2.天使と悪魔の告白作戦

第2話

教室の机で、ほおをついてボーッとしているみつる。

 教卓で黒板消しをしながら、クラスメイトたちと話をしている女子生徒。

「……」

 ボーッとしているみつる。

「なーにボーッとしてんのよ」

 後ろから、デビルが小突いてきた。

「げっ! お前なんで学校来てんだよ!」

 みつるが怒った。

「ちょっと」

「ちょっともなにも! お前はこの学校の生徒じゃないだろ? 勝手に出てくんじゃねえよ!」

「いやだから……」

「早く帰れ! 帰れ!」

「あんまり大きい声出すとひどいよ?」

 デビルが消えた。すると、目の前にブサイクな顔をした女子生徒が泣いて佇んでいた。

「ひどいわみつる君!」

「そうよそうよ!」

「この学校の制服着てるんだから、この学校の生徒じゃないの!」

 女子生徒たちがそろって怒った。みつるは当惑した。

「ごめんねみつる君。エンジェルたち、他の子たちには見えないの。だって、あなたの心の中だけの天使と悪魔だから……」 

 エンジェルが手を合わせて申しわけなさそうに言った。そして消えた。みつるはとんだ赤っ恥をかいたと、机に伏せた。

 少し黒板のほうに顔を向けた。あかねがクスッと笑った。

「くそ……」

 みつるはムッとした。


 下校時間。みつるは途中まであかねの後ろをついた。仲良しの女子生徒たちと話しながら歩いている。

「はあ……」

 ため息をついた。顔を上げると、いつの間にかあかねたちがいなくなっていた。

「曲がり角だ。どっちへ曲がったんだ?」

 でももう帰ることにした。来た道を引き返した。

「あんたさ、あの子のこと好いてるでしょ?」

 みつるはデビルの言葉にドキッとした。

「堅物と呼ばれているみつる君も、好きな子がいるんだね!」

 と、エンジェル。

「う、うるさい! 君たちには関係ないだろ?」

「そんなことないよ。エンジェルたち、みつる君の心の中の……」

 みつるはさえぎって、

「ああもうわかったわかってるから! でもほっといてくれ」

 歩いた。

「ほんとは思いっきり接近して話してみたいとか思ってる。でも、あの子のまわりはいつも誰かしらいて、絡みづらい。でしょ?」

 煽るデビル。

「邪魔さえいなければ、あの子を独占できるのに〜」

「うるさいよ君は!」

 怒った。

「あたいはあんたの悪い心なのよ? あんたが思ってるギスギスした気持ちがわかって当然じゃん」

「ぐぬぬぬ……」

「デビル。あんまり煽るのはよくないよ? でもみつる君は、もっとあかねちゃんとお話してもいいんじゃないかな?」

「君までそんなことを……」

 呆れた。

「みつる君があかねちゃんとお話するためには、きっかけがあればいいと思うの」

「きっかけ?」

「ほら、考えてごらん? 話しかける時ってなにかきっかけがあると思うんだよね」

 みつるはエンジェルが言ったことを考えてみた。確かに、そうかもしれない。

「なに言ってんのよ? 独占したいんでしょ? だったら食おうがなんだろうがおかまいなしでいかなくちゃ!」

 と、デビル。

「食おうって……」

 呆れるエンジェル。

「しかたないわね……。また乗り移って、あかねを好き放題させてやるわ!」

 みつるは逃げた。

「また乗り移られて、クラスに変なやつ扱いされたら元も子もない!」

「こらーっ! 待てーっ!」

 デビルが追いかけた。

「デビル〜!」

 エンジェルもデビルを追いかけた。

「ていうか走らなくても、悪魔には羽があるんじゃん!」

 デビルは背中から黒い羽を広げた。そして、高く飛んだ。

「みつるーっ!!」

 空高くから、みつるに乗り移ろうとした。

「ダメ!」

 エンジェルが体当たりしてきた。

「みつる君にはちゃんと自分の力であかねちゃんに接近してもらうんだからね!」

 白い羽を広げたエンジェルが立ちはだかった。

「邪魔をするな!」

 デビルが向かってきた。

「えい! えーい!」

 二人は戦った。空中でぶつかり合いながら、戦った。

「ずーっとそうしてろ」

 みつるはそそくさと家に向かった。


 勉強机に宿題のノートを広げたみつる。ふと、ノートの一面に、あかねの笑顔が映った。

「……」

 またボーッとしたみつる。

「やっぱり好きなんじゃないの」

 後ろにデビルが。みつるは驚いてノートに顔をぶつけてしまった。

「い、いつの間に!」

「やっぱり話しかけたほうがいいよ」

 エンジェルが現れた。

「な、なんで君たちにそんな心配されなきゃいけないんだ……」

「別に心配してないんですけど?」

 と、デビル。

「ろくにクラスメイトとも打ち解けず、無感情のまま堅物と化し、あたいら天使と悪魔を心の中から追い出したクズのこと心配すると思ってる?」

 ほくそ笑むデビル。

「デビル言い方ひどい〜!」

 なぐりかかろうとするみつるを抑えながら注意するエンジェル。

「でもあたいらは、みつるでもあるのよ? 心の中から生まれた姿。別人のように見えるけど、みつる、あんたなのよ」

「僕なもんか! 僕は女じゃないぞ!」

 怒鳴った。必死で抑えているエンジェル。

「ったく。あんたの頭はどこまで堅いのよ?」

 腕を組むデビル。

「落ち着いて! 確かにデビルの言うことはいちいちしゃくに障るけど、エンジェルもみつる君なんだよ!」

 みつるはなぐりかかろうとするのを止めた。

「ということはさ、やさしい心だって、みつる君にはあるの」

 微笑んだ。みつるはうつむいて、勉強机に戻った。

「あかねちゃんのこと、あたしに任せて」

「いいんだよ、そんなこと……」

「ううん。みつる君はいろいろなことをため込んでしまってるから、エンジェルたちがやってきたの。だから、みつる君のためにも、あかねちゃんとまずほんの少しでいいから、近づいてみることが大事なの」

