3.天使と悪魔とジェンダーレス

第3話

君はジェンダーレスという言葉を知っているかい? ジェンダーレスとは、男が男らしくとか、女が女らしくとかじゃなくて、自分が自分らしくあることを尊重することを言うんだ。

 例えば、男がドレスを着て化粧をしたり、女が丸刈りにしたりするのを見れば、大抵の人は"変わった人目線"で見てくる。しかし、そういうのを気にしないで生きようとするのが、ジェンダーレスなのだ。


 みつるのクラス、一年一組に、全く来ていない生徒が一人いた。

「ねえみつる君」

 ドリルの問題を解いていたみつるに声をかけるあかね。

「と、天使と悪魔」

 みつるの後ろに、エンジェルとデビルがいた。

「よしき君とこ寄ろ」

「よしき?」

 と、みつる。

「まさかクラスメイトの名前と顔を覚えてないんじゃないでしょうね?」

「いや、よしきって誰だよ?」

 みつるの言葉にがく然とするあかね。

「よしき君! うちのクラスのよしき君!」

 顔を近づけて怒ってきたので驚くみつる。

「あなたの斜め前の席のよしき君!」

 斜め前の席を指さす。それでみつるはやっとわかった。

「ああ。なんか最近来てない人か……」

「よしき君は入学当初から学年一の美少年とうわさされて、女子たちから多大な人気を誇った。そんなよしき君を知らないなんて、どんだけガリ勉なのよあなた」

「悪かったな……」

「で、そのよしき君って子に会いに行くの?」

 エンジェルが聞いた。

「うん。だってさ、机の中にプリントたくさん入ってたから」

 プリントの束を見せた。

「暇でしょ? 行こうね」

「いってらっしゃい」

 みつるはドリルの問題に取りかかった。

「なんで〜!」

 あかねが声を上げた。

「正直顔とか覚えてないし、そんな人に会いに行く必要がないね」

「なによそれ! お互い幽霊が見える仲でしょ? 行こうよ!」

「幽霊じゃねえし……」

 と、デビル。

「そうだよみつる君。エンジェルも、行ったほうがいいと思う」

「はあ?」

「不登校なんでしょ? 来てくれるだけでもありがたく思ってくれるよ」

 エンジェルは言うが、

「いや、逆に厄介払いされるかもよ?」

「あたいも一理あるわ。学校に行きたくないのに、学校の人が来たらいい迷惑じゃないの」

「ぐぬぬ〜!」

 今のみつるは、悪い心が勝っているようだ。

「じゃあいいよ。エンジェル、私と二人で行こ? ね?」

「そうしよう!」

「いやいや。エンジェル、あんたよしきって人に見えないでしょ。実質一人で来てるようなもんよ」

 デビルが呆れた。

 みつるは三人をほっといて、ドリルを続けた。あかねはむむ〜っとした。

「私たち付き合ってまーす!」

 突然、あかねはみつるの腕を組んだ。

「へっ?」

 みつるは驚いた。

「え、ウソでしょ?」

「マジかよ~」

「ほんと〜?」

 クラスメイトたちが寄ってたかってきた。

「ほんとよ。みつるってばさ、告白の仕方が大胆で、誰もいない保健室のベッドで……」

 誰もいない保健室。

「僕と付き合いたまえ……。なーんて床ドンしてくるのよ?」

 クラスメイトたちは、あかねのホラ吹きな想像を真に受けて、ざわざわしていた。

「お、おい! どういうことだよ!」

 みつるはあわてていた。

「キス、しよっか……」

 あかねが顔を近づけた。クラスメイトたちは釘付けになった。

 徐々に徐々にあかねの顔が近づいてくる。みつるはドキドキした。エンジェルも顔を両手で覆ってドキドキした。

「冗談はよせやい!!」

 みつるはあかねを突き倒した。そして、教室を飛び出した。

「あたた……」

 腰をさすりながら、起き上がるあかね。

「ふふ!」

 笑った。

 あかねは次の休み時間もキスをねだり、その次の休み時間もキスをねだった。しかも、授業中当てられた時と、体育の時間、どこでも生徒や先生がいるところでしてくるものだから、まいった。

