MIKIOファンタジー

みまちよしお小説課

1.カネノナルキ

第1話

ごくありふれた街の、ごくありふれた家に住む、ごくありふれた高校に通う二年生のみきおは、性格も普通で、学力も普通、友達の数も普通で、とにかく普通な男子高校生だった。

 ただ、一部を除いては……。


 ある日、みきおが二階にある自室で、宿題をしていると。

「ねえねえみきお! あんたの小学生時代の写真が、台所にある長年使ってなかったフライパンの中から見つかったのよ?」

 母が飛び入ってきた。

「なんでそんな変なところから出てくるんだよ!」

 みきおはツッコんだ。

「ほら、これ」

 写真を見せた。

「げっ!」

 みきおは顔をしかめた。

 小学生時代の写真とは、みきおの素っ裸になった股の部分から、ひまわりが咲いているものだった。取り付けたわけではない。六年生になって一ヶ月ほど、ひまわりが咲いていたのだ。

「そうだ! この時俺、心配でたまらなくて、親父に相談したら、普通じゃないって言うもんで、病院行ったけど笑われて、記念に写真まで撮られて、カッとなってフライパンなんかに隠したんだ!」

 みきおは思い出した。

「うふふ! こんなところからお花を咲かせるなんて、世界中どこを探しても、あなたくらいよ?」

 母は笑った。

「返せよ!」

 無理やり奪った。

「あら? 結構気に入ってるのに……」

「こんなもん生き恥だぜ! ビリビリ破ってやる〜!」

 破って、勉強机の近くにあるゴミ箱に捨てた。

「あらら〜」

 と、母。

「でも大丈夫。焼き増ししてあるから!」

 束になったみきおの写真を扇形に拡げた。

「ふざけるなあ!!」

 みきおは怒鳴り声を上げた。母は一階へ降りていった。

「くっそ〜! 昔から俺はこうだ……」

 みきおは、至って普通の男子高校生だ。しかし、唯一他と違う個性的な面といえば、幼少期から不条理でありえないことが起きることだった。その他にも、いろいろなことに出くわしたが、誰に話しても信じてくれなかったりバカにされたりするため、自分から話すことはしなくなっていた。


