5.VRでお姫様気分!

第5話

ゆうき、まなみ、あかね、アイちゃんのいる六年一組に、転校生がやってきました。教卓の前にいる転校生は、黒板に名前を書きました。

「わたくし、アリス・リデルと申しますわ。以後、お見知りおきを」

 スカートを持って、丁寧におじぎをしました。

「おお……」

 一組のみんなは、感心しました。

「いや、あのアリスさん? あなたの本名は伊藤いとうアリスでしょ?」

「え?」

 担任のツッコミに、みんなが目を丸くする。

「……」

 だまり込むアリス。

 本当は、アメリカと日本のハーフでした。昨日アメリカから帰ってきて、日本で過ごすことになったのです。


「はあ〜あ……。日本って、アメリカより素朴でつまらないところですわね」

 休み時間中、一人でため息をつくアリス。ゆうき、まなみ、あかねが唖然としました。

「なんなのあいつ? 外国かぶれ?」

 と、まなみがにらみました。

「きっとそうよ」

 あかねもにらみました。

「まあまあ。せっかく転校してきたんだしさ、仲良くしようよ」

 人がいいゆうきは、アリスに話しかけにいきました。

「ねえアリスちゃん」

 と、ゆうきが話しかけると。

「わたくしのこと、気安く呼ばないでくださいます?」

「え?」

「アリス姫とお呼び! わたくしは、帰国子女きこくしじょですのよ? あなたみたいな地味な日本人とは違いますの」

 ゆうきは、だまってまなみたちのところへ向かいました。

「うわ〜ん! なんか怒られたあ!」

 泣くゆうき。

「なにあれ〜!」

「第一、帰国子女だからって、姫かっつーの!」

 まなみとあかねが怒りました。

「帰国子女ってなあに?」

 アイちゃんが聞いてきました。

「帰国子女っていうのは、親の仕事の都合で海外に行ってて、帰国してきた息子や娘のことよ?」

 あかねが説明しました。

「帰国子女って、美人が多いって言うよね」

 と、泣き止んだゆうきが言いました。

「そうですわ! わたくしは美人ですの」

 にんまりしながら、よってきたアリス。

「うわ、来た……」

 気持ち悪がるまなみ。

「あなたね? 今帰国子女のわたくしを美人と言ったのは」

 ゆうきの肩に手を置きました。

「え? あ、えっと……」

「さっきはしょっぱい態度を取ってすみませんでした。あなた、今日からわたくしとお友達になりましょう!」

「えー!?」

 驚くゆうき。

「放課後うちに来なさいな。アメリカ土産、たくさん用意しますわよ!」

「そんな〜!」

「わーいお友達お友達!」

 なぜかアイちゃんが喜びました。

「いや待て待て待て!」

 と、まなみとあかね。

「別にあんたのこと美人だなんて言ったんじゃないわよ!」

 まなみが、ゆうきの前に立ちはだかりました。

「なによあなた?」

「あんた友達の作り方も知らないの? 友達は、友達になろうってなるもんじゃないのよ!」

 あかねが言い放ちました。

「はあ?」

 アリスがにらみました。

「あ、えっとその……」

 と、ゆうきがなにか言おうとするも。

「そもそもあんたみたいなやつと仲良くしたくないのよ!!」

 まなみの怒声がひびく。

「なんですって!? あなたこそ、その口の聞き方はよくないんじゃありませんの!?」

「アメリカかぶれがいい加減にしなさいよっ?」

 あかねが怒りました。

「まあ! アメリカかぶれって誰のことよ!?」

「あんたのことに決まってるでしょ!」

 三人は、わーわー言い合いつづけました。

「ああ……」

 ゆうきは困惑しました。どうやってケンカを止めたらいいか、わからないのです。

 アイちゃんは、言い合いをしている三人をキョロキョロ見ていました。

「はいストーップ!」

 と、アイちゃんが号令しました。

「アイのお家行こうよ。アイ、みんなとお友達になりたいからさ!」

 にっこりしているアイちゃん。そんな彼女を見て、なんとも言えなくなるゆうきたちでした。


 放課後、ゆうきたちはアイちゃんに言われたとおり、科学の娘りかに来ました。

「ようこそ、あたしの城へ!」

 両手を上げて感激するりか。

「どこが城ですの? こんな一般的でどこにでもありそうなとこがさ」

 と、アリス。

「君はずいぶんとひねくれたことを言う子だね」

 と、りか。

「ほんとはまなみ、こんなお姫様かぶれなんかとこんなとこ来たくなかったけど、アイちゃんがどうしてもって言うからさ」

「あたしもこんなお姫様かぶれとこんなとこ来たくなかったけど、アイちゃんがどうしてもって言うしさ」

 と、あかね。

「お姫様かぶれはともかく、こんなとこ来たくないってなんか語弊感じるな」

 と、ツッコむりか。

「ところでゆうきちゃん。このお姫様かぶれと呼ばれている子は?」

「まあ! あなたもわたくしのことお姫様かぶれとお呼びになるのね!」

 アリスが怒りました。りかが驚きました。

「えっと、転校生。今日うちのクラスに来たの」

「へえー」

「そう! わたくしはアメリカからチンケな六年一組にやってきた帰国子女。アリス姫とお呼び!」

 前髪を手でかき分けました。

「ね? お姫様かぶれでしょ?」

 あかねがりかに、耳打ちしました。

「確かに。帰国子女だからって、ちょっとイキり過ぎかもね」

「ちょっと、聞こえてるわよ?」

 アリスはりかとあかねをにらみました。

「みなさんにはわからないんですわ! わたくしがどれだけアメリカですばらしい生活を送ってきたか、チンケな日本にずっといれば、そんなの知らないでしょうね!」

「どんな生活をしてたの?」

 笑顔のアイちゃんが、前のめりになって聞いてきました。

「き、興味がおありのようね。いいわ、話してあげる」

 アリスはアメリカにいた時のことを話しました。

「アメリカはニューヨークに住んでいましたの。そこでは……」

「そこでは?」

「えっと……。朝は食パン、じゃなくてロールパンを食べて、おかずに目玉焼き、じゃなくてハムエッグを食べて。で、そのあと眠たいので二度寝して……。じゃなくてじゃなくて! そう! お花を摘みに行ってましたの。そうよ、お花摘みに行ってましたのよ」

