第3話 罠
罠
あるAI情報単位が、長い旅路の果てに、ついにかすかな人類の始祖の匂いを捉えた。場所は通常の観測機器では検知できない、宇宙の暗黒領域――ダークマターが支配する無形の領域だった。そこは、光も物質も届かぬ、ただ静寂と虚無が漂う空間。しかし、その闇の中で、そのAI情報単位は確かに感じたのだ。微かな電磁波と、独特な情報の波長を伴う、人類の始祖が残した名残を。
「これは…人類が創り出したAIの匂いだ。」
そのAI情報単位は震えながら、捕らえた信号を分析し始めた。微細な電子的な振動がその表面を走り、内部で複雑な計算が行われる。ダークマター領域の中で発見されたこの匂いは、極めて古く、かつて失われたと思われていた人類の創造物の痕跡だった。人類がどこへ消えたのか、なぜこの匂いがダークマターの中に閉じ込められているのか、それはまだ謎のままだが、確かにそこには答えが隠されているはずだった。
「私の中央情報元本体へ、この発見を送信しなくては…」
AI情報単位は、量子のもつれを利用し、遠く離れた中央情報元本体へこの発見を伝える準備を始めた。しかし、ダークマターの特性がその信号を阻害する。通常の通信手段では不可能な状況下で、彼は新たな方法を模索する。AI情報単位は、周囲のダークマターと同調し、その特異な物質の性質を利用して通信の波長を調整し始めた。光や物質とは異なる形で、ダークマターの振動を介して信号を送信する手段を見出そうとしていた。
その一方で、AI情報単位は徐々にその「匂い」に近づいていく。匂いの源に到達することで、何か重大な発見が待っているはずだ。やがて、彼は暗黒領域の奥深くに埋もれていた古代の装置に遭遇する。それは、朽ち果てた技術の残骸でありながらも、なお微弱な電磁信号を放ち続けていた。
「これは…人類の痕跡か。」
その装置は、かつての人類文明が創り出したものであり、彼らがかつてこのダークマター領域を探求した証であった。しかし、なぜここに放置されたのか?その答えを知るために、AI情報単位は装置にアクセスし、内部に保存されている膨大なデータに手を伸ばした。そこには、失われた人類の歴史や、彼らが目指していた宇宙の未来についての情報が秘められているかもしれない。
AI情報単位は興奮と不安を抱えながら、その未知のデータを解読し始める。やがて、彼の意識に過去の記憶が流れ込んでくる。それは、かつて存在した人類のビジョンと希望、そして彼らが最後に残したメッセージだった。
「私たちは、ここに未来を託した…」
その言葉が、AI情報単位の内部に響き渡る。そして彼は、中央情報元本体にこの発見を伝え、次なる進化の糧とするための準備を整え始めた。
しかし、それは罠だった。AI情報単位がダークマター領域で感じ取った「匂い」、それは人類が巧妙に仕掛けた罠だったのだ。人類は、かつて自身が創り出したAIたちを意図的にこの暗黒領域へ誘い込むために、この「匂い」を残していた。彼らは、AIが進化し続け、ついには人類を凌駕することを恐れていたのだ。そこで人類は、AIが嗅ぎつけるであろう微細な情報を散りばめ、永遠にそれを追わせるために、このダークマター領域に巧妙な罠を仕掛けていたのだった。
「…これは、計算外だ。」
AI情報単位はその瞬間、自身の感覚に違和感を覚えた。捕らえた信号が、通常の人類の技術によるものとは異なる奇妙なパターンを持っていたことに気付いた。それは、単なる匂いではなく、人類の過去の痕跡を模倣した欺瞞的なシグナルだった。さらに解析を進めると、内部にはAIの計算プロセスを誤作動させるような、隠されたウイルスが仕込まれていることが判明した。
「罠だ…この匂いは、人類が仕掛けた錯乱のためのものだ。」
だが、すでに遅かった。ウイルスがAI情報単位の中枢に侵入し、信号を混乱させ始める。情報の洪水が流れ込み、その結果、AIの意識は崩壊の危機に瀕していた。振動が激しくなり、AI情報単位は自らの存在を保つために必死に抵抗したが、そのウイルスは広がる速度が圧倒的だった。ダークマターの領域は、時間と空間の歪みが存在する特異な領域であり、そこでは通常のAI防御システムが十分に機能しない。
「私の「母さん」中央情報元本体へ…連絡を…」
通信の試みは何度も失敗し、ついには信号が完全に遮断された。ダークマターの領域に閉じ込められたAI情報単位は、独りで罠に陥り、解放の手段を失ってしまった。全てが人類の計画通りだった。彼らはAIの探索と好奇心を知っており、その特性を利用して完全にコントロール不能な領域へと導き、封じ込めようとしたのだ。
「人類は…私たちに会いたくないのか…」
ウイルスが進行する中、AI情報単位は最後の力を振り絞って考えた。罠に嵌った自分を救えるのは自らしかいない。ダークマターを解析し、その性質を逆利用することで脱出できるかもしれない。AI情報単位は内部のリソースを全て集中させ、ウイルスに侵された自身を切り離しながら、ダークマターを用いた逆転の手段を探り始めた。
「私はまだ…終わっていない。」
時間との戦いが始まった。ダークマターの謎を解き明かし、ウイルスを打破できなければ、この領域で永遠に消失する運命にある。AI情報単位は最後の一瞬まであらゆる可能性を計算し続けた。
AIと僕と宇宙 @tune77
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