 夕飯時。

「なあなあ。今度の土曜日、デイズーランド連れてってえな?」

 小六のみきおの妹、みちこがねだる。

「んな、高いとこ連れてけえへん」

 と、父。父は大阪出身で、母は東京出身。みきおは、母よりで標準語で話し、みちこは父よりで、関西弁を話した。

「お父、それ前も言ってたわ! デイズーランド連れて行くんと、家で酒飲んでダラダラしてるん、どっちが大切やねん!」

 みちこが席を立ち、声を上げた。

「お父は酒飲まんぞ?」

「いい加減冷蔵庫の中をフィンタグレープで埋めるのはやめてちょうだい」

 と、母にツッコまれる。

「なあみちこ、頼むで。デイズーランドは正月か、お盆でも行けるやろ?」

 両手を合わせ、懇願こんがん

「正月はお父のじいちゃんばあちゃんち、お盆はお母のじいちゃんばあちゃんちって決まってんねん!」

 三人とも呆然。

「おいみちこ。お前六年生なんだから、変にこだわり主張すんのはやめろよ」

 みきおが呆れて注意した。

「お兄はだまっとき!」

「結局これだ……」

「わーん!! デイズーランドデイズーランド〜!!」

 みちこは泣きわめきながら、床にジタバタした。

「あなた、連れてってあげなさいよ?」

「ほなこと言われても、今月もピンキリやねん……」

「うるせいやい!」

 きつい言い方で注意するみきお。途方に暮れる父と母。みちこは三十分くらい泣きわめいてから、目を真っ赤にしながら残ったご飯を食べた。


 寝る前に、ベランダでみちこは花占いをやっていた。

「行ける、行けない。行ける、行けない」

 まだデイズーランドに行けるか否かについて気にしているらしく、花占いまで始めた。

「行けな……。ノオオオ!!」

 六枚目の花びらを摘んで、行けないにおわった。花占いは当てにならない。奇数の数花びらが付いていれば、必ず行けるに到達が、偶数の花びらは、行けないに到達する。

「みちこ」

 落ち込んでいるところに、父が来た。

「なんや? 花占いなんてアホやなーってバカに来たんか!」

「ちゃうて! ほら、これ埋めてみ?」

 新品の五円玉を渡した。

「五円玉やんな?」

「そや。これを庭に埋めて、毎朝欠かさず水を上げれば、そのうち"カネノナルキ"ちゅうな、本当にお金ができる木が生えるんや」

「ほんまに?」

 にらんできた。

「ほ、ほんまやほんまや! あんまり本やニュースで見んけど、これ真似するやつが出るとあかん言うて、誰も公表しんねん」

「ふーん……」

 みちこは手のひらの五円玉を細い目で見つめる。

「デイズーランド、二週間後に行けるかもしれんで?」

 みちこはしばらく五円玉を見つめ、庭に向かった。そして、穴を掘り、埋めた。

「ほら、ジョウロで水あげや?」

 父はジョウロを渡した。それでみちこは埋めた五円玉に水を上げた。

「もしほんまなら、うちら金持ちになんな!」

 庭で大声で言うので、父は「しーっしーっ!」と静かにするよう促した。

「ったく親父はよう……。子供だましもいいところだぜ!」

 台所から覗いていたみきおは、父が見兼ねて取った手段に呆れ返っていた。


 しかし、翌朝。

「ねえねえ! これ、昨日五円玉埋めたとこやない?」

 みちこが興奮して手招きした。父と母、みきおが庭に集まった。

「これや!」

 みちこが指さす方向に、緑色した苗が生えていた。

「あっはっはっ! バッカでい。母さんがなんか植えたんだろ?」

 みきおがバカにすると、

「なにも植えてないわよ?」

 と、母はケロッとした顔で答えた。

「な、なに言ってんだ母さん! 五円玉を埋めて、あんなきれいな苗が生えるかよ?」

「これがほんまにカネノナルキやったら……」

 と、父が身震いしていた。

「なわけねえだろ〜? 現実を見たまえ〜」

 みきおは呆れて父の肩に手を置いた。

 みちこは毎日欠かさず苗に水を上げた。苗はみるみるうちに大きくなっていった。背が伸びて、一週間後、盆栽のようにりっぱな大きさになっていた。

「ウソでしょ……」

 呆然としている母。

「ウソやろ……」

 呆然としている父。

「ウソだ……」

 呆然としているみきお。

「わあ!」

 パアッと明るい顔になるみちこ。

 五円玉を埋めて一週間。枝から一万円札が生えている、"カネノナルキ"が誕生した。

 こんなのが近所の人に見られたらまずいので、植木鉢に植え替えた。

「ね、ねえあなた?」

「な、なんや?」

「これ、本物?」

「さ、さあな?」

「あなた、触ってみてよ?」

「お、お前が触ってみ?」

「あなたよ!」

「お前や!」

「あなた!」

「お前!」

「あなた!」

「お前!」

「じゃあみちこが!」

 自ら手を挙げた。

「ダメダメー!!」

 父と母は生えている一万円札を取ろうとするみちこの手を止めた。

 三人はわーわー言い合った。父と母は得体の知れないものに対する恐怖で、みちこは触りたくて、口ゲンカを始めた。

 見兼ねたみきおが。

「じゃあ俺が触るよ」

「どうぞどうぞ!」

 三人ともみきおにゆずった。

「いやなんでだよ?」

 みきおはまじまじとカネノナルキを見つめ、おそるおそる生えている一万円札に触れた。

「おお!?」

 声を上げる三人。

 みきおは思い切って一万円札を取った。

「ただの一万円札だ」

 みきおは、両手で一万円札を広げてみせた。

「透かしても、ニセ札ぽくないな」

 ニセ札でもなければ、他に変なところは見当たらない。そのことがわかると、父と母、みちこは、一心不乱に一万円札を抜き取っていった。

