生まれなかったろうよ」
みきおは少し落ち着きを戻してきたようで、イチゴに質問をした。
「お前は俺になんの用があってきたんだ?」
「なんの用? へっ、決まってるじゃないか。俺たちイチゴは、世間様からすれば、かわいいだとか、甘いイメージ持たれてんじゃねえか。そんなイメージを覆してほしいのよ!」
「は、はあ?」
首を傾げるみきお。
「いいか? イチゴはみんな人間様からかわいい、甘い、女の子らしいなんて言われるために生まれてきたんじゃねえんだよ。中にはそういう甘口野郎もいるが、中には俺みたいに、男らしいって思われたいやつもいるんだ。そこで、お前には、俺を含め、そういったイチゴたちのために、辛口野郎もいるんだぜってことを、証明してほしいわけよ」
「……」
ポカンとするみきお。
「てめえ、話わかってんだろうな?」
「イチゴなんて人間からすれば、甘いもすっぱいも同じに見えるけどな……」
みきおは心底興味なさそうにしていた。
「この野郎! 人間ってのはなんて残酷な生き物なんだ!」
イチゴはムッとして言った。
「そうか。どうしても協力してくれないのならしかたがねえ……」
イチゴは、どこからか、リモコンとテレビを出した。
「これを見ろ!」
テレビをつけた。
『かわいい坊やだねえ! お姉さんがお仕置きしてあげるわ♡』
『お仕置きしてください〜!』
テレビには、パソコンで大人なビデオを楽しんでいるみきおが映っていた。
みきおはテレビを観て顔を真っ赤にした。
「てめえ!! いつ撮ったんだよこんなもん!!」
みきおは、テレビにしがみついた。
「これを家族にバラすぞ? 協力してくれるよな? なあ!」
イチゴがおどしてきた。初めてイチゴにおどされて、みきおは呆然とした。
冷蔵庫を開けると、みちこが栽培したイチゴのタッパーがあった。みきおは誰もいないか見渡してから、タッパーを手にした。
「お兄!」
みちこの声がした。みきおはサッとタッパーを元の位置に戻した。
「お兄。牛乳取ってや」
「お、おう。牛乳な、わかった」
牛乳を渡した。
みちこが牛乳を持っていくと、みきおはもう一度イチゴの入ったタッパーを冷蔵庫から出して、フタを開けた。
「みきお!」
今度は母が来た。あわてて冷蔵庫の扉を閉めた。
「なによ? 閉めなくていいのに」
「で、電気代もったないだろ!?」
あわてて言い訳をするみきお。
「プリン取って?」
みきおは、冷蔵庫を開けて、プリンを渡した。母はプリンを受け取ると、そのまま居間へ向かった。
「おい。いい加減イチゴに唐辛子かけろよ?」
サングラスをかけてしゃべれるようにねった、辛口イチゴが催促した。
「うるせえな! バレないようにするのに、必死なんだろっ?」
みきおは逆ギレした。そしてすぐにイチゴのタッパーを開けて、持ってきた唐辛子をササッとかけた。
「みきお」
父が来た。あわてて冷蔵庫を閉めた。
「閉めんでもええで?」
「だから電気代もったいないだろ!?」
あわてて言い訳を思いつく。
「まあええわ。それより、お父のフィンタ、今何本あんねな? 二本しかなこたら買ってこよう思て……」
「んなもんあとで自分で調べろよ!」
逆ギレして、去っていった。父は首を傾げた。
部屋に戻ったみきおと辛口イチゴ。
「よくやったぜ相棒!」
辛口イチゴは満足気だった。
「とは言うものの、あとは誰があのイチゴを食べるかだぜ?」
呆れているみきお。
「人間はいつでも空腹に餓えているんだ。つまり、食うもんがなければ、必ずあの唐辛子付きのイチゴでも食べるようになる」
辛口イチゴは笑った。
「これで俺たちイチゴも甘いなんて言わせないぜ! はーっはっはっは!」
みきおは呆れてため息をついた。
しかし、何日経ってもイチゴに手を付ける者はいなかった。一週間、一ヶ月経っても食べる者は誰一人として現れない。
「おいどういうことだよ! なんで誰も食べないんだよ!」
辛口イチゴはカンカンだ。
「いや知らねえし! 第一、みちこのやつがまだ完全に熟してもいないイチゴを摘んだのが悪いんだ」
