5.天使と悪魔のすてきな土曜日

第5話

本日は土曜日。学校も、仕事も休みの日。

「俺たち中学生なんだよな? だから、土曜日は思いっきり中学生らしいことしようぜ!」

 渋谷のハチ公前で、おしゃれな中学生たちがはしゃいでいた。

「あたし原宿行きたい!」

「私上野動物園!」

「僕は国立国会図書館!」

 それぞれが行きたいところを述べていた。

 なんてはしゃいでいる中学生たちを後目に、みつるは相も変わらず勉強をしていた。

「暇だよー!」

 エンジェルが床でごろんとしながら言った。

「どこか遊びに行こうよ。勉強ばかりじゃつまらなくない?」

「別に」

 みつるはテキストの問題を解きながら答えた。

「だったらエンジェル一人でどっか行っちゃいなさいよ」

 デビルが言った。

「そんな悲しいこと言わないで!」

 エンジェルは怒った。

「ていうか、エンジェルたちはみつる君の心の中の天使と悪魔なんだよ? みつる君から離れて単独で動くなんてことできるわけないじゃん」

「まあそうなんだけどさ」

「デビルは遊びに行きたくないの?」

「あたいは別に……」

 少し間を空けて、

「原宿とか銀座とか浅草とか秋葉原とか行きたいと思ってないわよ」

「思ってるよね」

 エンジェルには察しがついてしまった。

「ああもう、うるさいな。出かけたいなら君たちだけで行けばいいだろ」

 みつるがムッとした。

「あんたはあたいらで、あたいらはあんたのような存在だから、できないの」

「みつる君、休日も勉強ばっかりだから、心から感情がなくなっていったんだよ」

 みつるは勉強を続けた。

「デビル、こうなったらみつる君にとって、最適で最高な休日の過ごし方を考えましょ?」

 耳打ちした。

「えーめんどくさい」

「エンジェルたち、このままみつる君の中に戻れなくていいの!?」

「今さらどうでもよくなってきたかなあ」

「デビル! とにかく、考えるわよ?」

 さっそく考えることにした。

「最適な休日、エンジェルの巻〜!」

 自分で自分を拍手した。

「みつる君は家に閉じこもりぱなしだから、外に出て、いろいろなところに行くのがいいと思う」

「で、そのいろいろなとこってどこよ?」

 腕を組みながら聞くデビル。

「え? えーっと……」

「ほら、具体的な場所考えなくちゃ。言うだけなら簡単よ。やってみなくちゃわからないじゃないのよ」

「な、なによデビル! 自分はさっきやる気がなかったくせに……」

 愚痴をこぼしながらもエンジェルは考えて、お出かけのルートを決めた。

「できた!」

 紙とクレヨンを使って、ルートを作った。

「まずお家を出て、公園まで向かう。公園のベンチでサンドイッチでもして、食後のコーヒーを飲んで、おひさまの光を浴びながら、すやすやお昼寝するの!」

 意外にもうまい絵だった。

「……」

 デビルは唖然とした。

「あんたそれまじめに考えた?」

「失礼な! まじめに考えたわよ!」

「はんっ。園児じゃないんだから、近くの公園までお弁当持ってピクニックだなんて……。笑わせるわね!」

 エンジェルはがっかりした。