「いい加減にしろよ!?」

 中庭で、みつるが怒鳴った。

「さっきからなんなんだよ!!」

「やめてほしい?」

「聞かなくてもわかるだろうが!」

「じゃあ、よしき君とこ寄ろ?」

「うっ」

「じゃないと、今度は全校集会で舞台の上で……」

「わかったわかった! 行けばいいんだろ行けば!」

 あかねはピースした。

「くそっ!」

 みつるは足を踏み鳴らした。

「やなやつ〜」

 影からデビルがつぶやいた。

「デビルに言われたくないと思う」

 エンジェルがつぶやいた。


 みつる、あかね、エンジェルとデビルはマンションに来た。この一角に住んでいるらしい。

「うわあ……」

 目を輝かせるあかね。

「イケメンに会える〜!」

「やっぱ本心はそこか……」

 呆れるみつる。

 あかねが、よしきの住んでいる一室のインターホンを押した。

「あ、そうか。エンジェルとデビルは見えないから、実質二人で来てることになるのか」

「あたいらを含めたら、四人よ?」

 ドアが開いた。

 出てきたのは、セミロングをした、きれいな女の子だった。みつるとあかね、エンジェルとデビルは思わず見とれた。

「こんにちは」

 女の子があいさつした。

「あ、は、はいこんにちは!」

 あかねがおじぎをした。みつるも軽く会釈をした。

「もしかして、君たちあたしのクラスメイト? なにか送りに来た?」

 みつるとあかねはキョトンとした。

「あ、いやえっと……。よしき君にプリントを届けに」

 あかねはプリントを渡した。

「ありがと。あ、そうか。君たちはまだあたしのこの姿見てもピンと来ないよね」

 女の子は後ろに手を組み、改まった。

「あたしがよしきだよ。一年一組のね」

 ウインクした。

「えー!?」

 みつる、あかね、エンジェル、デビルはそろって声を上げた。

 家に上げてもらい、お茶を出してもらった。

「今お菓子切らしててさ。お茶しかないけど」

「全然大丈夫」

 と、あかね。

「あたいらにはないのー?」

「当たり前でしょデビル!」

 エンジェルが注意した。

「あたしさ、ジェンダーレスなんだ」

「ジェンダー……ジェンダー?」

 湯飲みを持ったまま首を傾げるあかね。

「男らしくとか女らしくとか気にせずに生きていこうみたいな考えを持つことだろ?」

 みつるが答えた。

「そう! それなのよ」

「え、でも学校に来てた時は女の子たちにモテモテの美少年だったじゃない」

「そんなモテモテだなんて……。まあでも、なにもしてなかったわけじゃないよ」

 湯飲みを置き、話した。

「あたしの両親二人ともファッションデザイナーでさ。あたしには男らしいファッションをさせてあげたいって夢があるみたいで、毎日男らしくなるための特訓をさせられていたんだ」

「それがモテモテの秘訣だったんだ。聞いたみつる?」

「男らしくなるといっても、両親の言うらしさはおしゃれなのだったから、メイクやファッションのことも勉強した。そのうちに、女の子らしさも悪くないなって、思っちゃって……」

 湯飲みを持ったままよしきを見つめるみつるとあかね。

「だから見た目も、しゃべり方も女の子ぽくしてみたんだ。両親はそこそこ引き気味だったんだけど」

「なんで学校に行かないの?」

 みつるが聞いた。

「自信がないんだ……」

 よしきは湯飲みを置いた。

「ジェンダーレスだってことは認めてる。けど、みんながどんな目であたしを見てくるのか、それを考えると、学校に行きづらくなるんだ。正直、こうなってから両親も少し距離を置いてる気もするし……」

