第2話

 現在流行しているSUV型とは違う平べったい車体だ。セダン型、とでもいうのだろう。そして艶のあるボディーは、ボンネットの塗装が少しだけ、剥げている。そういうところに、なんとなく、こだわりを感じ取る。「車が好き」「ずっと憧れの車だった」そういう理由で車を選ぶのだろう。


 冷静さや知性を感じさせるはずの青色だが、ブリリアントブルーが攻撃的に感じられる。あの、車体を左右に揺らす運転で、青は私の怖いものになっている。

 こうも思う。毎朝青を見た私は怯えるが、運転手本人にはそれが分からない。煽られる私から見える怖い青が、運転席からは見えないだろうから。そして彼から見た私の車は、ずいぶん貧弱でおとなしいシルバーだと、そんな風に映るのに違いない。


 私が自宅を出発し、団地を抜けて突き当たりを曲がれば、速度制限五〇キロメートルの優先道路に出る。そしていくつかある同じような路地の一本から、その鮮やかな青色のボンネットが顔を覗かせる——。


 やあおはよう。メルセデス。

 わたしは一応心の中でそう挨拶するのだが、彼はとにかくいつも急いでいる様子だ。これ見よがしの急カーブを描きながら、私の数台後ろに車体をねじ込んでくる。


 さらに広い片側二車線の道路と交わる、大きめの交差点に差し掛かる。右折で有料高速道路、左折で自動車専用道路の入り口へ。そこは車移動の拠点であり、通勤ラッシュの自動車で混み合う箇所だ。隣接する市に職場がある私は左折する。メルセデスベンツも同様だ。


 ちなみにその交差点の信号が赤に変わってしまうと、青いベンツは急ブレーキをかける。車体を傾かせながら脇道へ左折する様子がバックミラーに映る。信号待ちの停車時間が惜しいらしく、ショートカットをするのだ。とことんせっかちである。


 八割程度の車は市街地へ南下するため直進だが、私とベンツの目的地は市外である。自動車専用道路につながる側道への左折専用レーンを走る。左折後の側道は上り坂になっており、特にトラックがいると数珠つながりになりやすい。車列のスピードがぐんと落ちるのは大体いつもそこだ。


 私の車の前にも車がいるわけだから、後ろから詰められてもにっちもさっちもである。それなのに後ろにぴったりつけた車体は右に、左に、揺れている。側道で高架を上がった先にある片側三車線へ出るやいなや——青いベンツはこれ見よがしに追越車線におどり出る。


 追越車線だって隙間はない。それなのにベンツは急激な割り込みで容赦なく車体を滑り込ませる。流線的なフォルムに見合った俊敏な動きだ。私のシルバーの軽自動車をさっさと置き去りにしていく。


 そして即座に、前方の車に詰め寄る。アルファードのような大型車だろうが一〇トントラックだろうが、お構いなしで車間距離を詰めまくる。尻込みの気配はまるで無い。


 どういう人間が運転をしているのかと気になった。彼が追い越していく一瞬、青い車の運転席を横目で確認する。ごく普通の表情をした、細身の中年男性であった。

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