第11話 伝言

「人間、どういうつもりだ」

「忠告したであろう、一体何をするつもりだ」


 何度か問いかけがあった。

 キミカズはそれには答えず、岩の通路に黙々と陣を敷く。


「我々の邪魔をするようであれば……ギャッ」


 通路の外から眺めていた妖の一体が威圧的に近づこうとしたが途端にバチリと音を立てて見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされた。

 それで初めて、キミカズは彼らの方へ歩を寄せた。


「すみません、あなたたちの帰郷を邪魔するつもりはありません」


 結果として邪魔になってしまうかもしれないが、その時に彼らに横やりを入れられては危険なので締め出すまで敢えて応えることはしなかった。

 戸惑うような気配、怒りを孕んだ気配、訝しむ気配がそこここから発されている。


「僕たちにも手をこまねいていられない理由が出来たんです。それが済んだら解放しますから、少し待っていてください」


 幼いころから人ならざるものが見えていた。そうとは知らずに人と同じように交流をしたことも、危険な目に合ったこともある。

 まるで彼らは人間に似ている。

 力の強い駄々っ子だったり、宿老の賢人だったり、様々だ。

 だからキミカズは会話を交わす。


「長い間ここにいたのなら、このすぐ向こうにいるものが危険なものだとあなたたちも知っているのでしょう?」


 気配が一様にぐっ、と押しとどまった。


「小さなものなら一緒に消し飛んでしまう。だったら帰郷は私が安全を確保してからでも遅くないはずだ」

「私には関係ない。道が空いたらこのようなところはおさらばだ」

「では隙を見て帰るといい。私はそれを邪魔しません。同様に、あなたがたも私の邪魔はしないことだ。お互いに何もいいことはない」

「……」


 小さなものは現れる者に恐れをなして隠れるだろう。強き者はここぞとばかりに道を抜ける。

 誰も敵対する必要はない。鬼とも人とも。

 彼らが人間に害を及ぼさないと言ったのはそういうことだ。

 これで大丈夫だろう。静観が始まる中、キミカズは空っぽの社を前に静かに座す。


 ドン。


 すぐ目の前で空気を揺るがすほどの振動音がする。壁の向こうから。

 待つだけのつもりはない。

 ただ、何事にも時機というものは存在していた。



 * * *



 ワンワンワン!

 突然に重苦しくなった空気の中に似つかわしくない声がした。

 まだ若い、甲高い犬の声。

 国祖社に集まっていた者は何だろうとそれを見る。

 ちょうどそれより少し前、キミカズが置いて行ったスマートフォンが鳴った。

 場合が場合だから、忍がその着信を確認するとおよそ、電話番号とは思えない数字が並んでいる。まるででたらめの暗号のような、膨大な桁数のナンバー。


「……はい」


 それが逆に尋常ではない場所からかかってきているのだと察した忍は通話を開始する。相手はやはり、中央の術師だった。


「清明さんはもう現場に向かいました」


 依然、犬の吠え声はしているが中にいる者は電話の方が大事ととって、輪を描くように固唾をのんでそれを見守る。


「はい、はい」


 音声はまったく洩れない。

 これほど静かなのに洩れないのは「そういう仕組み」だからだろう。話の内容は通常、聞かれてはならないものの方が多いだろうから。


「……それは、私でも出来ることですか?」


 そんな忍の問いかけに、しばらく沈黙があった。

 本当の沈黙ではない。先方は用件を伝えている。


「わかりました」


 ただじっとそれを聞いて忍は顔を上げた。


「伝言を頼まれました。私が行ってきます」

「一人では危険です。伝言だけなら私たちが参ります」

「いいえ。この山に所縁のある人は行かない方がいいそうです。鬼を逆なでしてしまうから。それから回線を繋いでおけば向こうから助けてくれるそうです」


 未だ、通信は切れていなかった。

 画面は一定時間を過ぎてライトが消える。だが、繋がっている。

 斎木たちは顔を見合わせて困惑した表情になったが、行くことが足を引っ張ることになるのではどうしてみようもない。その躊躇の中、忍は立ち上がって上着を羽織ると出口へ向かう。


「じゃあ、行ってきます」


 返事は待たずに階段を降りて境内の方を見守る神職たちの間を抜けて小さく走り出す。いつのまにか、犬の吠え声は止んでいた。

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