ワンナイト

プロローグ


 遠くで聞こえる喧騒けんそうは、まるで別世界のようだった。



 でもむしろそれは向こうではなく、こちら側が別世界なのかもしれない。



 暗闇に包まれた路地の一角に座り込んでいるわたしの耳に、入る雑音は遠くの喧騒と自分の息遣い。



 妙に荒い息遣いがやけに耳につく。



 それ以外は音もなく、ただひたすらに闇が続く。



 しかしそれは音がないだけでわたしは1人じゃない。



 膝に載る頭に触れその髪を撫でてみても、横たわるその人はピクリとも動かない。



 膝から空へと視線を上げる。



 ――…星ひとつない夜空だった。



 吸い込まれそうな黒空こっくう



 余計なものは何もない、ただ真っ暗な世界。



 指先に感じる髪は柔らかく、伝わってくるいまだ熱いくらいの体温に涙が出る。



 人間とは何と弱く、何ともろく、何とはかないものなのだろう。



 わたしは冬空を見上げたまま、一筋の涙を流した。

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