6.天使と悪魔とずる休み
第6話
みつるは相変わらず勉強勉強の毎日だった。月曜日、学校へ向かい授業を聞いてテストをして、休み時間はテキストやドリルを解いて、家に帰れば宿題のあと、予習復習をした。
火曜日、学校へ向かい授業を聞いてテストをして、休み時間はテキストやドリルを解いて、家に帰れば宿題のあと、予習復習をした。
水曜日、学校へ向かい授業を聞いてテストをして、休み時間はテキストやドリルを解いて、家に帰れば宿題のあと、予習復習をした。
木曜日、学校へ向かい授業を聞いてテストをして、休み時間はテキストやドリルを解いて、家に帰れば宿題のあと、予習復習をした。
金曜日、学校へ向かい授業を聞いてテストをして、休み時間はテキストやドリルを解いて、家に帰れば宿題のあと、予習復習をした。
そして土曜日日曜日は……。相も変わらず勉強勉強勉強……。
「いやああああ!!!」
エンジェルがムンクの叫びのごとく、絶叫した。
「なによ?」
と言って、紅茶をすするデビル。
「こう毎日毎日勉強ばっかりしてたら、みつる君は本当に無感情な人になって、エンジェルたちは実体化したままになっちゃうんだよ!?」
「それがなによ?」
また紅茶をすすった。
「人は必ず心というものが存在する。怒ったり泣いたり、助けたいって思ったり、お話したいって思ったり。みつる君にだってあるはずなんだよ」
デビルは耳の穴をかっぽじって、あくびをした。
「話聞いてよ〜!!」
かっぽじった耳元で叫ばれた。
「でかい声出さないでよバカ天使!」
怒った。
「デビルはいいのっ? このまま実体化したままで。宛もなく、さまようことになるんだよ?」
「べーつに。人間界も、なかなか楽しいじゃん。紅茶もおいしいし」
と言って、紅茶をすすった。
「ダメだよそんなの! エンジェルたちは、心の中に住む天使と悪魔。人間界で幽霊みたいにのこのこと過ごすわけにはいかないの!」
紅茶を奪い取り、言い放った。
「みつる君、なにがどうして勉強ばかりするんだろう?」
「勉強が好きだからに決まってるでしょ? 小学校入学前から、
デビルはムッとしながら言った。
「だよね。本当のみつる君は、なんでも興味を持って、なんでも関心を持つ子なんだ!」
声を上げるエンジェルに、驚くデビル。
「でも、中学生になったとたんに、その気持ちがなくなってしまった。原因はなにか。なんだろうか……」
エンジェルは考えた。あごに手を当てて考えた。
「あほくさ。今がよければ、それでいいじゃない」
デビルは台所へ、お菓子を探しに行った。
今日は日曜日。でもみつるは部屋で勉強をしていた。もう中学三年生の数学に手を出していた。
「みつーる君!」
エンジェルが入ってきた。
「なに?」
みつるはノートを取りながら答えた。
「そろそろ息抜きしない? いっしょにカードゲームしようよ」
「しない」
「たまにはさ、こうやったことないことをするのも大事だよ? 最近テレビでやってる、アニメのカードゲームなんだけど、やろうよ」
「やらない」
エンジェルはねばった。
「やろうよ」
「……」
「やろうよ?」
「……」
「や〜ろ〜う〜よ〜!」
「うるさいぞクソ天使!!」
閉め出された。
「うわーん!!」
エンジェルは泣いた。
このことをデビルに話した。
「普通さ、テレビもラジオも見向きもしないやつに、アニメのカードゲームなんて勧める?」
呆れられた。
「しょうがないわねえ。あたいに任せなさい」
エンジェルは手を組んで微笑んだ。
「天使だ!」
「悪魔よ!」
みつるの部屋に来たデビル。みつるは、勉強を続けている。
「みつる、勉強やめないと燃やすわよ?」
「どうぞご勝手に」
みつるは適当に答えた。
「ふーん。燃やすっていうのは、こないだあかねが生徒会に入って撮った写真が映ってるプリントのことだけど?」
