4.天使と悪魔と救い出そう

第4話

あれから一ヶ月。あかねはずっときらわれ者のままでいる。今まで仲良くしていた女子たちからも無視されて、男子たちからは、わざと足を引っかけられたりした。

 トイレに入れば、バケツの水をかぶせられた。教科書と上靴を何回なくしたか、数え切れなかった。あかねにとっての中学生活が、一変してしまった。


 休み時間。みつるは、勉強をしていた。

「みつる君。みつる君? みつる君!」

 エンジェルが何度も呼びかけた。しかし、みつるは反応しない。やがて立ち上がり、どこかへ向かった。

「無視しないでよ! 無視が一番傷つくんだよ? ねえ、ねえってば! ねえ〜!!」

 昇降口へ来ると、みつるがエンジェルを下駄箱に押さえつけた。

「な、なに?」

「他のみんなには見えないんだろ? 不自然だろ、教室でお前と話ししてたら!」

「そ、そうか。じゃあ改めて」

 エンジェルは話した。

「あかねちゃんのこと、なぐさめてあげて。みつる君しかいないよ、なぐさめてあげられるの」

「いやだ」

「なんでそうきっぱり断れるの!? 友達でしょ? ていうか好きなんでしょ! 落ち込んでるあかねちゃんをやさしくしてあげたら、チャンスじゃん。男の子のやさしさには、女の子は弱いんだよ?」

「えーいうるさーい! 一方的になんでもかんでもしゃべんじゃねー!!」

 みつるが怒鳴った。エンジェルは呆然とした。

「僕はもう、あかねのことなんか好きじゃない」

「ほえっ? で、でもぼーっと見つめてさ。好きでしょ?」

「好きじゃない! あんな積極的でがめつい女は僕のタイプじゃない!」

「がめついって……」

 エンジェルは言った。

「エンジェルはあなたの心の中の天使なんだから、ほんとは大好きなあかねちゃんがいじめられて暗い顔しているの、見てられないってわかってるんだからね? どうして素直になれないの? ねえ、みつる君!」

 みつるは答えようとしなかった。そのまま立ち去ろうとした。

「今のみつるになにを聞こうと無駄よ」

 デビルが腕を組んで立っていた。

「あたいらが見えると知る前まで高嶺の花だった女の性格を知って、近寄りがたい存在になるなんて、ザラにあることじゃないのよ」

「元はと言えば、性格を変えたデビルが悪いんでしょ! あんなのタブーだよ!」

 エンジェルはわーわー怒った。でもデビルは冷静だ。

「じゃあなに? みつるに素直になってもらって、あかねを救うっていうの?」

「へ?」

「だ~か~ら~。あたいらがみつるに乗っ取って、あかねを救うのって」

「そうだよ……」

 と、エンジェル。

「そうだよ! みつる君に乗り移って、あかねちゃんを救うんだ!」

 デビルの手を繋いで、ダンスするみたいに回った。

「デビル、いっしょにがんばろ? あはは!」

「離せ! あたいはやらないわよ?」

 手を振りほどいた。

「ええ?」

「あたいはみつるの悪い心。あかねがどうなろうと、知ったこっちゃないんだからね!」

 と言って、デビルは消えた。それはともかく、エンジェルは期待に胸をふくらませた。みつるには申しわけないが、体を借りてもらって、あかねが元気になってくれるよう努めるしかない。