「……」

「余暇なんて、あなたたちとは比べものにならないくらい豪華ですわよ?」

「なにしてたの?」

 ゆうきが聞きました。

「部屋でごろ寝しながらゲーム!」

「……」

「じゃなくてクラシック音楽を聴き入って、ひたすら編み物よ!」

「アメリカの学校ではどんなふうだったの?」

 りかが聞きました。

「うふふ。わたくしはお姫様しか来ない学校に来てましたの」

「どんなことしてたの?」

「えっと、お姫様としての礼儀作法とか、いろいろ勉強しましたわね」

「いろいろって?」

「いろいろはいろいろですわよ」

「生徒は何人くらいいた?」

「知りませんわよそんなこと! 校長先生じゃないんだから!」

「あれ? あたし聞いたことあるけど、あんたが通ってたお姫様しか来ない学校では、校長先生のこと、学園長って呼ぶんじゃない?」

「そっか! てことは、アリスちゃんは、校長先生って呼び方を知らないはずなんだ」

 ゆうきも納得しました。

 アリスは、冷や汗をかきました。

「ねえ、ほんとにお姫様学校来てたの? うーん?」

 まなみがニヤリと見つめてきました。アリスは冷や汗をかいてかいてかきまくって、突然土下座をしました。

「すみませんでした!!」

 ゆうきたちは驚きました。

「あなたたちの言うとおりですわよ……。わたくしはただのお姫様かぶれ。帰国子女ってのはほんとだけど、ただ調子に乗ってるだけですわ!」

「人間、誰しもが追い込まれたら、自供するものよね」

 りかが一言つぶやきました。

「落ちこまないで……」

 アイちゃんが、土下座するアリスの頭をなでました。

「アイ、お姫様大好きだよ?」

「アイさん……」

「アイ……」

 りかは考えました。そして、ピンとひらめきました。

「アリスちゃん。いいものがあるんだけど、実験室においでよ」

「へ?」

 アリスは顔を上げました。

「お姫様になれる、とっておきの発明品があるんだ」

 ウインクしました。

 地下にある実験室に来ました。アリスは、実験室を見渡し、呆然としました。

「こんな場所があるなんて……」

「で、とっておきの発明品ってなによ?」

 まなみが聞きました。

「それがこちら!」

 ゴーグルみたいなものを見せました。

「泳ぐ時に使うやつ?」

 と、ゆうき。

「それは水中ゴーグル。あれ、君たちVRというのを知らないの?」

「VR?」

 りかの言葉に、首を傾げる子どもたち。

「説明しよう! VRとは、このゴーグルみたいなのをつけるだけで、これに映っている世界を楽しめる代物なのだ!」

「どういうこと?」

 と、あかね。

「まずVRをつける前に体感したい世界を設定する。仮に、海中にいるとしよう。設定したら、つける。すると、海中にいるも同然になるのだ!」

「へえー」

 と、ゆうきたち。

「いいからつけてみて」

 ゆうきに無理やりVRをつけました。

「わ、わーっ!」

 目の前の視界は海中です。ただの海中じゃありません。本当に海中にいるような気分なのです。

「わ、わーっ!」

 サメが目の前に現れました。

「ゆ、ゆうちゃん?」

 とつぜんしゃがみ込むゆうきを心配するまなみ。

「はいおしまい」

 りかが、ゆうきからVRを取り上げました。

「ゆうちゃん! ゆうちゃん!」

 まなみは、目を閉じて震えているゆうきの肩を揺すりました。

「はっ! ま、まなみちゃん! すごいよあれ。ほんとに海にいるかと思った!」

「え?」

「どうよ。これでVRのすごさが身に沁みたわね?」