プリントとライターを掲げていた。みつるはサッとデビルに顔を向けた。
「ほらほら。あんたのだーい好きなあかねが燃えちゃうよ? いいのそれで? いいのー?」
ライターの火を付けるデビル。みつるの瞳には、ライターの火が映っていた。
みつるは、ライターを取り上げた。
「あら?」
プリントも取り上げられた。そして、閉め出された。
デビルは、居間に戻った。
「ダメよ。あいつには小細工も聞きやしないわ」
「そうか……」
「なにあんたあたいのお茶菓子勝手に食べてんのよ?」
クッキーを食べていた。
そして翌日。月曜日。週明けは学生にとっても社会人にとってもつらい日だ。
みつるは洗面所であくびをしながら、歯を磨いといていた。
「ずる休みしましょ」
と、デビル。
「え?」
と、エンジェル。
「だからずる休みするのよ! みつるのやつさ」
「だ、ダメダメ! ずる休みなんてしちゃダメなんだよ?」
「ったく、これだからバカ天使って言われるのよ。みつるがなんで勉強ばっかりしてるかわかる? それはね、刺激が足りないからよ」
「し、刺激?」
「そうよ。あいつにとって、勉強が人生のルーティンだと思ってる。けど、ずる休みをして、人生のルーティンは無限大だってことを思い知らせてやるのよ」
「で、でも……」
ためらうエンジェル。
「あんた、実体化したまま戻れないのがいやなんでしょ? だったらずる休みしてみつるが昔みたいに好奇心旺盛になったら、元に戻れるかもしれないじゃない!」
「……」
「とりあえず、みつるの母親に取り憑いてくるわ」
「え、な、なんで?」
「中学生が休むなら、親が連絡しなきゃでしょ?」
みつるの母親は、台所で食器洗いをしていた。
デビルは母親に取り憑いた。そして、電話へと向かい、学校にかけた。
「もしもし。息子は今日朝からゲロを吐いて三十九度の熱を出したのでお休みします」
とだけ言って、切った。デビルは母親から離れた。母親は倒れた。
「母親を部屋に引っ張りたいから手伝って!」
エンジェルと引っ張って、部屋に連れて行った。
みつるはなにも知らずに朝食を済ませると、部屋からカバンを持ち出して、玄関で靴を履いた。
「いってきます」
と言って、家を出た。
「みつる」
デビルが呼んだ。
「今日学校休んでいいわよ」
「はあ?」
みつるは顔をしかめると、デビルを無視して、学校へ向かった。
「待って待って。これを見てちょうだい」
デビルは、デジカメを見せた。
そこには、母親が自分が休むことを連絡している映像が映っていた。
「ウソだろ……」
みつるは呆然とした。
「ウソじゃないわよ。あたいが母親に取り憑いて、あんたを休みにさせたのよ」
「なんでそんなことさせるんだよ!!」
怒った。
「ごめんなさい! これには
と、エンジェル。
「ふざけるな! お前がいておきながら、このクソ悪魔の悪行を止めることができなかったのか!」
「お願い聞いて!」
「今日君たちが変なことしなければ、僕は皆勤賞を狙えたかもしれないんだぞ!?」
「じゃあさ、あんたにとって勉強ってなによ?」
デビルの問いに、言葉を詰まらせるみつる。
「学校を休めるのよ? あたいが母親に取り憑いたおかげで、休めるのよ? うれしいことじゃないの。いやなら、あんたはそれだけ勉強が大好きな理由があるんでしょ?」
「僕は……」
「言ってみなさいよ。学校のなにがそんなにいいのよ? 勉強のなにがそんなにいいのよ?」
みつるは答えられなかった。これまで、やみくもに勉強をしてきたからだ。なにがいいのかなんて、考えたことがなかった。だって、勉強はするものだから……。
「みつる君。エンジェルたちは、みつる君に心を取り戻してもらいたい。今のみつる君は、勉強しかしない、心のない人になってる。だから、実体化して、ここにいる。こんな手荒な真似はしたくないけど、ずる休みをして、みつる君が少しでも心を開けるようになったらなって、思ってるの」