「そうなんだ……」

 あかねはうつむいた。

「いいよね大人って」

「え?」

「大人でも、あたしみたいな人たくさんいるけどさ、みんなそれぞれいろいろな場所で活躍してるんだよ? でも、まだ中学生のあたしには、できない」

「……」

 みんなだまり込んでしまった。よしきをどうフォローしたらいいのか、思いつかなかった。


 夜。みつるは寝る支度をしていた。

「まだ十時よみつる。布団なんか敷かないで、遊べばいいじゃない」

 と、デビル。

「ダメよデビル! 規則正しい生活をしなくちゃ」

「だからって十時に寝る必要はないでしょ?」

「うるさいな。君たちももう寝ろ」

 みつるは部屋の明かりを消すと、布団に入った。

「ったく。小学生じゃないんだから」

 デビルは、布団に入ったみつるの体に入っていった。

「へっへっへ! 夜はこれからだぜ!」

 みつる(デビル)は、立ち上がった。

「デビル!」

「エンジェルを脱がしてやる〜!」

 みつる(デビル)は、エンジェルの服を脱がそうとした。

「いやーん! エッチ〜!」

 必死で抵抗するエンジェル。

 ゴチン! エンジェルは間一髪で、みつる(デビル)をげんこつして、離れることができた。デビルはみつるから離れて、みつるはげんこつを付けて、もん絶していた。

「お前らなあ〜! 人の体をこき使うのはほんとにやめろ!」

 みつるが怒った。

「あんたがあたいら心を実体化するのが悪いんでしょ?」

「はあ? お前らが勝手に出てきたんだろうが!」

「あ、そうだ。ねえみつる君、今日会ったよしき君とさ、みつる君ってなんだか似てることない?」

 と、エンジェルが聞く。

「はあ? あんたなに急に?」

 デビルが呆れた。

「みつる君もさ、自分の気持ちとか表に出せずにいるでしょ? よしき君も、ジェンダーレスである自分を出せずにいるんだよ」

「それとこれとなにが関係あるんだよ?」

 と、みつる。

「自分とよしき君を救うつもりでさ、ね?」

「別に僕は救われたいなんて思ってない」

「ううん。そんなことないよ? みつる君は、自分のことも、よしき君のことも救えたらなって思ってるんだよ」

「また始まったよ」

 デビルが鼻で笑った。

「はあ……」

 ため息をつくみつる。

「もう! みつる君がなにもしないんだったら、エンジェルがなんとかするんだから!」

 と言って、みつるの体に乗り移った。

「うふっ! エンジェルが男の子でも女の子らしくいれること、教えてあげなくちゃ!」

 みつる(エンジェル)が舌を出してウインクした。デビルが舌を出して気持ち悪がった。


 翌朝。よしきの自宅のインターホンが鳴った。

「君は確か昨日の……」

 出ると、みつる(エンジェル)がいた。

「よしき君……ううん、よっちゃん。エンジェ……あたしもね、よっちゃんみたいになろうかなって」

「えっ?」

「クラスで堅物と呼ばれてるけど、これからは、プリティって呼ばれるようになるんだ!」

 ウインクした。戸惑いを見せているよしきだったが、すぐにクスッと笑った。

「そうか」

 と言って、ドアを閉めようとした。

「あ、あっ。待って!」

 みつる(エンジェル)がそれを制止した。

「なに?」

「一人じゃ心細いの。だから、いっしょに来てくれない? 学校に」

「いっしょに……」

「大丈夫だよ。エンジェ……あたしもこんなだし、一人より、二人って言うでしょ?」

 よしきは胸で拳を握って立ちすくんでいたが、やがて拳を緩めて、微笑んだ。

 よしきとみつる(エンジェル)は、二人で学校へ向かった。

『おいエンジェル!』

 心の中のみつるが叫んだ。

『僕はまだよしきみたいになろうと思ってないぞ? なーに勝手にキャラ変えてるんだよ!』

『まあまあ。そのおかげで、よしき君、学校に向かってるよ? もう少しだけ、ね?』

 心の中のエンジェルが手を合わせる。

『いやだ! エンジェルといいデビルといい、僕のキャラを変えるのはやめてくれ! クラスで一番の変人になっちゃうだろうが!』

 しかし、どうにもならない。取り憑かれたら最後。エンジェルが出ようとしない限りは、元には戻らないのだ。

「けっ。おもしろくないなあ」

 デビルが電柱の影からムスッとしていた。

「お?」

 あかねが、女子生徒たちと歩いてくるのが見えた。

「しめしめ。たまには悪くないかな?」

 ニヤリとした。


 一組の生徒たちは、最初よしきだと気づかなかった。転校生が来たかと思った。しかし、女の子なのに、どうして男子の制服なのか気になった。

「みんな聞いて! この人はよしき君、あのよしき君なの!」

 みんな驚いた。美少年だとうたわれたよしきが、女の子らしい見た目になった。