 教室で、本を読んでいたあかねは、近くの女子生徒たちから、悪口を言われていた。

「よしき君のこと気に入ってたくせにね」

「ほんとほんと。様変わりした瞬間あんなこと言うんだもん」

「女の子っぽくなったって、よしきはよしきよねえ」

 みつるも本を読んでいた。

「みつる君ごめん!」

 エンジェルは、みつるの体に入った。

「みんな! あかねちゃんの悪口は言わないで!」

 みつる(エンジェル)が、注意しに来た。

「あかねちゃんは、悪い悪魔が乗り移ってただけなの。だから、あんなひどいことをよしき君に言ってしまっただけなの。だからもう悪口は言っちゃダメ!」

「……」

 女子生徒たちはぽかんとしていた。

『なにやらせてんだクソ天使〜!』

 心の中のみつるが怒った。

『だって! 悪口を言われ続けてるあかねちゃんをほっておける?』

 と、心の中のエンジェル。

 別の休み時間。あかねが教室に来るのを計らって、扉に黒板消しをはさんだわなを仕掛けている男子たちがいた。

「そんな古典的ないたずら、あたしが許さないからね!」

 みつる(エンジェル)が黒板消しを奪い取った。

 あかねの机に落書きをしている生徒がいれば、

「お絵描きは自由帳にしなさーい!」

 消しに来た。

 あかねが無視されれば、

「こら! 無視しない!」

 と、注意した。日に日に、みつるのことまでうわさされるようになった。乗り移ったエンジェルが、あかねのことをかばうからである。

 お昼休み。一組は体育だった。男女とも校庭で実施するが、それぞれでやることが違う。

「おいみつる。お前あかねと着替えて来いよ」

「へ?」

「あかねはみつると着替えて来なさいよ」

「え?」

 二人は、それぞれ男子女子に押された。クラスメイトたちが、ヒューヒューと言ったりして冷やかしてきた。


 みつるの家。

「どうしてくれるクソ天使!!」

 みつるは机をドンと叩いた。

「そのクソ天使ってのやめてくれる?」

「うるさい! お前のせいで、僕の印象がまた変になってしまったじゃないか!」

「だって、あかねちゃんがかわいそうだったんだもん……」

「はあ……」

 ため息をついた。

「もういいんだよ彼女のことは! それよりも僕は勉強して成績取って、毎日過ごしていればいいんだから」

「でも、あかねちゃんのこと好きなんでしょ?」

 みつるはムッとして、

「だからどうでもいいって言ってるだろ!!」

「どうでもよくないくせに……」

 デビルが来た。

「お前まで!」

「あたいもあんたの中にいるからわかるけど、あんたはあかねのことが大好きなのよ。だから、あの子を救ってあげたい。でしょ?」

 みつるは歯を食いしばった。

「なんで二人して僕があかねのことを助けたがるんだ!」

「だってほんとのことだもん!」

 エンジェルが声を上げた。

「エンジェル。今度はあたいがみつるの体を借りる番よ?」

「え、でも大丈夫なの?」

「あかねのこと、正直になってほしいんでしょ? あたいなら、朝飯前よ」

 デビルはニヤリとした。

「いや、もうだから……」

 みつるは大声で言い放った。

「僕の体をこき使うのはやめてくれえええ!!」


 翌朝。あかねは学校へ来ると、今日も上靴を隠された。職員室へ向かおうとした。

「これ、使いなさいよ」

 振り向くと、みつる(デビル)がいた。

「な、なんでみつる君が上靴二つも?」

「悪い? あたいはまじめだから、予備の上靴くらい持ってんのよ。いいから履きな!」

「は、はい」

 言われた通り、履いた。

 教室に来た。あかねは呆然とした。

 黒板に自分の悪口と、相合い傘に自分の名前とみつるの名前が書いてあるイラストなどが、一面にあった。

