3.練習不要?自動ピアニスト

第3話

街のコンサート会場。

「続いては、あかねさんです」

 司会が紹介すると、観客から拍手が起きました。ステージにはピアノがあり、おじぎをするあかねがいました。

 ピアノのイスに掛けて、かまえるあかね。

 "ド"の音を鳴らす。そこからは、指を止めたまま。

 観客がざわざわし始めました。あかねは、体を震えさせて、冷や汗までかいていました。そんな彼女を隠すように、サーチライトの光が消えました。


 翌日。六年一組の教室の窓辺でため息をつくあかね。空が青く澄んでいました。

「あかね、空なんか見てどうしたの?」

 まなみが後ろから肩に手を置いてきました。

「あ?」

 ボーッとした様子で返事をしました。

「あかねちゃん、今ため息ついた?」

 ゆうきも聞きました。

「ついてないわよ……」

 ボーッとした様子で返事をしました。

「なんか元気なさそうだよ? もしかして、悩み事でもあるの?」

 心配するゆうき。

「今日の給食、あんたのきらいなもんでも出るの? まなみは、トマトが出るんだ。あれきらーい」

 舌を出してしぶい顔をするまなみ。

「別にあたしきらいなものないから……」

 ボーッとしながら返事をしました。

「すごいねあかねちゃん。私、タマネギとセロリとピーマンと辛いものとニンジンと梅干しとゴーヤがきらいだよ」

「ゆうちゃんさ、好ききらい激しすぎでしょ」

 と、まなみ。テヘッとするゆうき。

「はあ〜あ……」

 ため息をつくあかね。ゆうきとまなみは、顔を合わせて、やっぱり様子が変だと思いました。

「とにかく。あたしなんにもないって」

 その場を離れました。

「あっ!」

 声を上げるゆうき。

「どうした?」

「あかねちゃん、靴下片方ずつ色が違うよ?」

 まなみは見てみました。ゆうきの言った通りです。あかねの靴下は、右が赤色、左が青色をしていました。

「なんか言った?」

 あかねが振り向きました。

「やっだ〜!」

 と、まなみ。

「なになにまなみちゃん?」

「あかね。上のシャツと下のズボン、裏表逆……ふふっ!」

 笑いをこらえながら指摘しました。

 あかねは自分の体を見渡してみました。

「えっウソ……。今まで気づかなかったんだけど……」

 赤面しました。

「あははは!」

 ゆうきとまなみが爆笑しました。こらえられなくなったのです。

「うわーん!! やっぱりあたしはどうしようもないアホなんだわ! アホ以下よ〜!」

 走って教室を飛び出しました。

「あかねちゃん!?」

「あかね!」

 急に飛び出したので、二人ともびっくりしました。

 あかねは、トイレの個室で一人、泣いていました。彼女は、前のコンサートで、曲を忘れてしまい、一度も弾けなかったことを、悔いているのです。

「どうせ……。どうせあたしなんか……」

「あかねちゃん」

 扉越しで、ゆうきの声がしました。

「あの、大丈夫?」

「さっきは笑いすぎたわよ。服なんて、着替え直せばいいだけよ」

 ゆうきとまなみがフォローしてくれました。

「ふんっ」

 ふてくされました。

「あかねちゃん教室戻ろう? 授業始まっちゃうよ?」

「いいもんサボる!」

「先生に怒られちゃうよ」

「あたしなんて、あたしなんて! 勉強も仕事もしないでペーペーになったほうがマシの人間なのよ!」

「なに言ってるの?」

「ぺーぺーってなに?」

 ゆうきもまなみが首を傾げました。

「わかった。あんたはずっとそうしてなさい。でも、まなみたちは戻るからね。行こ?ゆうちゃん」

「ええ? ま、まなみちゃん……」

「コンサートで失敗したの……」

 扉越しであかねの声がして、立ち止まるゆうきとまなみ。

「先週の休みさ、ピアノコンサートだったのよ。あたし、本番になると気合い入れすぎて、せっかく覚えた譜面全部忘れちゃってさ。結局一度も弾けずに、コンサートがおわっちゃったんだ」