みつるは言った。
「休んでなにをするんだよ?」
「勉強以外のことをしましょう!」
デビルは指を突き上げて発した。
みつる、エンジェル、デビルの三人は、街にやってきた。
「なんで街になんか来るんだよ?」
呆れるみつる。
「せっかくずる休みするんだから、街に出ないと」
と、デビルは答えた。
「いくらなんでも中学生が月曜日の朝っぱらに街の中歩くのはまずいんじゃ……」
心配するエンジェルを、
「ずる休みなんだからなにしたっていいでしょ?」
にらんだ。
「あほらしい。僕学校に行くよ」
学校へ行こうとしたが。
「デパートに行きましょう」
デビルに手を引かれてしまった。
「やれやれ……」
エンジェルは肩をすくめた。
デパートにやってきた。ずる休みっぽいということで、ゲームセンターにやってきた。
「さあ、思いっきり遊びましょ。わーい!」
デビルがはしゃいだ。
「あいつ、自分が行きたいだけじゃないのか?」
みつるはイライラした。
「ちょっと君」
声をかけられた。
「まだ学生だよね。どうして月曜日の午前中なのにこんなところにいるの?」
警備員だ。
「あ、いや、その……」
みつるは顔を青ざめた。こういう状況に慣れていないし、まして警官のような格好をした人に声をかけられれば、なおさらだ。
「あわわ……」
エンジェルもあわてた。非常事態だ。
「!」
みつるの中に、デビルが取り憑いた。
「へっへっへ! あたいがどこにいようが勝手だね!」
「な、なにっ? 君ねえ、そういう口の利き方はないんじゃないのかい?」
「あんたこそ、いきなり女の子に声かけるとか変態じゃないの?」
「ええ? 君は男の子じゃないのか?」
「あたいは女の子よ! 知らないおっさんのくせに、女の子に声かけて、ああいやらしいいやらしい!」
近くを歩いている店員とお客さんたちにひそひそとうわさされた。警備員は少しダメージをくらったような感じだったが、めげず問いた出すことにした。
「で、でも君は学生だ! 学生が月曜日の午前中にゲームセンターにいてはいけない!」
「それ、夏休みでも言えることなの?」
にらんだ。
「来い! 警察に突き出してやる!」
みつる(デビル)の手を掴んだ。
「いやーっ!!」
「ちょっとあんた!」
婦人のお客さんが警備員にアイアンクローをお見舞いして、みつる(デビル)は助かった。みつる(デビル)はその場から逃げた。エンジェルも追いかけた。
デパートを出た三人は、街中を歩いていた。
「僕を勝手に女にするな!」
みつるが怒った。
「てへぺろ!」
「おどけるなクソ悪魔!」
「警備員さんかわいそう……」
「さーて。次はなにしようか」
デビルは伸びをしながら歩いた。
「もう帰る!」
みつるが、逆方向に体を向けた。
「なんでよ?」
「当たり前だろクソ悪魔! 夏休みじゃないのに平日の日中に出歩いてる中学生なんて不良じゃないか!」
「不良? ふふーん……」
デビルがニヤリとした。
「やだ。なにかいやなこと思いついたみたい……」
エンジェルは、顔をしかめた。
「みつる〜。体もう一回借りるね〜」
デビルはニヤニヤしながら、みつるの体に憑依した。
お昼をちょっと過ぎたくらい。ある路地裏で、不良の中学生がたむろしていた。ヤンキー座りをして、怖い顔をしている。
その怖い顔が、足音を感じて、こちらにふり向いた。
「やっほー。元気ー?」
メガネをかけた、いかにもまじめそうな少年が手をふって笑っている。
「あーん? んだよてめえ」
不良が一人、少年に近づいた。
「あたいはみつる。中学一年生」
「中一〜? お前さ、ここがなんだかわかってんのか?」
「知ってるわよ。どうしようもないあほんだらが集まって、四六時中うんこ座りしてるところでしょ?」
不良はみつる(デビル)の顔になぐりかかろうとした。