「来たぞ! 夫婦だ!」

 みつるとあかねを見るや否や、男子たちがヒューヒュー言ってきた。背中を押してくっつけようとする人もいる。

「よっお二人さん憎いねえ!」

 と、男子生徒。他はヒューヒュー言いまくる。

「ふんっ。あんたらも早く彼女の一人くらい作りなさいよ。じゃないと童貞になるわよ?」

 みつる(デビル)がほくそ笑んだ。

「うるせえ!」

 男子たちがわーわー言い出した。

「行きましょ、あかね」

「えっ? 行くってどこ?」

 あかねの手を引いて、教室を抜け出した。

 二人の様子を、エンジェルがろうかで覗き見していた。

「デビル、あかねちゃんを連れてどこへ行く気かしら? まさか授業をサボるつもりじゃ! 行かなきゃ!」

 エンジェルも急いで二人を追った。

「きゃっ!」

 校舎の裏で、あかねがみつる(デビル)に壁ドンをされていた。

『よせデビル! やめろ!』

 心の中のみつるが注意した。

『見た感じ、この子実体化したあたいらは見えても、あんたに取り憑いた時はわかんないみたいね』

 みつる(デビル)はニヤリとした。

「あたいはあんたのこと、こうしたかったの」

「ええ!?」

 赤面するあかね。

「ううん。これ以上のことを、したいの……」

 顔を近づけてきた。あかねはドキドキした。やがて、目を閉じた。

『や〜め〜ろ〜!!』

 心の中のみつるが叫ぶと、デビルがみつるの中から出てきた。

「あ、悪魔?」

 あかねは目を丸くした。

「なぬ!?」

 デビルは驚いた。まさか、あれほどの強い意志で、追い出されるとは。

「デビル! いくらなんでもあんなのやりすぎでしょ?」

 エンジェルが注意しに来た。

「ふん。みつるの内向的すぎる性格をどうにかしようとしたんじゃないのよ」

「だからってねえ!」

「みつる君……」

 あかねが呼びかけた。みつるは一瞬立ち止まったが、彼女に背を向けたまま、去っていった。あかねは佇んだ。

「なによ? あんたがひとめぼれした女と距離を縮められるように、それなりのことをさてあげてんでしょ? 待ちなさいよ!」

 デビルがみつるのあとを追いかけた。

「エンジェル……」

 あかねが呼んだ。

「あかねちゃんごめんなさい!」

 エンジェルは頭を下げて謝った。

「あかねちゃんにデビルが乗っ取ったあと、クラスのみんなからいじめられてるのを見ていられなくて……。エンジェルたちで救おうと思ったの」

「わ、私を?」

「うん。でもね、みつる君も同じだったと思う。みつる君も、あかねちゃんがいじめられてるの、見てられなかったと思う。だって、好きなんだもん!」

「……」

 あかねはハッとした。

「ち、ちょっと待って。それどういうこと?」

 みつるは、屋上に来ていた。屋上は、風がよく吹いていた。

「なにこんなとこ来て青春してんのよ?」

 デビルが髪をなびかせて来た。

「うるさい。いつまでもついてくるな」

「うふふ! あたいはあんたの悪い心よ? ついてくるなだなんて、難問だわ」

 みつるはほおに手を付けて、じっと遠くを見つめていた。

「あのさ、あかねのことなんだけど……」

「もういいんだあかねのことなんて。僕のことはほっといてくれ」

「あの子もあんたのこと好きなのよ」

 みつるはハッとして、振り向いた。

「よかったわねえ。あたいがあの子に乗り移った時知ったのよ。みつるのこと気になってるって。両想いよ? こんなチャンス逃すわけにはいかないでしょ!」

「……」

 みつるは斜め下に顔を向けた。

 デビルが寄ってきた。

「いつまでもつまらない意地張りなさんな。まあ、あたいが取り憑けば、欲望に正直になって、あかねにあんなことやこんなことできちゃうけどね。内心うれしかったんじゃないの?」