「……」

「ダメ?」

 みつるは答えなかった。そのまま宿題を始めた。

「あーあ。あたいらが取り憑いてる時さ、こいつが取り憑いてた時の記憶がなければいいのにね」

 デビルは寝転んだ。

「そんなの無理だよ。エンジェルたちは、みつる君の心の中の天使と悪魔なんだから」

「エンジェル。あんたさ、みつるに取り憑きなよ。みつるのことどうにかしたいんでしょあたいもうこいつのこと知らないし〜」

 寝転がりながら足を振るうデビル。

「もしそんなことしてみろ。君たちにはここから出ていってもらう……」

 宿題をしながら、みつるが言い放った。

「え……」

 エンジェルは呆然とした。デビルは笑った。


 翌日。ろうかを歩いていると、前方に、歩いているあかねの姿が見えた。ふと、彼女のスカートからハンカチが落ちてきた。

「あっ」

 エンジェルだ。エンジェルがこっそりポッケから落としてやったのだ。エンジェルはグッジョブして、「拾ったらお話するチャンスだよ」と合図した。

 みつるはためらった。でも、このままではトイレで手を洗う時、ハンカチがなくて困る彼女の姿が目に浮かんだ。ならば、拾わねば。意を決した時だった。

「きゃっ!」

 あかねのスカートがめくれた。

「ええっ!?」

 みつるは仰天した。デビルだ。デビルがめくったのだ。みつるを見て、ニヤニヤしている。

「え? え?」

 当惑しているあかね。ふと、みつると目が合った。

「はっ!」

 みつるはハッとした。あかねは少し顔をしかめて、トイレに向かった。

「ああ……」

 みつるはショックで床に伏してしまった。

「デビル〜!」

 エンジェルが怒った。デビルは「けっけっけ!」と笑った。

 授業中。みつるの足元に、消しゴムが落ちてきた。見てみると、あかねのものだった。

「あ……」

 エンジェルがろうかからグッジョブして、「これを渡してあげて! チャンスだよ?」と示していた。

 みつるはためらった。しかし、このまま渡さなければ、テストで間違えた問題を消せぬまま、赤点を取ってしまう。意を決した時だった。

「そりゃ!」

 デビルがみつるに乗り移った。そして、消しゴムをあかねの後頭部めがけて投げた。あかねは後ろを見た。デビルはみつるの体から抜けた。

「むう」

 あかねがほおをふくらませた。

「ガーン!」

 みつるはショックで全身真っ白になった。

「デビル〜!」

 エンジェルはデビルをぽかぽか叩いた。デビルは「あっはっは!」と笑った。


 お昼休み。みつるは中庭にいた。

「……」

 ベンチでうなだれていた。

「デビルのせいで、みつる君ショック受けてんじゃないのよ!」

「知らないわよ。話しかけたいんでしょ? かかわってみたいんでしょ? だったらどうやったっていいじゃない!」

「デビルみたいないやがらせじゃなくて! もっとこうやさしいやり方のがいいの〜!」

「もういいよ君たち!」

 声を上げるみつる。

「そもそも、クラスに馴染めていない僕が誰かに声をかけること自体おかしなことなんだ。僕はどうせノート写しのための存在さ」

 立ち上がった。

「そんなことないよ」

「そんなことあるさ!」

 みつるは走り去った。エンジェルは呆然とした。

「人ってさ、どうしても悪いほうに向かっちゃうのよ。うまくいかない時、自信がない時、いやなことがあった時。あきらめたり、不安になるものなのよ」

「そんな……」

「だからエンジェル。あんたの居場所はないのよ! おーほっほっほ!」

 笑いながら、走り去っていった。エンジェルは考えた。どうしたらみつるがあかねと話せるようになるかと。


 あれからみつるは、あかねに話しかけることをあきらめているようだった。エンジェルは、ハンカチを落としたり、消しゴムを落としたりしてあげた。しかし、もう見ないふりをしていた。あかねにはきらわれたと思っている。