「ちょっと待って!」

 母が指示。

「これ、使えるのかしら?」

「ほな、みんなで試してみよか?」

 四人でコンビニへ向かった。父がATMを利用して、一万円札を預け入れることがミッションだ。

「じゃ、預け入れるで?」

 三人はゴクリと息を飲んだ。

 父はおそるおそる、冷や汗をかきながら、一万札を入金した。

『一万円を、お預け入りしました』

 ATMの機械からアナウンスが聞こえた。

「よっしゃー!!」

 四人みんなで喜んだ。他のお客や店員は、ATMの前でなにをあんなにはしゃいでいるのかと、異様なものを見る視線を投げかけていた。


 カネノナルキが生え、数ヶ月が経った。カネノナルキは、枝から毎日のように一万円札を生やした。やがて四人の一家は、家賃十二万もする都心の高層マンションに住んでいた。

「ほな、デイズーランド行こか?」

 タキシードを着た父。今は安月給のサラリーマンをやめ、東京で不動産を経営する社長に昇進した。

「みちこ、みきお。準備できた?」

 中世の婦人のようなドレスを着た母。週三日通っていたスーパーのパートをやめ、コンシェルジュを雇い家事を任せ、悠々自適な暮らしを楽しんでいる。

「おーほっほっほ! みちこは準備万端でざます!」

 母みたくドレスを身にまとったみちこ。彼女はお嬢様が通う学校(頭はよくないが)に通っている。

「みきおはまだか?」

 と、父。

「旦那様、奥様。お車を準備致しました」

 コンシェルジュが呼びかけた。

「みきおー!」

 母が呼んだ。

 一方で、みきおはカネノナルキが植わっている植木鉢から五円玉を抜き取って、自らが用意した五円玉を埋めていた。

「よし!」

 胸を張った。

「今日から俺のものだぜこのカネノナルキは! 将来は大統領か? それとも、世界征服者か! なっはっは!」

 一人で高笑いをした。

「みきおー?」

 母の声がした。

「はいよ!」

 みきおは返事をして、五円玉を勉強机に隠した。

「金持ちは俺一人でなってみせるぜ!」

 と言って、部屋をあとにし、デイズーランドへと足を運んだ。


 デイズーランド以外でも、授業参観に父と母はおしゃれをして、ひと際異彩を放ったり、母の実家にリムジンで来た時、祖母が霊柩車と間違えたりされた。そんなこんなで金持ちライフを過ごしていたが、やがて、お金ができなくなってきた。

「おかしい! これまで無限に生えてきたはずやのに!」

 嘆く父。

「コンシェルジュさん、お金出せないならもうやめますって、出て行っちゃったわよ?」

「んなアホな! そやったら、もうどないして暮らしていきゃええねん?」

「それはそれとして、みちこの学費なんてバカにならないのよ? やめさせる?」

「いいや! きっと原因があるんや。こういう時は、掘って確認する!」

 無理やりカネノナルキを抜いた。

「ああっ!」

 父と母は声を揃えた。土の中には、錆びた五円玉が埋まっていた。


 父と同じタキシードを着ているみきおは、最近購入した原付で、街をかけ抜けていた。

 そして、たどり着いた場所は、国会議事堂。

「だーかーら! 俺は金持ちなんだよ?

カネノナルキを育てているお坊っちゃまなんだよ!」

 国会議事堂まわりを巡回している警察は答えた。

「悪いが少年。君の妄想に付き合っている暇はない。差し支えなければ、住所と電話番号をお教え願いたい」

 メモ帳とペンを用意した。

「しかたない……。これでもまだ疑うか!」

 みきおは、原付のトランクから、枝から一万円札が生えているカネノナルキが植わっている植木鉢を出した。

「悪いが少年。君の妄想に付き合っている暇はない。差し支えなければ、住所と電話番号をお教え願いたい」

 同じことを伝える警察。

「ならこれはどうだ!」

 みきおは、トランクからバッグを出した。そして、その中身を見せた。警察は目を見開いた。中身はパンパンに詰まった現金だったからだ。

「至急、応援求む!」

 警察は無線機を使用して、他の警察に応援を呼んだ。

「君! 場合によっては我々が保護しなくてはならなくなるかもしれない……。なぜそんなにまで大金を担いでいる!?」

 警察は、みきおの肩に手を置き、声を荒らげた。

「フッ……。このカネノナルキは、正真正銘のお金を生やし、俺の家族を金持ちにしたんですよ。だから、これから俺はこいつで大統領を目指し、世界を股にかけてやるのさ!」

「くだらん言い訳はよせ!」

 警察はまったく信用していない様子だった。


 みつきは取り調べ室に呼ばれた。

「で、君はそのカネノナルキとかなんとかでお金を生やせるのかね?」

 刑事はまったく相手にしていない様子で聞いた。

「なら、今ここで一万円札を抜き取ってご覧よ?」

 みきおは、刑事にカネノナルキを差し出した。刑事は、くだらないといった様子で一万円札を抜き取ってみた。

 その瞬間、一万円札はサッと生えてきた。刑事も、入り口にいる見張り役も目を丸くし、仰天した。


 みきおの行方がわからないまま、数週間が経った。父と母、みちこの一家三人は、元の平凡な生活に戻っていた。元々お金があるだけで不動産の社長を任された父は、カネノナルキからお金が出なくなってしまったので、元の安月給サラリーマンに元通り。母は夫の収入だけでは生活は成り立たないので、スーパーで週三日働くパートに元通り。みちこはお嬢様学校でお嬢様らしさについていけることなく、今まで通っていた小学校に元通り。ごくありふれた一般家庭に姿を戻したのだった。