「だまれ!!」

 みつるは、デビルのほおをビンタした。

「痛いじゃないのよ……」

 カッとして、

「痛いじゃないのよーっ!!」

 グーパンで顔をなぐった。

「いいか! これ以上僕に指図してみろ! ほんとに僕の心の中にいられないようにしてやる!」

 と言って、立ち去った。

「はあ……。ま、これもみつるの素直な心よね」

 デビルはほおをさすった。

 中庭のベンチに腰掛けて、あかねとエンジェルは話していた。

「そうなんだ……」

 あかねは、みつるも自分のことが気になっていたことを知って、喜んだ。

「でね、みつる君あんなでしょ? でも本当は、もっとやさしくて、もっと素直なんだ」

「そうかあ〜!」

 あかねは喜びのあまり、笑みがこぼれ落ちた。

「どうしてみつる君のことが好きなの?」

「なんていうのかな? なんかみんなと雰囲気違うところがいいんだよねー。私そういう人にひかれるタイプなんだ。あと幽霊見えるし!」

「いや、エンジェルたちは幽霊じゃないし……」

 唖然とするエンジェル。

「いじめられててつらくない?」

 エンジェルは聞いた。

「全然。だって、みつる君が私のこと好きでいてくれるんならね!」

 微笑んだ。しかし、エンジェルはまだ深刻そうな顔をしていた。

「なによその顔は? うーん……。まあ、気にしてないって言ったら、ウソになるかもです……」

「やっぱり」

「みつる君にもよしき君のことあんなふうに言った時、悪く思われてたらどうしようって、気になってた」

「気にしなくていいよ。みつる君は、クラスのことなんにも知ろうとしてないから」

「ならよかった!」

 あかねは微笑んだ。

「あたしも気にしてないよ」

 後ろから声がした。振り向くと、よしきがいた。

「クラスのみんな、君のことすごく悪く思ってるけど、あたしはそうは思わない」

「で、でも……」

「悪魔が取り憑いたんでしょ。ね、天使さん」

 ウインクした。エンジェルは両手を口で覆った。

「エンジェルたちが、見えるんだ!」

「もちろん。家に来てくれた時からずっとね」

「え、じゃあなんでその時なにも言わなかったの?」

 あかねは聞いた。

「君とみつる君に見えてないと恥ずかしかったからさ」


 下校中。みつるは考えた。このままあかねはデビルのせいでよしきの悪口を言ったと勘違いするクラスのみんなが、ずっといじめ続けるのか、そのうちピークが止むのか、頭の中で考えた。

「な、なに考えているんだ僕は! 人のことなんかどうでもいい、学生の本分である勉強のことだけを考えなくちゃ」

 と、歩き始めた時だった。

「みつるくーん!」

 あかねが目の前に現れた。

「パンツ見せてあげる!」

 堂々とスカートをめくり上げてきた。みつるは驚いて、すぐに逃げた。

 みつるは公園のベンチに逃げた。

「はあはあ……。な、なんだなんだ一体……」

「みーつーるーくん!」

 息を切らしているところに声がしたので、前を見た。

「おっぱい見せて、あ・げ・る♡」

 制服を脱ごうとした。

「わわわ〜!!」

 みつるはあわてて、その場から逃げた。

「みつる君待って〜!」

 追いかけてきた。

「な、なんだなんなんだ突然に〜!」

 みつるは逃げた。

 とうとう、海岸までやってきてしまった。波が大きく音を立てていた。

「みつる君!」

「あ、あかね! 君は一体僕をこんなところに連れ出して、なにが目的だ!」

「みつる君、素直になって!」

「だ~か~ら~! なんでこんなとこ連れ出したのかって! 僕はこれから家に帰って宿題と予習と復習をしなければならないんだぞ? 寄り道なんかしている暇はないんだ!」

「私、あなたのことが好き!」

「……」

 みつるは言葉を詰まらせた。

「みつる君も私のこと好きなんでしょ? 私も好きだよ。他の人たちとは違う雰囲気がすてきなの。ねえ、どうして君は私が好きなの? 教えて。今は私と君、二人きりなんだよ? なんでも話せるんだよ? お願い、答えて!」

 波が音を立てた。みつるはその場で立ちすくんだ。こんなこと、初めてだ。

 二人きりなはずがない。影では、よしきとエンジェル、デビルが覗いているのである。三人は両想いの二人がどうなるのか、展開が気になった。「みつるのやつ、固まってるよ。しょうがない、あたいが乗り移って……」

 乗り移ろうとしたデビル。エンジェルとよしきに抑え込まれてしまった。

 みつるは息を飲んだ。あかねは手を組んで、目をうるおわせて彼を見つめていた。

「な、なんでそんなこと言わなくちゃいけないんだよ……」

 照れた。あかねはがく然とした。

「わかった、もういい……。私飛び降りて死ぬから!」

 走った。向かった先は崖だ。

「あかね!?」

 みつるは驚いた。よしきもエンジェルもデビルも驚いた。

 あかねは崖に向かって走った。先まで来た時、ジャンプしようとした。よしき、エンジェル、デビルたちがかけつけようとした時だった。

 みつるが、あかねを後ろから抱き止めた。

「みつ……る君?」

「いじめがなんだ……。よしきに、謝ればいいだろう? デビルが悪いけどさ……」

「みつる君……」

 あかねは微笑んだ。影で見ていたよしきたちも微笑んだ。エンジェルは思った。この日、みつるはちょっとだけ自分に素直になった気がした。

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