「もうあきらめたら? なにをしたって無駄無駄」

 デビルの煽りなど気にもせず、エンジェルはただみつるとあかねのことを見守った。

「少しは気にしなさいよ!」

 デビルがムッとした。

 ある日のことだった。

「今度家庭科で、ドーナツを作りたいと思いまーす!」

 一組の担任が発表した。生徒たちは、喜ぶ人もいれば、めんどくさがる人もいた。

「これだ!」

 みつるの後ろでエンジェルが声を上げた。みつるがびっくりして、後ろを向いた。

「ん?」

 あかねも後ろを向いた。


 みつるの家。

「帰ってきて早々、なぜドーナツ作りをせにゃならんのだ?」

 エプロンを着て呆れているみつる。

「これからあかねちゃんのために、おいしいドーナツができるように、特訓よ!」

「だからいいんだよもう……」

「ダメだよみつる君! ほんとは話したいくせに。エンジェル、わかるんだからね」

「どうして君に僕の気持ちがわかるんだよ!」

「エンジェルはあなたの気持ちそのものだから!」

「……」

 呆然とするみつる。

「で、でも僕キッチンなんてほとんど立ったことないぜ?」

「知ってる」

「男子厨房に入らずで育ったから」

「それも知ってる。でも大好きな人のために、がんばらないとね」

 みつるは照れた。

「大好きな人のために、とびきりまずいドーナツを作ってね」

 と、デビル。

「デビルはどっか行ってて!」

 と、エンジェル。

「どっかねえ」

 どっか行った。

「じゃあ始めよ?」

「お、おう」

「まず小麦粉と砂糖と卵とバターを入れて、混ぜるよ」

 言われた通りやろうとするみつる。

「ああ、ダメダメ! 目分量計らなくちゃ」

「え? だって入れるって……」

「袋から一気に入れるんじゃなくて、目分量計ってからなの」

 エンジェルは、ちゃんと計ってから材料をボウルに入れ、混ぜた。

「生地をこの型に入れるよ。そしたら焼くんだ」

「へえー。ドーナツって、輪っかの形した型があるんだな」

 感心した。入れたらオーブンに入れて、焼いた。

「焼けたら、粗熱あらねつを取って、チョコレートをコーティングして、冷やしてできあがり!」

 できた。みつるは生まれて初めてキッチンで調理をした。

「ま、まずい! もうすぐ母さんが帰ってきちゃう! 片付けなくちゃ!」

 急いで片付けに入った。

「もう、みつる君ったら。ドーナツ作りくらいで照れなくていいのに」

 エンジェルは笑った。

「うるさいな! 君も手伝え!」

 リビングに置かれたドーナツを見て、ほくそ笑むデビルだった。


 そしてドーナツ作り当日。

「ではこれから班員を決めたいと思います。くじ引きで決めます」

 一組の担任が握るくじを、生徒たちは一本ずつ引いていった。

「マジかよ……」

 みつるは呆然とした。なぜなら、あかねと同じ班になったからだ。

「よろしくねみつる君!」

 あかねが微笑んだ。みつるはさらに驚いた。あれほどきらわれていたと思っていたのに、微笑んでくれるなんて。

「ふう。あとはがんばれ!」

 家庭科室の外から応援するエンジェル。実は、担任がくじを引かせることを知って、わざとみつるがあかねと同じ班になるように仕向けたのだ。

「へへーん」

 デビルはニヤニヤしていた。

 さっそくドーナツ作りの始まり。一回きりの練習で、ほとんどエンジェルにやってもらっていたせいで、なんの役にも立たないみつる。ほとんどあかねが先陣を切っていた。

「まずい……。僕食器洗いしかしていない……」

「がんばれ! みつる君!」

 影で応援するエンジェル。

「そうやってコソコソするの、つまらなくない?」

「へ?」