「じゃあそのみちこってやつを斬れ!」
「なんで斬るんだよ!?」
辛口イチゴはうなった。
「くっ……。しかたない! おいお前、あのイチゴ学校で食わせることできないか?」
「は?」
「学校だよ。どうせよそ様なら、喜んで食うだろ!」
「いやいや! 唐辛子をふんだんにかけたものを与えるなんて、どうかしてるぜ! ていうか、そんなことしたら俺の評判が悪くなるだろ!」
「お前の評判なんかどうでもええわい! そんなことよりも、俺たちイチゴに甘ったるい印象が付かないことが重要なんだ」
「なんで俺がそんなわけのわからんわがままに付き合わされなきゃいかんのだ! おまけにイチゴだぞ? イチゴに頼まれてんだぞ俺!」
みきおはもうカンカン。
「じゃああれ、見せてやってもいいんだな?」
テレビを出して、映像をつけた。大人のビデオを観て興奮しているみきおが映っている。
「わわ、わかったよわかったよ! やればいいんだろやれば!」
「へへっ。そう来なくちゃ相棒」
フッと微笑む辛口イチゴ。
「ったく……。こいつを握り潰してやりてえ〜!」
イライラを抑えるみきおだった。
みきおは、空手部に所属していた。しかしまだ白帯で、大会で結果を残したこともない。ただ強くなりそうだからという単純な理由で所属していた。
「えい! やあーっ!」
みきおは一人で突きや蹴りの練習をしていた。
「基本がなっとらーん!」
顧問もマンツーのレッスンだ。
「やあ!」
「基本がなっとらーん!」
「やあ!」
「基本がなっとらーん!」
「やあ!」
「基本がなっとらーん!」
「やあ!」
「基本がなっとらーん!」
「先生! いい加減俺にも勝負をさせてくださいよ〜!」
「お前はまだ基本がなっとらん。相手させてやることはできん!」
顧問はその場を去ろうとした。
「二年生にもなって、一年生と変わらんことするなんて、片腹痛いぜ……」
と言って、思い出した。
「先生! 部活がおわったら、イチゴを差し入れしてもいいですか?」
「イチゴだと?」
顧問はとても厳格な人で、甘いものを食することをきつく禁じていた。
「みきお……。お前、俺とは一年からの付き合いだよな? 差し入れなど、一ミリたりとも食わせたことはあるか!」
「こんなんですけど……」
タッパーに入った未熟なイチゴを見せた。
「なぬ!?」
顧問は驚いた。
「甘くもないし、辛……すっぱいですよこれ! なので、よくないすか? それに、いつもがんばっている部員たちに、差し入れしてやってもよろしいかと……」
顧問はぶぜんとした態度でみきおをにらんでいた。
結果、差し入れを認めた。
「みんなー! 差し入れに、イチゴ持ってきたぞー?」
みきおの呼びかけに、部員たちは大喜び。一斉に集まってきた。
みんなで一つずつイチゴを手に取り、眺めた。
「へへへっ! バカな奴らだ。唐辛子がかかってるとも知らずにな……」
影で、辛口イチゴがほくそ笑んだ。
部員のみんなは、差し入れのイチゴを口に運んだ。
「すっぺ〜!」
しかし、辛さに悶え、ヒーヒー言わす人誰一人いなかった。
辛口イチゴは当惑した。
「おかしい! た、確かにあいつは唐辛子をかけたはずなのに!」
みきおも顧問も部員たちも、すっぱい未熟なイチゴをおいしそうに食べていた。
「なーんだ。俺の妹が作った奴なんだけど、意外といけんじゃん?」
みきおは未熟であれ、イチゴの味に満足した。
部活がおわったあとの帰り道に、辛口イチゴがみきおに抗議した。
「おいてめえ! よくもこの俺様をだましてくれたな! あのイチゴ、唐辛子をまぶしたくせに、なんでみんなうまそうに食ってたんだよ!」
みきおは答えた。
「部員のみんなに食わせるイチゴを、激辛にできっかよ!」
みきおは辛口イチゴを蹴飛ばした。辛口イチゴは夕日で赤く染まった空の彼方へと、消えていった。
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