みつる(デビル)は顔をなぐられて、ぶっ飛ばされた。
「うふふ。痛くもかゆくもないわ」
すぐ立ち上がった。
「ほう。すげえや」
不良が感心した。
「で、俺らになんの用だよオカマ野郎」
「ずる休みしててさ。遊びに付き合ってくんないって思ってさ。まあ、うんこ座りしてたいなら、このまま帰るけど。あ、してたいかあ。ぷぷぷ〜!」
笑った。これが感に触ったのか、みつる(デビル)はオオカミのように目を光らせた不良たちにボコボコにされてしまった。
「よっと」
路地裏を追い出され、デビルはみつるから出てきた。
「いって〜!!」
体がアザだらけのみつるが痛がった。
「みつる君!」
エンジェルがかけ寄った。
「痛いの痛いの飛んでけ〜! 痛いの痛いの飛んでけ〜!」
エンジェルは、みつるの体をさすっては痛みを飛ばす素振りをした。
「そんなんするより手当てしろよ!」
みつるがツッコんだ。
「デビル! みつる君をあんな不良のたまり場なんて連れて行かないでよ! かわいそうでしょ?」
「うるさいわねえ。あんたがみつるの心の中に戻りたいって言うから、刺激的なことをして、心を開いてやろうとしてんでしょ?」
「でも、これはあんまりだよ!」
「じゃあなに? あたいらなにをすればいいの?」
「なにって言われても……」
「もういいよ……」
と、みつる。
「君たちがどうして現れたかは理解してるけど、僕はそれほどまでに無感情なのか? それほどまでにか?」
エンジェルとデビルはなにも答えない。
「僕はね、毎日必死で勉強しているんだよ。なにも、ロボットのように、機械のようにしているわけじゃあない」
「じゃあ、なんで?」
エンジェルは聞いた。
「なんで……」
その先の答えが出てこなかった。
「それが無感情だって言いたいのよ。昔のあんたは、これしたい、あれが気になる、それを調べたいって、好奇心旺盛だったじゃない。これいやだ、こいつきらい、仕返してやりたい、ずるしたい。こういった気持ちもなくして、毎日毎日勉強に明け暮れてる。それで無感情じゃないって言いたいの? 心があるって言いたいの? 片腹痛いわよ」
デビルの辛辣な言葉に、みつるはだまり込んだ。
「もういいよデビル。みつる君、今日はごめんなさい。ずる休みはデビルが提案したことだけど、正直エンジェルも賛成してた節があるからさ。あの、一つ聞いてもいいかな?」
エンジェルは聞いた。
「みつる君は、今楽しい?」
みつるはだまったままだ。
「みつる君がほんとに楽しいと思えることが見つかった時、それが心を開くチャンス。エンジェルたちも、元に戻れるチャンスだと思うの。なんでもいい、ゆっくり見つけていこうね」
みつるはうつむいたままだった。しかし、エンジェルの言葉は、それとなく響いたと思う。楽しいと思えること、悔しいと思うこと。それらに全力になれた日、みつるの心が開かれて、エンジェルとデビルも、みつるの中に、心の中の天使と悪魔として戻るチャンスなのかもしれない。
家に帰ってきたのは、まだ昼の一時すぎだった。
「そういえばまだなにも食べてなかったな」
みつるはなにか食べようと、リビングに来た。
「あれ? 今日は早いのね」
母親がびっくりした。
「ご飯まだかしら? なにか作るからね」
「あ、うん……」
後ろから、デビルが肩を触れてきた。
「心配しなくていいよ。あたいが乗り移って、母親に化けて休みの連絡したから、ずる休みしたことなんて気にしなくていいのよ〜」
ニヤニヤしていた。
「くっ。このクソ悪魔が〜!」
イライラして、拳を震え上がらせた。
「あら。クソ悪魔じゃなくてよ! あたいはね、デビルっていうの!」
大声で名乗った。
「やれやれ……」
呆れたエンジェルは、肩をすくめた。
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