 デビルが家庭科室に入っていった。 

 デビルは後ろからこっそりと、みつるに憑依した。

「けっ! なーにがドーナツだよああん? こんなクソつまんねえことやめてやるぜ!」

 みつる(デビル)は、洗っていた計量カップを床に投げつけた。

「どうしたんですか?」

 担任がかけつけた。

「うっせえなババア!」

「まあ! みつる君、先生に向かってなんてことを!」

「ドーナツてのはなあ、こうして作るもんなんだよ!」

 と言って、ボウルの中の生地を、あかねに投げつけた。あかねのエプロンが、生地まみれになった。

「あかねちゃん!」

 女子生徒たちがかけ寄ってきた。

「ちょっとみつる君! ひどいじゃないの!」

「みつる! 見損なったぞ!」

 生徒たちがそろって文句を上げる。

「あーはっはっは! ベロベロベロ〜!」

「もう〜! デビルったら〜!」

 ろうかで怒るエンジェル。

「ベロベロベロ〜!」

 おどけるみつる(デビル)。文句という名の共鳴を上げる生徒たちと担任。おどけるみつる(デビル)。文句という名の共鳴を上げる生徒たちと担任。おどけるみつる(デビル)。文句という名の共鳴を上げる生徒たちと担任。

「うるさーーーーい!!」

 あかねが叫んだ。すると、みんな静かになった。

「今は授業中でしょ? 先生もみんなも無駄なことしないで!」

 生徒たちと担任は、ショボンとした。

「あとみつる君も!」

 みつる(デビル)を指さす。

「あ?」

「はんっ。小学生じゃないんだからさ?」

 あざ笑うかのような顔をして言った。ちょっとムッとした。とりあえず、みんなドーナツ作りに戻った。


 帰り道。みつるは今までに経験したことがないくらいしょんぼりしながら歩いた。

「もうダメだ……。死のうかな?」

 デビルが取り憑いたとはいえ、あんなクズなことしてしまったら、成績がいいとかそんなの関係ない。クズはクズなのだ。

 ふと、制服の上着のポッケを探った。エンジェルに作ってもらったドーナツが出てきた。いちごチョコと普通のチョコがコーティングされたドーナツ。

 河原に腰掛けて、食べてみることにした。

「から〜!!」

 からかった。

「デビル〜!」

 怒りに燃えた。

「呼んだ?」 

 後ろを向くと、縄で繋がれたデビルがいた。エンジェルが繋いでいた。

「きさま〜!」

「あんたはクラスで"きらわれもの"になりたいんでしょ?」

「デビルもうやめて! みつる君はきらわれたくなんてないんだよ? 挙げ句にこないだ作ったドーナツにハバネロソースを入れるなんて!」

「そしたらあかねってやつにもきらわれるでしょ?」

「もういいやめろ!!」

 みつるが怒鳴った。

「君たちがいるからこんなことになるんじゃないか! 僕はこれまでも、これからもずっと堅物のままでいいんだ! 学校は勉強するところなんだ! こんなことになるくらいなら、ノート写しのためだけの存在でよかったんだ!」

 涙が出てきた。そこへ。

「みつる君。そこにいる天使と悪魔みたいなのは、なに?」

 声がした。涙を拭いて顔を上げると、あかねがいた。

「ねえ、あなたたちはなんなの? ねえ!」

「もしかして、あたしたちが見えるの!?」

 エンジェルは驚いた。

「たまげたわね……」

 と、デビル。

「ねえみつる君?」

 みつるに近づくあかね。

「他のみんなには見えてないでしょ? 私とあなたの、秘密にしない?」

「な、なんで見えるんだよ?」

 みつるは聞いた。あかねは笑顔を見せるだけだった。

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