「そんなことが……」

 驚くゆうき。

「今朝もさ、食パンにバターと間違えてしょうゆかけたり、トイレに行こうとしてお風呂に来たり、靴履こうとして、やかんを履いたり!」

「普通やかん履くかな?」

 と、まなみ。

「あたし思ったわ」

 あかねは言いました。

「こんなことになるなら、始めからピアノなんてやらなきゃよかったって。これを機に、もう挑戦することは二度としない」

「あかねちゃん……」

 チャイムが鳴りました。扉から出てきたあかねは、急いで教室へ向かいました。


 下校時間になりました。ゆうき、まなみ、あかねは三人でいっしょに帰りました。

「どっかより道しよっか」

 まなみが言いました。

 河原を進み、商店街を進み、住宅街で野良猫を追いかけました。そして、ある場所に差しかかりました。

「あ、インチキ科学者がいる科学の娘りかだ」

 と、まなみ。

「いや、まなみちゃんそれは言いすぎじゃ……。まあ、そうかもしれないけど」

「だーれがインチキ科学者ですって?」

「それはりかさん……ん?」

 振り向きました。

「インチキ科学者と言うのはこの口か? この口か?」

 りかが、後ろからゆうきのほおをつねりました。

「だ、誰?」

「うわあ出たあ!」

 まなみが声を上げました。

「まなみちゃん! 人をお化けが出たみたいに呼ばないの」

 三人は中に入って、居間でお茶を用意させてもらいました。

「かくかくしかじかということなのです」

 りかは、将棋の駒のかくぎょうとシカのパペットを用いて、自己紹介をしました。

「なんか、二人ともとんでもない人と知り合ったんだね。特にゆうき、あんた行方不明にされてるもんね」

「そうなのよ〜!」

 と、ゆうきとまなみ。

「なんですか! 私たちになにをたくらんでいるんですか?」

「なにをさせようとも、まなみたち言うこと聞かないからね?」

 りかをにらむゆうきとまなみ。

「いや、特になにもないけど、君たちがあたしのアジトの前にいるから、ちょっくらあいさつしただけでしょ?」

 と、言いました。

「あかねちゃんと言ったかな? あたしは科学の娘だ。作ってほしいものがあれば、なんでも言ってくれたまえ。うんうん」

 胸を張りました。

「普通に家電を作ってて」

「あら?」

 コケるりか。

「だって、ゆうきが行方不明になるような発明品でしょ? きっととんでもないものができるはずよ」

 ゆうきとまなみもうなずく。

「いやいやいや! あの反省点を踏まえて、今度はちゃんと安全なもの作るからさ。ね?」

 両手を合わせました。

「ダメだよあかねちゃん信用しちゃ」

「こんなやつ信用しちゃうと、死ぬわよ?」

「いやまなみちゃん。殺しはしないよ?」

 りかはツッコミました。

「じゃあもうゆうきちゃんとまなみちゃんには作ってやんないし、あたしの発明品触らせてもやんないからね!」

 怒りました。

「こっちから願い下げだ!」

 怒るまなみ。にらむゆうき。

「ふん! じゃああかねちゃん。なにか作ってほしいものある? たとえばそうだなあ。なにかやりたいことがあって、それを叶えたいなあって思ってるなら、その希望に沿ったものを作ってあげるよ」

「いかにもな説明ね」

 そっぽ向くあかね。

「かわいくねえガキだな」

 目を細めるりか。

「科学の力はすごいんだぞ? 君がもし悩んでることがあったら、それを十秒、いや五秒で叶えちゃうんだから!」

「悩んでること?」

「そうよ。ま、あたしがこーんなに親切にしてやってるのに、断るってことは、ないのね。好きなだけくつろいだら帰りなよ? バイバーイ」

 あかねは考えました。練習では上出来なのに、本番になるといつも失敗してしまう。先週のコンサートは、一度も弾けずじまいだった。

(本番でテンパっても、弾けるようにしてくれるのかな?)