「今は前と姿が違うけど、エンジェ……あたしもこんなだから、気にしないで。ね!」

 ウインクした。みんなよしきの豹変ひょうへんぶりもだけど、みつるの豹変ぶりも気になった。今度はオカマに目覚めたかと思った。

「で、みっちゃん」

 と、よしき。クラスメイトたちは目を丸くした。

「僕の席はどこ?」

「えっとね、案内してあげるね!」

 案内した。

『エンジェルのバカ野郎! クソ天使! みんなが僕のこと異様な目で見てるじゃないかバカ野郎! バカ野郎! 一人称を保てよ!』

 心の中のみつるは叫んだ。叫び続けた。

 その時だった。目の前で、いきなりよしきの机とイスが真っ二つになった。みつる(エンジェル)とよしきは呆然。

「はっはっは!」

 刀を振るう少女。あかねだ。

「エンジェル〜? そいつの席ねえから」

「まさか……。デビル!」

 あかね(デビル)がほくそ笑んだ。

「おめえの席、ねえから!」

「デビル! なんてことをするの? よっちゃんの席が真っ二つじゃない!」

「知らないわよ」

「デ〜ビ〜ル〜!」

 怒りに震えるみつる(エンジェル)。

『あかねも取り憑かれたのか……』

 心の中から、みつるが声をかけた。

『うわーん! どうしてくれるのよ! クソ悪魔のせいで言いたくないことをべらべらしゃべっちゃうし〜!』

 心の中のあかねが泣き叫んだ。

「学校なんて来る必要あるの?」

「え?」

 あかね(デビル)に言われるよしき。

「世間はさ、他とは違うやつをきらうのよ。あんたみたいな男なのに女みたいな格好する人、ただ変なだけよ?」

「……」

「みんなもテレビでオカマとか出てくると、かっこいいとかかわいいとか思わないでしょ? あんたみたいなのがね、教室にいると迷惑なのよ!」

「あかねちゃん、そこまで言わなくても……」

 と、女子生徒。

「来るなら元の短い髪にしてきなさいよ! だいたいこれまで学校に行ってなかったくせに、のこのこと這い出て来れたわね、ええ?」

 うつむくよしき。すると、みつる(エンジェル)が。

「わーっ!」

 あかね(デビル)を押してきた。

「ひどいよあんまりだよ! 誰が何歳の人がいつどんな格好したってかまわないんだよ?好きなものもきらいなものもそれぞれなんだよ? デビルの勝手な気持ちを押し付けないで!」

 すると生徒たちも。

「俺もそう思う」

「私もそう思う」

「ミーも」

「おらも」

「うちも」

「わたすも」

「おいどんも」

 みつる(エンジェル)の後ろに立った。誰一人、あかね(デビル)のそばに立とうという人はいなかった。

「けっ」

 あかね(デビル)は舌打ちした。

「てめえら全員これですの!」

 親指を下に向けてから、デビルがあかねから出てきた。あかねが倒れた。

「あかね!?」

 保健係の生徒が、あかねを保健室まで運んだ。

「デビル! 待ちなさーい!」

 エンジェルもみつるから抜け出して、デビルを追いかけた。

「はあ……」

 みつるはため息をついた。

「ありがとう」

 よしきがお礼を言った。

「いや、その僕は……」

「あたし、学校来れそうだよ」

 微笑んだ。みつるはよくはわからないけど、釣られて苦笑いした。


 目が覚めると、エンジェルとデビルが見えた。

「エンジェル? デビル?」

 あかねは体を起こした。

「ごめんなさい。デビルがあなたに取り憑いちゃって。ほんとは他人の体に乗り移るのはよくないことなんだけど……」

「いくらみつるの心から生まれたとはいえ、いつもみつるの体に入るのはおもしろくないでしょ?」

 と、しらを切るデビル。

「しらを切っちゃダメだよデビル!」

「クラスのみんな、どう思ってるかな?」

 と、あかね。

「だ、大丈夫だよきっと」

「なにがよ? あかね、気絶した時、あんたを運んでくれた保健係の人がさ、教室戻る途中にこんな話してたのよね」

「ど、どんな?」

 ドキドキした。

「あの子、あんなひどいこと言える子だったんだあって」

 あかねは絶句した。

「デビル! 元はと言えばあなたが……」

「クソ天使はだまってろ! いいあかね? あんたはこれからきらわれ者として過ごすのよ? 今のところあんたにはあたいらみたいな天使と悪魔がいないから、自分でなんとかするのよ。みつるもどうにもしてくれないわよ」

 と言って消えた。

「大丈夫だよあかねちゃん。大丈夫、大丈夫だから!」

 エンジェルは、絶句したままのあかねの背中をさすり続けた。

「大丈夫、大丈夫……」

 エンジェルは、背中をさすってあげることしかできなかった。

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