第9話 辻
たった数百メートルの参道が異様に長く感じる。
感じ取れるものが多く双龍門をくぐったキミカズはどっと消耗を自覚する。
神域とはいえ確かにこの門から向こうはひとつの区切りであるようだ。昼間は感じ取れなかった「境界」を振り返り、上の境内の土をキミカズは踏んだ。
「おかえりなさい。何事も……あったっぽい顔してるよ。キミカズ、顔が清明さんになってるよ」
「困ったな、忍はちょっと空気を読みすぎる。そんなに顔ちがう?」
「全然違う」
はは、と苦笑するとそれも違うと言われてしまう。確かに仕事モードなので彼女の知るキミカズほど楽天的に振る舞えない自分に対しても向けたい笑いだ。
「聞かない方がいいかな」
「聞いてくれてもいいけど」
「……」
「怖くないから」
そう言われて忍はまだ長い夜を話して過ごすことに決めてくれたようだ。
「帰郷」の意味が気になる上に調べようとも思っているが、その前に少し頭の中を切り替えたい。忍と話すのはそういう意味もある。
「その妖が、故郷に帰るって言ったんだ?」
「地滑りや雷雨の関係は応えてくれなかったけど、状況を見るに彼らが故郷に帰るための道が開く余波のようなものではありそうだね」
話しながら脳内で状況を整理する。
その相手は理解に乏しい人間でも務まるが、忍は理解が早いので情報の整理が加速されて助かる。
「長かった、かぁ……帰れないでここにいたって感じだね」
「今の俺たちみたいな感じかな。道が塞がって帰れないって」
「いい得て妙だね。地滑りで道が空きかけてるとか、そういう順番もあり得るんだね」
なるほど、道が空こうとしている影響で地滑りが起きたのではなく、雷雨による地滑りで道が空こうとしている、の順になると一番最初に来るのはあのゲリラ豪雨ということになる。
この手の話は可能性の問題だが、良いブレインストーミングだ。
「でもあの雷も、不自然じゃなかった?」
「そう言われると……あぁ、それで思い出した。一緒に参道を来る途中で青龍の姿を見たっけ」
「なんでそういうこと教えてくれないの」
純粋に知りたかった。見えなくてもいるって聞きたかった。みたいな反応が若干の不満とともに返って来る。
今更だが、彼女には大抵の「バカげたこと」を言ってもするりと受け容れそうな資質があるとキミカズは理解する。
「いや、突飛もないかなって……」
「青龍って、雷と関係が?」
「春を起こす龍の声。春雷は彼の声だとも言われるね」
何それかっこいい。
今度は純粋な好奇が感想になって返って来た。
「青龍か~じゃああの雷、その龍が起こしたのかな」
「短絡的だけど、あの突飛さは否定できない側面もある」
龍が発端となったとすると、妖の帰郷には更に意味が出てきそうな気もする。そこまで来てキミカズはそれについて動きに出ることにした。
「やっぱり気になるな。何のことだか中央に記録があるかもしれない。斎木さんにも聞いてみよう」
ドン。ドン。ドン。
その時、まるで神事を始める合図のような太鼓をたたく音がした。
「? この時間に?」
「神事は国祖社でしょう? 今の音はもっと遠い」
「社務所の方かな」
自分の所属している術師の本部に連絡を先にして、調べ事を頼むとキミカズは下の社務所にいる斎木にも電話をする。
結果としては、そちらは何もわからなかった。
神職とは言え「普通は見えない」のだから当然といえば当然だ。わからないというより「そういう伝承はない」ということが分かったというのが正しい。
ドン。
また太鼓の音がした。
「……あのね、キミカズ」
「何?」
「何か、怖い」
神事に絡む太鼓が一度ということがあるだろうか。打ち鳴らしのルールは身近でないにせよ、忍にもそれが気味が悪いものだということはわかったらしい。
今のは、太鼓の音ではない。
「妖は祝いの日と言っていたけれど……」
「妖が太鼓叩いてるの? それはそれでお祝いっぽいけど、あのね。もうひとつ言っていいかな」
何か思いついたようだ。
「何も感じられない私が言うことだから、キミカズからするとすごくバカげてるんだろうなぁって思うんだけど、何も感じられないなりに思ったこと」
「前置きが必要なほどバカげてると思うこと?」
「そう。賽の神のお社が、どうしても気になって」
賽の神。
キミカズもそこは見たが、異常らしい異常は感じられなかった。先ほどは。促すとそれでもはっきりとした口調で忍は告げた。
「なんであそこに辻の神様のお社があるの?」
「参拝の旅の安全を祈願して、の可能性もあるって俺たちは話してきたよな」
「本当に? あのお社が納められた岩壁は、どうして都合よく三方が岩に囲まれる形で窪んでいるの? 偶然? それとも昔の人がそういう形にした?」
確かに偶然にしては出来すぎている。
この場合の三方とは背面、左右、そして天井を指す。
縦、横、高さ、奥行まで「ちょうどあのお社が収まるような」スペースであると言ってもいい。
そのすぐ麓側にも似たような天井はあるので偶然の可能性も排除できないが……
「交通安全の神様、道祖神。そういうのって田舎にありそうだけど大体道端で、わざわざ安置されてるケースの方が少ないかなって感じる。逆に辻を守る場合はむかしの村の境にあったりしたんでしょう?」
境界を守る神。
あの賽の神の社が「参拝者の安全」ではなく「境界を守る」ためにあったのだとしたら。
「つまり『道』はあそこにあると?」
「思っただけだよ。むかしの人が人為的に場所を選んだのなら、可能性はあるよねって」
その時、背筋に走ったのは得体のしれない悪寒だ。
「長かった」「どれほどの刻を」。妖の言葉が脳裏をよぎる。
彼らは帰るに『帰れなかった』。
道が塞がっていたからだ。
なぜ道は塞がっていた?
今の理屈でいえば『塞がれていた』から。
ではなぜ、塞がれていた?
何をもって、塞がれている?
塞いでいるのは神の社だ。それが意味するものはつまり……
ドン。
『何かが壁を叩く音』がした。
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