7.天使と悪魔と七不思議

第7話

みつるの通う中学校には、七不思議があった。


一つ・校門で写真を撮ると、知らない女の子がまぎれ込んでいる

二つ・トイレの鏡に向かって写真を撮ると、知らない女の子がまぎれ込んでいる

三つ・体育館のステージで写真を撮ると、知らない女の子がまぎれ込んでいる

四つ・音楽室で写真を撮ると、知らない女の子がまぎれ込んでいる

五つ・理科室で写真を撮ると、フラスコを持った知らない女の子がまぎれ込んでいる

六つ・校長室で写真を撮ると、卒業証書を持った知らない女の子がまぎれ込んでいる


 そして、七つ目は知ると呪われるというので、誰も知らなかった。

「全部知らない女の子がまぎれ込んでるじゃないのよ……」

 デビルが呆れた。

「そう! しかも、まぎれ込んでる女の子は、みーんな同じ子なのよ?」

 あかねが意気揚々に言った。

「どんな見た目なの?」

 エンジェルが聞いた。

「みつ編みをしていて、セーラー服を着てるんだって。セーラー服は、うちの学校の、昔の制服だったみたいよ」

「ふーん」

 デビルは無関心な感じで声を出した。

「てことで、放課後みつる君と映るかどうかを検証してみたいと思いまーす!」

 教室に戻って、

「ダメだ」

 さっそく聞くと、速攻で断られた。

「あたしが行こうか?」

 よしきが言った。

「よっちゃん……」

 あかねは目をうるうるさせて、喜んだ。

「なによこの石頭! べーっだ!」

 あかねは、みつるにあかんべーをした。みつるは無視をして、本を読み続けた。

「いいの? 大好きなあかねちゃんとツーショットできるチャンスだったのに……」

 エンジェルが耳打ちした。

「ふにゃっ!」

 みつるは、エンジェルのほおをつねった。

「でも、七不思議なんて所詮うわさでしょ?ほんとに映るのかな?」

 よしきは腕を組みつぶやいた。

「いるよ。だって、私ら見えるじゃん」

「あ、そっか」

 よしきとあかねは、エンジェルとデビルに顔を向けた。

「だからあたいらは幽霊じゃないってば!」

 怒った。

「みつるくーん。ほんとにいいの? 私と幽霊撮りに行かなくて」

「君もしつこいぞ? 僕は忙しいんだから、行かない」

 そっぽを向いた。あかねはふくれて、

「もう知らない! よっちゃん、放課後、トイレで撮ろうね? ね?」

 よしきと約束した。よしきは苦笑いした。

「ふんっ。ほんとは行きたいくせに。悪魔が勝ったわね……」

 デビルがニヤニヤした。

「みつる君をこのままにしておくわけにはいかないわ。なんとかしないと……」

 エンジェルは考えた。デビルは「やれやれ」と、肩をすくめた。


 放課後。みつるは帰り支度をしている途中、なにかないことに気づいた。

「あれ? おかしいな。数学のノートがない」

 カバンを探ってもない。

「数学のノートをなくすなんてこと、早々ないんだけどなあ……」

 そこへ、デビルがやってきた。

「やーいやーい! みつるのあほー!」

「はっ! お、おいそれ僕の数学ノートだぞ!」

「返してほしけりゃ三回回ってワンと鳴きな。へへーん!」

 逃げた。

「おいこら待て!」

 追いかけた。デビルは階段を登り、ろうかを走り、逃げた。みつるは追いかけた。

 一方。あかねとよしきは女子トイレで、カメラを掲げていた。

「い、いいよっちゃん?」

「う、うん」

 二人とも、緊張していた。

「な、なんかさ。やっぱり男の子一人連れて来ればよかったね」

「ええ? あ、あたし一応男の子だよ?」

「み、みつる君とかさ……」

「シ、シャッター押しなよ……」

 あかねとよしきは、体を小刻みに震えさせながら、鏡の前に立った。震えを抑えつつ、あかねはデジカメのシャッターに手をかけた。

「待てー!!」

 みつるはデビルを追いかけていた。

「いたっ!」

 誰かとぶつかった。

「いたた……。す、すいません……」

「……」

 ぶつかったのは、みつ編みをして、メガネをかけた、セーラー服の女の子だった。目を丸くして、みつるを見つめている。

「ええええ!?」

 女の子は驚いた。

 カメラのシャッターが押された。あかねとよしきは、撮った画像を見てみた。おそるおそる、そーっと……。

「なにをしているんですか?」

 見回りの先生が来た。

「きゃああああ!!」

 驚いたあかねとよしきは、デジカメを捨てて、逃げてしまった。


「あなた、私が見えるのね!」

 みつるは、視聴覚室に来ていた。そこに、エンジェルとデビルもいた。みつ編みの女の子に連れて来られたのだ。

「おい、どういうことだよこれは!」

 エンジェルとデビルをにらんだ。

「話せばわかるよ!」

 エンジェルはあわてて答えた。

「はい、数学のノート。けど元々、あかねたちのところに連れてくつもりだったのにさ」

 デビルがノートを返した。

「では。私のことを、プロジェクターにて説明致しましょう!」

 みつ編みの女の子は、プロジェクターを付けた。プロジェクターに、"私が幽霊になるまで"という題字が表記されていた。

「ゆ、幽霊?」

 みつるは少し驚いた。

「えー私の名前は、あきと申します。生まれは一九五十年。この中学校が創立した日からいました」

 プロジェクターには、創立したての中学校が映っていた。

「私は勉強家でした。両親共々医者で、私もその道をたどると言われていたため、毎日毎日勉強をして過ごしていました。友達も作らないで、青春を味わうことなく、勉強をしていました。そして、看護師になり、六十で退職後、八十で死にました」

 説明したとおりの画像がプロジェクターに映し出された。みつるは、呆然としていた。

「学生時代は勉強家、大人になれば仕事人間。ああ、私は生きている間に、遊ぶなんてことをしたことがないのであります。未練を残して、ここ母校で、幽霊となり、さまよっているのです……。おお、悲しい悲しい!」