 りかが、居間を出ようとした時でした。

「待って!」

 あかねが止めました。

「その、やっぱりあんたを少しだけ信用してもいいかなと思うの。あの、だからさ、つまり……」

 りかがクスッと笑いました。

「な、なにがおかしいのよ!」

「別に」

「あかねちゃん!」

「あかね! こんなやつになにか作ってほしいものあるの?」

 あかねは真剣な目つきをして言いました。

「ピアノを弾けるようになる発明とか、ある?」

 りかは手を自分の胸に添えて言いました。

「もちろんですよお嬢様」


 実験室に連れて来られた三人は、りかの発明品の製作工程を見せられました。ほぼパソコンとにらめっこしていました。

「なにをしているの?」

 まなみが聞きました。

「プログラミング」

 三十分経ちました。ようやくパソコンから離れて、真ん中にある箱のような機械のスイッチを押しました。すると、花が開くようにフタが開きました。三人は中身を見て呆然としました。中から出てきたのは、ピアノだったのです。

「あたしの発明方法はね、立体プリンターみたいな方式なの。コンピューターで作って、それをスキャンして実体化する感じなんだけど、それと似たような方式でやってるわ」

「これが、りかさんの発明……」

 ゆうきはさも感心したようでした。自分がさんざんな目にあったモーターシューズも、こうやってできたと考えたら、なんとも言えない気持ちです。

「さ、じゃあこの子の説明をいたしましょう」

 ピアノにひじを置いて、説明しました。

「これは自動ピアニスト。鍵盤のフタを開くと、付属しているディスプレイに画面が表示されるわ。それが楽譜になるわけだけども」

「なにができるのよ? 楽譜がディスプレイに表示されてるだけじゃない」

 まなみが聞きました。

「そこからさ。楽譜を選んで、選曲するボタンをタップする」

 タップしました。

「すると、ほら!」

 鍵盤が勝手に、ドレミの歌を弾き始めたじゃありませんか。三人は目を丸くしました。

「鍵盤の動きをスローにすることも、めちゃくちゃ早くすることも可能。ほら、鍵盤の動きに合わせて指を動かせばいいから、ちょうどいい練習相手になるでしょ?」

「すごい……」

 感心するあかね。

「あ、あの! これ、次のコンサートに持ってっていいかな?」

「え?」

「また来月ピアノのコンサートあるの。それで、これを使いたいんだ」

「でも、持ち運びが大変よ?」

「そうだよ。どうやって持ち運ぶのあかねちゃん?」

 ゆうきも聞きました。

「りかのことよ。どうせ小さくしたりなんだりして持ち運び楽々なんでしょ?」

 まなみが言いました。しかし。

「姿形はピアノそのものよ? そんな魔法みたいなことできるわけないじゃん」

 肩をすくめました。

「え?」

「当日でいいわ当日で! すごい……。ちょっと、使ってみていい?」

 あかねは、自動ピアニストに座りました。

 エリーゼのためにを選択しました。勝手に動く鍵盤にためらいましたが、慣れてくると、ちゃんと動きがプログラミングされていて、おもしろくなってきました。

 弾きおわりました。

「これで緊張しても、余裕でいける!」

「よかったね!」

 ほほ笑むゆうきとまなみ。

「おお。これで我が発明品が世界に渡る時が来るのだな。いやっほーい!」

 喜ぶりかでした。


 あれから数週間経ちました。あかねは大会に向けて、練習なんて一度もしていません。なぜなら、自動ピアニストがあるからです。たまに部屋にある電子ピアノを弾くくらいでした。

「もうあの時みたいになんかならないもん!」

 部屋の中でスキップしました。


 大会まであと一週間になりました。ある重大なことを思い出したと聞いて、りかは三人を呼び出しました。

「あ……」

「……」

「……」

 上からあかね、ゆうき、まなみが呆然としました。

「もう一度言うね? 会場にはもうピアノが用意されてるでしょ? じゃあ、自動ピアニスト君は、どうするの?」

 これは不覚でした。コンサート会場には、ピアノが用意されています。普通のピアノと同じサイズの自動ピアニストはどうするのか。そのことは考えもしませんでした。あかねはがく然として、しゃがみ込みました。