「じ、じゃあデビルはなんかあるの?」

 震えながら聞いた。

「もちのろんろん」

 紙とクレヨンを持った。

「家を出てしばらく歩いたところに、同じ中学の女の子を見かける。その子に声をかけて、ヤキを入れる。怖がったスキをねらって、懐にあるものすべてをかっぱらう!」

 まるで幼稚園児が描くような絵ができた。エンジェルは唖然とした。

「みつるはヤンキーデビューするのよ!」

「それより、エンジェルより絵下手だね」

「うるさいわい!」

「エンジェル、もっと中学生らしいこと考えたよ?」

 さっそく、紙とクレヨンを用意した。

「電車で秋葉原まで行って、ショップ、ゲームセンターにくり出して、いつの間にかオタクになってる!」

 オタクになったみつるを描いた。

「そんなありきたりな休日の過ごし方、笑わせるわね!」

 デビルも紙とクレヨンを用意した。

「みつるはラジカセ片手に担いで、渋谷のスクランブル交差点でラップするのよ!」

 ラジカセを担いでラップをするみつるを描いた。

「みつる君はクラスのお友達と熱海に行くの!」

「みつるはネットで知り合ったあぶないやつとあんなことこんなことするのよ!」

「みつる君は!」

「みつるは〜!」

「うるさーーーい!!」

 みつるは火山が噴火したのごとく、大声を張り上げた。

「もうお前らだけでどっか行けよ!!」

「ごめんなさい……。静かにするから、ね?」

「そもそもあんたのために休日の過ごし方を考えてやってんのに、なにその言い草。あたいらに感謝しなさいよ」

 歯を食いしばるみつる。

「土下座してさ!」

 みつるはデビルの肩を掴んだ。そして、頭で思いっきりおでこをぶってやった。


 エンジェルとデビルは外に追い出されてしまった。

「どうしよう……。エンジェルたちはみつる君の心の中の天使と悪魔なんだよ? 離れちゃったら、みつる君は本当に心というかなんというかその……。感情を失ってしまうわ!」

 エンジェルはあわてた。

「なあに。あたしのおでこをぶつくらいタフなやつよ。ちょっとくらい離れたって、平気だわ。そもそも失ったからあたいらが抜けて出てきたんでしょ?」

 エンジェルは答えた。

「まあそれもそうだけど……」

「それよりも、休日の過ごし方を考えなくちゃ」

「そ、そうね」

 と、そこへ。

「あれー? 天使ちゃんと悪魔ちゃんじゃない!」

 あかねが来た。

「あかねちゃん!」

「みつる君は? 私の婚約者フィアンセはどこかしら?」

 目をキラキラさせた。エンジェルとデビルは唖然とした。

「その婚約者なんだけど、実は休日も勉強ばっかりしてて……」

「え、そうなの!?」

 あかねは驚いた。

「休みなんだから、ゲームとかしてると思ってた」

「あいつ、家でも堅物なのよ」

「そこであかねちゃん。みつる君にとって、最適な休日の過ごし方ないかなあ?」

 あかねは考えた。みつるは学校でも勉強しかしない堅物と呼ぶにふさわしい姿しか見せないが、果たしてそんな彼に最適な休日の過ごし方があるだろうか。頭を悩ませた。どうしても堅物のイメージが湧いてきて、遊ぶイメージが湧いてこない……。