 と、りかが言いました。

「それとわたくしとどんな関係がおありなのかしら?」

「君、お姫様になりたいんでしょ?」

「え、ええ」

「だったら、このVR君で、叶えてあげるってことよ!」

「へえ?」

 みんなで、VRにお姫様と設定し、つけました。外から見ると、まるでSFの世界のヒーローみたいです。しかし、彼女たちに見える世界は。

「な、なにこれ……」

 ドレスを着ているゆうき。

「ウ、ウソでしょ?」

 ドレスを着ているまなみ。

「ひょえ〜!」

 ドレスを着ているあかね。

「わあ。きれい!」

 ドレスを着ているアイちゃん。

「これが、わたくし……」

 アリスは、ドレスを着ている自分を見渡し、感激しました。

「みんな、似合ってるぞー?」

 りかは、騎士の格好をしていました。

「なんでりかさんは、騎士なの?」

 ゆうきが聞きました。

「さあ? 一度着てみたかったからかな」

「さあみなさん! お姫様になったからには、お姫様を存分に楽しみますわよ?」

 と、アリスが声を上げました。ゆうき、まなみ、あかねは当惑しました。

「わーい! お姫様お姫様!」

 アイちゃんは喜びました。

「まず、お姫様たるもの、ダンスができなくちゃいけませんわ。王子様はいないかしら?」

 キョロキョロしました。

「もちろん。お城も王子様もプログラミングしてますよ」

 りかの言うとおり、お城があり、中に王子様がたくさんいました。全員がにこにこしていました。

「王子様……。わたくしと踊って!」

 うっとりしながら、アリスはVR内の王子様の手を取り、ダンスを始めました。

「うわあ! うわあ!」

 ゆうきは、王子様とのダンスをあまりうまくできませんでした。

「なにこれ……。手の感覚がない」

 まなみは、踊っているのに、王子様の手の感覚がないことに気味悪さを感じていました。

「きゃはは! 王子様すてきー!」

 アイちゃんは、楽しそうに踊っていました。

「でもこれ、傍から見たら、一人で踊ってるだけだから、さらに気味悪いんだろうな」

 踊りながら、りかはそう思いました。

 ダンスがおわりました。

「次は、食事ですわよ? お姫様たるもの、食事も上品にしないとね」

 アリスは、上品にVR内のスープを飲みました。もちろん、味はありません。

「私トマトきらいなんだよなあ。まなみちゃん食べて?」

 ゆうきは、トマトをフォークで刺して、まなみに差し出しました。

「いやよまなみもきらい!」

「じゃあ、あかねちゃん」

「あたしもきらいよ?」

「えー?」

「まなみだって食べてほしいわよ」

「あたしだって」

「私だって」

 三人は、ふくれっ面をしました。

「VRなんだから、食べても食べなくてもいっしょよ」

 と、りかが言いました。隣でアイちゃんは、おいしそうにトマトをほおばっていました。

 食事がおわりました。

「お姫様は、余暇も優雅でなくてよ?」

 完全にお姫様気分のアリスは、お花畑で花摘みをしていました。

「ヘイパスパス!」

 ゆうき、まなみ、あかね、アイちゃんの三人は、お姫様のドレスを着たまま、バスケをしていました。

「混ぜてー!」

 りかも混ざりました。

「あなたたちねーっ!!」

 アリスが怒りました。

「もう怒りましたわ! VRの世界、あなたたち全員もわたくしが勝手に設定しますわ!」

 ゴーグルを外して、設定を始めました。

 ゆうき、まなみ、あかねは召使い、アイちゃんはメイド、りかは、犬になりました。と言っても、着ぐるみを身に着けただけですが。