「おわった……」

 ガックリしました。

「す、すり替えようよ!」

 と、まなみ。

「ど、どうやってさ? 会場に忍びこむとか言わないよね?」

 と、ゆうき。

「忍びこむのよ!」

「まなみちゃんのバカ!」

「じゃあ当日あかねだけ自動ピアニストにすればいいのよ!」

「いや! それは審査員が許してくれないわ。だって、用意されたピアノを使って実力を試しているんだから……」

 もうなにも言えなくなりました。

「どうしようどうしよう!」

 あかねは、りかにすがりつきました。

「いや、すがりつかれても」

「あたし、今日の今日まで練習してない!」

 泣きました。

「そんなの自分の責任でしょ?」

「そんな無責任なこと言わないでよ〜!」

「無責任なのはどっちよ?」

 りかは、あかねを自分の体から離しました。

「まだあと一週間あるじゃない。自動ピアニスト使っていいから、練習すれば?」

「無理だよ!!」

 あかねの声が響きました。

「自動ピアニストなら緊張しても大丈夫だと思ってた。てか、緊張しないと思ってた。でも、ダメなものはダメ。あたしはなにをしたってダメなんだ……」

 両手で顔を覆いました。

「ピアノなんかやらなきゃよかった!」

「そんなことないよ」

 りかが、あかねの頭にポンと手を置きました。あかねが、涙目で見上げてきました。

「誰だって大勢の前に立てば緊張するよ。あたしだって、科学の娘りか設立して成功した時、いきなり大勢の前で記者会見開かれてさ、死ぬかと思ったもん」

「記者会見?」

「サーチライトの下で、演奏するほうが、マシだと思うよ?」

「あかねちゃん!」

 あかねは、ゆうきに顔を向けました。

「あかねちゃんとは小一の時に出会ったけど、その時見たコンサートで、とてもピアノのプロだなって思ったよ。だから、もっと自信持ちなよ!」

「自動ピアニストに手がついていける時点で、プロよ」

 ゆうきとまなみの言葉を聞いて、涙を拭くあかね。そして、ほほ笑みました。

「なによ。一人前にほめるなっての!」

 二人の肩を組みました。ゆうきとまなみは笑いました。

「出番はなさそうだぜ?」

 りかは、自動ピアニストに手を置いてそう言いました。


 いよいよ大会当日。待ちに待った、あかねのピアノコンサートが始まります。

 あかねの厚意で、あらかじめ決めてもらった席に座っているりか、ゆうき、まなみ。座席指定だったことを当日になるまで忘れていたため、助かりました。

「あたし寝ちゃうかも。コンサートって、眠くなるしさ」

 りかが言いました。

「大丈夫よ。そん時はなぐって起こしたげる」

「まなみちゃん……」 

 と、りかがおどけたところで、ブザーが鳴りました。コンサートが始まるのです。

「あかねさんの演奏で、子犬のワルツです」

 司会者が紹介すると、ステージの幕が上がりました。拍手が起こりました。

「わあ、きれい……」

 りかが、あかねの真っ白なドレス姿に感激しました。ゆうきとまなみが「しーっ」と合図しました。

(大丈夫。演奏すればいいんだから! ゆうき、まなみ、りかが見てくれてる!)

 汗をじっとりかいて、胸が張りさけそうなほどバクバクして、今にも吐き出しそうな気分に見舞われました。しかし、そこは抑え、自分なりの演奏をしようと、心得たのです。

 あかねの指が、鍵盤を鳴らしました。走るように、子犬のワルツが奏でられました。

(よし、いけるいける!)

 あかねは演奏中、演奏することだけ考えました。今まで、観客の目ばかり気にして、思うようにいかなかったのです。そのせいで、金賞をねらうどころか、銅賞に、ついには、どの賞も獲れなくなっていました。

(金賞金賞金賞!)

 子犬のワルツを弾きながら、頭の中では、

「金賞!!」

 ばかり考えていました。

 演奏がおわりました。あかねがおじぎをすると、拍手が起こりました。ステージの幕が降りました。

「はあ!」

 控え室で、あかねはぐったりしていました。

「あかねちゃんよかったよ!」

「よくがんばったよ」

 かけつけてきたゆうきとまなみが、彼女の手を握り、涙しました。

「怖かった。ほんとは自動ピアニストに頼りたかった。でも、本気で演奏できてよかった!」

 ほほ笑みました。あかねは緊張と疲れで、全身汗でぐっしょりしていました。しかし、ゆうきとまなみは気にせず、彼女を抱きしめました。

「ところで」

 と、りか。

「自動ピアニストは採用ですか?不採用ですか?」

 あかねは起き上がると、言いました。

「不採用ね」

「え?」

「だって、本気で弾けないじゃん」

「……」

 りかは少し考えてから、言いました。

「わかったわ」

 そのあと、結果発表がありました。あかねは金ではなく、惜しくも銀賞でした。でも、やり切ったという気持ちでいっぱいなので、悔いはありません。

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