「うーん! 私は未来の花嫁さんなのに〜!くそっ!」

「まだ断定してないでしょが……」

 デビルが唖然とした。

「一応、デビルとで、イラストを描いて、提案もしてみたの」

 さっきそれぞれが描いたイラストを見せた。

「な、なにこれ……」

 あかねはイラストを見た。

「どれもこれも想像が付かなそうなのばっかね。でもまあ、これ全部みつる君に提案してみるのもおもしろいかもよ?」

「ほんと?」

 二人は声をそろえた。さっそく、みつるの家に向かうことにした。


 みつるは、勉強をおえて、リビングで一段落していた。そこへ、あかねとエンジェル、デビルがやってきた。

「なんで君が?」

「決まってるじゃない。あなたの婚約者だからよ」

 と、あかね。

「いや……」

 照れるみつる。

「ねえねえ。勉強ばかりじゃおもしろくないから、デートしようよ!」

「はあっ? デート?」

 驚くみつる。

「聞いたわよ。エンジェルとデビルが勉強しかしてないあなたのために、休日の過ごし方を提案してたんですってね。だから、私とデートしよって。ね?」

 腕を掴み、みつるを外へ連れ出そうとした。

「ま、待て待て! な、なんで僕が出かけなくちゃいけないんだ!」

「みつる君。それは、エンジェルたちがみつる君の中に戻らなくちゃいけないからだよ」

「あたいらはあんたといないと消えちゃうのよ。心の中じゃなくて、心の外にいるからね。行き場がなくなった天使と悪魔は、この世から消滅するのよ」

「そうなんだ……。だから、みつる君をもっとこう素直な子にするために、必死なんだね?」

 あかねが感心した。

「え? そうだったっけ?」

 と、驚くエンジェルに、デビルは顔を向けた。

「そういうことにしとけばいいのよ……」

 悪い顔を見せた。

「私も協力する。みつる君、デートするよ!」

「ちょ、おーい!」

 みつるは無理やり外に連れ出されてしまった。

「待って〜!」

 エンジェルは追いかけた。

「ギラン……」

 デビルは不敵な笑みを浮かべてから追いかけた。


 あかねは、みつるを連れて、ゲームセンターへやってきた。

「デートの醍醐味といえば、やっぱりゲームセンターでしょ!」

「初めて来るんだけど……」

 と、みつる。

「ええ!?」

 あかねは驚いた。

「ゲームセンターだったら、小学生でも一度や二度くらい来てると思うけど?」

「それが僕は来たことないんだよ!」

「まあいいわ。じゃあさっそくあれやりましょ!」

 指さしたところにあったのは、ユーフォーキャッチャー。みつるはユーフォーキャッチャーをまじまじと見つめた。

「百円入れたら、この操作するボタンでアームをうまく動かして、中にある景品を取るのよ」

 あかねは手本を見せてあげるため、百円を入れて、プレイを始めた。

「いい感じいい感じ……」

 操作するアームが景品のぬいぐるみを掴み、取り出し口へと誘導する。

「あーん!」

 しかし、すぐそこというところで落ちてしまった。あかねは嘆いた。

「とまあこんな感じで、なかなかうまくいかないようにできてるゲームなのよ」

 あかねは、みつるの手を握って、百円を渡した。

「ほら、やってみて。案外ハマるからさ」

 みつるは百円を見つめると、入れて、始めた。

「そうそうもうちょっと左。あー行きすぎ。ちょい右。もうちょい左!」

「うるさいなあ」

 みつるがムッとした。

「そういうゲームなの。あ、ちょうどいいかも。アーム下ろして!」

 アームが下ろされた。ぬいぐるみを掴む。取り出し口へと誘導……。

 と思いきや、ぬいぐるみはすぐアームから落ちてしまった。

「あちゃー」

 額に手を当てるあかね。

「なんだよこれ。おもしろくないね」

 みつるはその場を立ち去ろうとした。

「ああ! 悔しくて負け惜しみしてるな?」

 と言われたけど、無視するみつる。

「無視しないでよ!」

 そんな二人を、エンジェルとデビルは遠目から覗いていた。

「やれやれ。みつる君に取り憑くのも、時間の問題かなあ」

 エンジェルが呆れていると。

「そうね。もうそろそろ取り憑きたいところかしら……」

 デビルはあやしく笑った。そのあやしい笑いに、エンジェルは不審さを感じた。


 ゲームセンターの次は、映画館へとやってきた。

「デートといえば映画館。暗いスクリーンでお互い気づかれないようにそーっと手を握るなんてさ! えへへ〜」

 あかねは笑った。

「別に観たい映画なんてない」

 と、みつる。

「デートで見る映画といえば、恋愛ものか、ホラーものよね!」

「聞いてねえし……」

「みつる君はどっち観たい? 恋愛か、ホラーか」

「どっちも観たかねえよーっ!」

 結局、あかねの柿の種の決め方で、恋愛ものになった。

 スクリーンへと来た。みつるは少し感激した。映画館に来たのも初めてだからだ。スクリーンの迫力さに、かまけてしまった。