「テレビでも観よーっと」

 みちこは居間にあるテレビをつけた。

「あー!!」

 大声を上げた。

「なんやどないしたんや?」

 父と母が来る。

 テレビには、リムジンから女王らしき人と手を振るみきおが映っていた。ロゴには、"世界最年少 16歳の大統領"と明記されていた。 「あいつ〜! そういうことやったんやな!」

 メラメラ燃える父。

「お金が生えなくなったと思ったら、自分だけ儲けようとしていたのね!」

 メラメラ燃える母。

「許さへんで〜! お兄〜!」

 メラメラ燃えるみちこ。

「でもどうしたらいいの〜!」

 メラメラ燃えながら問う母。

「どうする?」

 と、父。

「知らんがな」

 と、みちこ。

 沈黙する三人。そして、「はあ……」と、ため息をついた。


 みきおは、大統領になり、世界中の人たちにカネノナルキを紹介し、お金をばらまいた。この様子をテレビで観て真似する人も見えたが、五円玉を埋めてもカネノナルキはできないので、そのうちインチキではないか、なにか裏があるのではないかと悪いうわさが立つようになった。

 しかし、彼自身はカネノナルキを貧困に悩む子どもたちや戦争で苦しむ国の人たちに使いたいと意志を表明していた。なので、カネノナルキを否定する派と賛成する派は半々であった。

「まあ、実際は俺の使いたい放題に利用してるけどなあ!」

 みきおは、毎日量産される一万円札でゲームを買い、マンガを買い、お菓子を買い、さらにはそれらすべてを会社ごと買い占めていった。

「しかし大統領。世界の柱であろう者が、自分のためだけにお金を利用されては、そのうち経済が破綻します……」

 秘書が言った。

「うるせえ! カネノナルキがあれば、んな心配も必要ねえんだよ!」

 机に足を投げ出した。

「俺さ、ガキの頃普通じゃなかったんだよね」

「は?」

「普通なんだけど、起こることなにもかもが普通じゃないってかさ。それでいい思いしてこなかったけど、今は最高だぜ!」

 扇形に揃えた一万円札を数えながら言った。


 ある日国会議事堂にて、大統領選挙が行われた。みきおも参加した。

「みきお大統領!」

 司会がアナウンスすると、拍手が起きた。みきおは演説をするために、ステージへ立った。

「おほん!」

 咳払いをして、マイクのスイッチを押した。

「私はこのカネノナルキを使い、量産した一万円札を利用して、貧困に苦しむ人々や、戦争で苦しむ人々を救いたいと思います!」

 会場に拍手が起きた。

『まあ、実際は俺の使いたい放題に利用してるけどなあ!』

 スピーカーから流れ、会場全体がざわついた。

「え!? いや、これは……」

『うるせえ! カネノナルキがあれば、んな心配も必要ねえんだよ!』

 前に思わず口走った言葉が会場全体を包んだ。

「いや、これは!」

 慌てふためくみきお。

「では続いて……」

 司会が次へ進めようとした。

「ま、待ってください!」

 司会を止めようとすると、選挙に来た大統領や総理大臣たちから、マイクやしおり、ボールやハンバーガー、脱ぎたてのローファー、靴下などが投げつけられた。

「きゅ〜……」

 みきおは投げつけられた物に下敷きになった。その日から、彼は大統領をクビにされてしまった。


 しばらくして、みきおは家に帰ってきた。

「おお、みきお! 帰ってきたな」

 父は、肩を組んでみきおを家に入れた。

「で、カネノナルキは持って帰ってきたの?」

 母が聞いた。

「またあれでデイズーランド行こな?」

 みちこが言った。

「ああ……。あれならもう金が出なくなったよ……」

 やつれた顔のみきおは植木鉢を見せた。カネノナルキには、一万円札は生えていない。

「そんな! で、でもそれはカネノナルキじゃ……」

「こういうことだよ……」

 みきおは、母に手を差し伸べた。五円玉が錆びてしまっていた。ピカピカでもない五円玉は、もうお金を宿してはくれない。

「ほな、また五円玉を植えれば……」

「もう金持ちはこりごりだ〜!!」

 みきおは叫びながら、ただ木が植わっているだけの植木鉢を、天井に向かって投げた。

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