第3話

「煽られる側にも原因がある」という言説は、「いじめられる側にも原因がある」という心無い暴言とは異なり、むしろ一理あるとすら思っている。


 もちろん道路標識は守るべきだが、ことスピードに関しては、周囲に合わせた方が良かったりする。朝夕の通勤および帰宅ラッシュの時間帯は特に急いでいる車が多い。とろとろ走っていて渋滞を引き連れることになる先頭車両はよく見かける。

 私なりに、朝の時間帯も車の流れは意識しているつもりである。その証拠に、皆が殺気立っている朝の時間帯でそうまで車間距離を詰めてくるのは、青いベンツ以外にない。


 さて、ここで単純な疑問である。

 青いメルセデスベンツに乗る彼は、なぜそんなにも車間距離を詰めたいのだろうか?


 なぜ、慌てているのだろうか。会社に遅れそうなのであれば、五分だけ早く家を出たらどうだろうかと、首を傾げずにはいられない。



 輪番の自治会役員会合で、その車の件を話してみたことがある。ちょうど交通安全が主題であったからだ。町内会が開かれるくらい田舎の地域であるから、中高年の出席者も多いのだが、私のような若輩者は、相談事をするだけで、かわいがってもらえるものである。

「毎朝同じベンツに煽られるんですよねー」

 神妙な面持ちでそう愚痴ってみた。

「シルバーのベンツ? Cナントカっての。それ高木さんでしょう」

 口々に、あー高木さんかもね、と皆が言い頷いた。

「お母さんが美容師のお家ね」

「お店は次男坊が継ぐみたいだよね。長男坊は隣の市にある自動車部品会社勤め」


 出るわ出るわ、個人情報。名前は高木。お母さんが美容師。実家の店は次男が継ぐ。車間距離詰めまくりの車は長男が乗っているようだ。管理職に昇進したての頃、記念に外国車を買ったのだとか。

 市外の会社勤めということで、同じく市外に勤める私の通勤路で毎朝一緒になることにも、合点がいくのだった。


 しかしながら、私が知りたいのは、なぜ彼が私の車を煽るのか、である。高木氏の個人情報はたくさん知ることが出来たが、煽り運転の理由がその日はわからなかった。


 

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