 自分で悲しんで泣いた。

「みつる君、そういうことなの。あきちゃんは、学生時代にも仕事時代にも、遊ぶことがなくて、死んでも死にきれない思いを抱えているの」

「エンジェルとあきの言うとおり。あんたもそうなるかもね」

 デビルがニヤリとした。

「いやちょっと待てちょっと待て!」

 と、みつる。

「こいつが幽霊なんて証拠あんのかよおい!お前らは幽霊だけど、こいつはただの中学生かもしれないだろっ?」

「そんなに怒らないで」

 あきが、みつるの手を握ろうとした。しかし、貫通した。幽霊だから、透明なのだ。

「……」

 みつるは呆然とした。

「で、僕になんの用だよ?」

「えっ、もう驚かないの!?」

 あきは拍子抜けた。

「だって、僕はもうこの二人の幽霊が見えてるから、今さらねえ」

「エンジェルたちは幽霊じゃないよ?」

「あんたとあかねとよしき以外には見えてない天使と悪魔様よ!」

「ねえみつる君。私を成仏して」

「は?」

「私さ、幽霊としてここに三年も留まってるのよ。だから、成仏しないと、地縛霊じばくれいになっちゃう」

「いや、そんないきなり言われても……」

 みつるは困惑した。

「なんで? 君幽霊見えるんでしょ? なんとかできるじゃないの」

「だからってなんとかできるわけねえじゃん!」

 みつるは怒った。

「落ち着いて。まず、なにをしてほしいか、聞けばいいんだよ。あきちゃんがしたいことを、みつる君とエンジェルたちで、手伝ってあげるんだ」

 と、エンジェル。

「はあ? めんどくさ」

 デビルがめんどくさがった。

「あなたのまわりって、冷めた人が多いのね」

 あきは、みつるとデビルを見て思った。

「そうなの。みつる君が心を開いて素直になってくれるように、いろいろ尽くしてるんだけどね」

 エンジェルは腕を組み、うなずいた。

「幽霊なんだから、したいことし放題じゃないのよ」 

 デビルが言った。

「そうだけど、そうじゃないよ。なにか果たしたいことがあって、でもできなくて求めた結果が、幽霊なんだよ?」

 エンジェルの真っ当な言葉に、あきはハッとした。

「友達を作りたい……」

 あきに顔を向けるみつる、エンジェル、デビル。

「幽霊になって、中学生になったんだ。もう一度、青春時代をやり直したい!」

「んじゃあさ、いい方法があるわよ?」

 デビルは、みつるに顔を向けた。

「ま、まさか!」

 みつるは逃げようとした。

「あいつに取り憑きなさい!」

「でもデビル。みつる君は男の子だよ?」

 エンジェルが聞いた。

「かまわないわよ。男の子でも、女の子みたいな人はいるんだから。それに、あいつ友達いないし、女友達でも作ればいいのよ」

「い、いいのあきちゃん?」

「わかった。もう方法がないからみつる君の体借りる!」

「ええ!?」

 みつるは視聴覚室を抜け出した。しかし、幽霊であるあきのスピードに逃げ切れず、取り憑かれてしまった。

