第10話 賽の神の社
「賽の神の社が道を塞いでいた……?」
「キミカズ、ただの私の邪推だよ。ただ、そう思っただけ」
そう返してくるものの、今の音を聞いた忍の顔色は少し青白い。
そら恐ろしいものを聞いてしまったような顔になっている。
境界を守る神。
それはかつては集落の境界であり、だが侵入を拒む者は疫病神や災禍をもたらす者である。
「もし」あの岩壁が境界で「もし」向こうに妖のいう故郷があるのだとしたら。
そこに賽の神の社が置かれていることには確実に意味がある。
道が塞がれているのはつまり、その向こうから来るものを拒む必要があったから。
「まずい……まずいぞ」
その可能性がキミカズの中で確定してしまい、呟きは口をついて出た。
「でもお社はずっと前からあるんでしょう? さっきも何もなかったって」
「違うんだ」
確定に至った理由がもうひとつある。
それは背筋を悪寒が走ったその瞬間に脳裏をよぎったもうひとつの言葉。
『
夕方に聞いた言葉だった。
「俺の推測が正しければあの社にはもう『何もない』。賽の神の社はすでに移転されている」
「移転……ひょっとしてあの新しいお社が?」
そう。なぜ気が付かなかったのか。
神職内の通称か「こうじんじゃ」と呼ばれたことも失念の一因になっていた。
その瞬間、キミカズの電話が鳴った。
それを取っている間に斎木もやって来る。キミカズが尋ねたことが気になったらしい。
通話を切ったキミカズが待っていた斎木に先に声をかけた。
「斎木さん! 幸神社の移転は!? もう神事も終わったんですか!」
「は、はい。今日の夕方には。あの……賽の神社が何か」
電話口の口調が徐々に緊迫を帯びていたこと、切ったとたんにその勢いで確認をされ口ごもりながらも斎木はそう答えた。
手遅れだった。
あれは、動かしてはいけないものだった。
ドン。ドンドン。
何かが低く響いている。見えないその音を見ようとするように斎木も顔をあげて天井を振り仰いだ。
「中央からの報告によれば、この辺り一帯で暴れていた大妖を異界に押し返した記録があるそうです。場所は明確ではないですが、退治するには至らず、辻の封印が施されて今に至ると」
「それは、まさか……」
「おそらく参道にある賽の神社でしょう。こうなってくると地滑りも雷もすべて純粋な自然現象とは言えなくなってくる」
苦虫を潰したような顔のキミカズを前に斎木も戸惑いを隠せずにはいられない。
彼ら一般の人間にとっては、理解しがたいことであるが斎木は二級の上級神職だ。それも名だたる巌殿神社の宮司。理解の心得もあるだろう。あってもらわなければ困る。
「装束を貸してもらえますか。すぐに準備をします」
「準備、ですか」
「えぇ。詳しいことは後で話しますが、この神域に住まうある者が、今夜道が通ると話していました。おそらくまだ時間が少しある。その間に出来る限りの備えをします」
姿というのは大切だ。その者がどんな姿を取るのかには意味がある。富める者を演じれば富み、貧しきを演じれば貧しくなるように、役割がその姿には宿る。
キミカズは神職の装束を借りると身を清め、「清明」の姿を取る。現在の陰陽術師と神職は性質を異にしているが、どちらも
むしろ現在の宮司の装束は陰陽師にルーツがあるため、代用としては申し分はないだろう。少しの違和感はあるものの必要なものも揃う。
術用の和紙、水、筆、むしろ利用できないものがない。
「
「残念だけどここからは
キミカズは手早く必要なものを必要なだけ用意すると、神職たちも出来るだけ本社のある上段に集まるように告げる。
自然災害が起きかねない今の状況では「一番護りの固い」ここが安全だ。上位の神霊というのはキミカズにとってもおいそれと見えるものではないが、先ほどまで静かだった境内に俄かにそれらが動き始めている気配があった。
「忍、君は念のためにこれを身に着けていて」
忍の腕には自分が着けていたワックスコードを巻いてやる。小さな銀のコイン飾りには黒色で五芒星が描いてあった。ただのアクセサリーではない。身に着けていても違和感のない護符のようなものだった。
「
「清明さんの方を優先してください。ここは残ったヒトたちが守ってくれるんでしょう?」
「そうだね。ここのヒトたちだ。任せる方が筋だ」
もう一度境内一円に目を凝らす。キミカズにも光の塊にしか認識できないほどの強い存在が蛍のように行き交う姿が見え始めていた。
ここから出なければ問題ない。
問題のあった時はいずれ、全滅となる。
ゼロか全かの極みだと思うとなぜか笑みが洩れそうだ。
「じゃあ行ってくるから……何事もなく朝までに戻らなかったら、上手くやった上で倒れてるかもしれないから見に来てくれると助かる」
冗談吹いてキミカズは装束を翻して石の階段を下りていく。
双龍門を抜けると空気が変わった。
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