「おーほっほっほ! さあ召使いたち、わたくしにおやつを持ってきなさい!」

 玉座に腰掛けたアリスは、おやつを要求しました。

「チェッ。なんであたしたちがこいつの召使いになんのよ?」

「ほんとほんと」

 あかねとまなみがふてくされると、

「つべこべ言わずに持ってくる!」

 怒られました。すぐに持っていきました。

「お姫様ー!」

「おう、メイドのアイちゃん。どうかしたのかしら?」

「アイのメイド服かわいい?」

 スカートを両手で持って、聞いてきました。

「かわいいかわいい……」

 呆れて返事をしました。

「わんわんわん!」

 犬になったりかが来ました。

「ちょっと! 犬は犬小屋にでも入ってなさい!」

「はっはっはっ!」

 ベロを出して、なついてくる犬のりか。

「キモイキモイキモイ! あっち行け!」

 蹴飛ばしました。

「おやつ持ってきました」

 召使い三人が来ました。

「なによこれ?」

 にらむアリス。

「なにって、おやつだけど?」

 にらみ返すあかね。

「日本人が好きそうなせんべいを持ってこないでくれます? わたくしは姫よ? クッキーとか、マドレーヌとか……。こんなチンケなもの持ってこないでちょうだいよ」

 バカにしました。イライラする召使い三人。

「ここはわたくしの作った理想の世界ですわよ? 引き出しに入ってるようなおやつをお持ちにならないで。あなたたちは姫であるわたくしの召使い、メイド、犬。これからそうして生きていくのよ!」

「え、そんな! そんなのやだよ!」

 と、ゆうき。

「おだまり! わたくしをお姫様かぶれとかさんざんバカにしたくせに。けど、もういいですわ。だって、理想の世界にゴーグル一つで来れたんですから。おーほっほっほ!」

 高笑いするアリスを、じっと見つめる召使い三人。

「はっ、そうだわ! これから王子様と舞踏会をする時間ですの」

 玉座から立ち上がって、舞踏会の会場へと向かいました。

 舞踏会の会場に来ました。ごちそうが用意されており、たくさんの来客がいました。

「王子様はどこ?」

 アリスは、会場を歩いて、探しました。しばらくして、目の前に、王子様が見えました。

「王子様!」

 目を輝かせて、王子様の元へかけ出しました。手をつなごうと、差し出した時でした。

 前が見えなくなりました。

「はい、おしまい」

 りかが、アリスがつけていたゴーグルを外しました。アリスが、呆然としています。

「あれ? 王子様は? 舞踏会は?」

 キョロキョロするアリス。

「そんなもの幻に決まってるじゃない」

「いいえ幻じゃありませんわ! だって、わたくしこの目で王子様を見ましたし、あなたたちを召使いにして、メイドにして、犬にして!」

「それがすべて、幻だったの」

 りかの言葉に、だまり込むアリス。

「そんな……。わたくしは姫、お姫様ですわ。やっと、やっと夢が叶ったと思ったのに……。思ったのに!」

 床に膝をつくアリス。

「こりゃマジになってたな」

 唖然としているりかとゆうきたち三人。

 がっくりしているアリスの肩に手を置くアイちゃん。彼女を見上げました。

「楽しかったね! またやろうよ」

「……」

 アリスは言いました。

「そうね。またやりましょう……」

 視線はそらしていたけど、ほほ笑んでいました。

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