「これからみつる君はあきちゃんとして生活していくんだね……」

 呆然とするエンジェル。

「うふふ!」

 デビルはあやしく笑うのだった。


 翌日。

「おはようあかねちゃん!」

 元気よくあいさつしてくる声がしたので振り向くと、みつるがかけてきた。

「え?」

 あかねは首を傾げた。

「今日もいい天気ね。勉強がんばりましょ?」

「……」

 呆然とするあかね。

 教室に来れば、よしきが感激した。

「みつる君……。またそのキャラになってくれたんだね!」

 涙目で歓喜していた。

「ま、まあね」

「みつる君……いや、みっちゃん。今日も一日がんばろう!」

「おー!」

「なんだかよくわからないけど、明るくなったねみつる君!」

 あかねも喜んだ。

 三人の様子を、エンジェルとデビルは窓からこっそり覗いていた。

「ねえデビル。あかねちゃんとよしき君、あたしたちが見えるのに、どうしてみつる君にあきちゃんが取り憑いてること気づかないんだろ?」

「当たり前でしょ。あたいたちは心の中の天使と悪魔。あきは幽霊。あかねとよしきが見えてるのは、あたいたちだけなのよ」

 みつる(あき)は、意外にも女子たちに好評だった。女の子らしいキャラが、売りなのだろう。

「へえー。最近はこういうのが流行りなのね」

 見せてくれた雑誌をまじまじと見つめるみつる(あき)。

「今度みっちゃんもメイクやってあげる」

 女子生徒が誘ってくれた。

「ありがとう!」

「髪とか伸ばしたら?」

「髪かあ。確かに、伸ばしたいなあ」

 言われて、みつるの髪を触り、思った。

「髪を伸ばして、メイクして女らしくなったところであきを体から抜け出したら、おもしろいだろうなあ」

 デビルがよからぬことを想像した。エンジェルが呆れた。

 みつる(あき)は女子たちと楽しく話した。

「……」

 じっとしていたあかねは、その輪から去った。


 こうして過ごしていくうちに、一週間が過ぎた。お昼休み、エンジェルとデビルは、クラスメイトたちとバスケをしていたみつる(あき)を手招きして、校舎裏に呼び出した。

「成仏できそう?」

 エンジェルが聞いた。

「いや、それがさ……」

 モジモジするみつる(あき)。

「なによ? あまりにも楽しすぎて、あの世に行きたくないとか言うんじゃないでしょうね?」

 デビルがにらんできた。

「ご名答……」

 照れながら、みつる(あき)は答えた。

「でもあきちゃんは今、みつる君の体に憑依しているの。いつかは成仏しないといけなくなるんだよ?」

「エンジェルの言うとおりだけど、私、今とても楽しいの。この時間を、失いたくない」

「うーん……」

 エンジェルは困惑した。

「あたいたちもね、心の中に住む生き物だから、いずれはここを去らないと行けない日が来るのよ。あんたも、成仏して、ここを去らなきゃいけない日が来る。いつまでも、地縛霊としてブラブラしてるわけにはいかないでしょ?」