 映画が始まった。登場人物である男子学生と女子学生がお互い意識し始めて、恋に落ちたところから始まる。あかねは夢中になって観ていた。みつるはあくびをしていた。

「くっくっく! せーのっ!?」

 みつるの後ろから彼に飛び込もうとしたら、誰かに止められた。

「エンジェル!」

「こんなことだと思った。映画館に来る前に変な笑い方してたもん」

 むうっとふくれるデビル。

「ゲームセンターに来る前だって。みつる君に、なにかしようとたくらんでるんでしょ?」

「あたい悪だもーん。当然じゃない」

「じゃあエンジェルは"天使"。みつる君とあかねちゃんになにも起きないように、あなたの、その悪事を阻止してくれるわ!」

「できんのかー?」

 ニヤリとした。

「できるもん!」

 羽を広げて、飛びかかってきた。デビルは避けて、宙へ舞った。エンジェルも宙へ舞い、デビルを追いかけた。

「おりゃ!」

 デビルは奪い取った観客のジュースのカップを思いっきりつぶして、ストローから中身を噴射させた。

「きゃあ!」

 エンジェルの顔にかかった。

「やったなあ!」

 エンジェルも、観客のポップコーンを奪い取って、カップごと投げた。Lサイズのカップが、デビルの頭にかぶさった。

「きゃははは!」

 エンジェルがお腹を抱えて笑った。

「クソ天使〜!」

 デビルも観客のポップコーンを投げた。そのあとエンジェルがジュースを噴射させた。お返しにデビルがソフトクリームを投げつけた。お返しにエンジェルもソフトクリームを投げつけた。

 映画を鑑賞中の観客は、自分たちが買ったポップコーンやジュースが宙を舞っているため、困惑した。映画どころじゃない。

「……」

 エンジェルとデビルのしわざだと知っているみつるとあかねは、額に手を押さえた。公衆の面前で、なにをしているのかと。


 映画館は落ち着かないので、動物園へやってきた。

「デートといえば、なにも映画館だけに限らないわ。動物園であんなことやこんなことになったりして……。ぐふふ!」

 あかねは笑った。

「変な臭いのするとこだなあ……」

 と、みつる。

「動物園はそういうところなの! さ、まずはゾウでも見に行こうよ」

 手を引いて、ゾウのいるところへと向かった。

 影からデビルが覗いていた。

「次こそ、みつるに乗り移って、デートなんてむちゃくちゃにしてやるわ……」

 そこへ。

「ダメよ! みつる君には充実した休日を過ごしてもらって、心を取り戻してもらうんだから」

 エンジェルが来た。

「けっ!」

 デビルが舌打ちした。

 みつるとあかねは、ゾウを見たり、ヤギにエサやりをしたり、しまうまを見たり、動物園をたんのうした。一番楽しんでいるのはあかねだった。

 二人は、モルモットを触ることができる体験コーナーに来ていた。

「あったかーい! ほら、みつる君も」

 みつるにモルモットを渡すあかね。みつるは初めて触るモルモットに戸惑ったが、そのぬくもりと毛触りが、心地良かった。

(モルモットって、こんなあたたかいんだ……)

 みつるは感心した。

「感心してる場合かみつる! あたいが乗り移って、モルモットをおいしく調理してやるよっ!」

 飛びかかろうとするデビルに、乗っかかるエンジェル。デビルはみつるに乗り移ることができなかった。


 気づけば夕方になっていた。

「なにをしてるんだ僕は……。土曜日だというのに、勉強もしないで動物園だのゲームセンターだの映画館だのにくり出してしまった……」

「たまにはいいでしょ?」

「よくない! 僕は中学生だぞ? 勉強してなんぼなんだ。ていうか君もそうだろうが!」

 あかねは言い返した。

「勉強ばっかりしてても、つまらないよ」

「なんだと?」

「勉強ばかりしてたらさ、モルモットも映画館も、ユーフォーキャッチャーも知らないままだったでしょ?」

 微笑んだ。みつるは、唯一モルモットのことだけ思い出した。あのぬくもりと、毛触り。

「とにかく。僕のこと、もう二度と誘わないでくれ……」

 そのまま急ぎ足で、あかねから離れた。

「楽しかったでしょ今日! 楽しくなかったの? みつる君にとって、いい迷惑だった?」

 大声で問うあかねに、背を向けたままみつるは立ち止まった。

「……」

 しかし、なにも答えないで、そのまま歩き始めた。

「みつる君、きっと楽しかったと思うよ。だって、映画館の時と、モルモット触ってる時ちょっとだけうれしそうだったから」

 エンジェルが言った。あかねは微笑んだ。

「ったく。勉強ばっかりしてるから、喜べるもんも喜べなくなるのよ」

 と、デビル。みつるが気持ちに素直になり、心を開くようになるのはいつになるのか。でもみつるは、一人で家まで向かっている途中、モルモットのぬくもりを思い出しては、小さく笑っているのだった。

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