 デビルの言うことに、みつる(あき)はなにも言えなかった。と、誰か来た。

「みつる、ここにいたのか」

 クラスの男子たち数名だ。

「みんな、どうしたの?」

 男子が一人近づくと……。

 みつる(あき)の顔をなぐってきた。

「なんだよ最近さ。女ばっかとつるみやがって。前々からお前のことはムカムカしてたんだよ。今日は俺たち、とことんやってやるぜ?」

 みつる(あき)は、なにがなんだかわからなかった。状況がよく読めない。読もうとする間もなく、男子たちがなぐりかかってきた。

「やめて!!」

 エンジェルが叫んだ。しかし、男子たちにはエンジェルの姿は見えないため、声が届かない。みつる(あき)は蹴られ、なぐられ続けた。

「みつる君!! あきちゃーん!!」

 エンジェルの悲鳴もむなしいままに、男子たちの暴力は予鈴が鳴るまで続いた。

 みつる(あき)は、体を傷だらけにして、横になっていた。

「わかった? あんたは友達ができて浮かれてただけ。ううん。友達ごっこができて浮かれてただけなのよ」

 見下ろしてくるデビルが冷たいことを言ってくる。

「どういうこと?」

 みつる(あき)は聞いた。

「みつるはね、元々クラスの中では空気のような存在だったの。あんたが取り憑いたせいで、まあ仲良くしてくれる人もできたわね。でもね、逆に仲良くしたくない人もできちゃったわけよ」

「……」

「友達ってそういうものよ。誰かれやさしく振る舞っていても、よく思わない人もいるんだわ。ていうか、みんなあき自身を見てたんじゃない。みつるを見てたのよ」

 あきは、デビルの言うことがなんとなく理解できた。自分を好きだと言う人もいれば、きらいな人もいる。そして、仲良くしていたのは、自分じゃなくて、憑依したみつるだった。少し、はりきりすぎていたような気がした。

「でも、仲良くできたじゃん!」

 エンジェルが声を上げた。

「みつる君の体を借りたとしても、あきちゃんは生きてた頃は味わえなかった理想の学生生活を経験できた。それでいいじゃない! みんな、あきちゃんのお話を楽しそうにきいて、あきちゃんも、みんなのお話を楽しく聞くことができた。バスケもした。それでいいんだよ!」

「エンジェルちゃん……」

 みつる(あき)は起き上がった。

「そうね。幽霊だから、できることは限られる。みつる君の体だから、みんな私自身と仲良くとは、根本的にはしてないかもしれない」

 そして立ち上がり、

「でも。一度したかったことを、肌で感じることができたんだ!」

 微笑んだ。

「この学校、七不思議があってさ、全部あんたの願望からだったの?」

 デビルが聞くと、みつる(あき)はうなずいた。

「写真に映れば、友達っぽいから。まあ、七不思議になって怖がられるの承知でね」

 ウインクした。

「そういえば、七つ目はなんなんだろう? 七不思議」

 エンジェルが首を傾げた。

「そうねえ。七つ目は考えてなかったからなあ」

「あきちゃん。もしかして、七不思議自分で考えたの?」

 みつる(あき)はうなずいた。エンジェルが唖然とした。

「七つ目は、君たちのことにする?」

「いや、あたいらはみつるとあかねとよしきにしか見えないから……」

「そうか」

「それよりみつるから早く離れたら? なんか、一組の連中がみつるを探しに来てるようだし」

 デビルが指さした方向に、一年一組の生徒たちと先生が見えた。みつるを探していた。

「そうしよっかな」

 あきは、みつるから離れた。意識を失ったみつるが倒れた。

「成仏しちゃうの?」

 少し心配するエンジェル。

「エンジェルちゃんはどっちがいいの?」

 エンジェルは少し当惑して、すぐ微笑んだ。

「ゆっくり決めなよ!」

 あきも微笑むと、そのまま姿を消した。

「みつる君!」

 先生が見つけてくれた。みつるは目を覚ました。

「いってえええ!!」

 取り憑かれている間に傷だらけになった体を痛がるみつる。

 屋上から、あきが一組のみんなを見下ろしていた。

「仲良くしてくれて、ありがとね」

 一言つぶやくと、フッと消えた。

 あれから数日が経つ。七不思議の七つ目はわからずじまいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る